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Episode:3 039 未だ残る神の意志


 セシルが広場に戻ると、なんとも奇妙な空気が漂っていた。


 父のクリストフが凱旋したとなれば、もっと喜びに満ちていても良さそうなのだが、そんな雰囲気はしない。しかし静まり返っているわけでもない。

 セシルが広場の中央に向かうと、その途中にクリストフが居た。


「お父さん、どうしたの?」


「ああ、セシルか。いや、広場に来たのはいいんだが、なんか変な奴らが騒いでいるんだ」


 クリストフが指差す方を見ると、広場の中央にはエバンジュが立っていた。そしてその横にはガイゼンがいた。リネットは少し離れた所で見ている。


「あれは……」

「セシル、あいつらを知っているのか? なんだか天使だの神だの言っているが……」


 セシルは嫌な予感がした。彼女は広場の中央へと急いだ。



「――皆さん! 見ての通りです。天使様はあちらの方角を指しています。これはまだ神の意志が終わっていない証拠なのです。従って、聖女の使命もまだ終わっていないのです!」


 広場の中央ではエバンジュが目を閉じて、とある方角を指さして立っている。


 その横でガイゼンは大仰な手振りで演説のように叫ぶ。まるで民衆を煽る扇動者のように。


 彼は中央に近づいてきたセシルの顔を見つけると、口角を上げて嗤う。


「さぁ、聖女セシルも参られた。今こそ、長年虐げられたこのクレールダルクが立ち上がる時なのです!」


「なにを騒いでいるのですか?」


 セシルはガイゼンに問う。彼は大きな眼をぎろりと輝かせる。


「貴女が遅いので、代わりに神の意志をお伝えしていたのです」


「神の意志?」


「左様、神の意志、すなわち、聖女である貴女の使命です」


「それでしたら、私の役目はもう終わりました。内戦は終わります。この国に平和が訪れるのです」


 セシルは静かながらしっかりとした口調で言った。


 しかし、ガイゼンは首を振る。


「いいえ、あれを見て下さい」

 ガイゼンがエバンジュを指差す。


「天使様はあの方角を指さしている。あの方角に向かうべき神の意志があるのです。貴女の役目が終わっているのならば、天使様はここにはもういないはず。それがまだ我々を導こうとしている。これが神の意志でなくて、なんなのですか!」


 セシルはエバンジュの指差す方を見た。普通に街の建物があるだけで、何も気になる物は見当たらない。


「……あの方角に何があるというのですか?」


「決まっているでしょう――ザグノリア公国ですよ」


「え?」


 セシルはガイゼンが何を言おうとしているかが分からない。

 ただ怪訝に眉を寄せて彼の次の言葉を待つ。


「先程、国王陛下が我々に真実をお伝え下さった。それはザグノリア公国の大使が、この国の将軍と内通し、内戦を引き起こしていたということ。それはザグノリア公国がこのクレールダルク王国を貶めていたということです! これはザグノリア公国がこの国を内側から滅ぼそうとした計略なのです!」


 ガイゼンは広場中に伝わるような大きな声で言い切った。


 セシルは焦ってガイゼンに詰め寄る。


「ちょ、ちょっと待って下さい! それはファンマ大使が単独でやったこと。それを証拠にザグノリア公国のセルギウス将軍が頭を下げたではありませんか」


「そのセルギウス将軍の行為そのものが計略の一つだったとしたら?」


「……な、何を証拠に……」


「証拠? そのものが出てくるのを呑気に待つつもりですかな。そんなことをしている間に国が滅びますよ?」


「……そんな……」


「さあ、皆さん、今こそ立ち上がるのです! 手始めにあのセルギウスを討ち取るのです。そして、そのまま――」


 その時、ガイゼンに向かって拳大の石が飛んできた。


 彼は素早く反応してそれを避ける。そして彼は石が飛んできた方向を睨みつけた。


「おお、いい反応だな。さすがは奇跡監査官」

 ライアンが不敵に笑いながら現れた。


「貴様、何の真似だ」


「何の真似? こっちの台詞だ。アンタ、自分が聖女になったつもりか? セシルを無視して勝手なこと言ってんじゃねえよ」


 大きな眼で睨みつけるガイゼンに対して、臆せずライアンは言い返した。


「ふん、聖女が気づかない神の意志を私が解釈してやっているだけだ」


「もう、いいって。それ、全部――――嘘なんだろ?」

 ライアンの言葉に広場がざわつく。


「……神罰が怖くないようだな」


「やれるもんならやってみろよ、このペテン師が。おいそっちの兄ちゃん、もういいぜ。天使の真似ごとなんてもう無駄だからよ」


 ライアンはエバンジュに向かって言った。エバンジュは静かに手を降ろして、無表情でライアンを見つめる。それを一瞥してライアンはガイゼンに向き直る。


「私だけでなく、天使様も愚弄するか!」


「――ならば、天使の奇跡とやらを見せて下さい」


 ライアンの隣に現れたリリアが言った。


「なんだと?」


「天使が現れた時、多くの人の怪我や病気を治していたそうですね。その奇跡、もう一度見せて下さい」


 リリアは離れた所に立っているリネットの方を見た。彼女はおどおどしながらもリリアの視線に首肯で返した。


「……ふん、奇跡はそんな安売りする物ではない。それに今は聖女を導くという、大いなる奇跡の最中だ。それどころではないのだ」


 ガイゼンの言葉に、ライアンとリリアは顔を見合わせてため息をつく。


「茶番はもういいだろ。おいシェリー、出番だぞ!」


 ライアンは後ろに向かって叫ぶ。

 するとシェリーを先頭にして何人かの兵士が現れた。その中には、両側を兵士に掴まれたファンマの姿があった。


 ライアンはファンマの首根っこを掴んで、広場の中央に引きずり出す。


「さぁ、もう一度話してもらおうか。内戦を起こした目的はなんだ?」


「…………」

 ファンマは俯いて話さない。


「おい」

 ライアンはじりっとにじり寄る


「う、うう、内戦を起こした目的は、西軍と東軍に武器を売って儲けることだ……」


「今回のはそれだけじゃねえんだろ?」


「……今までよりも戦争を大規模にすることだ」


「どうして、大規模にする?」


「もうこの国では儲からなくなったからだ。いっそ滅ぼして、他国から侵略させれば……」


「新しい儲け話に繋がるってことか?」


「……そうだ」


 ファンマの告白に広場は騒然とする。彼の恐ろしい計画に誰もが戦慄したのだ。


「それを一人で考えたのか? 共謀者がいるんだろ?」


「……ああ、そうだ」


「誰なのかを言いな」

 ファンマが顔を上げて震える手を上げる。そして、一人の男を指さした。


「あの男だ。私の前ではガルーダと名乗っていた。あの男は、私に任せれば王国中を巻き込む戦乱を生み出してやると……」


 ファンマが指さしたのはガイゼンだった。


 ガイゼンは腕を組んで冷徹な表情でライアンを睨みつけている。

 しかし彼はフッと笑った。


「バカバカしい。何かと思えば。よくもそんな戯言を用意したものだ。私たちが偽物だと言うのなら、あの聖女の奇跡はどう説明する? あの奇跡を導いたのは私たちだ」


「それは違います!」

 強い否定の言葉を発したのはセシルだった。


 セシルは中央へ歩み出ると、広場に集まる人々に向かって言う。


「皆さん、私が起こしたのは聖女の奇跡でもなんでもありません。あれは、ある方の起こした魔術なのです。私は聖女のように振る舞っただけで、聖女なんかではありません」


 セシルの告白にまたしても広場はどよめいた。立て続けに衝撃の事実が明らかになり、人々も混乱しはじめていた。


「お前らは最初からクリストフさんの娘であるセシルに眼をつけていた。クリストフさんを陥れてセシルを聖女に担ぎ上げて、この国の内戦をさらに大きくすることが目的だったんだ。さらに言うならば、セシルを守る気も無かった。だって死んだ方が、さらに民衆の怒りは燃え上がるからな」


 そこまで言ってライアンは腰の剣柄に手を当ててガイゼンににじり寄る。


「……さて、そろそろ観念しな。悪あがきは見苦しいぜ」


 両者の間に殺気じみた空気が漂う。


 その時、エバンジュが片手を上げた。指先は天を指している。


「もういいって言っているだろ、それ」


 ライアンが鬱陶しそうに言う。エバンジュはにこりと微笑む。


 次の瞬間、彼の指先が強烈に発光した。視界を埋め尽くす白い光。その光はライアンも含めて広場の人々の視線を逸らさせることに成功した。


 視界が戻ると、ガイゼンとエバンジュは煙のように姿を消していた。


「チッ、あの野郎!」

 ライアンは猟犬の様な鋭い顔つきで駆け出した。


「ちょっ、わ、私も!」


 それに続いてリネットも広場を後にした。



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