Episode:3 038 ファンマの最後の言葉
再会を果たした二人は、未だ市民たちが集う中央広場へ向かうことにした。中立兵団の兵士の話によると、皆、市長であるクリストフの解放の知らせは聞いているらしく、彼が現れるのを待っているとのことだった。
「――お前が聖女だって!?」
道すがらセシルの話を聞いたクリストフが思わず叫んだ。
「う、うん、そうなの」
父に聖女と呼ばれて少し恥ずかしくなったセシルは俯く。
「そ、そうか、私のいないうちにそんなことが……」
クリストフの方も娘が聖女の扱いを受けているなど思いもよらず、どう接してよいか悩んでしまう。
「と、とりあえず、広場へ行こ。帰ったら詳しく話すから」
セシルはクリストフを促した。しかし、彼女はふと足を止めた。
「どうした? セシル」
「ええと、ごめんね、お父さん。先に行っていて」
「ああ、わかった」
セシルにそう言われたクリストフは、中立兵団の男たちと広場へ向かって歩き出した。
それを見送ったセシルはくるりと振り返った。
そこには離れて様子を見ていたライアンとリリアの姿があった。
「ごめんなさい。ライアンさん、リリアさん、置いてけぼりにしちゃって……」
「構わねえよ。クリストフさんにやっと会えたんだ。気にしねえよ」
ライアンの言葉に、隣のリリアも頷く。
「それにしてもいいのか? 広場に行ってあげなくて。街のみんなはクリストフさんだけでなく、聖女のお前も待っているはずだぞ」
「ええ、それもそうなのですが……あの、まだいいのでしょうか?」
神妙な面持ちで言うセシル。その様子にライアンとリリアは顔を見合わせる。
「うん? なんのことだ?」
ライアンが問い返す。
「あの、私の願いは叶ったのですが、まだ、魂を支払わなくてもいいのでしょうか、という意味です」
セシルの答えにライアンはなるほどと理解した顔をした。
隣のリリアもセシルの意図に気付いた。
「え、ええと、それなのですけど、まだ完全に内戦が終わった訳ではありません。ですので、まだセシルさんの願いは叶ったとは言えない状態です」
「……どういうことですか? 内戦の元凶だったファンマ大使と二人の将軍は処罰されましたし、西軍と東軍が交代で正規軍を務める話についても、国王陛下のお許しを得ています。内戦は終わったと思いますが……」
「はい、ですが、まだ交代する案が採用されただけで、本当に西軍と東軍がそれに従うかはわかりません。あの二人の将軍は去りましたが、新しくトップに立つ人がまた争うかもしれません」
「……それでしたら、いつ願いが叶ったことになるのでしょうか……?」
セシルは率直に疑問を口にした。
「そうですね。先程言っていた交代する案の通りに、西軍と東軍のどちらかが正規軍に就いた時でしょうか」
リリアが用意していたかの様に淀み無く答えた。
「そ、そうですか……」
セシルは少し拍子抜けた様子で呟いた。
「まぁ、あの国王様の言う通り、最後まで見届けろってことだ。とりあえず、こっちは気にせずにクリストフさんと広場へ行ってあげな」
ライアンが微笑みながら言った。それを受けてセシルも緩く微笑む。
「わかりました。行ってきます」
セシルはお辞儀をして広場の方へと駆けていった。
小さくなる彼女の背中を見ながらライアンはポツリという。
「リリア」
「……なんでしょう?」
「そろそろ教えて貰おうか」
ライアンはニヤリと笑いながらリリアに言った。
「な、なんのことでしょう……」
リリアは視線を泳がしながら顔を逸らした。
ライアンはふふっと笑う。その時二人の背後に人の気配がした。
振り返るとそこにいたのはシェリーとトリシアだった。
「――久しぶり、リリアちゃん。ああ、ライアン、いい戦いだったわね」
シェリーが上機嫌に言った。
「なんだ、お前ら。リアンダールに帰ったかと思ったぞ」
「あんな、状況で帰るわけがないでしょ。ま、確かにこの国には居なかったけどね」
「この国に居なかった? どこに行っていたんだ?」
ライアンの質問にシェリーが胸を張る。
「ふふん。それは、ザグノリア公国よ」
「ふーん」
ライアンはさして興味なさそうに返事をした。
「ふーん、ってアンタ、何をしに行っていたか、興味無いの?」
シェリーが眉を寄せて言う。その時、リリアがなにか思いついた。
「あ、まさか、あのザグノリアの将軍様は!」
「さすが、リリアちゃん。勘がいいわね。そうよ、あのセルギウス将軍は私が連れてきたのよ。ついでに言うと、ルネ国王陛下にクレールダルクへ戻るように進言したのも私よ」
そこまで聞いてようやくライアンは驚く。
「まさか、リアンダールの皇女の名前を使ったのか」
「その通り。言っていたでしょ? リアンダールとザグノリアは友好国なの。私の名前を使えばイチコロよ」
シェリーが得意満面に言う。その隣ではトリシアが不機嫌そうに立っていた。
「私は大反対したのだがな、リアンダールの名前で内戦に介入すれば、それは内政干渉になりかねない。もし、失敗すれば、クレールダルクの矛先がリアンダールや、その友好国のザグノリアに向きかねない」
「だから、セルギウス将軍には内密にって口止めしたじゃない」
「他国の将軍を内緒で動かすなど、聞いたことがありません。セルギウス将軍も困っていたじゃないですか……」
ひどく疲れた表情でトリシアは言う。さすがに気の毒だと思うライアンだった。
「でも、まぁ、彼としてもファンマの悪行が暴けたのだから、喜んでいるわよ」
「しかし、あんな悪党ですから、他にも色々やっていそうですね」
トリシアの言葉にシェリーは首を捻る。
「そうねえ、その辺りはセルギウス将軍が調べるんじゃないかしら?」
その時、リリアが何かを思い出したようにはっとした。
「どうした? リリア?」
「あ、あの、ライアンさん、あのファンマ大使の最後の言葉を覚えていますか?」
「アイツの最後の言葉? ええと、なんだっけな……」
「あの時、ファンマ大使は言いました。「こんな結末は聞いていないと」」
「ああ、確かにそんなことを言っていたかな」
それを聞いてリリアは顎に手を当てて考えこむ。
「……結末、……共謀? ……聖女と天使…………まさか!」
リリアはシェリーに向き直った。
「あの、シェリーさん、あのファンマ大使にもう一度話を聞くことが可能ですか?」
「え? そうね。セルギウス将軍に頼めば、できるとは思うけれど。どうしたの、そんな深刻な顔をして」
「もしかして、あの人たちは繋がっているのかもしれません」
「あの人たち?」
シェリーが小首を傾げた。
そして同じ様に首を傾げるライアンと顔を見合わせるのだった。




