Episode:3 036 決着の後にて
決闘の決着を聞いたセシルが広場に到着すると、広場の中央にはライアンと二人の将軍、そしてファンマの姿があった。
ファンマがライアンに詰め寄って何かを言っている。
すると彼はセシルの姿を見つけると、セシルの方へとやってきた。
「やってくれましたな。あれほど、妙な力は使わないと言っておったのに!」
顔を見るなりいきなりそんなことを言われて、セシルは困惑する。
「……なんのことでしょうか?」
「とぼけるな! さっきの決闘だ。あの二人を同時に相手にして、勝ってしまうなどあり得ない。貴女が奇妙な力を使ってイカサマをしたに違いない!」
そこまで聞いてセシルはファンマが言っている意味を理解した。
「違うって言っているんだがなぁ」
ライアンが隣に来て言う。
「いや、奇妙な力に違いない! 相手は西軍と東軍のそれぞれ一番の剣士だ。それが二人がかりで戦って負けるはずなど無い!」
ライアンがため息をつきながら後ろ頭を掻く。彼は自身の勝利にケチをつけられているのだが、怒りを通り越して呆れていたのだ。
「そう思うなら、あの将軍たちに聞いてみな。あの二人は腐っても軍人だ。今の戦いにイカサマがあったかどうかくらい、わかるだろ?」
ライアンは後ろのアルドモン将軍とバトラン将軍を指差しながら言った。
ファンマは二人の将軍を見る。その視線は睨むように鋭い。
「そうだ! 貴方がたの見解を聞きたい! 武人として先程の決闘、デタラメだったでしょう!」
ファンマが口から泡を飛ばしながら言った。
しかし、将軍たちの反応は鈍い。彼らは眉を寄せて困ったような顔で視線を逸らしている。ファンマの意見に肯定ではないことは明らかだった。
賛同が得られないことにファンマは怒り心頭に発する。彼は興奮のあまり、こめかみに青筋を浮かべて肩を震わせる。
「ぐぬぬ、断じて認めるものか! こんな決闘は無効だ! やはり軍隊同士、決着をつけるのは総力戦だ! 全面戦争以外に決着は無い!」
次の瞬間、セシルの拳がファンマの顎を打ち抜いた。
顎を押さえてファンマは石畳の上に横たわる。
「ク、クソ! 何をする、この小娘が!」
ファンマに向かってセシルは悠然と近づく。
「黙りなさい――」
セシルは冷徹の権化のような威圧と冷たさをもってファンマに言う。
「――今、確信しました。この国の内戦の元凶は誰なのか。誰を黙らせれば、この国の内戦が終わるのか」
「だ、黙らせるだと? 私はザグノリア公国の大使だぞ! 誰に向かって言っている!」
「もちろん貴方です。この国の怒りを思い知りなさい」
セシルは更に一歩ファンマへ近づいて、拳を振り上げた。
しかし、その拳が振り下ろされる寸前、ライアンが腕を掴んで止めた。
「やめておけ、手が汚れる」
「剣を貸して下さい。刃のついた剣を」
「落ち着けってセシル。後は任せろ」
ライアンが静かにそう言うと、セシルの手の力が緩んだ。
「わ、わかりました……」
ライアンはセシルの手を放す。
そして、石畳の上のファンマの方を向いた。
「さて、アンタはザグノリアの大使らしいが、アンタの言うことは、ザグノリアが言っていることと解釈していいんだな?」
「な、なんだと?」
「さっきアンタは全面戦争を煽っていたが、それはザグノリアとしての意思でいいんだな? っていう話だ。だってそうだろ? アンタ、ザグノリアを代表してここにいるんだろ?」
ライアンの言葉にファンマは青くなる。
「ち、ち、違う! 私は、あの二人の将軍の意見を代弁しただけだ!」
「へぇ、じゃあ、あの二人の将軍だけが、全面戦争をしたいってことだな」
その言葉に反応したのは、アルドモン将軍とバトラン将軍だった。
「俺はそんなことは言ってねえ!」
「そうだ! お前が勝手に言っただけだ!」
それを聞いてライアンは呆れたように息を吐く。
「さぁ、大使様、どうする? お仲間はアンタを見捨てるみたいだぜ?」
ファンマはわなわなと唇を震わせて立ち上がった。
「す、全てはあの二人の将軍が元凶だ! あの二人が戦争ごっこをしたいが為に、内戦を始めたんだ! 私は脅されて協力させられていただけなんだ!」
ファンマの言葉で広場がざわめいた。民衆たちの目線は二人の将軍へと注がれる。疑惑と敵意が入り交じる視線を向けられて、将軍たちは青ざめて額に脂汗を浮かべる。
「ほ、ほら、あいつらのあの態度が、何よりもの証拠だ!」
ファンマが指差して言う。しかし、二人の将軍は視線を逸らした。
――その時だった。
辺りに群がっていた民衆たちの一画から大きなどよめきが起きた。
すると周りを取り囲んでいた人垣が割れ始める。広場に現れた誰かの為に道を開けているのだ。その人が人垣から現れると、広場にいた者は一斉にひざまずいて頭を下げた。
この国において、その光景を作り出せるのは一人しかいない。
広場に現れたのは、クレールダルク王国ルネ国王であった。
その足取りは慎重でありながらも気品を漂わせていた。柔らかな金の髪が陽光に揺れ、伏せがちな瞳が静かに群衆を見渡している。
震える指先を隠すようにマントを握りしめ、それでも背筋だけは真っ直ぐに保っていた。
広場の中心へと歩み出たルネ国王は眼を閉じて一つ大きく息を吐く。
そしてゆっくりと眼を開ける。その眼には確固たる意志の光が宿っていた。
「ファンマよ」
ルネ国王は、はっきりとした声で目の前の男の名を呼んだ。
内に秘めた決意を込めたその声は、周囲の空気を張り詰めさせた。
「ル、ルネ国王陛下。ど、どうしてここに。ザグノリアへ帰られたはずでは――」
「ファンマよ、先程の言葉、間違いないだろうな」
ルネ国王はファンマの問いかけを無視して自身の言葉を続ける。
「……さ、先程の言葉、ですか?」
「そうだ、あの二人の将軍に脅されて協力したという話だ」
「そ、それは、間違いありません! 私は二人に脅されて!」
ファンマは額に汗を浮かべながら懇願するように言う。
「アルドモン、バトラン、こう言っているが本当か?」
ルネ国王はアルドモン将軍とバトラン将軍の方を向いて言った。鋭い視線を向けられて、二人の将軍は何も言えずに射すくめられた。
「本当か? と聞いておる」
ルネ国王の声に怒気が混じる。
「お、畏れながら申し上げます。東軍と西軍の内戦の発端は、そこのファンマからの提案でございます。私共に脅されてというのは真っ赤な嘘で、ファンマこそがこの内戦の仕掛け人でございます」
二人の将軍を代表するように、バトラン将軍がそう答えた。
「ば、馬鹿な! 私がそのようなことをする訳がありません! 私は常にこの国の平和の為に尽くしておりました。そんな私が、この国に戦火をもたらすような事を――」
「――もう、よい」
ファンマの言葉をルネ国王が切り捨てる様に遮った。
抗えぬ威を纏ったその声に、ファンマは身震いした。
彼はルネ国王に今まで感じたことの感情――畏怖を初めて抱いた。
「今のバトランの証言、同じ言葉をガストルとジェリスからも聞いておる。言い逃れは無駄だ」
ルネ国王は瞳をたぎらせて言葉を続ける。
「よくも、この国を弄んでくれたな。そなたのやったことは、我が国に甚大なる被害をもたらした。覚悟するが良い」
「わ、わたしは、ザグノリアの人間だ。この国で裁くことなどできない! 国王陛下、貴方とてザグノリアの大使である私を勝手に裁くことはできないはずだ! そんなことをすれ我が国が黙っていない!」
ファンマは開き直って喚き散らす。
「――それに、私はザグノリア公国のセルギウス将軍に任命されてここにいる。私にはあのセルギウス将軍の後ろ盾があるのだ! 私を罰せれば、将軍ひいてはザグノリアの正規軍と戦争ですぞ!」
ファンマは卑しく顔を歪めながら挑発するように言った。しかしルネ国王は動じず、威厳に満ちた目つきで口を開く。
「その言葉、ザグノリアの意思として受け取ってよいのだな? そうだというのなら、そなたの首を宣戦布告代わりにザグノリアへ届けることにしよう」
そう言ってルネ国王は一歩、ファンマへとにじりよる。
ファンマは無様に腰砕けとなり、座ったまま後ずさる。
「ま、ま、待ってくださ、い……」
ルネ国王は腰の剣の柄に手をかける。
「――それ以上は、ご容赦下さいませ。ルネ国王陛下」
ルネ国王の背後から低くよく通る男の声がした。振り返ると、豪奢な甲冑と綺羅びやかなマントに身を包んだ軍人がひざまずいていた。
ファンマはその軍人の顔を見て、驚きの声を上げる。
「セルギウス将軍!」
ファンマは呼びながら、這うように軍人のもとへと歩み寄る。
「セルギウス将軍、よく来て下さいました――」
「――黙れ」
セルギウス将軍は射殺す視線でファンマを黙らせた。
そして、ルネ国王の方へ視線を向ける。
「ルネ国王陛下、この者の罪科並びに無礼な振る舞い、お怒りはごもっともで御座います。ですが、この者の処分は我が国にお任せ頂けないでしょうか? どうか、このセルギウスの顔に免じて、それだけはお願い申し上げます」
セルギウス将軍は額が石畳につかんばかりに頭を下げて言った。
「……相分かった。余が直々に成敗したいところだが、そなたの国の面子を立ててやろう」
ルネ国王は一つ息を吐いて言った。それと同時に広場の空気が弛緩した。
「有難きお言葉にございます」
そのやり取りを聞いて、全てを悟ったファンマは観念したように崩れ落ちた。
「ク、クソッ、こんな結末は聞いていないぞ!」
ファンマは独りごちた。
「おい、連れて行け」
セルギウス将軍は部下の兵士に命じた。
「それでは、ルネ国王陛下、後ほど」
「うむ」
セルギウス将軍は最後に深々と頭を下げて、ファンマとともに広場を辞した。




