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Episode:3 034 決闘の意味


 内戦は代表者による決闘によって決着する。


 この知らせは瞬く間に国中へと広がり、人々は歓喜に震えた。街の広場では人々が集まり、どこが勝つのかと予想しあい、酒場では客が杯を打ち鳴らし、「これで戦は終わる」と安堵の声が漏れる。家々では家族が寄り添い、静かに決着の時を待っていた。


 そして決闘当日――。

 オーブクレールの中央広場は朝から賑わっていた。皆、歴史に残る決闘を見ようと詰めかけていたのだった。さすがに決闘する分の場所は確保されていたものの、それ以外は立錐の余地がないほどにごった返していた。


 その人だかりから少し離れた――控室として用意された民家にて、ライアンとリリアは決闘の時を待っていた。

 真王国軍代表のライアンは軽甲冑に身を包み、入念に身体を伸ばしている。


「――なぁ、リリア」

「あ、はい、なんでしょう?」


「セシルのことなんだが、あの聖女としての堂々とした振る舞いは、お前の悪魔の力か?」

 ライアンの問いにリリアが首を振る。


「……い、いえ、私がやったことは戦闘への介入だけです。セシルさんの精神にまでは介入していません」


「そうか。アイツ自身の力ってことか……」

 ライアンは体勢を変えて両腕を上に伸ばして、今度は背中の筋肉を伸ばし始める。


「ライアンさん」

「ん? なんだ?」

「あの、セシルさんですけど、人ってあんなに急に強くなれるものなのでしょうか?」


「そうだな、強がりでも続けていれば、自分の精神が追いつくものかもな。それにしても出来過ぎだけどな。まぁ、ひょっとすると、あの奇跡監査官が言っている神の加護ってやつが、あのセシルの変化かもしれねえな」


「……なるほど」

 背中を伸ばし終えたライアンは、ふうと息を吐きながら汗を拭った。


「ま、加護にせよ成長にせよ、俺達にとってはいいことなのは変わりないがな」


「そ、そうですね」


「さて、そろそろかな」

 ライアンは窓の外の様子を覗う。


「ラ、ライアンさん」

 そのライアンにリリアが声をかける。


「うん? なんだ?」


「え、えと、残念ながら、私の力は今回の決闘には介入できません」


「……ああ、だろうな」

 ライアンはさらりと答えた。


「え? 知っていたのですか?」

「――そりゃ、俺でもわかるさ。内戦が終わるのがセシルの願いだったんだからな。俺が勝とうが負けようが、どちらにせよ内戦は終わるから、この決闘の勝ち負けは契約の範囲外だ。そうだろ?」


「あ、は、はい、そうなんですが、私としてはなんとしてでも勝って欲しくて……」


 リリアの言葉にライアンはふっと笑う。


「まぁ、任せろって、あの程度の奴らなら問題ねえよ」

 ライアンは得意気な顔で言った。彼は強がっている素振りも無く、いつも通りの余裕のある表情だった。


 その時、ちょうどセシルが部屋に入ってきた。


「――聞こえましたよ。頼もしいですね。私としては、西軍、東軍のどちらかを正規軍と決めてしまうよりも、父が考えた正規軍を交代させる案が通って欲しいので、是非とも頑張って下さい」


 穏やかな笑みを浮かべてセシルが言った。彼女のその佇まいを見てライアンは微笑む。


「どうかしましたか?」


「いや、いつの間にか聖女っぽくなったな、お前」


「え? そうですか?」


「ああ、その落ち着きと余裕は今までのお前には無かった。大したもんだ」


「そうなのですね。自分ではあまり変わっていないと思うのですけど……」

 セシルがそう言って少し俯いた。赤らめた頬を隠すように。


 そこへ扉を叩く音が聞こえた。


「どうぞ」

 セシルが顔を上げて応えた。


「失礼する」

 そう言って入ってきたのは、あの体格の良い奇跡監査官の男だった。

 後ろには例の天使の男と、補佐の監査官を連れている。


「あんたらか、随分と久し振りじゃないか、天使様」

 彼らを見るなりライアンが言う。


 しかし、そんな声は無視して、彼らはセシルの前に跪いた。


「聖女セシル。ご無事でなによりです。貴女のその姿こそ、神のご加護の証。このガイゼン、神の奇跡に立ち会えて大変光栄です」


 セシルはそっとライアンの方を見た。


 ライアンが苦笑いをしながらも頷いている。


「ガイゼン殿。貴方の助言なくしては、聖女としての私はありませんでした。深く感謝いたします」


 セシルはライアンの合図通り、聖女の演技を続行する。


「痛み入るお言葉、ありがたく存じます」


「そんなに畏まらないで、頭を上げて下さい」


 セシルの言葉を受けて、ガイゼンたちは立ち上がった。


「見違えましたな、聖女セシル。随分とご立派になった。やはり天啓に間違いは無かった」


「ガイゼン殿、それを言う為に来られたのですか?」

 セシルは微笑みながら言った。


 するとガイゼンの目つきが鋭くなる。

「いえ、もちろん聖女様のご無事を確認するのも目的でしたが、一つ気になることがありまして……」


「気になること? なんでしょう?」


「今日の決闘のことです。何故、内戦の決着に決闘をお選びになられたのでしょうか?」

「何故と言われても、公平かつ合理的に決着をつける方法を選んだだけですが」

「公平ですか」

「ええ、そうですが……、公平ではありませんか?」


 セシルは小首を傾げながら問うた。ガイゼンが緩く首を振る。


「いかにも、決闘とは公平な手段です。ですが、公平である必要は無いのです」

「公平でなくとも良いと?」


「そうです。貴女は神のご加護で国軍を上回る兵力を手に入れた。この国で一番の力を得たわけです。それなのに何故、自ら公平を選ぶのですか?」

 ガイゼンが更に続ける。


「それに聞くところによると、決闘には聖女の力の介入もできないそうですね。なぜ西軍と東軍にそこまで譲歩する必要があるのですか? 貴女はこの国で一番の兵力を持ち、なおかつ神の代弁者なのですから、譲歩する必要など無いのです。決闘などという不確定な手段を使わずとも、神のご加護があれば、この国の内戦は治められたのはないのでしょうか?」


 それを聞いてセシルは暫し考えた後に口を開く。


「確かに、真王国軍はまだ増える余地もありましたから、直接的な武力を振るわなくとも、こちら側の一方的な要求でも通っていたかもしれません」


「その通りです。ですから――」

「――しかし、そういった解決は遺恨を産みます。遺恨は新たなる火種を産み、火種は災いを招きます。ですから、私は公平を選びました。それにこっちの方が聖女らしくありませんか?」


 セシルは言い終わりに緩く微笑んだ。


 ガイゼンが力強い目つきでセシルを見ている。


「今までの神のご加護が水の泡になるかもしれませんぞ」


「私にご加護があるというのなら、この決闘に至った道さえも神の配剤だと思いますが」

 臆すること無くセシルは言い返した。両者の間にぴきりとした緊張の空気が漂った。


「――なんだか。アンタもあの大使みたいだな」

 緊張を破ったのはライアンだった。


「あの大使も二人の将軍の喧嘩を煽っていたけど、アンタもセシルを煽って戦争を起こしたいように見えるぜ」


「なんだと?」


「それにアンタ、奇跡監査官なんだろ? ちょっとセシルのやることに介入しすぎじゃねえか? 聖女様のする事を黙って見ておくのが仕事じゃねえのか?」

 ガイゼンの身体から殺気が漂う。


 すると、リネットがライアンの前に割り込んだ。


「ぶ、無礼です! この方は上級監査官です。その辺のただの監査官とは違い、奇跡に解釈を与えてらっしゃるのです! 介入では無くて問いかけなのです! 貴方たちの奇跡の解釈に問いかけをしているのです!」


「なんだお前?」

 ライアンは突然眼の前に割り込んできた人物を睨みつける。


「に、に、睨んでも駄目ですからね! 喧嘩はさせませんよ!」


「ラ、ライアンさん、落ち着いて下さい」


 凶悪な目つきのライアンをリリアがなだめる。


 ガイゼンの方はリネットの働きもあってか、幾分、落ち着きを取り戻しているようだった。


「真王国軍の代表は貴方らしいな」


「それがどうした。文句あるのか」


「文句など無い。神のご加護があらんことを――それだけだ」

 そう言うと、ガイゼンは踵を返す。

 そして、リネットに目配せをして部屋から出ていった。


 終始無言で穏やかに微笑んでいたエバンジュは、最後にセシルににっこりと微笑んで出ていった。


 一人残されたリネットが大きくため息をついた。


 そしてライアンの方をひと睨みして立ち去ろうとしたが――リリアが彼女の袖を掴んだ。


「うわ、なんですか! け、喧嘩なら、しませんよ!」


「ち、違います! 喧嘩じゃありません。聞きたいことがあるんです!」


 リリアは即座に袖から手を離して、両手を広げて無害をアピールした。


「き、聞きたいこと? 私にですか?」


 警戒心が残る顔で怪訝にリネットが問う。


「は、はい、そうです。貴女も奇跡監査官なんですよね?」


「……いや、まだ、補佐官ですけど」


「そ、そうなんですね。でも、この件にはずっと付いているんですよね?」


「ええ、まあ……、それで、聞きたいこととは?」

 弱腰のリリアが相手とあってか、少しずつリネットの警戒心もゆるくなる。


「天使のことです」


「天使? ああ、エバンジュ――あの金髪の彼のことですか」


「教えて欲しいのです。あの人がどうやって現れたかを」


 リリアは柔弱な態度から一変、凛とした輝きを瞳に宿らせてリネットへ問うたのだった。



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