Episode:3 033 和平交渉②
会合の場に静寂が落ちる。
セシルの迫力に圧倒されたか、バトラン将軍とアルドモン将軍の両将軍も何も言葉を発しない。セシルは一つ咳払いをした。
「――失礼しました。アルドモン将軍の先程の質問に答えましょう。西軍と東軍が勝った場合、勝った方が正規軍になる。それでいいでしょう。ただし、私たち真王国軍が勝った場合、先程の正規軍の交代案を通させて頂きます」
セシルは自らの要求を伝えて提案を締めくくった。この決闘に両軍を引きずりこむというこのシナリオこそ、彼女の用意したとっておきの策であった。
二人の将軍がどう出るかはわからない。しかし、セシルには必ずこの策は上手くいくという、確信めいた予感があった。
「――面白えじゃねえか、大将。俺にやらせてくれよ」
声は意外な所からあがった。口を開いたのはアルドモン将軍の後ろに控えていたガストルであった。彼は太い腕を組んで不敵に笑っている。
「俺は、この国で一番強え奴を決めてえって前々から思っていたんだ。世間じゃ西軍の俺か、東軍のアイツかって言われているが、それが気に食わねえ。アイツを倒して俺が一番だって証明してやる。そんでもって、大将が正規軍のトップになるなら言う事無しだ」
ガストルが東軍バトラン将軍の後ろに控える剣士――ジェリスを指さしながら言った。
ジェリスが微かに口の端を上げて冷たく笑う。
「ふっ、願ってもない話だ。バトラン将軍、このジェリスにお任せ下さい。私が全てを終わらせて参ります」
ジェリスが後ろからバトラン将軍の顔を覗き込みながら告げた。
それぞれの側近の言葉を受けて、二人の将軍は考える。
しかし、考えるまでも無かった。
圧倒的な戦力を持つ真王国軍に勝つには決闘以外には無い。決着が着くことによって、戦争遊びができなくなるが、それもそろそろ飽きてきた所だ。それよりも決闘によって正規軍のトップの座が転がりこむなら悪い話ではない。バトラン将軍とアルドモン将軍はそれぞれ同じ考えに至り、卑しく嗤った。
「やるからには徹底的だ。ガストル」
「失態は許されぬぞ、ジェリス」
二人の将軍は決闘の案を受諾する意思を口にした。
「まかせてくれ大将」
「必ずや御身に栄光を」
二人の側近が将軍たちの言葉に応える。
ついに西軍と東軍が、長い内戦の決着の舞台に上がった瞬間だった。
「そ、そんな、馬鹿な。こんなにも長く争ってきた内戦を、たった一人の戦いで終結させるなど……」
ファンマは顔を引きつらせて呟いた。
その顔を見てバトラン将軍は鼻を鳴らす。
「ファンマ殿、歴史とは案外あっけなく動くものだ。貴方は光栄だ、歴史が変わるこの瞬間に立ち会えたのだから」
「そうだ、せっかくだから決闘も見て行ったらいい。特等席を用意してやる」
バトラン将軍に続いて、アルドモン将軍も言った。ファンマが力なく項垂れた。
「さて、聖女とやら、東軍は代表での決闘の話に乗るぞ。そして東軍の代表はこのジェリスだ」
「西軍も賛成だ。西軍の代表はこの男――ガストルだ」
バトラン将軍とアルドモン将軍は改めて決闘に賛成の意を示し、それぞれの代表の兵士も任命した。
「バトラン将軍、アルドモン将軍、有難うございます。では、我が軍――真王国軍の代表も紹介しましょう。ライアンさん、お願いします」
「おう、任せろ」
セシルの後ろでライアンが肉食獣のように笑った。
ライアンは威嚇するように殺気を放つ。するとガストルとジェリスの顔つきも変わった。彼らも臨戦態勢とばかりに身体から殺気を放ち始めた。
「おいおい、聖女様の配下の割にはあんまり上品じゃねえな。殺気がだだ漏れだぞ、お前」
ライアンに向かって楽しそうな顔でガストルが言う。
「どうやら今すぐにでも始めたいらしい。顔がニヤついているぞ野蛮人」
そう被せてきたのはジェリスだった。そう言いながら彼も口角を上げている。
「待て、お前たち。始める前に決め事を整理しておく必要がある」
そう言って三人を制したのはバトラン将軍だった。彼はセシルに向き直る。
「聖女セシルよ。決闘について決め事を整理しておきたい」
「ええ、わかりました」
そしてアルドモン将軍も加わり、決闘について幾つか決め事が交わされた。
参戦するのは各軍一人のみ、使用する武器は模擬戦用の刃潰しを使うこと、降参するか気絶すると負けとなる。場所は中立の街――オーブクレールの中央広場で、期日は明日となった。そして最後にバトラン将軍は重要な決め事を確認する。
「――聖女の力は使わないで頂きたい」
「聖女の力……」
「ああ、そうだ、人を吹き飛ばす突風を起こしたり、飛んでいる矢を燃やしたりと、いまだに信じられないが、貴女は奇跡を起こすのだろう? その力は今回の決闘では使わないということにしたい」
「私の力で真王国軍代表を援護するのは駄目ということですね?」
「そうだ。これはあくまで決闘だ。そこに奇跡といえども介入はあり得ない。純粋に兵士の個の力での勝負とさせてもらう」
「わかりました。では、私は決闘が見えないように遠くに離れておきましょう。それで宜しいですか?」
「ああ、そうだ、それでいい」
そう言ってバトラン将軍は、異論は無いか確認するように、アルドモン将軍の方を見る。
「俺もそれでいい。流石に奇跡を相手にする気はねえからな」
アルドモン将軍はあごひげを弄りながら答えた。
その確認を最後にして会合はお開きとなり、それぞれの陣営は準備に入ることになった。
こうして東西軍による内戦の決着は、一つの決闘に託されたのだった。




