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Episode:3 032 和平交渉①


 真王国軍と西軍、東軍との三者による交渉は、グルード平原の中央にてその場が設けられた。


 晴れやかといえない曇天の空の下、緑の草の上に簡素なテーブルセットが並べられて白いクロスがかけられた。そして周囲を布の衝立てが覆っている。さらにその周りには、真王国軍の白い紋章旗と、西軍の赤の紋章旗、東軍の青の紋章旗が無数にはためいている。


 そして、それぞれの軍勢は、その会合の場からかなり離れたところに待機していた。完全武装で緊張した面持ちの西軍と東軍の兵士たちに対して、武器を持たずに落ち着いた表情の真王国軍の兵士たちの様子が対照的であった。


 セシルは会合が開かれる時間のかなり前から会場にて待機していた。


 後ろにライアンとリリアを従えて、椅子の上で静かに瞑目していた。手こそ組んでいないが、その姿は祈りの姿にも見えた。


 最初に登場したのは側近のジェリスを従えた東軍のバトラン将軍だった。彼も開始よりも早い時間に現れたのだが、一番乗りはセシルに取られた形となった。先に会場で待ち構えて先手を取るという、彼のいつもの作戦は不発に終わったのだった。


 そして間もなくして西軍のアルドモン将軍が現れる。彼も側近のガストルを連れている。彼は約束の時間には遅れてくるのが常であったが、さすがに今回の会合の重要さを考えてか、しっかりと約束の時間に間に合う形となった。


 最後に会合の開始時間の直前になってザグノリア公国大使のファンマが現れた。


 彼の姿を見て、セシルは口を開く。


「ファンマ大使、国王陛下へはお伝え頂けましたでしょうか?」

 ファンマは一瞬びくりとなるが、すぐに平静を装う。


「い、いや、国王陛下は既にザグノリアへ帰ってしまったので、今回の会合へは出席できない」


「そうですか」

 セシルは少し残念そうに俯く。


「問題ないだろう。西軍の将軍である儂と、東軍のバトラン将軍、そして真王国軍の将がそろって話をするのだ。その結論に陛下も異論はないはずだ」

 そう言ったのは西軍のアルドモン将軍だった。


「その意見には賛成だ。このような重要な会合に国王陛下を呼べないのは残念だが、ファンマ大使が出席している。問題は無いだろう」


 アルドモン将軍の言葉に賛意を示したのは東軍のバトラン将軍だった。


 それを聞いていたファンマもうんうんと頷いていた。


 セシルは大きく息を吐く。そして場を見渡して微かに微笑んだ。


「わかりました。では、始めましょう」


 その言葉に誰からも異議や横槍も無く、静かに会合は始まった。




「――今日ここにお集まり頂いたのは他でもありません。この国の未来についてお話をしたいと思ったからです」

 セシルは気負いなど一切感じられない落ち着いた口調で滑らかに話す。


「……未来、ですか」

 ファンマが呟くように返す。


「ええ、そうです。この国の平和な未来についてです」


 セシルのその言葉にファンマが鼻を鳴らす。


「ふん、平和とは片腹痛い。真王国軍などという軍を興して、国軍に矛を向けた輩が口にする言葉ではありませんな」


「確かに、国軍に大きな混乱をもたらしたことは認めましょう。ですが、この方法以外に私のような者の話を、お二人の将軍閣下が聞いてくださる手段がありましたでしょうか?」


 ファンマの挑発的な発言にもセシルは動じず答えた。しかし、ファンマが尚も追撃する。


「話を聞いてもらうだけならば、他にも手はあったでしょう。貴女が選んだ方法は脅しにも近い、最低、最悪の手段だ。これが聖女を名乗る者のすることか」


「脅しですか︙…そうですね。見方によってはそうかもしれませんね。ですが、交渉を持ちかけたことが脅しだというのならば、いっそ武力行使をすればよかったのでしょうか? 神の代弁者として、神に逆らう者を裁き、神の厳しさを体現する。そっちの方が聖女らしかったでしょうか?」


「そ、それは……」


「もしくは軍など興さずに、地道に神の教えを説いてまわった方が良かったでしょうか? ですが、その方法では何年かかろうとも私の声が平和に届く未来が予想できません。私は平和的に誰も死ぬこと無く、それでいて一番早く平和に導ける方法を選びました。早さは重要です。遅ければ遅いほど、この国の人が多く傷つくのですから」


「し、しかし――」


「――もう、いいでしょう。ここで交渉に至る方法の是非を問うのは時間の無駄使いです」


 セシルは柔らかい口調ながらもしっかりと意志を載せた言葉で、ファンマの反論を封じた。


 そして、二人の将軍からも言葉がでないことを確認して、セシルは続ける。


「では、この国の平和な未来について話を戻しましょう。私の望む未来は内戦が終結して、この国の人々が争うこと無く過ごすこと。ただそれだけです。それ以外は望みません」


 セシルは淀みない瞳で前を見て言った。


 そこには何の打算も無く、ただ純粋な想いがその双眸から見てとれた。


「貴女がこの国を統治するのが望みではないのか?」

 そう聞いてきたのはバトラン将軍だった。


「いいえ、私の役目は、あくまでも平和になるように導くだけ。私が権力を握って統治するなどありえません」


「ならば、この国の内戦が終結すれば、貴女が率いる真王国軍はどうなる?」


「真王国軍という枠組みが残るかは分かりません。ただ一つわかるのは、内戦が無くなれば、私は軍を率いる立場から降ります」


 アルドモン将軍からの問いかけにセシルは答えた。


 バトラン将軍とアルドモン将軍が顔を見合わせる。二人はセシルが国を統治することも、軍のトップに居続けることも放棄することに驚いていた。


「だとすると、この国は誰が統治するのだ?」

 バトラン将軍が問う。


「決まっています。ルネ国王陛下以外におられません。もちろん軍の方も国王陛下に統括して頂きたいです。しかし、それがすぐには無理だと言うのであれば、正規軍はバトラン将軍とアルドモン将軍に率いてもらいましょう」


 二人の将軍はセシルが何を言っているのかわからなかった。


 既にこの国の軍は二人の将軍により統括されている。そしてその状況こそが内戦の原因であるというのに、彼女はそのままバトラン将軍とアルドモン将軍に統括しろと言っている。


「そ、それは、今の状況と何か違うのか……?」


「そうだ、お主が真王国軍を興す前と同じだが……」


 バトラン将軍とアルドモン将軍はそれぞれに疑問を口にした。


「いいえ、以前とは違います。お二人が国の軍を率いながらも内戦は起きない。私が望むのはそんな未来です。そして、それを可能にする案をお二人はご存知のはずですよ?」


 再びバトラン将軍とアルドモン将軍は顔を見合わせた。しかし二人共セシルの言う案とやらを思いつかない。


「クリストフ・フォーベール。この名を聞けば思い出すでしょうか? 私の父であり中立兵団の団長であるクリストフは提案したはずです。お二人の不和を解消せずとも内戦を終わらせる案を」


 それを聞いて二人の将軍はハッとなる。


「正規軍を交代させる案か……」

 バトラン将軍が呟くように言った。


「ええ、そうです。父が提案したのは、東軍と西軍とで期限を決めて正規軍を務めること。期限が来ればもう片方の軍へ正規軍の座を譲ること。こうすることで正規軍の座を争っていた内戦は終わることできます」


 セシルが言い終わると、ファンマの口からあざけりを含んだ笑いが漏れる。


「いかにも世間知らずな、浅はかな考えですな。国防の要である国軍がころころと代

わって国が安定するわけがないでしょう」


「国軍のトップが二人もいて、その二人が争っている状態よりかは遥かに良いでしょう」


「……そもそも、期限が来ても交代できる保証はないでしょう。最初に正規軍を務めた方が、その座を譲らなければ、また争いは起きるのでは?」


「期限が来れば正規軍は交代する。この約束すら守れない軍を、国王陛下は認めるでしょうか? 兵や民はついてくるでしょうか?」


 ファンマの論駁に対して、セシルは一歩も引かずに迎え撃つ。


 すると、あざけりを浮かべていたファンマの表情がかすかに引きつった。彼はセシルの放つ静かなる覇気に気圧され始めていた。


「お、お二方はどうですか? この聖女とやらの案、浅はかだとは思いませんか?」


 ファンマは二人の将軍に視線を向けて訴えかけた。彼は更に言葉を続ける。


「お二方は誇り高き武人です。それが正規軍のトップを交代で務めるなど、その誇りを貶めますぞ。確かに同じ国の将軍同士の争いは褒められたものではありません。しかし、それは貴方がたが誇りと信念を捨てていない証拠。己こそが正規軍として信じ続けた最後がこれで良いのですか? 貴方がたを信じてついてきた部下や兵たちの為にすることが、妥協で良いのですか?」


「…………」

「…………」


 ファンマは二人の将軍を煽るように熱く語る。しかし、彼ら二人の将軍の反応は鈍く、明らかに迷いの色がそれぞれに見えた。


「――まるで、内戦が続くことを望んでいるかのような弁説ですね。お二人の将軍に争ってもらいたいように聞こえますが」


 セシルはファンマに言った。ファンマの顔がまた引きつる。


「ば、ばかな! わ、わたしはお二人の将軍の意見を代弁しているだけだ。それに、そなたの案は武人の誇りを踏みにじる案だ。そんなことをすれば、いつかきっと綻びが出る。うまくいくはずがない!」


「では、逆に問いましょう。ファンマ大使。貴方はどうすればこの内戦が治まるとお考えですか? お二人の将軍や兵士たちの誇りを踏みにじらずに、解決する方法はありますか?」


「そ、それは……」


 ファンマは視線を逸らして口ごもる。セシルの案を否定することに躍起で、建設的な意見を持たない彼から良策など出てくるはずも無かった。


「お二人の将軍が和解するなどはあり得ないとして、私の案も却下された上に、ファンマ大使からも良い案が出ないとなると、あと残された道は一つしかありませんね」


「な、なんだ、残された道とは……?」

 沈み込んでいくような表情で言うセシル。


 その様子にファンマが怪訝に問う。


「決まっているでしょう? 雌雄を決するまで戦うしかありません。もっとも、戦うとなれば今回は私たち真王国軍も動かざるを得ませんが」


「むうう……」


「そ、それは……」


 セシルの言葉に反応したのは二人の将軍だった。西軍と東軍を圧倒的に凌ぐ兵力を持つ真王国軍が相手となれば、敗戦は火を見るより明らかだからだ。そもそも二人がこの交渉のテーブルについたのは、その敗戦という結果を避けるためであり、今の話に対しては視線を逸らして押し黙る他なかった。


「しかしながら、このまま三つの軍がぶつかり合えば、多くの犠牲が出るのは避けられません。そしてそれは私の役目である平和へ導くこととは大きく外れてしまいます。そこで、もう一つの提案があります」


 そのセシルの言葉に二人の将軍の視線が集まる。


「なんだね、もう一つの提案とは?」

 バトラン将軍が代表して問う。


「戦うのではあれば、各軍の代表者一人に戦わせましょう。そしてその代表者にも死者を出したくはありませんから、使うのは模擬戦用の武器とします。どうですか? これならば犠牲者を出すこと無く、軍と軍の争いに決着をもたらすことができませんか?」


 バンッとテーブルが強く叩かれる音がした。ファンマがテーブルに手をついて立ち上がっている。


「ばかな! 軍の命運をたった一人の兵士に背負わせるなど! この長きに渡る内戦の決着をそのような安っぽい模擬戦に委ねるなど、あり得ない!」


 顔を赤くして叫ぶファンマとは対照的に、二人の将軍は否定も肯定もせずに考える素振りを見せている。


 セシルはその二人の将軍の顔を見て、自説の手応えを感じた。


「どうですか? お二方? この案ならば、公平かつ迅速に内戦を終結できませんか? もうこれ以上闘う必要は無くなりますよ」


「……勝った軍が正規軍になるということか?」


 アルドモン将軍が問う。するとファンマが叫ぶ。


「アルドモン将軍! こんな小娘の提案、聞く価値はありませぬ!」


 セシルの胸の奥で何かが沸騰する感覚がした。


「お黙りなさい! 私はお二人の将軍と話をしています! この国の人と話をしている! 部外者は黙っていなさい!」


 槍のような痛烈な言葉がファンマを貫く。

 その迫力に気圧された彼は金縛りのように固まったのだった。


 (和平交渉②へ続く)

 


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