Episode:3 030 神の加護とは
真王国軍の本陣では、顔を合わせた西軍と東軍の兵士の間に緊張した空気が漂っていた。
いくら同じ真王国軍に従軍するといっても、長年争っていた彼らが互いを警戒するのも無理はなかった。
セシルはそんな彼らに対しても慈愛の計らいを見せる。彼女は両者の仲を無理に宥和に導くようなことはしなかった。両者の心情を理解し、警戒する心も受け入れた。
仲良くすることも、協力することも、無理強いはしない。ただ、同じ目的の為に同じ方向を向いていて欲しい。それが真王国軍を束ねる立場としてのセシルの言葉だった。
西軍の赤と東軍の青とが綺麗に分かれている本陣を眺めながら、リリアは何か考える素振りを見せていた。
「――どうした、リリア? 赤と青が混ざらないのが気になるか?」
ライアンがリリアの素振りを見て言った。リリアはライアンの方に顔を向ける。
「いえ、それは仕方が無いのだと思います。ただ私は別のことが気になっていまして……」
「別のこと?」
「はい、この状況になることの要因となった、天使と奇跡監査官のことです」
「アイツらか……。確かに、セシルを担ぎ上げたくせに、全く姿を見せないな。てっきりセシルについてまわるのだと思っていたが」
ライアンが大所帯となった真王国軍を眺めながら言った。
「……ここは戦場ですから、巻き込まれることを避ける為に来ていないのはわかります。ただ、それにしても、何も起きていないのが気になります。
天使という存在が本物ならば、もっと身近で神の加護とやらを見せてくれるのだと思っていましたが、今のところ、真王国軍とセシルさんを守っているのは、私の悪魔の力だけです……」
「うーん。そもそもが、天使に聖女だと言われたセシルが、悪魔と契約できること自体がおかしな話だな。しかし、大勢の人が天使とセシルが現れたお告げの夢を見たんだよな?」
ライアンの言葉に、リリアは再び考え込む。
「……そうなのです。それで奇跡監査官が天使と断定していますし……それに、気になるのは彼らが現れたタイミングです」
「タイミング?」
「はい、彼らがセシルさんの前に現れたのは、中立兵団が危機に陥る前、クリストフさんが捕まる前なのです……」
「……そうだったな」
ライアンも顎に手を当てて、あの時の出来事を思い出している。
「あの人たちはクリストフさんが捕まる前にセシルさんに会いに来ていた。あの時、既に聖女の兆しを感じ取っていたのかもしれません。だとすると、やはりあの人は天使……」
リリアは顎に手を当てて考える。
「悪魔でもアイツが天使かどうかは分からないのか?」
「え? ええ、そうですね。何も感じません。そもそも私に天使を感じ取れる力があるのかも分かりませんが……」
ライアンが一つ頷いてふっと息を吐く。
「まぁ、アイツらがセシルの味方である以上、危害を加えてくることはないだろう。気にしすぎても仕方がない。俺達は俺達のやることをやろうぜ」
ライアンがそう言って、リリアの肩に手を置いた。
「そ、そうですね……。はい、頑張ります!」
そう言うリリアにライアンが笑顔で応えた。
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「――あ、また、兵士が加わりました。今度は西軍です。うわ、多い!」
小型の望遠鏡を覗きながらリネットは報告する。
ガイゼンが彼女の隣で瞑目してその報告を聞いている。
ここはグルード平原の北端に位置する高台。ガイゼンとリネットの奇跡監査官の二人とエバンジュは、真王国軍の陣から遠く離れたここで様子を窺っていたのだった。
リネットは望遠鏡から目を外して、真王国軍の方を見やる。
「真王国軍の兵士、増えましたね。望遠鏡を使わなくても、その規模がわかります」
「望遠鏡を貸したまえ」
リネットはガイゼンが差し出した手に望遠鏡を載せる。
「……しかし、聖女セシルの力、凄かったですね。兵士たちを吹き飛ばす突風を起こしたり、あの矢の雨を燃やし尽くしたり、人智を越えたまさに奇跡の力ですね」
「…………」
リネットは感嘆の言葉を述べるが、望遠鏡を覗くガイゼンの応答は無い。
ガイゼンが望遠鏡から目を外して、それを無言でリネットへ返した。
「少し近づこう。もっと近くで見たい」
そのガイゼンの言葉にリネットは驚く。
「え! さらに近づくのですか? 合戦場ですから危険では無いでしょうか……?」
「奇跡監査官である以上、奇跡を直接この目で観察することは必須だ。この距離では何が起きているのかよくわからない」
「そ、それはそうですか……」
渋るリネットを、ガイゼンが大きな目でギロリと見る。
大柄な偉丈夫に見下されたリネットは縮こまる。
「わ、わかりました」
リネットは再び真王国軍の方を見やる。赤と青の軍勢が綺麗に分かれて配置されており、緑の草原によく映えている。
しかしそれらが、入り乱れて戦う光景を想像して身震いした。
 




