Episode:3 026 奇跡を始めよう
グルード平原――。
クレールダルクのほぼ中央に位置する大きな平原である。古くは牧畜が行われていて、牧歌的な風景が広がっていた。
しかし、内戦の始まりとともに、その風景は一変した。
平原の東側には青に染められた紋章旗が並び、反対の西側には赤に染められた紋章旗がたなびく。
そして号令とともに、東軍の青色と西軍の赤色は平原で混ざりあうように入り乱れる。
赤は青に剣を振り上げ、青は赤に弓を引く。
そして、戦いの後には、平原には無数の赤と青の死体が転がる。
そこは同じ国の民同士が殺し合う、無常と悲哀の戦野。
人々は『屍血のグルード平原』と呼んでいた。
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今、聖女セシルはその血塗られた地に降り立っていた。
鉛色の空の下、掲げた旗は風に吹かれてたなびいている。
その旗は白地に金色の三日月と黒色の狼が描かれたクレールダルクの紋章旗であった。
赤色でもない青色でもないその白を基調とした色彩こそ、クレールダルク紋章旗の本来の姿であった。
旗を掲げるセシルの前には、軽甲冑姿のライアンと、黒のローブを羽織ったリリアの姿があった。セシルが中立兵団の地下室で宣言した通り、たった三人での出陣であった。
「――さて、おっ始めるか」
ライアンが軽快に言う。
俯いていたセシルはその言葉に反応するように顔を上げた。
しかし、その顔はひどくこわばっていて、凛々しさや神聖さといった聖女を想起させる姿は微塵も無かった。
「ほ、本当にやるんですか……」
弱々しく尋ねるセシル。
ライアンが苦笑いを浮かべる。
「やるって言ったじゃないか。中立兵団の前で真王国軍を立ち上げるって宣言したし、今頃は街中がその話で持ちきりだと思うぞ」
「うう、もう引き返せないのですね……」
泣き出しそうに言うセシル。彼女の意気に呼応するように、たなびいていた紋章旗も萎れてしまっていた。
「この前の中立兵団の地下室じゃ、あんなに立派に聖女を演じていたのに、どうしたんだよ」
「あの時は何故かできちゃったのですけど、やっぱりいざ戦場に立ってみると……」
「大丈夫だって、あの時とやることは同じだ。セシルは聖女っぽく振る舞っていればいい。あとはリリアの力が請け負う」
「そ、それは分かっているのですが……」
セシルはリリアの方を見やる。目があったリリアははにかみながら微笑む。
「だ、大丈夫ですよ、セシルさん」
「リリアさんも緊張しているじゃないですか……」
その二人のやり取りを見てライアンは笑う。
「お前らしっかりしろよ。セシル、クリストフさんを助けるんだろ?」
父の名を聞いた途端、セシルのしおれていた表情にかすかに活力が宿る。
「そ、そうですね。お父さんと、中立兵団のみんなの為ですよね」
「そうだ、みんなを救えるのは聖女のお前しかいない」
セシルはグッと奥歯を噛みしめた。いつもライアンの言葉は心に響く。
「頑張り、ます」
「よし。リリアもいいな」
リリアを見やりライアンは言う。
「は、はい!」
リリアは姿勢を正してはきと返事した。
「じゃあ、起こそうか『奇跡』ってやつを」
ライアンが不敵に笑いながらそう呟いた。




