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Episode:3 024 悪魔との契約


 中立兵団詰め所二階の執務室――。


「――そう、セシルちゃん、見つからないのね……」


「ああ、行きそうな所は全部当たったんだがな」


 シェリーの沈鬱な言葉に、ライアンも同じ声音で返す。


「中立兵団の兵士が何か知っているんじゃないか?」

 トリシアが問う。


「ああ、それなんだが、どうも様子が変なんだ。街にいる中立兵団の仲間に聞いても、分からないって言うんだが、不思議と古参の兵士や幹部連中も姿を消しているんだ」


「古参の兵士と幹部もか?」


「ああ」

 考え込むライアン。そこへお茶を持ってきたリリアが言う。


「ひょっとして、中立兵団の幹部の方々がセシルさんを匿っているのかもしれませんね」


 その言葉にシェリーが反応する。


「その可能性はあるわね。東軍と西軍の捜索を避けるために、セシルちゃんを連れて隠れていて、その情報の漏洩を避ける為に、他の兵士には何も伝えていないかもね」


「そうかもな。俺は新参者だからその中には入っていないってことか」

 ライアンはため息をつきながら、カップを口に運ぶ。


 すると、彼はぴくりと何かに反応した。


「どうかしましたか?」

 リリアが顔を覗きこんでくる。


「誰か来る」

 ライアンは入口の方を向いて言った。一同の間に緊張が走る。


 ドアの向こうからは力ない足音が聞こえてくる。ひどくぎこちない、なんとか歩けている、そんな足音だった。


 ライアンは何かに気づき、先回りしてドアを開けた。


 そこに立っていたのはセシルだった。


 セシルはひどく憔悴した顔をしていた。そしてライアンを見ると少しだけ安堵した顔を見せて、その場に座り込んでしまった。



***************



「――落ち着いたか? セシル」

 水を一口飲んで大きく息を吐いたセシル。

 俯く彼女の顔にライアンは問いかけた。


 セシルは微かに顔を上げて頷く。


「……はい」


「居なくなったから、心配したぞ。でも良かった無事で」


 ライアンがそう言うと、セシルは薄く笑う。


「はい、有難うございます……」


 セシルはもう一度水を飲んだ。そして一同が見守る中、静かに口を開いた。


「天使が現れました」


「天使?」

 反応したのはシェリーだった。


「はい、天使と奇跡監査官です」


「そいつらは何をするために現れたの?」


「彼は私を聖女だと言いました。そして、中立兵団を率いて戦え、と……」


 シェリーが息を飲む。


「……なんて答えたの?」


「時間を下さい、と答えました」


 セシルが早まった答えをしていないことに、一同は安堵する。しかしセシルの顔はみるみる沈み込んでいく。


「私、どうしたらいいのでしょう? お父さんが居なくなるだけでも大変なのに、聖女とか英雄とか言われて、その上、戦えなんて……。戦えば、多くの血が流れる。お父さんが守ってきた中立兵団が……無くなってしまうかもしれない」


 セシルは自らの腕を抱いて小さく震えながら続ける。


「それに、それに、誰も、お父さんの話をしないのです……。お父さんはまだ生きているのに、まだ中立兵団の団長のはずなのに……。

 もう居なくなったかのように……。私はお父さんが生きてくれればいいのに、みんなが生きてくれればいいのに……。どうして、みんな戦うのですか? どうして?」


 セシルの悲痛な言葉には、シェリーを含めて誰も返すことができない。どんな言葉を並べようと、彼女の苦痛をやわらげることができそうになかった。


 セシルは虚ろな視線でリリアを見た。


「リリアさん。悪魔の力ってなんでもできるのですか?」


 生気の感じられない低い声でセシルは問うた。その声の冷たさにリリアの背筋がぞくりとなる。リリアは助けを求めるようにライアンを見やる。それに気づいたライアンはセシルの顔を覗き込んだ。


「セシル、少し休んだほうがいい。顔色が悪い」


 ライアンが優しく声をかける。しかしセシルは首を横に振る。


「休んだところで状況は変わりません……。教えて下さい、リリアさん。悪魔と契約すればなんでもできますか?」


 セシルは再びリリアを見ながら言う。その瞳には先程よりも微かに光が宿っている。


 話題を逸らすことも誤魔化すこともできない。そう感じたリリアは唇を引き結び、セシルに相対する。


「……何をお望みですか?」


「ちょ、ちょっと、リリアちゃん!」

 シェリーが割って入る。


 しかし、リリアもセシルも見つめ合ったまま視線を逸らさない。まるで二人以外この世界に存在しないかのように。


「お父さんを助けて。中立兵団のみんなを助けて。それと、最後にこの国の内戦を終わらせて欲しい」

 セシルは淀み無く伝えた。


 その言葉を聞いてリリアは瞑目する。


 彼女の頭の中では、暗闇の中に幾つもの光の筋が飛んでいた。

 その光たちは暗闇を抜けるべく、奥へ奥へと闇の中を突き進む。

 一つの光の筋が立ち消えた。

 残りの光の筋はそれに構うこと無く漆黒の中を進む。

 ひとつ、またひとつと光の筋は消えていく。


 最後には光の筋は一本だけになってしまった。それは弱々しく光り、蛇行しながらも止まることはない。着実に暗闇の中を駆けていく。


 そして、光の筋はついに漆黒を打ち破った。

 暗闇は嘘みたいに霧散して光が溢れた。


 そこでリリアは眼を開けた。


「わかりました。契約を結びましょう――魂の契約を」


 途端、その場に目に見えない負荷がかかった。

 そう感じられるように空気が緊迫した。


 シェリーが眼光鋭くリリアを見る。


「リリアちゃん」


 シェリーが発したのは一言だけだった。しかし、それだけで彼女の心情を雄弁に語っていた。


 しかし、その視線にあてられたリリアは緩く微笑む。


「……大丈夫です。シェリーさん」


 凛と輝くリリアの瞳。確たる意志がそこに感じられた。


「まかせよう。シェリー」


 黙っていたライアンが口を開いた。


「…………」


 シェリーはしばらく黙っていたが、やがて息を吐いて緊張を解いた。


「帰りましょうか。トリシア」


「……わかりました」


 主であるシェリーが不承不承ながらも納得した様子に、トリシアも素直に従う。


 二人が部屋から出ていき、ライアン、リリアとセシルが部屋に残された。


「セシルさん」


「はい」


「願い事は一つです。先程の願い事を一つに絞る必要があります……」


 そう言われてセシルは考え込む。


「一つですか……」


「セシルさんは、最後は東西の内戦を終わらせたいのですね?」


「あ、はい。でも、お父さんと中立兵団のみんなも……」


「では、クリストフさんが処刑される前に内戦を終わらせて、その内戦を終わらせる過程で中立兵団が誰も死なせない、そんなやり方はどうでしょうか?」


「そんなことができるのですか?」


「やり方次第ですが、おそらくは」


 リリアが普段の稚さを微塵も感じさせずに鷹揚に頷いた。


 セシルは心の中に温かいものが満ちるのを感じた。


「う、嬉しい……」


 心底安堵したようにセシルから言葉が漏れる。


「喜ぶのはまだ早いです。セシルさんには重要な役目があります」


「重要な役目?」


「はい、その役目を果たせるかどうかによって、契約が上手くいくかいかないかが、大きく変わります」


「わ、私にできることなら、どんな役目でも」


「わかりました。では、演じて下さい」


「演じる? 何をですか?」


「天啓で啓示された役目、つまり英雄であり――――『聖女』です」


***************


 しばし呆けていたセシルだったが、我に返って焦りながらリリアに問う。

 

「わ、私は、聖女なんかじゃありません」


「この際、それは関係ないのです。聖女かどうか、天啓が本物かどうかは関係無く、セシルさんには聖女になって頂く必要があります」


「そ、そんな」


「――どんな役目でもするんだろ?」


 優しい声音でそう言ったのはライアンだった。


「ライアンさん……」


「まぁ、悪魔に聖女になれって言われるも変な話だが、この状況でさっきの願いを叶えるなら、奇跡ってやつを起こすしかない。奇跡を起こすなら聖女にでもなってもらわなければ出来ないだろう。演じてみせろよ、聖女ってやつを」


 ライアンは優しくセシルを見つめながら言った。


 無茶だとセシルは思った。自分が聖女の真似事なんて。でもライアンの眼を見ると不思議と心が暖かくなって、今まで感じたことの無い力を感じる。


 セシルは自然と拳を握り込んでいた。


「……私は父が処刑されると聞いた時、この世界には神様なんていないと思いました。天使が現れた時も神様を信じられなかった。神様は私の味方じゃない」


 セシルの瞳の奥が熾火のように緩やかに輝く。その炎は次第に大きくなる。


「神様が助けてくれないのなら、私は悪魔を信じます。魂を売ってでも私は成し遂げたいことがあります」


 セシルは精彩に満ちた表情で言い切った。


 それを見届けたリリアはおもむろに立ち上がり、セシルに向かって右手を差し出した。そして開いた手の平から、青白い等身大の魔法陣を空中に出現させた。


「契約を結びます。セシルさん、願い事を言って下さい」


「この国の東西の内戦を終わらせて下さい」


 セシルは立ち上がり言った。


 空中の魔法陣はひときわ大きく輝き、緩やかに回転しながら、彼女の身体を包みこんだ。


「――契約の儀、終わりました」


 リリアの唇が静かにそう告げた。



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