Episode:3 022 危険な存在
セシルは日が差し込む部屋の中で目を覚ました。
どれだけ寝ていたかは分からないが、昼であることは明らかだ。
また目を閉じる。しかし、もう身体はこれ以上の睡眠を受け付けてくれない。
仕方が無く身体を起こすと、ベッド脇のサイドチェストに、果物とパンと水が置かれていた。
そして一枚の紙切れ。
紙切れを見ると、ゆっくりと休んで下さい、とだけ書かれている。
また涙が溢れた。今度は胸を締め付けるような涙では無かった。
しかし、また胸の奥では嫌な感情が鎌首をもたげる。
その感情に絡め取られないように、唾を思い切り飲み込んだ。
感情に支配されてがんじがらめだった頭の中に、少しだけほんの少しだけだが余裕ができた。
その余裕は落ち着きをもたらした。
――しっかりしなくちゃ。
頭の中に浮かんだその一言を反芻する。歯を食いしばって拳を握りこむ。
「お父さん」
そう呟いて、セシルは立ち上がった。
*************
セシルは簡単に身支度を整えると部屋を出た。
向かうのは中立兵団の詰め所だ。
父を助けたい、そう願っていても自分はとても非力だ。何か策を練って行動を起こすのなら、中立兵団以外に頼るものはない。
そして彼らもきっと父を助ける為に集まって議論しているに違いない。そこに私も合流しなければ。
それにもう一つ。あそこには彼も居るはず。彼がいれば……。
セシルは重い足取りながらも、一縷の希望を胸に抱いて街路を歩く。
すると何か違和感を覚えた。
視線だ。
道を行き交う人々の視線が自分に絡みついている。
何かおかしな格好でもしているのだろうかと、身体を見るがいたって普通だ。
視線には悪意は感じられないが、親しみという訳でもない。何か奇妙なものを見るような、そんな視線だった。
セシルが視線を訝りながら歩いていると、前方から一人の男が走ってきた。
どこかで見た顔。確か中立兵団の古参兵士の一人だ。その男はセシルを視認するなり、血相を変えて近づいてきた。
「セシルちゃん! 丁度呼びに行こうと思っていたんだ。早く逃げよう!」
「え? 逃げる?」
「東軍と西軍の兵士がセシルちゃんを探している! とりあえず説明は後だ。早くこっちへ!」
男はセシルの手を引く。その男の剣幕に気圧されて、セシルは困惑しながらも駆け出した。
*************
同じ頃――。
ライアンとリリアはセシルの部屋を訪れていた。
リリアが慎ましくドアをノックするが反応は無い。
「まだ、寝ているのか?」
ライアンは言う。リリアが微かに首を傾げる。
「様子を見てみよう。リリア、また頼む」
「わかりました」
そう言ってリリアが頷いて部屋の中へと入った。
ややあって、リリアが少し慌てた様子で外へ出てきた。
「あ、あの、セシルさんがいません」
「どういうことだ? 中立兵団の詰め所にも居なかったし、どこへ行ったんだ?」
ライアンとリリアが首を傾げながら外へ出ると、
そこへ丁度シェリーとトリシアがやってきた。
シェリーはライアンを見つけるなり焦った様子で問うてくる。
「どう? セシルちゃん居た?」
「いや、居ないんだ。どうしたんだ? シェリー、そんなに焦って」
「なんだか、大変なことになっているわ。あちらこちらでセシルちゃんの話題でもちきりなのよ」
「セシルの話題?」
ライアンは訝り問う。それにはトリシアが反応した。
「なんでもセシルが街の人の夢に現れたとのことだ。その夢の中で彼女は天使に導かれていたらしい」
「なんだそりゃ? たかだか夢で」
「それが、一人や二人では無くてな。多くの人に夢に現れたらしい。それを聞きつけた奇跡監査官がそれを天啓と認めたとのことだ」
「奇跡監査官? この前のあいつらか?」
トリシアが首肯で答える。
「それだけじゃないのよ」
今度はシェリーが口を開く。彼女は続けて言う。
「噂を聞きつけた東軍と西軍の兵士たちが、セシルちゃんを探しているらしいわ」
「なんでまた、東西軍の兵士が探しているんだ?」
「中立兵団の団長の娘が天使に選ばれた噂を聞いて、彼女の存在が与える影響を危惧しているみたい。要は、自分たちにとって危険な存在と思っているのよ」
「セシルが危険な存在……」
ライアンは眉をひそめて怪訝な顔で言う。
「わかった。とりあえず、東軍と西軍よりも先に見つけないといけない。心当たりの場所を探してまわろう」
ライアンが言うと、皆は大きく頷いた。




