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Episode:3 020 潜入のその後に


 その日の夜――。


 中立兵団の詰め所の階段にシェリーの足音がけたたましく響く。


 慌てすぎてシェリーが階段から転げ落ちないかと心配しながらも、トリシアも後ろに続く。


 シェリーは二階の執務室に飛び込んだ。そこにはライアンとリリアがいた。


「ライアン、リリアちゃん!」

 シェリーは叫ぶように二人の名を呼んだ。


 ライアンが顔を上げてシェリーを見る。


「……シェリーか。どうした、そんなに慌てて」


「街中、大混乱よ! 本当なの? クリストフさんが処刑されるって話!」


 ライアンは驚いてリリアと顔を見合わせる。


「もうその話が広まっているのか……」


「東軍、西軍、それぞれの兵士たちが言いふらしているわ。本当なのね……?」


 シェリーは深刻そうに尋ねる。するとライアンがゆっくりと頷いた。


「本当だ。リリアは直接聞いている」

「そんな……」


「昨日、決定したのか?」

 シェリーの後ろからトリシアが聞いてきた。


 ライアンが微かに首を傾げて考える素振りを見せる。


「いや、リリアからの話によると、既に決まっていたことを、今日の会合で確認したという感じだ」


「……今日、色々あったみたいね。説明してちょうだい」


 シェリーたちは、ライアンたちの向かいに腰を降ろして、身を乗り出した。


 ライアンは屋敷に忍び込んだところから、順を追って出来事を説明した。


 ルネ国王には直訴できたこと。

 しかし、ルネ国王は会合ではその話はできなかったこと。


 そして、リリアの力を使って、大使と将軍との密談を盗み聞きできたことを。


「――駐留大使が?」

 シェリーは驚いて言った。


 ライアンが頷く。


 そこから先の説明はリリアが続けた。

「こ、国王陛下が会合の場所に来てから、乱闘寸前の罵り合いが起きましたが、それはすべて茶番でした。国王陛下を退席させるのが彼らの目的でした。そして、それを治めるフリをして、ファンマ大使があの将軍と密談をしていたのです……」


「その密談の中で……」


「……はい、クリストフさんを予定通り処刑にすると……」

 沈痛な面持ちでリリアが告げると、場に重い空気が落ちた。


 すると、黙って聞いていたトリシアが口を開く。


「アンジェリカ様、すべてそのファンマ大使が、裏で糸を引いているのかもしれませんね」


「……クリストフさんを捕まえた所から?」

 シェリーがトリシアに問う。


「ええ、そうです。以前、ここでクリストフ殿を助ける案を考えている時ですが、二人の将軍が考えを変えたのは、逆らえない人の介入があったのでは? とリリアが言っていました」


「そうね、あの時は唯一逆らえないのは国王陛下くらいって話になって、そもそも国王陛下はそんなことをしないという話になったわね」


「はい、その逆らえない人物というのが、ファンマ大使だとすると、二人の将軍が同時に動くことも説明がつきます」

 なるほどという風にシェリーはうんうんと頷く。


「逆らえないってことは、何か弱みを握られているか、もしくは三人で結託していて、その中心人物がファンマ大使かもしれないわね」


「どちらにしても、リリアの話では、そのファンマ大使が重要な人物であることは間違いなさそうですね」


 そのやり取りを聞いていたライアンがぽつりと言う。



「その三人を排除するか……」



 ライアンの呟きにリリアは驚き、シェリーとトリシアの顔にも緊張が走る。


「アンタ、無茶なことを考えてないでしょうね……」

 シェリーはライアンに問う。


「ここまで来たら、多少の無茶でもしなきゃ、この戦局をひっくり返せねえぞ」


「それはそうかもしれないけど、どうするのよ? 相手はザグノリア公国の大使と、将軍二人よ。いくらアンタが強いからって……」


「リリアの力、悪魔の力を使えばいい」

 ライアンの言葉にシェリーはリリアを見る。


「悪魔の力って、誰かが犠牲になるの? もしかして……」


「違う、何も魂の契約までしなくてもいい。昨日みたいにあいつらが揃っている場なら、重器契約でも充分排除は可能だ」


「でも、セシルちゃんの大事なものは使ったんでしょう?」


「セシルにもう捧げる物が無ければ、あの王様の物でもいい。王様なら喜んで差し出すだろう。それに王様ならあいつらを一つの部屋に集めることだって可能だ。使えるものを使わない手はない」


 普段の飄然とした雰囲気を一変させてライアンが言う。いつになく冷徹に語る口調は、彼の静かなる怒りを如実に表していた。


「ラ、ライアンさん」

 話しかけ辛そうにリリアが口を開く。


「なんだ? リリア」

 ライアンは平静を装っているものの、殺気を隠しきれていない。


「あ、あの三人を排除したとしても、問題はすべて解決するでしょうか?」


「……俺はそう思う。少なくともクリストフさんは助かるだろう」


「…………」

 リリアが何か言いたそうにしながらも俯く。


「リリア、遠慮しなくて言っていい。ライアン、入れ込み過ぎだ。少し落ち着け」

 トリシアはライアンを宥める形でリリアに助け舟を出した。


 そこで我に返ったライアンは、知らず握りしめていた拳を緩めると同時に緊張を解いた。


「ああ、すまない、リリア。続きを頼む」


「は、はい、彼ら三人が居なくなっても、その後釜が彼らと同じ考えならば、状況は変わりません。もちろん後釜に座った方が和平に前向きならば状況は好転するでしょうが、あの将軍たちの側近にそんな方が居るとも思えません」


「……一時的な解決にしかならないということか」


「一時的な解決ならまだしも、今よりも酷い混乱を招く危険性もあります」


「今より酷くなる?」


「ファンマ大使はともかくとして、二人の将軍は大きな軍隊の大将です。その大将が居なくなれば、軍の統率は失われます。またそれぞれの軍の中で後釜の争いでも起きようものなら、その混乱の大きさは想像に難くありません。統率を失った軍隊がどのような蛮行に走るか、それは過去の歴史を見れば明らかです」


 リリアの意見に一同は押し黙る。統率者を失った軍隊の怖さを、彼らも容易に想像できたからだ。


「愚将でもいないよりはマシってことか」

 ライアンが歯噛みしながら言った。


 リリアが静かに頷いた。


「ちょっと重くなりすぎね」

 シェリーは大きく息を吐きながら言った。彼女は更に続ける。


「こんなに重い雰囲気じゃ、良い考えなんて浮かばないわ。空気を入れ替えましょう」

 シェリーは努めて明るく言う。その場の空気が若干緩んだ。

 それを見渡してシェリーはあることに気づく。


「そう言えば、肝心のセシルちゃんが居ないわね。また中立兵団との会合に呼ばれているの?」


 その問いにリリアがゆるゆると頭を振る。


「セシルさんは、帰ってくるなり、倒れ込んで寝込んでいます」


 リリアのその言葉に、シェリーは憂いの表情を浮かべる。


「セシルちゃん、国王陛下への直訴の為に相当張り詰めていたから、なおさらダメージは大きいでしょうね……」


 そのシェリーの言葉に一同はまた暗い雰囲気にならざるを得なかった。



【第二章 完 】

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