Episode:3 019 陰謀の正体②
その後、ルネ国王はファンマに呼ばれて、再び会合の部屋へと戻っていた。
二人の将軍は罵り合いこそしなかったものの、お互いの言い分などまったく聞かない。我らこそが真の王国軍であるという主張を曲げずに、内戦を終わらせる気など微塵も感じられない議論が繰り返された。いや、それはおよそ議論とも言えないようなものだった。
そして、不意に話は中立兵団の話題に移る。
「――ば、ばかな、クリストフを処刑だと!」
ライアンたちから盗み聞きの情報は得ていたが、半信半疑だったルネ国王は、改めてその話を聞いて驚いた。
「ええ、当然でしょう。陛下もご存知の通り、国家内乱罪は重罪。極刑がふさわしいかと」
冷たくそう言ったのはバトラン将軍だった。
「し、しかし、彼がそのようなことをするなど、証拠はあるのか?」
そのルネ国王の言葉にはアルドモン将軍が答える。
「あやつの扇動によって、停戦期間中においても、無駄に儂の軍と向こうの軍が争ったという証言があります。それは確たる筋からの情報。間違い有りませんな」
確かな筋からの情報と言われて、ルネ国王はそれ以上追求することはできなかった。国から退避している自分には、彼らの証言を覆すような情報など手に入れようが無かった。
しかし、ルネ国王は尚も食い下がる。
「彼がいなくなると、中立兵団はどうなる? 唯一の中立地帯である、オーブクレールの街はどうなる?」
するとバトラン将軍は咳払いを一つする。
「陛下、そもそもその中立兵団という存在が不要なのです。我が軍こそが正規の王国軍とさえ言って頂ければ、オーブクレールも我が軍が統治してみせましょう」
「ふん、王国軍は儂の方の軍だが、オーブクレールであろうと正規の王国軍が統治する意見には賛成ですな」
アルドモン将軍もそう続けた。
ルネ国王はなんとか抗弁の言葉を探すがうまく出てこない。それもそのはず、王となった瞬間から始まった内戦のお陰で、王としてロクな経験を積んできていない彼にとって、二人の将軍が結託した論を破ることなど不可能であった。
そこへ追い打ちを掛けるようにファンマが口を開く。
「畏れながら、陛下。そもそもこの国に三つ目の軍がいる事自体が不自然かと存じます。それに加えてその軍の団長が内戦を煽るなど言語道断。団長は処刑、中立兵団は解体という処分が妥当かと」
ルネ国王は己の無力さに唇を噛みしめる。
しかし、どんなに考えてもこの場で中立兵団を守る策は浮かばなかった。
「さあ、陛下、私どもの軍を王国軍と認めて下さい。そうすれば速やかに賊軍を打ち負かし、オーブクレールのみならず、この国の全土を平和に統治してみせましょう」
そのバトラン将軍の言葉を、待っていたかのようにアルドモン将軍が口を開く。
「ふん、相変わらず寝ぼけたことを言う。王国軍は儂の軍だ。陛下、このような反乱軍の言うことなど聞いてはなりませぬ。儂に反乱軍討伐の勅命を下され、この国に安定をもたらしてみせましょう」
アルドモン将軍がそう言うと、二人の将軍はまた睨み合う。
そして、それぞれの側近の二人も身を乗り出して威嚇を始めた。
「よせ、こんな所で争うなと、言っておるだろう!」
ファンマが大げさに仲裁に入る。
「へ、陛下、またしても申し訳ないですが、危険ですから退室しましょう。私はここを治めますので、先にお部屋へお戻り下さい」
「し、しかし、まだ話が……」
ルネ国王は抵抗の言葉を発するが、ファンマはそれを聞くこと無く、部屋の扉を開ける。
「おい! 執事はおるか! メイドでも良い、誰が来なさい!」
ファンマが廊下に向かって叫ぶと、メイドが一人駆けつけた。
「おい、陛下がお部屋にお戻りになる。付いて差し上げろ」
その言葉にメイドは頭を下げる。
「さぁ、陛下、どうぞ」
「…………」
「陛下」
「……分かった」
ルネ国王は拳を震わせながらも、メイドに連れられて部屋を出ていった。
*************
ルネ国王が去った部屋。
ファンマが扉を閉めた途端、一気に部屋の空気が弛緩した。
二人の将軍は大きく息を吐いた。
「相変わらず下手くそな演技だ」
バトラン将軍がアルドモン将軍に向かっていう。
「ふん、貴様に言われたくは無いわ」
アルドモン将軍が答える。
しかし二人の間には険悪な空気は無く、互いに薄ら笑いを浮かべている。
「計画通りに行きましたな」
ファンマが二人に向かって言う。
「しかし、クリストフの処刑は少々やり過ぎでは無いか? オーブクレールに混乱が生じるぞ」
バトラン将軍がファンマに向かって言う。
「ある程度は仕方がありません。しかし混乱はじきに収まるでしょう。それよりもあのままクリストフが力をつけるほうが危険ですし、彼は何かにつけて停戦をけしかけますからな」
そのファンマの言葉にバトラン将軍は頷き、アルドモン将軍もそれに倣った。
ファンマは一つ手を叩く。
「さて、ここからは商売の話です。停戦期間はもうじき明けますが、両軍とも準備は整っておりますかな? 武器や傭兵がご入用なら、是非ともこのファンマへご用命下さい。お二方の戦争遊戯、このファンマがしっかりと支えさせて頂きますよ」
ファンマはにっこりと微笑みながら言った。
「悪党とは貴様のことを言うのだろうな」
アルドモン将軍がそう言うと、ファンマはさらに満足気に微笑む。
「褒め言葉として受けとっておきます」
そう言ってファンマは深々と頭を下げた。
二人の将軍は互いに口角を上げて笑う。
しかし二人は気づいていなかった。
お辞儀で見えないファンマの顔が嘲りに満ちていたことを。




