Episode:3 018 陰謀の正体①
ライアンとリリア、セシルは再び会合の部屋の前まで戻ってきていた。
すると突然扉が開いて、中から東軍と西軍の軍人たちが出てきた。誰も無傷であることから、どうやら乱闘は起きなかったらしい。彼らはお互いを睨みながらも、言い争いなどはせずに、それぞれ他の方向の廊下へ消えていった。
ライアンが部屋の様子を窺おうとすると、一人の軍人が立ち止まり声を掛けてきた。
「おい、お前たち。中では大事な話の最中だ。まだ入るんじゃない」
そう咎められて、ライアンたちは頭を下げて扉から離れた。
「……隣の部屋へ行きましょう」
リリアは隣の部屋の扉を見ながら呟いた。
隣の部屋は会合の部屋よりも少しばかり狭かった。
ライアンが手近な椅子に腰掛ける。
「さて、どうする?」
「この部屋からなら大丈夫だと思います……」
リリアは壁を見ながら言った。
「大丈夫? 何がだ?」
「私の――悪魔の力を使って、盗み見と盗み聞きをします」
「……なるほどな」
ライアンがそう言うと、リリアはセシルに向き直る。
「セシルさん、例の物を頂きます」
リリアが言うとセシルはペンダントを外す。
「もう一度言いますが、契約を結ぶと、このペンダントはもう戻ってきません」
「ええ、大事な物ですが仕方が有りません。使って下さい」
「……では、願い事を言って下さい」
セシルは一呼吸置いて口を開く。
「父、クリストフを陥れた陰謀を暴いてください」
セシルからペンダントを受け取ったリリアは、それを握りしめて眼を閉じる。
そして、握った手を前に突き出して、何か呪文のような言葉を紡いだ。
すると手を中心とした青白い魔法陣が空中に出現した。
そこにはペンダントが固定されているように浮かんでいる。
再びリリアの唇が動くと、ペンダントはゆっくりと魔法陣に飲み込まれるように、その姿を消していった。
「契約は結ばれました。今から貴女の願いを叶えます」
そう言うとリリアは壁の方に行き、壁に手を当てる。
一度眼を閉じて、再び開ける。するとその瞳には青い光が宿っていた。
そしてリリアは自分の体が壁の中へと入っていくような感覚を覚えた。身体は壁に手をつけたそのままの位置で、彼女の感覚だけは壁を通り抜けて会合の部屋へと入っていく。
やがてリリアの頭の中では隣の部屋の様子がくっきりと映し出されて、話し声や物音、人の息遣いまでが、その場にいるかのように聞こえてきた。
部屋には五人の人物。
大使のファンマ、バトラン将軍とアルドモン将軍、そして彼らの側近のジェリスとガストルだ。五人全員が椅子に腰掛けていて、乱闘間際だった雰囲気は完全に消えていた。
自らの考えた可能性を確信して、リリアはいっそう感覚を鋭くする。
彼らはそれぞれが机に身を乗り出して、小声で話をしている。
しかし、いくら声を潜めようと、悪魔の力を発揮しているリリアには無駄であり、彼らの会話は筒抜けであった。
――この場は、私が何とかおさめたことにしましょう。
これはファンマの言葉だ。それに続いてバトラン将軍が口を開く気配。
――いいだろう。そちらの方が自然だろう。
――儂も異論はない。そうだな、その後でクリストフの話をしたことにしよう。
アルドモン将軍も同意の言葉を述べた。
――では、予定通り、クリストフは処刑ということで。
簡潔にファンマが言った。
それは人の命に関わることにしてはあまりにも軽い口調だった。
リリアはその言葉を聞いて、背筋がぞくりとなった。
そこで悪魔の力は効力を失った。セシルの願いが叶ったからだ。
リリアは壁から手を離して振り返った。
そこで突然、部屋の扉が開けられた。 入ってきたのはこの屋敷のメイドだった。
「あれ? ここ、使っていますか?」
メイドは不思議そうに首を傾げる。掃除道具を持っていることから、この部屋の掃除に来たらしい。
「ええと、あの、その……」
事情を説明しようとするセシルだったが、動揺したのか近くの椅子に足をぶつけてしまい、大きな物音がした。
次の瞬間、ライアンがぴくりと反応した。
「隣に気づかれた。誰か来るぞ」
ライアンの言う通り、会合の部屋の扉が開いて、二人の男が勢いよく出てきた。
二人はそのままライアンたちのいる隣の部屋に飛び込んできた。
「ああああ! ちょうど良い所に! 軍人様!」
突如としてライアンが大きな声を上げた。
ライアンは部屋に飛び込んできた男――ガストンとジェリスに向かって言う。
「ま、窓の外に、不審な人影が!」
ライアンは窓を指差しながら叫ぶ。
ガストンとジェリスは隣の部屋の物音に気づいて、怪しんで部屋に来たのだったが、中にいた執事が何やら騒いで、自分たちに訴えている。二人は予想外の出来事に動揺した。
「急いで下さい、軍人様! 賊が逃げてしまいます!」
ライアンは真に迫る演技で、ガストンとジェリスに言う。
仕方が無くガストンが窓を開けて外を眺めるが、当然の如く何も無い。
「誰も居ないぞ!」
そう言ってガストンが振り向くと、ライアンはわざとらしく首を傾げる。
「おっかしいですねー。確かに黒い影が通ったのですけどー」
ライアンは窓から外を眺めながら言った。
「貴様、本当に見たのか?」
ジェリスが訝りながらライアンに問う。
その様子は明らかにライアンの言動を疑っている。
「わ、私が見たのですが……」
リリアが助け舟を出すように言った。ガストンとジェリスの視線がリリアに向く。
「私が見て、その執事に伝えたのですが、今思い返すと、大きな鳥の影だったかもしれません」
リリアもわざとらしく窓の外に視線を向けて言う。
「鳥か、人騒がせな」
ガストンが言う。
「そもそも貴様らは何故ここに居る?」
ジェリスが問う。
「もちろん、掃除でございます。私はその指示に参りました」
ライアンは執事らしく左胸に手を当てながら頭を下げて答えた。
ジェリスは入口近くのメイドが掃除道具を持っているのを見て、小さく頷いた。
「……成る程、だが、この部屋の掃除は後にしろ、隣で大事な話をしている。その邪魔になる」
「畏まりました」
ライアンは再び頭を下げた。そして、何か言いたげな屋敷のメイドを連れて、部屋を後にしたのだった。




