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Episode:3 016 潜入②


 ティーセットを載せたカートが廊下の絨毯の上を滑らかに進む。


 静かな廊下にはカートの上の食器が揺れる音がかすかに響いている。先頭を歩くのは執事姿のライアンで、その後ろにカートを押すセシル。そして最後尾にはリリアがついてきている。


 曲がり角に差し掛かったとき、ライアンは後ろを仰ぎ見る。すると、険しい顔で真っ直ぐ前を見つめるセシルと眼が合った。


「セシル、気負いすぎた。緊張が顔に出ているぞ」

 ライアンはセシルの緊張をほぐすように微笑みながら言った。


「あっ……、す、すいません、つい力が入っちゃって」

 セシルが顔を赤らめて俯いた。


「そんなに心配しなくていい。三人もいるんだ、何かあっても、うまく取り繕えるさ」


「は、はい」

 セシルがライアンの顔を見上げて、少しだけ笑顔になった。


 その顔をみてライアンも笑う。


 そこでライアンは最後尾のリリアの視線に気づいた。

 リリアは眼が合うとすっと視線を逸らした。


「どうした? リリア、お前も緊張しているのか?」

 リリアははっとして薄い笑顔を作った。


「い、いえ、私は大丈夫です。メイドは慣れていますから……」


「そうか」

 そう言ってライアンは再び前を向いて歩き出した。

 その背中を見ながらリリアは無意識のうちに胸を押さえていた。



 しばらく廊下を進むと、大きくて重厚な落ち栗色の扉が見えた。


 その扉の両脇には数人ずつ兵士が立っていて、どうやら見張りをしているらしい。 


 左側の兵士たちは赤い色の軍服。もう片側は青い色の軍服を着ていて、東西両軍が合同で警備をしているようだ。


 ライアンはその扉の前で止まりノックをしようとする。


「待て、ノックは不要だ。我々が通す」

 扉の脇から青色の兵士が声を掛けてきた。


「畏まりました」

 ライアンはゆっくりと頭を下げる。


 青色の兵士はライアンたちをねぶるように眺める。そして反対からは赤色の兵士がやってきて、彼らの方はカートの上のティーセットを検分しはじめた。


 するとライアンの体つきを見ていた兵士が口を開く。


「おい、お前、執事にしては随分と鍛えているみたいだな」


「ええ、いざという時には、主とお客様をお守りする役目も仰せつかっておりますから」

 ライアンは淀み無く答えて、再び頭を下げた。


「ふん、不要だな。今日はこの東軍が屋敷を守っている。問題など起きるはずがない。余計な心配などせずにその辺の掃除でもしておけばいい」


 青色の兵士がそう言うと、反対側の赤色の兵士が反応する。


「東軍ごときがよく言うぜ。逃げるのだけが上手い軍のくせによ」


 赤色の兵士がそういうと仲間の兵士もうすら笑いを浮かべた。


「……ガサツで騒ぐことしか能が無い西軍が何か言ったか?」


 青色の兵士も負けじと反応する。


「なんだと!」

「やるか?」

 扉の前で青と赤の兵士たちは一触即発の空気で睨み合う。


 ライアンがやれやれと思っていると、部屋の中から扉が開けられた。


 出てきたのは身なりのよい貴族然とした片眼鏡をかけた口ひげの男だった。


「貴様たち、陛下の部屋の前で何をしている」

 男は神経質そうに目を細めて、東西の兵士たちを睨みつける。


 途端、睨み合っていた東西の兵士たちは、そそくさと扉の両脇へと戻っていった。


 男はその光景を見た後に、ライアンたちに気づく。


「おい、執事、検分が済んだのであれば、入れ」


「畏まりました」

 ライアンは慇懃に頭を下げる。

 そしてセシルたちを連れ立って部屋の中へと入っていった。




 部屋に入ると、まず豪奢な額縁に収められた巨大な肖像画が目に入った。絵の中の人物は威圧するようにこちらを見下ろしている。

 そして室内には重厚な調度品が並び、他の部屋とは別格の装いとなっていた。


 部屋の奥に目をやると、きらびやかな椅子に誰かが座っている。

 よく見ると、壁の肖像画に描かれている人物とよく似ている。おそらく彼がモデルなのだろう。しかし実物の方は肖像画のような威厳は無く、肩を丸めて憂鬱そうに視線を落として指輪をいじっていた。

 ひときわ豪華な服装からして、彼が国王陛下のルネ様であることは容易に判断できた。

 国王陛下と片眼鏡の男は部屋の奥で何やら話し込んでいる。


「ライアンさん」

 後ろからセシルに呼ばれた。彼女とリリアは近くのテーブルの上にティーセットを置いて、お茶の準備を始めていた。


 ライアンはそこに加わり、セシルにささやく。

「あの、奥のが王様ってのは判るが、もう一人の片眼鏡の男は誰だ?」


「ザグノリア公国から派遣されているファンマ大使です。このオーブクレールに駐留しています」


 セシルが視線をティーセットに落としたまま、ライアンに告げた。


「味方か?」

「わかりません」

「分かった。俺が時間を作る」

 端的にライアンとセシルは会話を済ませた。


「おい、何をしている。無駄話をしていないで、早くしろ」

 片眼鏡の大使――ファンマがライアンたちを急かす。


「申し訳ありません。メイドが緊張して手間取っておりまして……」

 ライアンは愛想笑いを浮かべながら頭を下げる。


 そして、お茶の準備が整ってセシルがトレイにカップを載せた時。


「大使様」

 ライアンがファンマに向かって言う。


「なんだ?」

 ファンマは鬱陶しそうに答えた。


「あの、また、部屋の外で兵士様が騒いでいるようなのですが……」

 ライアンは部屋の外を指差しながら言う。もちろん嘘であるが。


「なんだと! まったく、あいつらは……」

 ファンマが憤慨しながら、部屋の外へと出ていった。


「セシル」

「は、はいっ」

 ライアンに言われて、セシルはトレイを持って素早く部屋の奥へと進む。


 そしてルネ国王の前に跪いた。


「国王陛下」

「な、なんだ」


 セシルに突然話しかけられてルネ国王は怯えたようにたじろぐ。その気弱な素振りには王らしい威厳は希薄だ。


「私はクリストフ・フォーベールの娘、セシルです」

 ――クリストフ。その名前を出した途端、ルネ国王の表情が変わる。


「ク、クリストフの……」


「お願いです陛下。父を――」

 そう言った瞬間、扉が開いてファンマが戻って来る音がした。


「おい、お前、兵士は騒いでなどいないでは無いか」

 戻ってくるなり、ファンマがライアンを指差し言う。


 セシルは続きの言葉を口にするのは諦めて、ティーカップをルネ国王へ差し出して、立ち上がった。


「おや、おかしいですね。私には確かに聞こえたのですが。ああ、きっと大使様の気配を感じて、静かにしたのでしょう」

 ライアンはとぼけた様子でファンマに答える。


「むぅ……、まぁいい。用が済んだら、早く立ち去るがいい。私と陛下は大事な話があるのだ」


 ファンマのその言葉にライアンは慇懃に頭を下げた。


 カートのところに戻ってきたセシルにリリアは視線で尋ねる。しかし、セシルは残念そうに首を振った。


「……ファ、ファンマ大使」

 ルネ国王が小さな声で呟くように言った。


「なんでしょう?」


「あ、あの二人の将軍が揃っているか見てきて欲しい」


「私がですか? そんなことなら…………おい、お前、会合の場所に将軍が揃っているか見てきたまえ」


 ファンマはライアンの方を向いて言った。


 しかし、ルネ国王はぎこちなく首を振る。


「いや、大使、君に頼みたいのだ……。そうだ、見てくるついでに、将軍たちに今日は、今日こそは穏便に話し合うように釘を刺して欲しい。これができるのは君しかいない……」


 ルネ国王の言葉にファンマは眉間にシワを寄せる。


「むぅ……、陛下がそうおっしゃるのならば、仕方がありませんね……」

 快諾の素振りはなく、不承不承といった様子でファンマは立ち上がる。


 そしてルネ国王に一礼した後、部屋を後にした。


 部屋に残されたのは、ルネ国王とライアンたちの四人。


 ルネ国王は扉の音が閉まるのを聞いた後、おどおどとした視線をセシルの方へ向けた。


「セシルとかいったか? き、来なさい。話の続きを聞こうじゃないか……」

 セシルがライアンを見る。そして彼が頷いたのを見て、部屋の奥に進んだ。


 そして、ルネ国王の足元に膝まずいて頭を垂れる。


「さ、先程は大変失礼致しました。そして、このたび拝謁の栄を賜り、誠に光栄に存じます。深く御礼申し上げます――」


「よ、よい、その様な挨拶は要らぬ。クリストフが父と言ったな? 私も彼が捕らえられたと聞いて驚いている。何があった?」


 そう聞かれてセシルはクリストフが捕らえられた経緯を詳しく話した。もちらん、前日の会合では話は上手く進んでいたことも話に含めた。

 その話を聞き終えたルネ国王は心もとない様子で口を開く。


「な、なぜ、クリストフが国家内乱罪などに……」

 ルネ国王も二人の将軍の判断には疑問があるらしく、眉を寄せて考え込む。


「無礼を承知でお願い申し上げます。どうか、父クリストフに、国王陛下の御憐憫を乞い奉ります」

 セシルは緊張した面持ちながらも、はっきりと直訴の言葉を伝えた。


 それを聞いたルネ国王は、顔に憂慮の色を浮かべつつ爪を噛む。


「し、しかし、あの二人の将軍の命令となると……」


「どうかお願い申し上げます。国王陛下以外にはあの二人の将軍の判断を覆せるお方はおりません。この国の民の為にも、父クリストフは必要なのです。私はクリストフの娘であると同時に、この国の民を代表してここにおります。どうか御高配を」


 先程よりもいっそう言葉に熱を載せてセシルは言う。


 彼女の決然と輝く瞳は、得も言われぬ迫力に満ちていた。しかしそれは威圧するような力強さではなく、見るものを勇気づける、そんな力を持っていた。


 その力にあてられたか、弱々しい振る舞いを見せていたルネ国王の瞳にも、微かな輝きが宿った。


「わ、わかった、どこまでできるか分からないが、この国の為だ、尽力してみよう」


 ルネ国王のその言葉を聞いて、セシルは破顔一笑して頭を垂れた。


「有難うございます!」


 その様子を見ていたライアンは安堵のため息を漏らした。



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