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Episode:3 015 潜入①


 街の外壁沿いの閑散とした裏通り。

 夕暮れ時の石畳には建物の影が長く伸びている。


 通りの至る所には、朽ちかけた木箱や投げ捨てられた麻袋が無造作に積み重なり、湿った空気にかすかなカビの匂いが漂う。その片隅、建物の陰にライアンたちは静かに身を潜めて、息を殺して辺りをうかがっていた。


「――本当にこの通りで合っているのか? とてもじゃないが王様が通るようなところには見えないぞ」

 辺りを見渡しながらライアンが言った。


「はい、会合が開かれる屋敷――国王陛下の別宅ですが、そこに人目を避けて行くのであれば、この道しかありません」

 ライアンの問いかけにはセシルが答えた。


 すると通りの先を見ていたリリアがぴくりと反応した。


「ライアンさん、セシルさん、何か聞こえます」

 リリアがそう言うと、ライアンとセシルも耳を澄ます。


 がらがらと石畳の上を車輪が転がる音が近づいてくる。


「もう少し奥に隠れよう」

 ライアンが促して三人は路地の奥へと身を潜める。


 しばらくすると、飾り気の無い黒色の馬車が三台、路地の前を通り過ぎていった。


 完全に馬車が通り過ぎていったのを確認して、ライアンたちは通りに顔を出した。


「あの馬車か? 紋章も旗もついていなかったぞ」

 ライアンが言うと、セシルは頷く。


「おそらく間違いありません。以前、あれと同じ馬車が、国王陛下の別宅の近くに停まっていたのを見たことがあります」


「よし、じゃあ、予定通り王様が来たから、作戦開始だな」

 ライアンが言うと、セシルとリリアは頷いた。


********************



「――待て、止まれ」

 屋敷の裏門で荷馬車は衛兵に制止された。


 御者の男は慣れたように御者台から降りて、衛兵に近づく。

「いやぁ、ご苦労さまです。いつもの食材の配達ですよ」


 御者は帽子を取りながら、荷馬車を指差して言う。


「そうか、では中を検分させてもらう」


「へぇ、そりゃ、構いませんが、今日はいつになく厳しいじゃねえですか」


「お前には関係ない、開けろ」


「へいへい」

 横柄な衛兵の口ぶりを気にもとめず、御者の男は荷馬車の後ろの幌をめくる。

 その幌の開いた隙間から衛兵が荷台の中を覗き込んだ。

 中には木箱や酒樽がいくつも並んでいる。


「おい、ひとつ開けて見せてみろ」

 衛兵が木箱をひとつ指さして言った。


 しかし、御者の男は慌てて首を振る。


「そ、そりゃ、勘弁してください! 大事な食材だ、こんなところで開けちまったら、屋敷の人に怒られちまうよ!」


「屋敷の者には中身を検分することは伝えてある。いいから見せろ!」

 御者の男はしぶしぶといった様子で荷台に上がり、衛兵も続いた。


 そして、御者は大きな木箱の蓋をゆっくりと開けた。


 中には葉物野菜がぎっしりと詰まっていた。


 衛兵はその中の一つを手に取って箱の底の方も確かめた。


「……どうですかい? 何かお探しの物は見つかりましたかい?」

 御者の男が言うと、衛兵はふんっと言って野菜を木箱に放り投げた。


「いいだろう。通るがいい――」

 衛兵から解放された荷馬車は、裏門から屋敷の勝手口の方へと進みだした。


 勝手口の前に着いて緩やかに馬車が止まる。御者はそこで慎重に辺りを見渡して、荷台の幌の中に入った。


「――ここまで来たら大丈夫だな」

 御者の男は先程開けた木箱の底の方をコンコンと叩く。


 すると木箱はガタガタと揺れて上下に割れた。御者の男が上の段の木箱をズルズルと引っ張ると、下の段からメイド姿のセシルが現れた。


「やっぱり、二重底にしておいて正解だったね、セシルちゃん」


「ありがとう、ボンズさん」

 ボンズと呼ばれた御者の男は微笑む。


「いいってことよ。クリストフの旦那には世話になりっぱなしだからよ。――おい、あんたらももういいぜ」


 ボンズがそう言うと、木箱と酒樽がガタガタと揺れて、リリアとライアンが姿を表した。二人ともそれぞれメイドと執事の格好をしている。


「ふぅ、危なかったな」


「おい、兄ちゃん、ライアンとかいったな。クリストフさんとセシルちゃんを頼んだぜ」

 ボンズはライアンに手を差し出しながら言う。

 ライアンはその手を固く握る。


「おう、任せな」

 ライアンがそう言うのと同時に、幌の後ろが外側から開けられた。


 そこには数人のメイドと、口ひげをたくわえた老齢の執事がいた。


「セシルさん、周りに兵士はいません。今のうちに中へ」

 老齢の執事は静かに言った。


 セシルとライアンは顔を見合わせて頷いた。


「――セシルさん。私たちにできることはここまでです。あとはお願いします」

 勝手口から厨房に入ったセシルたちに老齢の執事は頭を下げた。彼はどうやらこの屋敷の執事とメイドを束ねる家令らしい。


「こちらこそ、危ない橋を渡らせて申し訳ありません。この御恩はいつか必ず――」

 セシルの言葉を遮るように老執事は首を振る。


「それには及びません。クリストフ殿からもう充分に頂いております」

 そう言って老執事が再び頭を下げた。


「わかりました」

 セシルは背筋が伸びる思いだった。

 先程の御者のボンズといい、この老執事といい、父はこれほどまでに街の人に慕われる存在だったのかと。父がどれだけこの街の為に尽力してきたかを、今さらながらに知ったのだった。


 ――必ず助ける。


 そう誓ってセシルは双眸を輝かせた。




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