Episode:3 015 潜入①
街の外壁沿いの閑散とした裏通り。
夕暮れ時の石畳には建物の影が長く伸びている。
通りの至る所には、朽ちかけた木箱や投げ捨てられた麻袋が無造作に積み重なり、湿った空気にかすかなカビの匂いが漂う。その片隅、建物の陰にライアンたちは静かに身を潜めて、息を殺して辺りをうかがっていた。
「――本当にこの通りで合っているのか? とてもじゃないが王様が通るようなところには見えないぞ」
辺りを見渡しながらライアンが言った。
「はい、会合が開かれる屋敷――国王陛下の別宅ですが、そこに人目を避けて行くのであれば、この道しかありません」
ライアンの問いかけにはセシルが答えた。
すると通りの先を見ていたリリアがぴくりと反応した。
「ライアンさん、セシルさん、何か聞こえます」
リリアがそう言うと、ライアンとセシルも耳を澄ます。
がらがらと石畳の上を車輪が転がる音が近づいてくる。
「もう少し奥に隠れよう」
ライアンが促して三人は路地の奥へと身を潜める。
しばらくすると、飾り気の無い黒色の馬車が三台、路地の前を通り過ぎていった。
完全に馬車が通り過ぎていったのを確認して、ライアンたちは通りに顔を出した。
「あの馬車か? 紋章も旗もついていなかったぞ」
ライアンが言うと、セシルは頷く。
「おそらく間違いありません。以前、あれと同じ馬車が、国王陛下の別宅の近くに停まっていたのを見たことがあります」
「よし、じゃあ、予定通り王様が来たから、作戦開始だな」
ライアンが言うと、セシルとリリアは頷いた。
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「――待て、止まれ」
屋敷の裏門で荷馬車は衛兵に制止された。
御者の男は慣れたように御者台から降りて、衛兵に近づく。
「いやぁ、ご苦労さまです。いつもの食材の配達ですよ」
御者は帽子を取りながら、荷馬車を指差して言う。
「そうか、では中を検分させてもらう」
「へぇ、そりゃ、構いませんが、今日はいつになく厳しいじゃねえですか」
「お前には関係ない、開けろ」
「へいへい」
横柄な衛兵の口ぶりを気にもとめず、御者の男は荷馬車の後ろの幌をめくる。
その幌の開いた隙間から衛兵が荷台の中を覗き込んだ。
中には木箱や酒樽がいくつも並んでいる。
「おい、ひとつ開けて見せてみろ」
衛兵が木箱をひとつ指さして言った。
しかし、御者の男は慌てて首を振る。
「そ、そりゃ、勘弁してください! 大事な食材だ、こんなところで開けちまったら、屋敷の人に怒られちまうよ!」
「屋敷の者には中身を検分することは伝えてある。いいから見せろ!」
御者の男はしぶしぶといった様子で荷台に上がり、衛兵も続いた。
そして、御者は大きな木箱の蓋をゆっくりと開けた。
中には葉物野菜がぎっしりと詰まっていた。
衛兵はその中の一つを手に取って箱の底の方も確かめた。
「……どうですかい? 何かお探しの物は見つかりましたかい?」
御者の男が言うと、衛兵はふんっと言って野菜を木箱に放り投げた。
「いいだろう。通るがいい――」
衛兵から解放された荷馬車は、裏門から屋敷の勝手口の方へと進みだした。
勝手口の前に着いて緩やかに馬車が止まる。御者はそこで慎重に辺りを見渡して、荷台の幌の中に入った。
「――ここまで来たら大丈夫だな」
御者の男は先程開けた木箱の底の方をコンコンと叩く。
すると木箱はガタガタと揺れて上下に割れた。御者の男が上の段の木箱をズルズルと引っ張ると、下の段からメイド姿のセシルが現れた。
「やっぱり、二重底にしておいて正解だったね、セシルちゃん」
「ありがとう、ボンズさん」
ボンズと呼ばれた御者の男は微笑む。
「いいってことよ。クリストフの旦那には世話になりっぱなしだからよ。――おい、あんたらももういいぜ」
ボンズがそう言うと、木箱と酒樽がガタガタと揺れて、リリアとライアンが姿を表した。二人ともそれぞれメイドと執事の格好をしている。
「ふぅ、危なかったな」
「おい、兄ちゃん、ライアンとかいったな。クリストフさんとセシルちゃんを頼んだぜ」
ボンズはライアンに手を差し出しながら言う。
ライアンはその手を固く握る。
「おう、任せな」
ライアンがそう言うのと同時に、幌の後ろが外側から開けられた。
そこには数人のメイドと、口ひげをたくわえた老齢の執事がいた。
「セシルさん、周りに兵士はいません。今のうちに中へ」
老齢の執事は静かに言った。
セシルとライアンは顔を見合わせて頷いた。
「――セシルさん。私たちにできることはここまでです。あとはお願いします」
勝手口から厨房に入ったセシルたちに老齢の執事は頭を下げた。彼はどうやらこの屋敷の執事とメイドを束ねる家令らしい。
「こちらこそ、危ない橋を渡らせて申し訳ありません。この御恩はいつか必ず――」
セシルの言葉を遮るように老執事は首を振る。
「それには及びません。クリストフ殿からもう充分に頂いております」
そう言って老執事が再び頭を下げた。
「わかりました」
セシルは背筋が伸びる思いだった。
先程の御者のボンズといい、この老執事といい、父はこれほどまでに街の人に慕われる存在だったのかと。父がどれだけこの街の為に尽力してきたかを、今さらながらに知ったのだった。
――必ず助ける。
そう誓ってセシルは双眸を輝かせた。




