Episode:3 010 国家内乱罪
次の日――。
朝から事務仕事に勤しんでいたセシルの所へ、また奇跡監査官の一行が訪ねて来た。
「――すまない、今日も少し時間を頂く」
入口で出迎えたセシルの返答も聞かず、ガイゼンたちが中へ入ってきた。
最後尾には例の白いローブの男がいる。
白いローブの男はセシルが執務をしている部屋をぐるりと見渡している。
「あ、あの、何か」
セシルは白いローブに話しかけるも、彼は何も答えない。
「彼――エバンジュは何も話しません」
腕組みしながらガイゼンが自信たっぷりの口調で告げる。
「はぁ……」
セシルは気の無い返事をした、すると、エバンジュは部屋の壁の前に立った。そこには大きなクレールダルクの地図が貼り付けてあった。そしてエバンジュは地図の中の一点に軽く触れた。
そこはクレールダルクの丁度真ん中に位置する平原だった。
ガイゼンがそれを覗き込み、セシルに振り返った。
「この場所はなんだね?」
ガイゼンが問うと、セシルも地図を覗き込む。
「そこはグルード平原です。昔は牧畜が行われていましたが、今は東西内戦の戦いの場となっていて、荒れ果てています」
「ふむ、成る程、内戦の中心地か」
ガイゼンが呟いていると、エバンジュはセシルの前に来て、昨日と同じように再びひざまずいた。またしても高貴そうな人にひざまずかれて困惑するセシル。
「あの、昨日もそうでしたけど、これ、何なのですか?」
「うむ、これは憶測だが、貴女は選ばれたのだろう。そして、彼は今、貴女に神のご加護を与えていると思われる」
「…………」
選ばれた、神のご加護、そう言われてもさっぱりとピンとこないセシルであった。
そんな彼女をよそにガイゼンは言葉を続ける。
「そして、神のご加護はこの場所、グルード平原にて発揮されるのだろう。貴女は内戦の戦いの中、ここに行ったことはあるかね?」
セシルは首を振る。
「いえ、そんな血なまぐさいところには、停戦中でも行っていません」
「ふむ、まだその時ではないのか……」
すると、ゆらりとエバンジュが立ち上がり、セシルに微笑みかけると、部屋の出口へと歩き出した。
「今日はこれで失礼する。また近いうちに来る」
ガイゼンがそう言うと、エバンジュに付いて外に出ていった。リネットだけは丁寧にお辞儀をして部屋を出ていった。
そして、入れ替わる形でシェリーとトリシアが現れた。彼女たちは部屋の外で奇跡監査官とすれ違ったらしく、怪訝な表情を浮かべている。
シェリーはセシルを見ると、扉の外を指差しながら口を開く。
「ねえ、セシルちゃん、さっきの人たちって、奇跡監査官よね?」
「あ、はい、そのようですけど」
「あの白い人もそうなの?」
ここで言う白い人とは、エバンジュのことである。
「いえ、あの人は違うみたいですけど、なんだかよく判らない人です。奇跡監査官の人が言うには、神のご加護を与えるとか言っていました」
「神のご加護?」
シェリーとトリシアはその説明に揃って首を傾げる。そして、説明したセシルの方も状況を理解できていないので首を傾げた。
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「――成る程、正規軍を交代する案とは大胆なことを考えたわね」
シェリーはクリストフの秘策を聞いて、感嘆の声を漏らした。
「はい。とはいえ、色々と課題も多いみたいですけど」
セシルはお茶を準備しながら答えた。
「それでも、東西のトップの将軍が乗り気になったのは、大きな前進よね」
「二人の将軍が乗り気というのが、父の思い込みでなければいいのですが」
そう言いながら、セシルはシェリーたちの前にカップを差し出した。クリストフの思い込みを危惧しながらも、彼女の表情は晴れ晴れとしている。
シェリーがそれを見て、微笑みを浮かべた。
しかし、そんな穏やかな時間は突如として破られる。
ひどく狼狽した表情で駆け込んできた中立兵団の兵士。
彼の報告を聞いて、セシルは青ざめる。
「お父さんが…………国家内乱罪?」
「そうだ、中立兵団の詰め所に東軍と西軍の兵士が現れて、クリストフさんを探している! セシルちゃん、クリストフさんはどこにいる!?」
「あ、はい! ええと、今日は商人ギルドの会館の方に行っているはずです!」
「よし、急いでいこう!」
兵士に先導されてセシルは部屋を出た。シェリーとトリシアもそれに続いた。
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セシルが商人ギルド会館に着いた時には、既にそこは人でごった返していた。
会館の外では中立兵団の兵士と東西の兵士が睨み合っていて、その周りを野次馬たちが取り囲んでいた。
セシルは野次馬たちをかき分けて会館の前まで行き、中立兵団の兵士に案内されて会館の中へと入った。
クリストフは奥の部屋にいた。彼は椅子に座ったまま腕組みして瞑目している。
その前にはライアンが立ちふさがり、東西の兵士たちに取り囲まれている。
「お父さん!」
セシルは人垣の外から声を掛ける。すると兵士たちの壁は割れて、クリストフまでの道が開けた。
「よく来てくれた、セシル」
クリストフは目を開けて立ち上がった。そして駆け寄ってきたセシルを抱きしめた。
「いいか、セシル。中立兵団の皆に伝えてくれ。私のことなら心配しなくていい。決して無茶な真似をするんじゃないと」
「お父さん、どうして? どうしてお父さんが捕まるの!」
「大丈夫だセシル。いいか、今のことをしっかりと伝えるんだぞ。いいな」
諭すように、しかし力強くクリストフが言った。
セシルは今にも泣いてしまいそうだった。彼女の頭を撫でた後、クリストフはライアンの方を向く。
「ライアン」
「ああ」
「その時が来たら契約を頼む」
「……わかった。考えておく」
それだけ言葉を交わすとクリストフは兵士たちの前に進み出る。
「待たせたね、兵士諸君。無事に娘に会えた。約束通り無抵抗で同行しよう」
そう言うと、東西の兵士が一人ずつクリストフの左右から腕を掴み、彼を連行していってしまった。
そして、クリストフの姿が見えなくなると、セシルはその場に崩れ落ちた。




