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Episode:3 009 二人の将軍②


「――正規軍を交代させるだと?」

 アルドモン将軍が驚いた表情で言った。


「ええ、そうです。一年毎に東軍と西軍とで正規軍を交代させるのです。これならば、どちらも正規軍となることができます。それが一年では長いのであれば、半年でも一月でも良いです」

 クリストフは説明を付け加えた。


「馬鹿な、国賊である西軍が正規軍になるなど、この国が滅びるぞ」

 そう冷たく言い放ったのは東軍のバトラン将軍だった。


「それはこっちの台詞だ。貴様らこそが我が国に弓引く国賊だろうが」

 瞳に殺気を宿して西軍のアルドモン将軍が反論した。


 途端にその場が緊張感で満たされる。

 それぞれが従えている剣士たちも身体から殺気を漂わせている。


「落ち着いて下さい」


 クリストフは冷静に言う。落ち着かせる為には、まずは自らが落ち着くこと。それを知っている彼は努めて冷静に振る舞う。


「まず、この国には国賊と呼ばれる軍は存在しません。それはお二人の将軍が、それぞれ東西の領土をしっかりと統治しているのを見れば明らかです」


 その言葉を二人の将軍は鼻で笑う。


「西は儂がしっかりと見ているからな。だが、東はどうだかな」


「それこそこっちの台詞だ。西の統治者が荒くれ者で、まともにできているはずが無い」

 アルドモン将軍とバトラン将軍は言い合い、場の緊張感はまた高まる。

 しかしクリストフは怯まない。


「東西がお互いにしっかりと統治されていることは、中立の地域にいる私が断言します。私は常日頃から東西それぞれの兵士や商人に話を聞いております。その中でお二人の将軍には圧政や失政のお話はありません」


 為政者として、圧政や失政が無いという民の声は誉れであることは間違いない。二人の将軍が纏う空気が柔らかくなった。


 さらにクリストフは続ける。


「十年前の革命の疑いがあるという告発も私は信用していません。告発ならばなぜ明確にどちらの軍が怪しいと言わなかったのでしょう? それは、東西の軍を仲違いにさせることが目的であったと考えれば腑に落ちます。つまり、お二人は騙されていたのかも知れないのです」


 そこで言葉を区切り、クリストフは両将軍から異論や横槍が無いことを確認する。


「ですが、騙されていたかどうかは、もうどうでも良いことです。十年前の告発者など見つかるはずも無いでしょう。それならば、我々が目を向けるべきは未来です。東西合わせたクレールダルク王国、この国のためにこれから何ができるか、それを考えるべきではありませんか?」


 さらにクリストフは言葉を続ける。


「東西両軍のトップであるお二人が相容れないことは百も承知です。ですから、今さら一つの軍になってくださいとは言いません。それぞれが正規軍を主張されるのであれば、なってみれば良いのです。期間限定で正規軍の称号を与えて、期限が来れば交代すれば良いのです。これこそが敗者を産まない策とは思いませんか?」


 いつの間にかクリストフは立ち上がっていて、前のめりになっていた。二人の将軍から感じられる尖った雰囲気は消え失せていた。


「どちらが先にやる?」

「え?」


 バトラン将軍が呟き、クリストフが反応した。


「どちらの軍が先に正規軍をやるのだ。今度はそれを決める為に戦いが起きるぞ?」

 バトラン将軍は机の上で手を組んで肘をついて得意気に言った。


「それであれば、代表を出して模擬戦でもすれば良いでしょう」

 クリストフは動じず答えた。


「模擬戦だと?」

「ええ、そうです。どちらが先に正規軍をやるか。その程度のことで殺し合いなどしなくても良いでしょう。期限が来れば自分たちの番が回ってくるのですから」


「期限が来ても、正規軍の座を譲らないかもしれんぞ」

 今度はアルドモン将軍から指摘が入った。


「約束を破る軍を国民が正規軍と認めるでしょうか? そんな軍こそ国賊の誹りを受けるかと思いますが」

 バトラン将軍とアルドモン将軍からそれ以上の反駁の声は上がらなかった。クリストフはそれを確認して、最後の締めに取り掛かる。


「先程、代表を出しての模擬戦と言いましたが、一対一でも複数人同士でもいいです。それに模擬戦で無くても、国土を横断するレースのようなものでも良いです。一つだけ条件をつけるとしたら、死者を出さないこと、これだけです」

 クリストフは前のめりになっていた身体を起こす。


「中立の街、オーブクレールには孤児がたくさんいます。父親、母親の顔を見たことの無い孤児もいます。せめてその子達が親になった時には、そんな悲惨な孤児が生まれない国にして貰えないでしょうか……。これはお二人にしかできないことです。どうか、どうか、お考え頂けないでしょうか」


 冷静であれと自らに言い聞かせていたクリストフであったが、最後はどうしても力が入ってしまった。しかし、彼の熱意は二人の将軍の芯の部分には届いているらしく、ふたりとも真摯な眼でクリストフを見つめている。


 おもむろにアルドモン将軍が立ち上がった。


「アルドモン将軍」

 クリストフは将軍を呼ぶ。


「クリストフ、酒はもうよい。今日の所は帰る」

「そ、それでは、今の話は……」


「ああ、わかった、わかった、考えといてやる」

 そう言うと、アルドモン将軍はガストルを連れて部屋を出ていってしまった。


 安堵するクリストフの横で、バトラン将軍も立ち上がった。


「クリストフ、お前の熱意は分かった。だが、簡単な話ではない」


「は、はい! それは重々承知の上で――」


「とりあえず、話は預かってやる」


「あ、有難うございます!」


 クリストフは深々と頭を下げた。

 彼はバトラン将軍たちが部屋を出て、一人になるまでその姿勢のままだった。



************



 クリストフは自宅のドアを開けて、中へ入るなり、出迎えたセシルを抱きしめた。


「ちょ、ちょっとお父さん?」

 突然抱きしめられてセシルは困惑する。


 クリストフからは酒の匂いがするので、酔っ払っていることは確かなようだ。


「やったぞ、セシル! 会合は成功だ! あの二人の将軍が、私の案――国軍の交代させる案に乗ってくれるかもしれない!」


 その言葉にセシルは驚く。


 バトラン将軍とアルドモン将軍とは、今まで何度話し合っても解決の糸口すら見つからなく、今の暫定的な停戦協定ですら、数年掛けてこぎつけたことを知っていたからだ。


「……やっと、やっとなのね、お父さん」

 父の粉骨砕身の働きを誰よりも知っているセシルは、涙ぐみながら言った。


「ああ、やっと、この国は前に進める。変われるのだ。セシル、お前には今まで大変な思いをさせてしまった」


 セシルはゆるゆると頭を振る。

「いいよ、お父さん。私も平和なこの国が見てみたいもの」


「そうだな、平和になったら、お前も好きなことをすればいい。立場を気にせず、恋だってすればいい!」


「……そ、そんな……恋なんて」

 途端、セシルはもじもじと俯く。この話題が出ただけで恥じらいを見せるのは、彼女の性格を物語っている。


「あー、でもなぁ、ライアンはちょっとなぁ……」

 自分で話を振っておきながら、クリストフが渋い顔をした。


「だから、違うって言っているでしょ!」

 顔を赤らめてセシルは抗言するのだった。



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