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Episode:3 007 エバンジュの来訪


 聖堂の色褪せたステンドグラスの光が、彼の黄金の髪を淡く染めて頬を穏やかに照らしている。

 ひざまずいた彼は眼を閉じて、両手を組んで、それにそっと額を押し当てていた。冷たい石床にもかかわらず、彼の背筋はまっすぐで微動だにしない。

 その姿はまるでこの聖堂の中で唯一、神に触れられる存在のようだった。


 奇跡監査官リネットはその様子を眺めながらふっと息を吐いた。

 少しの間、見入ってしまって呼吸を忘れていたようだ。


 彼――エバンジュはすっと立ち上がり、リネットの方を見る。エバンジュはゆるりと笑った。


「終わったようだな」

 リネットの隣でガイゼンが呟いた。


 そして彼は後ろに立つ年配のシスターに向き直る。


「いきなり押しかけた上に、聖堂を使わせてもらって感謝する」


 年配のシスターはゆるゆると頭を振る。

「いえいえ、聖道教会の奇跡監査官様のご依頼ですから、喜んで協力いたします」


「そう言って頂けると助かる」

 ガイゼンは力強く頷いた。


「それにしても、あのお方はどなたなのでしょうか? とても高位な神父様ですか?」

 シスターの問いにガイゼンは首を振る。


「申し訳ない。それは秘匿事項なので、答えることはできない」

 そのはっきりとした物言いに、シスターは黙って頭を下げた。


「ガイゼン上級監査官」

 リネットから背中に声を掛けられた。


「なんだね?」


「あ、あれを……」

 ガイゼンが振り返ると、リネットはエバンジュを指さしていた。見ると彼は聖堂の壁を指さしていた。


「今度はあっちか。シスター、あの壁の向こうには何がある?」


「あちらは、孤児院になっています。子どもたちが居るはずですが……」

 その言葉を聞いたガイゼンはエバンジュに近づいて、身振り手振りで壁の向こうへ回り込む仕草をする。


 そしてエバンジュが移動を開始すると、それにガイゼンとリネットも続いた。



************



 シスターに案内されて孤児院の食堂に通されたガイゼンたち。

お茶会でも開かれていたのだろうか、机の上をシスターたちが片付けている。


 そして端っこの空いた机では小さな子どもが古びた本を開いていて、隣には三つ編みの若い女性が座っている。どうやら子どもに読み方を教えているようだった。


 エバンジュは食堂を見渡した後、真っ直ぐにその三つ編みの女性のもとへと歩いて行く。


 そして、その存在に気がついた女性は、近づいてくる白いローブの男を不思議そうに見ている。


 エバンジュは女性の眼の前に来たかと思うと、おもむろにひざまずいた。


「え、え、何ですか?」

 三つ編みの女性は、眼の前でひざまずく男に困惑する。


 エバンジュは何も言わずにただひざまずいて頭を垂れている。まるで臣下が主に対して礼を行うときのように。


 やがて、エバンジュは立ち上がり、ゆるく笑った。


 ガイゼンは二人の間に割り込んで、三つ編みの女性に話しかける。


「失礼。私は奇跡監査官のガイゼンと申す。貴女の名前を教えて頂けるか?」


 女性はきょとんとしながらも口を開く。

「わ、私はセシル。セシル・フォーベールです……。あ、あの、奇跡監査官と言われましたか?」


「ええ、そうです。奇跡監査官。聖道教会の者です」


「こ、この方もそうですか?」

 セシルは目の前の白ローブの男を見ながら言う。


「いえ、この方は違います。我々の保護対象だ」


「そうですか……。あ、あの、私に何か用でしょうか?」

 ガイゼンがセシルとやり取りをしていると、エバンジュが振り返って歩き出した。どうやらここから立ち去ろうとしているらしい。


「ふむ、今日はただの挨拶らしい。また近々、お目にかかると思う」


 それだけ言うと、ガイゼンはセシルの返答も聞かずに、エバンジュを追ってその場を辞した。


 残されたセシルは何が起こったのか全くわからずに首を傾げた。



************



「――何だったんだろうね、あれ」

「不思議な一団でしたね」

 物陰から見ていたシェリーが呟き、トリシアが相槌を打つ。


「あの白いローブの男、奇跡監査官が連れているってことは、奇跡が絡んでいるのかしら?」

「そうですね。ですが、連れていると言うより、奇跡監査官のほうが付いて行っている感じでしたが」


「――やっぱり、奇跡監査官は手練れ揃いだな」

 シェリーの背後からライアンの声がした。


「何よ、アンタ、見ていたの?」


「まぁ、遠目だがな」


 シェリーは振り返って言い、ライアンが答えた。


「フランツとかと一緒で、武術が使えるってこと?」

 シェリーは問う。


「まぁ、そういうことだ」


「ふーん。まぁ、変なのも連れているし、下手に近づかないほうがいいわね」


「そうだな……」

 ライアンはそう言って、奇跡監査官たちが去って行った方向をしばらくの間見つめていた。




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