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Episode:3 006 どうしてクレールダルク王国へ?

「――そうか、ライアンがまた喧嘩か。ハハハッ、彼らしい」

 セシルの報告を聞いたクリストフは笑ってそう言った。


「わ、笑い事じゃないわ、お父さん。中立兵団の評判が下がっちゃうわよ……」

 眉を寄せて言うセシルを、クリストフは微笑みながら無言で見つめる。


「……な、何? お父さん」

「お前が気にしているのは、中立兵団の評判じゃないだろ? 彼のことになると、いつもこうなるな」


 途端、セシルの顔が真っ赤になる。


「な、何のことよ!?」


「ハハハッ、そうムキになるな。そういう所は死んだ母さんにそっくりだ」


「もう!」

 むくれるセシルにクリストフは目を細める。

 しかし、すぐに憂いの表情を浮かべる。


「うーん。しかし、ライアンはなぁ……」

「?」

 腕を組んで唸るクリストフを首を傾げてセシルは見る。


 すると食堂に一人の男が現れた。


 男は食堂を見渡してクリストフを見つけると、近寄って声を掛けてきた。

「クリストフさん、そろそろ準備をしないと」


「ああ、もうそんな時間か。すまないセシル、あのリアンダールの使者さんたちを引き続き頼むよ」


「う、うん、それは構わないけど……。あ、そうか、今日はあの将軍たちとの会食だっけ」


「そうだ、バトラン将軍とアルドモン将軍がようやく呼びかけに応じてくれたからな。今日は外せない」


「うん、気をつけてね」

 セシルの言葉に頷き応えて、クリストフは男と一緒に食堂を後にした。



************



 思いっきり振り上げられたトリシアの木剣が、ライアンに振り下ろされる。


 木剣同士がぶつかる音が響く。


 トリシアの本気の斬撃に木剣は悲鳴をあげるように軋む。

 それからもトリシアの攻撃は続く。華麗な剣さばきの中にも、時折鋭さを差し込む彼女の緩急をつけた攻撃だった。


 ライアンは剣でそれを受けるだけで防戦一方だ。それでも体勢を崩されずに受け続けて隙を見せないのは流石といえる。


 孤児院の子どもたちはというと、その戦いの様子をぽかんと口を開けて眺めている。


 ライアンと遊ぶことなどすっかり忘れて、本物の戦いの迫力にすっかりと魅入られているようだ。


「――お、おい、こら、トリシア! お手本を見せるだけの模擬戦だぞ!」

 鍔迫り合いの格好になってライアンが言う。


「知っている」

 トリシアは切れ長の双眸の奥に本気の殺気を湛えて、ぎりぎりと剣を押し付けてくる。


「なにが知っているだ。殺す気だろうが」


「訓練とはいえ、本気でやらねば意味が無い」


 再び、間合いを取る両者。


「まったく、お前って奴は――」


 そんな本気の模擬戦を繰り広げている二人を、シェリーとリリアは少し離れた所で見ていた。


「だ、大丈夫でしょうか? トリシアさん、眼が血走っていますけど……」


「うーん、ストレスが溜まっているんだろうね。ま、ライアンなら大丈夫でしょ」

 リリアの言葉を受けて、トリシアのストレスの元凶であるお転婆姫のシェリーは、あっけらかんと言い放つ。


「子どもたちに血を見せなければいいのですが……」

 リリアは心配そうな顔で言うが、シェリーはどこ吹く風だ。おそらくはリアンダールで繰り返された光景なのだろう。


 ふと、シェリーが真顔になる。


「それはそうと、どうなの? アナタたち、上手くいった?」

 言葉を濁しながらも、魂の契約の話にシェリーは踏み込んできた。


 リリアは少し驚きながらシェリーに向き直り、ゆるゆると首を振る。


「い、いえ、相変わらずです」


「そうなのね」

 シェリーがどこか安堵したような声音で答えた。


「はい」

 リリアも失意の表情では無く、どこか爽やかな笑顔で答えた。


 二人はお互いに微笑み合う。


「それにしても、シェリーさんたちはどうしてこの街に?」


「ああ、それね、このクレールダルク王国の隣にザグノリア公国ってのがあって、そことリアンダールは友好国なのよ。それでザグノリアに挨拶に行ったら、ここがまだ内戦しているって聞いて、何か助けることができないかって思って見に来たのよ」


「そうなのですか。相変わらずシェリーさんの行動力は凄いですね……」

 感嘆の言葉をリリアは素直に口にした。


「ありがと。それで? アナタたちはどうしてこの国に?」

 今度はシェリーからの質問だ。リリアは申し訳なさそうな顔で口を開く。


「私たちも同じです。ここが内戦をしていると聞いてやってきました。もっとも私たちは不謹慎な理由ですけど……」


「内戦だから、困っている人がいるかも知れないと?」


 シェリーの言葉にリリアは首肯で応える。


「でも、まだ契約には至っていないのね」

 それに対してもリリアは首肯で応えた。


「あ、でも、全くあてが無いわけでは無いのですが……」


「へぇ、そうなの。どういうあてがあるの?」


「クリストフさんです」

 リリアの回答にシェリーが暫し固まった。


「え、あの、中立兵団の団長のクリストフさん? それはまた大物を……」


「ああ、私たちが持ちかけた訳ではないのです。むしろ逆で、クリストフさんから依頼を受けていまして」


「どういうこと?」


「ライアンさんがクリストフさんと意気投合した時に、うっかり私が悪魔だとバラしてしまって、それをクリストフさんは素直に信じたのです。それでクリストフさんはご自身が内戦を鎮める際にどうしても無理な場合はお願いすると言われていました」


「……なるほどね。確かに内戦を終わらせるなんてとても難しい問題ね。人外の力に頼りたくなるのも無理も無いわね」


「は、はい、クリストフさんもその難しさを強く語っていました。でも、最近になって良い案が浮かんだと言って喜んでらっしゃったので、出番は無いかもしれません」


「へぇ、興味深いわね、そんな案があるなんて」


「はい、私も期待しています」

 嬉しそうなリリアの顔を見て、シェリーがふっと笑った。


「自分たちは契約が取れなくなるっていうのに……相変わらずねリリアちゃん」


 そう言われてリリアは、はにかみながら笑うのだった。



 ふと、ライアンたちの剣戟の音が止んでいることにリリアは気付いた。

 ライアンたちは手を止めて、修道院入口の門扉の方を見ている。


 すると焦ったような顔でライアンが駆け寄ってきた。


「おい、リリア、隠れるぞ。奇跡監査官が来ている」


「え? フランツさんたちがですか?」


「いや、違うやつだが、同じ制服を来ている。関わると面倒そうだから隠れよう」

 それを横で聞いていたシェリーは、同じくこちらに近づいてきていたトリシアに尋ねる。


「ホント? トリシア?」

「ええ、確かにアイゼンフェルで会った、あの奇跡監査官と同じ服装です。ですが、他にも奇妙な者を連れていますけど」


「奇妙な者?」


「ええ、真っ白のローブに髪を長く伸ばした若い男です。とても高貴そうな雰囲気をしています」


「へぇ、ちょっと面白そうね」

 ライアンとは対照的に、シェリーの方は興味深そうな顔をしている。


「面白そうなら見てこいよ、シェリー、偵察だ」

 ライアンの言葉にシェリーはむっとする。


「アンタに命令されるのはしゃくだけど、まぁいいわ、行ってきてあげる。行きましょう、トリシア」


「分かりました」


 そう言うとシェリーとトリシアは修道院の入口の方へ歩いていった。



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