Episode:3 004 喧嘩の中心には
中立兵団の詰め所を出て街路を急ぐ一行。
シェリーは歩きながらセシルに尋ねた。
「ねえ、セシルちゃん。ここって中立の街よね? それに今は停戦中なのに、東西の軍で喧嘩が起きるの?」
「はい、恥ずかしながら、中立の決まりも停戦協定も守らない兵士は一定数います。それに、互いの軍を憎む感情も大きいですから」
「内戦中とはいえ、同じ国の軍同士なのに?」
「ええ、でもこれも仕方が無いことかも知れません。兵士の中にはこの内戦で大事な人を失った人が大勢います。彼らの悲しみが怒りとなって、相手の軍に向けられるのも無理はありません」
諦念を帯びた口調でセシルは言った。シェリーはその横顔を見ながら、この娘はこの歳にしてどれだけの悲しみと怒りに触れて来たのだろうと思った。そして内戦や紛争が落とす陰の大きさを改めて感じさせられたのだった。
一行が大通りに出ると、向かい側の建物の前に人だかりが出来ていた。
「あそこだ、セシルちゃん」
先導していた男がその人だかりを指差す。
セシルたちは人だかりをかきわけて建物の前に出た。建物の中からは今まさに乱闘中といった激しい物音がしている。
「ほら、頼むよ、セシルちゃん」
先導していた男がセシルに仲裁を頼んだ。セシルは眉を寄せてあたふたとする。
「え、ええ? わ、私ですか、私なんかが……」
その時、建物の窓を突き破って人が転がり出てきた。青い軍服を着ている兵士だ。
青い軍服――東軍の兵士、ということは暴れているのは西軍の兵士?
セシルがそう考えていると、もう一人兵士が転がり出てきた。今度は赤い軍服を着ている。
「え? 西軍の兵士も?」
その後も、ぞくぞくと建物の中から青と赤の兵士は出てくる。中には逃げ出してきた者もいた。そして不思議なことに、彼らは互いが敵であるはずなのに争おうとはしないのだ。両軍とも建物の中を睨みつけている。まるで共通の敵がいるかのように。
「――オラァァァア! もう終わりか! 喧嘩する奴はかかってこいや!」
建物の奥の方から、雄叫びのような声が聞こえた。どうやらこの大乱闘の中心にいる人物らしい。その声にセシルはぴくりと反応する。
そして、同じようにシェリーとトリシアの耳も反応した。
途端、シェリーの眉間にシワが寄る。
「……ねえ、トリシア。私、すっごい嫌な予感がするのだけど」
シェリーの隣でトリシアはこめかみに手を当てている。
「……そうですね。私は予感を通り過ぎて、確信していますが」
「どうする? 帰る?」
「それは、いささか無責任かと……」
そんなやり取りをしていると、建物の中からその者は悠然と姿を現した。
それを見た瞬間、セシルは叫ぶ。
「ライアンさん!」
体中から殺気を漂わせていたライアンだったが、セシルに名を呼ばれて、纏う空気が一気に弛緩した。
「おう、セシルじゃねえか」
「おう、じゃありません!」
セシルは地面に転がっている兵士をかき分けてライアンへと近づく。そして詰め寄って顔を近づけた。
「ラ、ライアンさん、喧嘩が起きたら仲裁して下さいと言ったじゃないですか! どうして参戦するのですか! これじゃ、中立兵団が悪者になっちゃいますよ!」
「うーん、最初は仲裁していたんだがな、あまりにも言う事を聞かないもんだからよ。でも、クリストフさんからは喧嘩を止めさせればいいって言われているから、これでもいいんじゃねえか?」
悪びれることも無く後ろ頭を掻くライアン。
「うう、止め方が問題ですよ……」
「まぁ、中立兵団を怒らせると、ろくなことは無いっていうアピールも必要だろ?」
まったく反省の色が見えないライアンに、セシルは言葉が出ずにうなだれる。
そして、この光景を見せたくない人がいることを思い出した。
「あ、シェリーさん! トリシアさん!」
セシルは振り向いて、同行していたリアンダールの使者の名前を呼ぶ。二人は何故か顔を隠すように俯いている。
「ご、ごめんなさい。見苦しいところを見せてしまって……」
「い、いいのよ」
セシルに謝られてわずかに顔を上げたシェリーだったが、視線を泳がせながら小声で返事をした。誰かに見つからないように。
しかし、彼女の思いは虚しく散る。
「おっ、シェリーじゃねえか。ははっ、トリシアもいるじゃねえか」
他人のフリをしたいシェリーの思いをよそにライアンは無遠慮に話しかけた。
「話しかけるな! この馬鹿!」
シェリーはライアンを睨みつけながら叫んだ。
「なんだよ。馬鹿はないだろ。久し振りだっていうのに」
「馬鹿は馬鹿でしょうが! どうしてアンタは他所の街でも暴れるのよ!」
そのやり取りをぽかんとした顔で見ていたセシル。
ライアンとシェリーの顔を交互に見ながら呟いた。
「え? お知り合い?」




