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Episode:3 003 クレールダルクのセシル・フォーベール

 静まり返った廊下に靴音が響く。

 革靴のかかとが慎ましやかに床を叩いて、靴の動きに合わせて濃紺の足首丈の長いスカートが揺れている。


 彼女は紙の束を胸の中に抱えていて、細く白い指先が落とさないようにそれを押さえている。


 少女らしいそばかすを残している顔には眼鏡がかけられて、頬はほんのりと紅潮し、緊張と気配りをにじませた表情を浮かべている。

 廊下の曲がり角に差し掛かった時、整った前髪の奥で彼女の瞳は一瞬だけ左右を見渡した。三つ編みのおさげがゆらりと揺れる。


 しばらく歩いて、彼女はあるドアの前で立ち止まってノックをした。古いドアは軽いノックでもガタガタと音を立てる。


「はーい」

 ドアの中から声がして、少女は一つ息を吐いてドアを開けた。


「お、お待たせしました」

 少女は部屋の中に向かって言う。部屋の中には二人の女性がいて少女を立って出迎えた。


「いえいえ」

 二人のうち綺麗な金髪の女性が応えた。


「あぁ、ど、どうぞ、お掛け下さい」

 少女は二人に椅子をすすめて、自らも向かいの椅子に座った。そしておずおずと口を開く。


「は、はじめまして、私はセシル・フォーベールと申します。父の……ええと、中立兵団の団長の補佐をしています」

 緊張した面持ちで挨拶をするセシルに金髪の女性はにこやかに話しかける。


「ええと、フォーベールさんは堅苦しいから、セシルちゃんで良いかしら? 私はシェリー、こっちのはトリシアよ。よろしくね」


「あ、は、はい、構いません。宜しくお願い致します」


 いきなり距離感を詰めてくるシェリーに少し戸惑いながらも、セシルは奥ゆかしい笑顔で答えた。


「そ、それにしても申し訳ありません。せっかくリアンダール王国の使者の方が来てくださったというのに、こんな部屋しか用意できなくて……」

 古い造りのお世辞にも綺麗とはいえない部屋を見渡しながら、セシルは申し訳なさそうに告げた。


「いいのよ、この国の事情くらい知っているし、たかだか使者なんだから、そんなに気を使わないで」

 シェリーは快活に手をひらひらとさせて答えた。


「は、はい、そう言って頂けると助かります」

 そう言ってセシルはぺこりと頭を下げた。


「それじゃ、早速だけど、この国の――クレールダルク王国の内情を教えてもらえるかしら?」

 シェリーの言葉にセシルは手元の書類の束を広げ始めた。


 そして辿々しくも丁寧にクレールダルクの内情――特に内戦について説明を始めた。


 クレールダルク王国の内戦の始まりはおよそ十年前に遡る。

 きっかけは一つの告発だったという。その告発によると王国軍の二人の将軍のうち、どちらか片方が革命を企てているとのことだった。それを告発を受けた二人の将軍は互いに自らは潔白であり、もう一人の将軍が革命を企てる国賊であると主張したのだった。

 そして二人の将軍はそれぞれが我らこそがクレールダルク正規軍であると宣言し、互いに矛を向け合う形となったのだった。


 そして、バトラン将軍率いる東軍と、アルドモン将軍率いる西軍は、互いに激しい戦闘を繰り返してきた。しかし、両軍ともに決定的な勝利を得ることができず、戦況は膠着したままだった。


 現在は停戦協定によって戦闘は一時的に休止しているが、その停戦期間が終わるのは目前とのことだ。そして両軍は表向き停戦を守りながらも、新たな戦いへの準備を怠っていないという。


 この終わりの無い内戦に国土は荒れ果て、民衆は疲弊しきっている。それでも東と西の争いは再び始まろうとしていた。


 そして、この内戦を鎮める権限を持つ唯一の人物のことにも話は及んだ。


「――国王陛下がいない?」

 シェリーが驚きを隠さずに言った。


「はい……国王陛下、ルネ様は、隣の国のザグノリア公国へ退避されておられます」


「逃げているってこと?」


「え、ええ、端的に言えばそうなります。ですが、これも仕方が有りません。国王陛下がいらっしゃると、その身柄の争奪戦が始まりますから。そこでも激しい戦闘が起きるのです」


「争奪戦……」

 シェリーが険しい顔で呟いた。それを横目で見ながらトリシアが口を開く。


「つまりは、どちらの将軍も自らが正規軍であると主張したい。その為には、国王陛下を抱き込むことが得策と考えている訳だ」

 トリシアの言葉にセシルは大きく頷いた。


「その通りです。ですが今は、二人の将軍は国王陛下が居ないこといいことに、東西に別れた国土をそれぞれの将軍が統治者のように支配しているのです。まるでクレールダルク王国は二つの別々の国のようになっています」


 俯きながらセシルは言った。知らず握りこぶしには力がこもり、微かに震えていた。

「そこで中立兵団がその戦いを鎮めようと奮闘しているのね。さっき言っていたけど、貴女のお父さんが団長なの?」

 シェリーの問いにセシルは顔をあげる。


「あ、はい、父のクリストフが、ここ中立の街のオーブクレールの市長をやっていて、中立兵団の団長も兼任しています。ただ、中立兵団とはいっても、部隊の規模は東西の軍隊には遠く及びません。この街の治安を守るのが精一杯の小規模の部隊です」

 その言葉の終わりにまたセシルは俯いた。話せば話すほどに自らの国が恥ずかしくて、そして自分たちの置かれた境遇がみじめに思えて、彼女は気持ちが落ちていくのを感じていた。


 その時、ドアの向こうの廊下を誰かが走る足音がした。足音はあっという間にドアの前までやってきて、乱暴にドアは開けられた。


「ああ、セシルちゃん! また東西の喧嘩だ! クリストフさんはいるかい!」

 部屋に入ってきた男はセシルの名を呼びながら叫んだ。どうやらクリストフを探しているらしい。


「またですか! どうしましょう。父は今日は修道院へ行っているのです。あの、中立兵団の方で手の空いている方はいなかったでしょうか?」

 セシルは立ち上がりながら男に言う。しかし、男は苦虫を噛み潰したような顔になった。


「その、中立兵団が大変なんだよ! セシルちゃん、頼むからちょっと来てくれよ」

 男が出口を指差しながらセシルに懇願した。しかし、セシルはシェリーたちの応対をしている身とあって、どうしたものかと困惑する。


「私達も行きましょう。トリシア」


「え? 喧嘩の現場にですか?」

 シェリーの言葉に驚いてトリシアは問うた。


「ええ、そうよ。私達がここに居ると、セシルちゃんが動きづらいでしょう? それにどちらにせよ街には出るつもりだったのだから、丁度良いわ」


 街に繰り出す口実が欲しいだけだろう……そう思いながらも、シェリーが言い出したら聞かないという性格を熟知しているトリシアはため息をつきながらも頷いた。


「わかりました。私の傍を離れないで下さいね」


 トリシアがそう言うと、シェリーは瞳を輝かせて頷く。


「わかっているわ。さぁ、セシルちゃん、行きましょう!」


 セシルはシェリーに手を取られ、半ば強引に部屋から連れ出されたのだった。



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