Episode:3 001 空を落ちる奇跡
夕焼けの空に一筋の黄金色の光が降りてきて、それは天から地上へ降りてくる階梯のように見えたという。
奇跡監査補佐官のリネットは、そんな目撃談を今日だけで何十人からも聞かされていた。
――星が落ちてきたかのようだった。
――光が雲を切り裂いていた。
――何かが光の尾をたなびかせて落ちてきた。
どれも表現には違いがあるものの、皆は天から光る何かが降りてきたことを目撃したらしかった。目撃した人たちはそれが何なのかが判らないので、奇跡調査局へ起きたことを伝えに来たのだった。
そして、報告に来たそれら人たちの相手は、新人補佐官であるリネットに一任された。否、押し付けられたのだった。
昼下がり、朝から食事も取らずに目撃者の応対をし続けていた彼女は、最後の一人の証言を書き留めているところだった。
そんな彼女のもとへ若い局員がやってきた。
「リネット補佐官、呼んでいます」
「はいはい! これが終わったら、行きますね!」
また目撃者が来たのだろうか、応対に疲れていたリネットは顔を上げることもせずに答えた。
しかし、局員は立ちすくんでいて動く気配がない。
「うん? どうしました?」
リネットが顔を上げると、局員は妙にソワソワとした様子で話す。
「あの、早めに行ったほうが良いかと……」
局員はそう言って、ゆっくりと後ろを振り返る。
リネットがそちらに視線を向けると、一人の壮年の男が立っていた。
大きな眼に一切の乱れなく後ろへ流された髪の毛、大きな身体には少しきつそうに奇跡監査官の制服を着ていて、制服の下の筋肉の盛り上がりが顕著な偉丈夫だ。
「ガイゼン上級監査官!」
途端、リネットは居住いを正した。
壮年の男性――ガイゼンは生気あふれる顔で大きく頷く。
「ご苦労だ! リネット監査補佐官」
ガイゼンは力強くそう言うと、リネットの机に積まれた書類の束を見た。
「あ、こ、これは、お見苦しいところを!」
リネットは慌てて机の上を片付けようとするが、ガイゼンに首を振って制された。
「いいや、構わない。君が職務に邁進している証だ。隠すことはない」
ガイゼンは腕組みをしてしきりに頷きながら言う。
リネットは新人補佐官の自分からしてみると、雲の上の存在ともいえる上級監査官の言葉に恐縮しきりだ。緊張した面持ちで愛想笑いを浮かべるしかない。
そしてガイゼンが向かいの椅子に腰掛けたのを見て、彼が単に通りすがっただけでは無いことを悟った。
「……あの、ガイゼン上級監査官、私になにか用でしょうか?」
「うむ、例の光が降りて来たという、奇跡の目撃談についてだ。君がまとめていると聞いた」
「あ、はい、今朝から目撃者の証言をとりまとめています」
リネットは机の上の書類に視線を送りながら答えた。
ガイゼンはその書類を手にとって、頷きながら眼を通していく。
しばらくして彼は書類に視線を落としたままで呟いた。
「なるほど、方角と時間は合致する」
「確かに目撃談は全て昨日の夕方で、方角は南西で一致しています」
「いや、新しい情報と合致するのだ」
「新しい情報ですか。また新たな目撃者が?」
「そうではない。私のもとに別の新しい情報が舞い込んできた」
ガイゼンの視線がリネットに戻った。
リネットは力強い視線を向けられて硬直するが、素直に疑問を口にする。
「別の情報?」
「リネット補佐官。ここから南西の方角にある、ダリソンという山間の小さな村は知っているかね?」
リネットは首を振って答える。
「い、いえ、存じません」
「その村に不可解なモノが舞い降りたのだ」
「不可解なモノ? なんでしょうそれは?」
「判らない。だからそれを今から私が調べにいくのだ」
「ガイゼン上級監査官が直々にですか?」
リネットは驚きながら問うた。上級監査官といえば、監査官と監査補佐官を含めた百人以上の部下を従える上官職だ。並大抵な奇跡目撃では出張ることはないのだ。
「そうだ。予想が正しければ、私が出向く、いや行かざるを得ない案件なのだ」
「そんな大きな案件ですか……」
「リネット補佐官」
「は、はい」
「君を本件の補佐官に任命する。私に同行してダリソン村に行ってもらうぞ」
リネットは飛び上がりそうになって驚いた。
「わ、私が、ガイゼン上級監査官の補佐ですか! 私はまだ補佐官になったばかりの新人で、奇跡に関する知識だってまだ……」
「君はこの件に関して既に深く関わっている。その君を補佐官にするのは何ら不思議ではない。それに新人と言ったが、新人の方が先入観なく奇跡を監査できるという利点がある。下手な奇跡監査官を連れて行くより、よっぽど有益だと思うがどうだね?」
「そ、そんなもんでしょうか……」
「不服かね?」
「め、滅相もありません。光栄であります!」
動揺の隠せない表情ながらも、リネットは勢いよく答えた。
「うむ」
ガイゼンが腕組みをして、満足そうな笑顔を浮かべて力強く頷いた。
Episode:3の幕開けであります!どうぞお楽しみください!




