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9 県軍人


 クロノトンが制御板に埋め込まれた通信機のつまみを回すが、和歌山県軍の周波数は空電の音がひどすぎて何も聞き取ることができなかった。

「接続が悪いようだね」

 クロノトンはジャイロコプターの計器を叩いたり、配線を引っ張ったり、制御機器の上でみかんをしぼってみたりするが、ノイズは消えない。

「変だな。和歌山市はすぐそこなのに」

「ついに経費削減のため県軍は通信網を破棄することに決めたのかもな」

 イルヒラムが低い声で言う。

「暴動の危機があるこの時期にそれはないでしょ」

「あるいは、だ。通信網は暴徒の攻撃で細切れにされちまったのかもしれませんよ、うへひひひ……」

 ジョビ大佐からもらった通信機を、スピーカーに改造していたウォンニはそう言って、甲高く爆笑した。

「いくらうちの県軍でも、子供たちの暴徒相手ぐらいにーー」

 ジャイロコプターが山を飛び越え、幕がはがれるかのように、眼下に突如として和歌山市が広がった。

「ーーああ!?」

 ウォンニが笑顔のまま硬直した。

「うああ……」

 イルヒラムがうめき声を上げて席から立ち、窓辺へ寄った。それは快楽のうめきではない。驚愕と絶望のそれだ。

 和歌山市は混乱と破壊の様子を強めていた。市そのものが、粘着質で不健康な赤やオレンジ色の煙にまとわりつかれ、それにゆっくりと蝕まれている。上空から目で見る光景全てが、市の悲惨な破壊の実情を強調している。

 県軍の兵士たちの帰還を迎えるかのように、市の工業区で爆発が相次ぎ、みかん果汁還元塔がゆっくりと倒れていく。

「くそ! 俺たちの守るべき市が! 俺たちの守るべき市民が! 俺たちが留守の間に! 和歌山市防衛任務の県軍兵士どもは何をやっているんだ!」

 ウォンニはさらに神の名や、排泄物に関する悪態をわめき、ジャイロコプター内の装備に全力で八つ当たりを始めた。

 イルヒラムの腕が震え、防弾ガラスをぶん殴ると、それは申し訳なさそうに吹き飛んだ。

 激怒した県軍人たちを乗せたジャイロコプターはひどく騒々しいことになりながら、和歌山市の上を進んでいったが、その中で、操縦席のクロノトンは宗教家が神に祈るときにやるように硬く目をつぶり、そのまま操縦していた。そして、ゆっくりと彼が目を開いたとき、目を閉じる前にあった光が欠落していた。

「イルヒラム」

 クロノトンは席から振り返って、彼の上官を呼んだ。

 イルヒラムがその剃り上げた頭の下、鈍い目が死につつある市を反射している。

「イルヒラム!」

 生まれてからほとんど大声を上げたことがないと言われるクロノトンが怒鳴ると、イルヒラムは殴られたかのように傾いだ。防弾ガラスの割れた塊が窓枠からゆっくりと落下した。

 イルヒラムは顔を上げると、そこにはもう表情と呼べるものは残っていなかった。あるのは見るものをぞっとさせる無表情の仮面と、任務遂行への無機質な決意のみだ。彼は人間があげるとは思えないような声でうなり、床に唾を吐いた。

「死すべき子供たちに県軍は粉砕されてしまったのか。まったく、たるんどる」

 イルヒラムの手が太腿のホルスターに伸び、軍用手銃を握ると、ウォンニを向けた。

 悪罵の限りを口から吐いていた県軍人は、負の感情に歪んだ顔を上官の銃口に向けた。

「ウォンニ、騒がしいぞ。おまえのその行為が任務を失敗に導くことを考えてみろ」

「うるせえ! 任務がなんだってーー」

「ウォンニ、おまえは任務に逆らえない」

 イルヒラムが銃口を向けたまま、低い声で言うと、ウォンニは歯をむき出し、顎が独立した生き物のように緊張した。彼の八つ当たりにより、彼の両腕から血が点々と滴り落ち、ジャイロコプターの後部には平らなものが無くなっていた。

 彼は勢いよく雄牛のように首を振ると、その口からはいつものように壊れた笑い声が飛び出してきた。

「ひっひっひっひ……」

 和歌山市からいくつも上る煙の柱をジャイロコプターは横切り、黒い汚れたものが機内に吹き込んできた。

 それを通過する中、ウォンニは腹を抱えてひどく笑っていた。

「最高だ。こいつは最高で。ひひひひ……。そうだ、任務を達成せねば! 俺たちに施された条件付けは俺たち県軍同様、程度の低いもののはずなのに、どうしてか逆らえませんね、ひひひ。俺の条件付けは、いかすんですよ」

「十分に武装した方が良さそうだね。フジーム博士とやらを捕まえる前に暴徒を二、三十人蹴散らさなきゃいけないかもしれない」

 クロノトンが言うと、イルヒラムはうなずき、自分の椅子の下から金属製の箱を引っ張りだした。

 中に詰まっているのは、武器と聞いて、ぱっと頭に浮かぶ大抵の種類のものが詰まっていた。どれも古いが、よく整備されている。

 イルヒラムは機械のように動いて、弾倉を次々と体に装備していく。最後に折り畳み式木製銃床の目立つ、無骨な長銃を取り出して、まるでバナナのように彎曲した弾倉を差し込み、負い紐を肩にかけた。

「機関銃は僕が使うから残しておいてくれよ」

 操縦席からクロノトンが言った。

 ウォンニはそれを聞くと、めちゃめちゃに大笑いした。

「ふはひひひ……! 市街戦でそんなものが役に立つか! 暴徒相手の接近戦にはこれに限るぜ」

 彼が別の金属箱から引っ張りだしたのは銃器よりもさらにがっしりしたデザインの、電動のこぎりだった。それを手にした彼は、急に血色が良くなり、炯々と目は光った。

 ウォンニは起動鎖を引き、重たげな機械のうなり声がジャイロコプターのエンジン音を圧した。

「イルヒラム、後ろに木こりがいるよ。のこぎりを持っている」

 クロノトンが言う。イルヒラムはうなずき、

「きっと、紀伊山脈の上質な杉を切りにきたんだろうよ」

「イエエエイ!」

 のこぎりを持つ男は長い歓声を上げながら、ジャイロコプター内に並ぶ座席をなぎ払い、床に積もった瓦礫を機外に蹴りだした。

 イラヒラムは背後の騒音を完全に無視して風防窓から市を猛禽の目で睨む。眼下の惨状のために、現在位置は掴みにくくなっていた。

 視界を横切るようにオレンジ色がかった爆炎が上がり、市の中心部周辺に群生していた複合団地が崩れていく。

 県軍人の目はようやく県最大の建物、みかんの選果場を捕らえた。アカデミーも近いはずだ。

 ジャイロコプターの騒音や、市での爆音に混じり、和歌山市の三十万の市民が一斉に素っ頓狂な疑問の叫びをあげでもしたかのような、不思議な声か、音がした。

 いまの音は何だ?

「一体、死すべき子供たちはどうやってこんな破壊をふりまいたのかな?」

 クロノトンがつぶやくように言った。

「さあな。みかんの皮から爆薬を抽出する方法でも見つけたのかもしれん。クロノトン、着陸ポイントを見つけろ」

 ジャイロコプターはヘリコプターと違って、ホバリングというのがどうにも苦手であったし、着陸時の機の方向には十分注意しないと、厄介なことになった。イルヒラムはジャイロコプターの下でたちこめる煙の向こうで、アカデミーのヘリパッドらしきものを認め、さらなる命令を出そうとした。

 とてつもない甲高い金属音が響き、ジャイロコプターの防弾ガラスという防弾ガラスが弾けて割れた。

 さっきイルヒラムが殴ったせいだろうか。

 だが、さらにジャイロコプターの装甲された機体を三十ヶ所で突き破る衝撃が走り、ちぎれた部品が機内を弾丸のようなスピードで跳ね回る。

 イルヒラムが出せる限りの大声をあげる番だった。

「対空攻撃だ!」

 操縦席のクロノトンの口が動いたが、なんと言っているのか聞き取れない。

「退避しろ!」

 イルヒラムは台風に倒される案山子のように床を転がった。床はジャイロコプターの苦悶が伝わったためか、でこぼこしている。

 窓のすぐ外をなにかが通過した。

 噴式砲弾かも知れないと思うより前に、イルヒラムの長銃が火を吹いた。

 窓の外で何か液体がぶちまけられるのを見た。だとすると、今のは人間か。

 そのとき、敵の攻撃がエンジンを貫いたということが、体にぶつかってきた熱風から分かった。

 ジャイロコプターの翼が燃えている!

 それだけの表現では足りないくらいだった。大火は長大な壁のようだ。

 いまやジャイロコプターは燃える制御不能の獣と化した。様々な破片をまき散らしながら、しかし、そのエネルギーは失わず、地面目がけて突っ込んでいく。

 イルヒラムは風防窓の外、一瞬黒い影を目にした。炎を背に、機内のイルヒラムを嘲笑する、悪意そのものの姿。それは敵にちがいない。

 イルヒラムは怒鳴った。

 だが、その声は彼自身にも届かない。

 爆音。



 イルヒラム曹長は県軍の雄叫びを発しながら、ジャイロコプターの装甲板を蹴りとばして外へ出た。土の上を転がって、体の炎を沈める。

 イルヒラムは片膝をついて立ち上がり、悪鬼の表情に笑みを加算した。

 戦いだ。

 半島戦争以来の、久々の本当の戦いだ。頭では忘れても、体は覚えている。

 長銃はどこかに失っていたが、代わりに両方の腿のホルスターから手銃を抜いて構える。燃えるジャイロコプターの破片が雨のように降り注ぐ中、ジャイロコプターをたたき落とした敵へと、その照星をめぐらせる。

 敵は一人ではなかった。大勢だ。これは予想通りだった。

 だが、銃や爆発物で武装した子供たちではない。人間ですらなく、これは予想していなかった。

 イルヒラムの前方には悪意を押し固めたような黒い怪物たちが、その燗と光る狂気の目を県軍人に向けて立っていた。

 怪物たちの禍々しい姿を見て、それらがどこかの三流軍隊に調教された攻性生物や、瀬戸内海から上陸してきた肉食動物でないことが直ちに分かる。もっとすごい奴らだ。

 もしや、朝鮮半島で数える気にならないほど人を殺したはずの自分を、裁くためにこの世の果てから送り込まれてきた、悪鬼か?

 想像を超える状況と、敵手たちの存在にイルヒラムは一瞬ひるんだ。

 だが、一瞬だけだ。

 イルヒラムは、そういう悪鬼のような存在を認めていなかった。

 こいつらは敵だ。何をためらうことがある。イルヒラムは異様な敵を前に背筋を伸ばした。

 先頭の化け物が、自分たちを恐れない県軍人を睨みつけると、あの、奇妙な叫びをあげた。

 同時にイルヒラムもうおおおと叫び、突進しながら引き金を引く。あまりに素早く引いたために、銃声は一つの連続したものに聞こえるほどだ。

 ダムダム弾が何発も体の中で破裂し、化け物は地面に押し倒された。

 直後に、肉薄したイルヒラムの足がうなりをあげて敵の頭部を叩き潰す。黒い顔がつぶれて、灰色の脳か何かが飛び散った。

 イルヒラムは足下の生物が死ぬのを感じながら、顔を上げる。

 余勢の化け物が様々な角度から飛びかかって来るところだった。どいつもこいつも奇怪な外見だが、色は総じて黒い。彼らの体のパーツは、イルヒラムの知る限り、地球上に存在するいかなる生き物の特性も受け継いでいないように見えた。

 一体こいつらは何なのか。

 ロールシャッハのシミから生まれた悪い妄想、とでも言うべき化け物が視界を埋めようとするなか、流れる時間はゆっくりしたものになり、イルヒラムの頭脳は勝手に働いた。

 出し抜けに、化け物たちは空中で不思議な踊りを踊るかのように回転し、それだけでは飽き足らず、体液までまき散らしだした。

 イルヒラムは振り返り、燃えるジャイロコプターの下にクロノトンを見た。拠点防御/分隊支援用機関銃がその手のなかで吠えていて、錆色の銃炎が、東欧の老婆の邪眼のように辺りをゆっくりと睥睨していた。

 竹箒で砂をはらうかのように、化け物たちはなぎはらわれた。

 最後に、とびきり大きくて、強力で、非常識な物が飛んできて、マンモスの牙そこのけの貫通力で化け物を地面に串刺しにした。騒々しいウォンニの電動のこぎりだ。

「一人で突っ込むだなんて迂闊だぞ、イルヒラム! うははは」

「平和な県に長く居すぎたようでな」

 ウォンニが電動のこぎりを引き抜き、化け物の体を九つに分解した。クロノトンもその貪欲な得物に新たな弾薬を餌付けしている。彼は古代エジプトの王のように金色を自分に巻いているが、それは金細工の装飾品ではなく、弾帯だ。何かの拍子で弾丸が暴発しても自信を傷つけないように、弾帯の弾丸は外側を向いていた。

「なんとも形容しがたい見た目だな。一体この連中は何だ? みかん農場の農薬が突然変異を誘発して、こんな化け物を作り上げたのかな?」

 クロノトンが化け物の死骸を蹴って、推測を口にした。

「それよか、こりゃ思ったよりも過酷な状況だぜ」

「ジャイロコプターからもっと物資を回収できるかもしれん」

 イルヒラムが言う。

「いや、それは無理なようだ」

 クロノトンが銃身でジャイロコプターの墜落現場を指した。見ると、腹立たしいことに、燃えるジャイロコプターは人間が全員降りたことによって、元気を取り戻したようだった。それは赤い空へ向けて猛スピードで飛び立っていくところだった。

「……これだから機械は嫌いなんだ」

 イルヒラムは吐き捨てるように言った。

「一応、全員武器は持っているし、通信機もある。任務遂行に障害はないだろ。なあ、イルヒラム、次のジャイロコプターには高性能レコード・プレイヤーを追加するようにジョビ大佐に頼んでおいてくれよ。できればスウェーデン製」

「考えておこう」

「お……まずいよ、イルヒラム。敵襲だ」

 クロノトンが言って、伏射体勢に入った。

 赤い空の向こうから、雲霞のような濃密な化け物の群れが襲いかかって来る。鐘を叩くような独特な銃声が響いて、クロノトンが次々と撃ち落としはじめた。

 だが、敵の数は信じがたいほど多い。

「ウォンニ! アカデミーに入れ!」

 イルヒラムは叫び、自身はアカデミー玄関の横手の石柱を目指した。

 そこにたどり着くやいなや、クロノトンに援護する、との手信号を送る。クロノトンも直ちに了解して、機関銃と弾帯を抱えて走ってきた。

 すぐさま、その背中へと殺到して来る翼を生やした化け物たちだが、そんな芸のない直線的な動きは、イルヒラムにとって楽な的だった。両腕が伸び、発砲の反動に備えた柱と化す。引き金を引くと、何匹かの化け物は花火のように空中で弾けとんだ。

 長銃と比べ、手銃には弾数に不安があるが、イルヒラムの手銃の弾倉は弾が二列に込められたダブルアカラム。そのための銃把の握りにくさも、イルヒラムの握力で補われていた。

 背後から追われるという状況が、クロノトンに普段以上の走力を与え、彼はアカデミーに入った。イルヒラムも殿を務めながら、遅れて入る。

「クリアだ!」

 ウォンニがすでにアカデミーエントランスの敵を葬っていた。

 イルヒラムは門の横の制御盤を殴りつけると、分厚い石の扉がぴしゃりと門を塞いだ。

 瞬時にイルヒラムは状況を学習する。太い柱が規則的に並ぶ玄関はめちゃめちゃに荒れていた。床に転がるのは損壊の度合いが様々な人間の死体と、人間の抵抗で殺されたのだろう少数の化け物の死体だ。おぼろげながらも、どこかで全く同じような場面に度々出くわしたことがあるのを思い出す。

 半島戦争だろう。他にあるはずがない。

 そうだ、間違いない。半島戦争とそっくりだった。気軽にレコードを再生したように、あの状景がここに戻ってきたのだ。

「くそっ、生存者は誰もいないのか!?」

 イルヒラムは吠えた。

 天井付近の窓がぶち割れ、化け物どもが飛び込んで来る。

「防御円陣だ!」

 三人の県軍人は部屋の真ん中に集まった。クロノトンが柱の間を飛び交う敵を狙うために火を吹く銃口をめぐらした。本来は三人一組で使用する機関銃だが、和歌山県軍にその余裕はなかった。にもかかわらず、クロノトンの銃撃は精緻を極める。この男はこの黒くて長い重さ7.8キロの拠点防御/分隊支援火器を母の胎内から持ってきたかのように操ることができる才があった。柱や壁の破片が弾け飛び、広大な部屋の視界が急速に悪くなっていく。

 イルヒラムにも、粉塵を切り裂いて化け物たちが躍りかかってきた。イルヒラムは容赦なく鉛玉を撃ち込んでいく。

 唐突にスライドが後退して戻らなくなった。残弾数を数えてはいなかったが、手銃の弾がつきたのだ。

 直後に化け物がわめきながら迫って来る。不気味な冷たい音をたてて振られるかぎ爪を、体をのけぞらせてかわす。両方の手の親指は手銃の銃把の上にあるマガジンキャッチを押して、手銃は空になった弾倉を排泄した。

 続く化け物のかぎ爪の斬撃をかわせないと判断するや、イルヒラムは化け物の腕を自分の腕で防いだ。県軍人は骨がきしむほどの衝撃に、一方の手銃を取り落とす。だが、化け物のかぎ爪はイルヒラムの顔の上数センチで止まっている。

 県軍人の口から裂帛の怒声がほとばしり、それに押されるかのように化け物がのけぞる。さらに、イルヒラムはしびれた腕には一切構わず、膝蹴りを化け物にめり込まして、敵を一歩後退させた。

 空いた手で、手首に巻いたベルトから新たな弾倉を抜き取り、銃把に差し込む。初弾が装填され、スライドが前進して、手銃があるべき状態に戻った。

 体勢を立て直した敵がすでに眼前に迫ってきていた。

 イルヒラムは銃口を敵の顔に押し付け、自身は後方へ倒れ込みながら、何度も引き金を引く。

 くぐもった銃声と腕への反動の後、イルヒラムの上で敵の頭が黒く爆発した。

「クリアだ」

 ウォンニがそう言い、イルヒラムはすでに部屋の中の全ての敵が片付けられているのに気付いた。

 うなりながら自分の体の上の、化け物の死骸を蹴り飛ばす。

「連中、なかなか、やるね」

「ああ。歯ごたえがある」

 部屋に転がって死んでいる化け物たちの見た目は多種多様で、同じ姿は二匹と見えなかった。だが、その大きさは、人間より小さなものはいない。

 三人の県軍人は用心を怠らず、足早に進んでいった。

 新たな部屋に入るときの先頭は、うなるのこぎり構えたウォンニで、必ずクロノトンが援護していた。

 だが、敵の姿はない。来る部屋来る部屋が、どれも満員の電車に破片手榴弾を投げ込んだような惨状なのに、化け物の新手が見えない。

 どこにいやがる?

 三人は広い階段を上り、半壊した石像の並ぶ回廊を進む。行く手の壁の、巨大な大理石のレリーフに刻まれた人々が陰気な目つきでこちらを見下ろしてきた。

 だしぬけに、巨大な太鼓を連打する音が轟わたる。

 レリーフが爆砕して、何万という大理石の破片が床と壁を乱打した。

「来たぞ」

 もうもうたる白煙の向こう、悪党のゴリラのようにたくましい黒い化け物がやってくる。

 そのとき、距離感を正しくつかんで、イルヒラムはぎょっとした。

「冗談だろ?」

 イルヒラムはつぶやく。化け物の身長は六メートルほどもある。歩くと地面が震えるほどの巨体だ。

 化け物がどすどすと近づいてくるにつれ、三人は敵を見上げるためにのけぞらなければならなくなる。

 直後、我に返り、クロノトンが機関銃を一連射した。

 ばばっと、化け物の表皮が飛び散るが、それだけだ。銃弾はそこで止められ、化け物に十分なダメージを与えていない。

 化け物どもは総じて人間より頑丈だろうと踏んで、イルヒラムは多めに銃弾をぶち込むことにしていたが、この敵の頑丈さは常識はずれだ。

「まるで戦車だな。何食ってそこまででかくなったんだ?」

「手榴弾を持ってこなかったのが悔やまれるね」

「いいや、必要なのは対戦車砲だろう!」

 銃弾をものともしない敵が肉薄してくる。後ずさるイルヒラムとクロノトンに対して、奇声を発しながら敵にぶつかっていったのはウォンニだ。

 黒い血が辺り構わず飛び散り、片足を失った巨大な化け物がバランスを崩して倒していく。

「ここは俺に任せろ」

 ウォンニが生き生きとした様子でそう言って、にやりと笑うと、通信機をイルヒラムに投げてよこした。

「敵地で分散行動か。素晴らしい」

「あんたらの銃に出番はないんだ。ここいら一帯は掃討しておくぜ。今日の主役は俺だ。ひひひ」

「分かった。クロノトン、来い」

 イルヒラムとクロノトンが踵をかえした。

 ウォンニは怪力を発揮して、電動のこぎりを放り上げる。それは高い天井すれすれのところで上昇をやめると、今度は回転しながら落下していった。

 うなりながら化け物が上体を起こす。そこへ電動のこぎりが落ちてきて化け物の頭に突き刺さり、暴れ回る。

 ウォンニは飛んでくる肉片から顔をかばいながら進んで、得物を引き抜いた。

 駆逐戦車や、この化け物のような薄のろ相手に有効な手だ。

 レリーフにあいた穴からは、さらに似たような敵がぞろぞろと湧き出てくるところだ。ウォンニは笑いの発作を抑えきれずに、武器を構える。

 面白くなってきた。

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