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8 ラミタイ


 自分がなにか黒くて恐ろしいものに変わってしまう夢に苦しめられていた。

 高い悲鳴、低い悲鳴、あらゆる波長のもの。そして、第二次世界大戦のもの、半島戦争のもの、あらゆる場所での悲鳴全てが凝集して自分を作っていく。

 自分の中にも、外にも悲鳴から逃げられる場所などない。

 同時に、自分を恐れる無数の悲鳴に、打ち倒されようとしていた。



 ラミタイは夢から覚め、窓のない寝室で荒く息をついた。夢が終わり、現実が再開した。

 しつこく夜毎襲い来る悪夢だ。

 いや、だんだんとはっきりしたものになりつつある。

 予兆だ。

 暗い破滅がまた一歩近づいてきた。

 この絶望的な世界とは、所詮一種の長い悪夢のようなものなのか。死によってこれは終わるのだろうか。

 そういった疑問が、不安が、心を責めさいなんで止まない。

 県内の多くの同世代の人間、そしてラミタイ自身によってなされ続けてきた思考だった。

 腕へと手を伸ばせば、ファレリアの爪によってできた傷に指が触れる。昨夜見た光景は幻ではなかった。

 眠りが休息でないように、死は安息ではない。

 遺伝子強化人間たる自分たちはその姿を強制的に変えられ、その業苦の生を最低のものへと落として、続けなければならないことを定められている。

 どこへ向かおうとも苦痛と狂気が待っている、迷宮の中にいるようなものだった。

 悲鳴とも怒号ともつかない声を上げ、ラミタイは壁を殴っていた。

 なぜだ?

 なぜこの狂った世界は自分たちに不当な短い生しか与えなかったのみならず、平安とされていた死さえも奪おうとーー



 ジャーンとけたたましく電話が鳴った。

 ラミタイは動かなかった。だが、それでも電話がなにかを責めるかのように、けたたましく鳴り続ける。今日は母が家にいない日だということを思い出すと、ラミタイは布団から這って出て行き、ふすまを開けた。

 黒いかぶと虫型電話の受話器を取る。

「ラミ?」

 ファレリアからだった。今誰よりも声を聞きたくない相手だ。

「……なんだよ」

「私たちの死がああいう醜いものだというのは見ての通りよ。あの遺伝子強化の化け物になってしまえば、もう理性は残らないわ」

「知っていたのか?」

 ファレリアは一瞬口をつぐみ、

「フジーム教授から教えられたの。彼は遺伝子強化プロジェクトの元主任」

「……そうか」

「私はこれからアカデミーへ向かって、私が存在したという証拠を残らず消すつもり。それから自分自身も消す。それが実験材料として、兵器として作られた私の最後の偏狭な抵抗。どれほど意味を持つかは疑問だけれども」

 ラミタイは言うべき言葉を見つけられなかった。

「ラミも、変異のときは大切な人が近くにいない場所を選びなさい」

 ラミタイは受話器を置いた。

 今日が人間として最後の日なのだろうか、と気になった。



 もともと淡い色だったラミタイの行動計画は空白になった。

 蒸し暑く、暗い家の中の息苦しさに耐えかね、発作的にラミタイは外に彷徨い出た。

 頭上には今なお黄色い太陽。暑くて乾燥した風が吹いて、ラミタイの頭上で渦を巻いている。

 ラミタイは心をかき乱されたまま、道ばたに座り込み、頭を抱えた。幼い頃から知っていたファレリアが自分の終末を決めて去ってしまったのが悲しかった。そして、死の間近に心に抱くべき平安、学校で唱えられていた説法を思い出しても胸が悪くなるだけだった。

 終わりの見えていた自分の道筋は、近づくにつれ、目を背けたくなる醜いものでしかなかった。

 全ては嘘の上に作り上げられた空虚な言葉に過ぎなかった。

 ラミタイはぼうっとしながら、行き交う人々を眺めた。籠や風呂敷を背負う人々や、休憩中の農園作業者に混じって、荷を引くロバや馬が通っていく。自分が死んだとしても、世界は今までと同じように回り続ける。この光景も変わらないだろう。

 何も変わりはしないのだ。



 だが、人の流れは変わった。

 遠くで叫びが上がり、突然方向転換する者、走り出すものが相次いだ。錆びた農業用具が道に置き去りにされる。

 ラミタイは顔を上げ、呆然とした。

 何かが起こったに違いない。

 ラミタイは耳をそばだてたが、意味ある言葉は聞き取れなかった。やむなく立ち上がると、ざわめきながら走る人の波に加わる。人の波は地区中央の広場に流れ込んでいた。

 平和な農業の世界であったこの地で、人が突如集まり、叫んだり、わめいたりしているのは異様な光景だった。舗装されていない地面から茶色い土煙が何かを暗示するかのように舞い上がっている。

 広場の人々が見ているのは、スピーカーを大量に身につけたテレスクリーンの塔だった。

 テレスクリーンの画面は和歌山県のどこかの、煙を吐いている街角を映しているが、別に最近では珍しい光景ではなかった。

 この人たちは何に驚いているのか。

 予想外の心臓発作のような唐突さで日本の経済が麻痺したとか、第三次世界大戦が勃発したとか、という程度のニュースでは和歌山県の人間をここまで慌てさせるには足らない。

 と、画面が乱れて、他の番組へと切り替わった。国営ニュースのキャスターの真面目くさった顔が大映しになった。

『ーー十四日に和歌山県を襲ったテロリストの一団は今なお県を占領しています。テロリストによる化学兵器に対抗すべく、政府軍は和歌山県の封鎖を完了しました。卑劣にして奸悪なテロリストに対して、偉大なる政府軍は非難のコメントをーー』

 ニュースキャスターは言葉を続けたが、ラミタイは立ったまま身を凍り付かせていた。

 テロリスト?

 即座に理解した。

 政府は遺伝子強化人間のことを隠している。

 和歌山県の外の人間は、ここに残る忌まわしい呪いのことを知らない。

 政府は……先達の狂った研究を直視することができなかったのだろうか。それとも自分たちに責が及ぶのを避ける為だろうか。

 だが、ラミタイの考えをよそに、ニュースキャスターはなおもテロリストの非行を責め、その不吉な口腔からよどみなく死を語った。

『ーー和歌山県の多くの民は、すでにテロリスト側の虐殺によって命を落としたようですが、偉大なる政府はさらなる被害を防ぐ為、そして、テロリストに対する報復と懲罰の意味合いをこめ、新型爆弾を投入するつもりであると、先ほど正式に発表しました。この新型爆弾は和歌山県にはびこる悪を一掃するであろうことを、政府のスポークスマンは誇りを持ってコメントしていますーー』



 衝撃。

 それから恐怖がやってきた。

 日本の様々なお茶の間で、そのニュースはほんのひと時の関心を引いたかもしれない。だが、和歌山県の人間だけには死刑の宣告のニュースであり、そして、それだけでは済まされないものだった。

 遺伝子強化人間の寿命から来る死という、普通の和歌山県民にとっては何年も前から起こることを知っていた、言ってしまえば瑣末なことではない。

 政府軍による県に対する、普遍的爆撃の宣言。自分たちを、庇護してくれる、よき親であり、よき指導者、少し大げさに言えば信仰する対象でさえある、政府軍からの一方的な攻撃の布告だった。



 ラミタイは、自分がどうやってあの騒乱の場から抜け出してきたのか覚えていなかったが、気がついたらさっきの道ばたに腰を下ろしていた。体の震えを押しとどめることすら頭に上らなかった。

 思えば、この県はなんと騒ぎと無縁だったことだろう。

 いまや死に際した平安は失われた。それは嘘だったのみならず、完全に粉砕されてしまった。

 政府は遺伝子強化人間という汚点を隠す為に、県民を巻き込んで爆撃を行うだろうことをほのめかした。一体、この県の何がそこまで政府の逆鱗に触れたのだろう? それとも彼らは事務的な顔で、日本を構成する県を一つ減らしてしまうつもりなのだろうか。

 テレスクリーンのある広場のみならず、郊外の辻々、いや、和歌山の都市全体が騒ぎに包まれようとしていた。それほど遠くない場所から太くて黒い煙が上りはじめた。

 変わりつつある故郷の姿から目を背け、ラミタイは立ち上がると、踵を返した。大勢の人間とすれ違う。道ばたの屋台はひっくり返り、馬が主人を見失って所在なげに立っている。

 突如、目の前にあった飲食店のガラス戸がぶち割れて、人が道に転がってきた。いや、違う。木片とガラスの中で突っ伏しているのは黒い、異形の姿だった。

 背丈はラミタイと同じほどだろうが、肌が黒く粘つく物に覆われた鱗へと変わっている。

 だが、夕べ目にしたような、恍惚の身振りもなければ、歓喜の叫びもない。自身におこった変容への苦しみだけを表すように、憂鬱そうに震えている。

 その顔が、ラミタイの方を向いて、目と目が合った。

 つい先ほどまで、人間だった生物のその目が、その構造を変えていくのをラミタイは見ていた。

 瞳孔が急速に大きくなり、白目の部分を飲み込んだ。そして、踊る炎のような光がその中心で生まれた。

 見えざる、冷たい手で触れられたかのように、ラミタイは総毛立った。

 眼前の生き物は、自分を同類と識別して、なにかメッセージを伝えようとしている。そのことが理解できた。

 そして。

 同時にはっきりと感知した。

 自分の体内の何かも、それに返答しようと、動いている。

 そのとき、飲食店の中から、何か長い柄のついた刃物が飛んできた。異形の生き物の後頚部に湿った音をたてて、突き刺さる。その生き物は、失望した人間のように目を閉じ、そして、もう動かなかった。

「やったぞ!」

 低い叫び声がして、一団の人間が店から飛び出てきた。

 様々な階級の人間だった。みかん農園の労働者の老人もいれば、県の施設の制服を着た中年女もいた。

 だが、ただ一つ、共通点があった。

 彼らは死すべき子供ではない。

 先頭の、県の役人の服の男が、異形の死骸から、武器をねじって、抜いた。

 みかんの木の枝の皮を剥ぐのに使う、鋭利な鎌だった。木の皮を剥ぐと、養分が幹にたまるので、みかんの実が大きくなるのだ。

 いま、その刃は、ねっとりとした異質な黒い体液に染まっていた。

 大人たちは、皆、物事に熱中している人間の顔を浮かべているのがわかった。そして、彼らの顔がこっちを向く。

「もう一人いるぞ!」

 先頭の男が怒鳴り、こっちを指差した。

 一瞬、ラミタイは彼らが指差しているのが背後の誰かだと思って、振り向きさえした。

 直後、鎌がうなりながら、自分の二の腕を切り裂いていったのに気付く。

「化け物を殺せ!」

 一団が口々にそういう類いの大声を上げる。

 違う。おれはまだ変異していない。いずれ変異するにしても、他の人に迷惑をかけるつもりはない。

 そんな言葉が浮かぶが、大人たちの目の狂気、その手の中の包丁や剪定用大型はさみがラミタイへと突進してくると、言葉は口の中で消える。

 この場で八つ裂きにされることと、平安なる死との相関について考えるよりも先に、ラミタイは身を翻して逃げ出していた。



「こんなことさえも経験しなければならないのか……」

 和歌山市辺縁部から逃げ出した際に浴びた、信じがたい悪意を思い出して、ラミタイはふらついた。

 人のいない方、いない方へと走ってきたので、自分が林の中にいることは意外でなかった。だが、それがファレリアお気に入りの停止農園の裏手というのは予想外だった。ファレリアはここにはいないが、彼女の画材一式は先日と同じ場所にまだ置かれていた。

 ラミタイは主のいないファレリアの椅子に腰を下ろし、傷を調べた。服は大胆な染め方をした服の様に赤く染まっていたし、痛みはうっとおしい蠅のように、行ったり来たりしていた。

 ファレリアの絵にかけてある布をとって、傷の少し上のところで縛ると、歯を使ってこれでもかというぐらい腕を締め付けた。

 出血する人間に興味でも覚えたのか、防鳥ネットの所に飛びカニが集まってきているのが見えた。

 ひどく疲れていた。

 難儀な長い旅からの、帰り道のような疲れだ、と表す他ないものだった。

 おかしな話だ。旅なんてやったことはない。和歌山県から出ることはできなかったのだから。

 ここに座ると、嫌でも和歌山市の煙は目に入ってくる。

 暴徒が死すべき子供たちを殺そうとしているのか。あるいは県軍さえも介入したのかもしれない。変異直前の子供だってみすみす殺されることは避けるだろう。いや、変異した後にもすぐには死なないのならば、全ての生き物よりも穢れて卑しい外見になった後さえも、暴徒に抵抗しようと暴れるのかもしれない。

 頭に漠然と描いてきた、最期の時とはほど遠い。

 暴徒には、自分たちに怒りを抱くよりかは、哀れんでほしかった。

 自分たちは、果たしてこんな苦しみを受けるためだけに作られたのだろうか。

 そうなのだろう。呪われた生き物である自分たちが、誇りを持って思い出されることだけは絶対にないはずだ。

 もう時間がない。変異は目の前に違いない。

 残念でならなかった。

 もっと、この問題について考えていたのならば。そして、自分がこの地に存在したことの意味を、気付くだけの時間があれば……。

 ファレリアの絵を初めて見た。それはいま、ラミタイの前に広がる和歌山の情景を描いたものだ。だが、そこから人間の作った人工物だけがきれいに除かれている。赤く染まった空と、植物と、遠くに見える海だけ。彼女らしい作品と呼ぼうか。

 ……いや。

 そんなのは馬鹿げている。

 自分に時間がいくらあったところで意味なんかない。迫り来る死から目をそらし続けてきたのだ。自分は、スタートラインにさえ立てなかった。

 出来損ないの生き物の中の、出来損ない。

 それが自分だ。

 意識せず、ラミタイの血にまみれた右手の指が、絵の表面の赤い空に触れていた。

 能うことなら、その表面から何か意味あるものを、なにか赤い果実のようなものや、心臓のようなものをつまみとろうというかのように、表面を引っ掻いた。

 ラミタイの血が、ゆっくりと絵の表面を垂れていく。

 それなら、自分以外の遺伝子強化人間ならどうなのだろう?

 ……ファレリア。

 すでに、解答を見つけ出し、結論に至っていた彼女。

 彼女は心の平安を我がものにした人間の輝きとともに、その時を迎えることだろう。

 それを少しでも近くで、なにがしかを学び、吸収するのは許されないことなのだろうか。

 分からない。

 ラミタイの血は、風景画に赤い雨を降らせていた。

 取り返しのつかないことになるかもしれない。自分はどうでもいいが、彼女にとってそうなるのは耐えられない。

 だが、それでも、これは最後のチャンスに違いなかった。

 自分には、暴徒を食い止める力も、政府軍の爆撃をなくす力もない。だとしても、彼女のその時を妨害しようとするものを、いくらかでも逸らすことはできるかもしれない。

 むしろ、それに全力をあげるべきかもしれない。

 いっそのことそれに命さえも……?

 分からない。

 だが、できることをやるしかなかった。ラミタイは立ち上がった。細かいことはファレリアに会った後に決めることにしよう。

 猛然たる煙の下の、和歌山市を目指して歩いていく。



 ファレリアの絵の表面を、ラミタイの血のあとがゆっくりと四方に広がっていった。

 やがて、それは色を変えた。



 空の色は血を吸ったかのように赤くなっていた。

 ラミタイは自分の穴の空いた靴から目を上げ、一瞬自分と周囲の畑をおぼろげな影に包んだ無数の飛翔物に目を見張った。それは生物の一群だったが、ラミタイの知るいかなるものよりも異質だった。生き物というよりかは、悪い妄想の産物を思わせる、そんな生き物の一団が頭上を通過していく。

 和歌山市中心部に入ると、暴徒の代わりにラミタイを迎えたのは死体だった。

 初めは転々と転がっていたものが、だんだんと増えていった。

 ラミタイは地面に胃液をぶちまいて、その中に黒くうごめく線虫のような姿があるのにも気付かず、よろめき進んだ。いまや、目で見るもの全てに死しか見いだせない。

 空気は、信じがたい熱を帯び、粉塵と熱せられた血の匂いで、息もできないほどだった。

 第二次世界大戦中に起きた、純然たる殲滅戦については学んでいたが、それが何を意味する訳でもなかった。

 赤く染まった道路の上、ずたずたになったかつての人間の構成部品に触れないように気をつけていたが、やがて無理になった。足の踏み場がない。

 政府のビルが、暴力的な幼児に襲われた玩具のように、その骨格の半分をえぐられていた。人間がそれをやるには、建設機械か、武器がいるだろう。

 だが、彼らにはーー自分たちには、そんな物必要ない。

 その隣には見慣れない丘があった。

 瓦礫の山だと思ったがーー骸の山だった。

 ラミタイはへたり込みそうになりながらも目をそらした。高さ三十メートルの山に含まれているのは、何千という人間だけではない。市内の、人間と関連する動物は、全て殺されたのだろう。

 まるで、虐殺の機械と呼ぶべき、仕事の正確さだ。

 ラミタイはよろめきつつ、さらに進んだ。

 何よりもおぞましいのは、間もなく自分が変異を始めようとしているのを明瞭に感じることのできることだ。それが近づいてくるのを感じる。まるで、五感で感じることのできる物のように。それを理解することさえできそうだ。

 自分は全ての生きる物を、死でもって冒涜する魔怪へと変じてしまい、それを止める手は存在しない。



 当然のように、アカデミーの玄関ホールも死の回廊と化していた。

 誰かの、だらりとのばされた足に蹴つまずき、内臓に足を取られ、ラミタイは柱に叩き付けられた。

 直後にーー気付いた。

 体内の何かが震えている。共振だった。

 柱の反対側、三メートルと離れていないところに、それが一匹いた。

 この殺戮を検分にきた悪夢の化身のような黒い姿がゆっくりとラミタイの目の前を横切っていく。

 全身から刺を生やし、さらにその下の肌は飛びカニのようにゴツゴツしている。黒い肌のために遠目には気付きにくいが、全身に浴びた返り血が湯気を立てていた。

 それがちらりと自分の方に目をやるのを見て、ラミタイは息を詰まらせた。

 間違いない。

 体内の異生物は、目の前の化け物に反応している。

 ラミタイの視界が歪んだ。

 化け物は、ラミタイに興味を失い、そのまま進むと、アカデミーの門から出た。その背中から、破裂するように翼が生える。刺だらけの骨格の合間に、分厚い膜が張られている。

 それを大きく一回羽ばたかせ、化け物は消えた。

 突如、ラミタイの視界の色彩が反転する。

 よりかかっていた壁が脂肪のように柔らかくなり、気味の悪さにラミタイは悲鳴を上げそうになった。

 いや、そんなことは起こっていない。

 ラミタイの方の感覚がおかしくなっているに違いなかった。

 熱を感じた。ここの気温は驚くべき高さだが、それだけではない。熱は体内からも生まれていた。

 口を開けば自分の内臓が溶け出てくるのではないか。そんな考えが頭をよぎった。

 体の中でも外でもひどく間違ったことばかりが進んでいた。



 見慣れているが、全く違う場所と化した校内を歩き、フジーム教授の研究室へと入った。

 他の全ての場所同様、ここも荒れ果てている。

 入ってすぐに、奥の方に転がるその死体に気付いた。全く原形とどめていないにも関わらず、フジーム教授と確信できたが、それ以上は何の感慨も生まれなかった。

 すでに、人間の死が当たり前のものとなっていた。

 だが、彼女は?

 数歩中に入り、そして、背後にめまいを起こさせるようなプレッシャーを感じた。

 化け物がいる。

 ラミタイは振り向いた。

 そこにいたのはーー見るに耐えない邪悪な生き物ではなかった。

 ファレリアだ。


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