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4 ラミタイ


 死へと向かう時計のネジは、生まれた直後に加えられた処置とともに巻かれたのだろう。

 普通の人間は神の手によってのみ、死へと向かう時計のネジを巻かれるのに比べ、自分たちのそれには人間の手が加えられている。

 ラミタイの家は和歌山市郊外に位置していた。瀬戸内海から絶え間なく吹き付ける風のため、劣化したガラスがかたかた音をたてていた。隙間ある床板から葛が忍び込んできているのが目に入る。そうならないように庭を整備するのはラミタイの仕事だった。いつごろから、自分はやるべき仕事を忘れてろくでもないことばかり考えるようになったのだろう、と自分に尋ねてみた。

 居間ではテレスクリーン付きラジオがつけっぱなしになっていた。和歌山県では個人所有のラジオは珍しい家具だし、馬鹿でかいトランジスタを装備した街頭テレスクリーンのおかげでラミタイ自身も家のそれに触れることは少なかった。

 真面目くさった表情の国営チャンネルのニュースキャスターがなにかを読んでいたが、空電の音がそれを意味のないつぶやきに変えている。ラミタイはテレスクリーン付きラジオの前に座り、なんのために設置されているのか分からないテレスクリーン表面のレバーやスイッチをいじってみたが、機械の状況は改善しなかった。周波数は固定されていた。この機械に対してラミタイが行える動作は、コンセントを抜くか、入れるかの二つだけだった。

 ニュースキャスターの姿が消え、画面には新聞や写真で見慣れた人混みと、巨大な壁と門が映された。それを見て、ラミタイの瞳の憂鬱の色が濃さを増した。



 戦争が様々なものを奪っていくということは、周知の事実だが、1950年の半島戦争が和歌山県人から奪っていったのは一つの世代の未来だった。

 ユーラシア大陸で敵意が大きくなるに連れ、リビルダーと日本政府は一つにプロジェクトに手を伸ばした。

 遺伝子強化プロジェクトである。

 大戦後に完成した遺伝子関連の技術のおかげで、農場の生産力は上がり、さらに一度絶滅した生き物までもが地上によみがえった。

 その技術を人体へ応用しようというのだ。

 戦争に適した、戦争のための人種を作り出す。

 遺伝的に戦闘に向いた要素を、産まれたばかりの新生児に埋め込み、十数年後には最高の兵士として戦場に送りこむ。

 半島戦争が、第二次世界大戦のように延々と続けば、それを終わらすのは遺伝子強化された兵士になるのだ。

 そういうわけで、産まれた和歌山県人はリビルダー指導下の日本政府公衆医療庁によって、じゃんじゃん遺伝子強化の処置を受けさせられた。

 当時の情勢から考えれば、それは全く道理をわきまえているとされたことだった。

 だが、半島戦争は日本軍の活躍によって三年後に終わってしまった。

 結局、遺伝子強化人間が半島戦争に貢献することはまったくなかった。リビルダーも遺伝子強化技術の研究にかかる費用の面から、研究を断念した。日本の政府も速やかにこの件の責をしかるべき人々に負わして、それからこのことを忘却した。

 それでも、この問題はしつこい持病のようにつきまとってきた。

 数年後の追加調査で、和歌山県の遺伝子強化人間は、その強引な処置のおかげで、寿命がひどく短いということが明らかになったのだ。

 遺伝子強化人間の中には何か、ウイルス似の未知の生き物が埋め込まれている。だが、それは寄生といった生易しいものではない。融合だ。遺伝子強化人間は一種のキメラだった。

 研究の結果、キメラという生き物は長生きを許されない存在だということが明らかになった。一つの肉体に、二つの生き物の精神、そして魂が乗ることはできなかった。いかなる種類のキメラとて、肉体が耐えきれず、醜く死んだ。

 和歌山県の遺伝子強化人間の場合、埋め込まれた生き物は休止状態なのでしばらくは大丈夫だった。だが、設計者の意図通りにことが運べば、その生き物はやがて目覚め、人間とその生き物は、最高の兵士へと仕上げられる。そのはずだ。

 つまり、遺伝子強化された子供は十代中盤まで生き、それから体内の生き物が目覚め、そのせいでぱたっと死んでしまうらしい。

 この予測値に誤差はほとんどない。

 政府の人々はとんでもない置き土産を置いていった当時の政府指導者と、リビルダーに向かって意味のない悪態をついた。



 和歌山県内では、しばらく経ってから県民に遺伝子強化の事実は、少しずつ広まっていって、ついには子供たちの死は避けることのできない一つの出来事として全県民に浸透していた。遺伝子強化を施された世代の子供たちを、和歌山県では死すべき子供たちと呼べば、意味が通じた。

 同時に無口な政府軍の方も様々な事態に備え始めた。

 和歌山県の県境には高い壁と、そこに配備された政府軍の一軍が置かれた。和歌山県から出るには壁に設けられた関所を通るしかなく、それは三つしかなかった。関所を通る面倒を省こうと、壁を乗り越えようとした人間は誰であれすぐさま射殺される。これは全県民の常識となった。そして、遺伝子強化の痕跡のある人間、つまり和歌山県生まれの一定の年齢層の子供たちが関所を通る方便はなかった。

 また、小舟を自作して、海から和歌山県を脱しようとした人々も、生きて他の県は踏めなかったと、話が伝わった。和歌山県の周囲の海には政府軍の潜水艦がひそんでいるという噂もあれば、政府軍がポリネシアから連れて来た海の魔物を和歌山県の牢番に仕立てている、という噂もあった。



 と、封鎖された県国である和歌山県は確かに不便な側面もあっただろう。それでも、和歌山県民はそれをよしとし、静かに暮らしていた。つい最近までは門の前に行列などできなかった。

 だが、遺伝子強化人間の寿命と予想される年が迫るにつれて、状況は変化を見せた。死が迫ったことに直面させられた若者の一部は自暴自棄な気分になり、徒党を組んで暴れだすかもしれないという考えが県内に広まっていた。それに備えて、県軍の動きは活発になり、県境の防備も強化されていた。

 ラミタイは遺伝子強化を施された最初の世代だ。

 自分もやはり自暴自棄になって、周りのものを手当たり次第、破壊しようと考えるようになるのだろうか?

 ラミタイはその場面を想像しようとしたが、まるで現実的には思えなかった。自分にそんな度胸があるものか。いざ、死が迫って来ても、あたふたしている間に全ては終わってしまうとか、所詮はそんなものなのだろう。

 県境の話題に関しても同様だった。和歌山県から死ぬまで出ることができないことを定められているラミタイにとって、県の外というのはアメリカや、南極や、月の砂漠同様に自身の頭の中でしか訪れることのかなわない地であり、県軍に逆らって県境を破るだなんて考えが頭の片隅をよぎることもない。

 テレスクリーン付きラジオは全国の天気予報を流しはじめるが、予報士が口にする地名は意味を伴わなかった。

 ふちのかけた茶碗で味噌汁をすすっていると、奥の間から母が現れた。逆光のため暗くなった女の顔が歪むのが分かる。

「今日は学校に行くよ。最後の講義があるんだ」

「勝手にすればいい」

 ラミタイの死が近づいているにもかかわらず、会話はこれだけだった。

 ラミタイへの嫌悪が、彼女の遺伝子との違いから来ているものなのか、それとも、遺伝子の問題を差し引いて、単にラミタイのことむかつく弱腰な奴だと嫌ってのことなのかは分からない。

 とにかく、法の定める通りに同じ家に住んでいるだけで、母とラミタイの接点はこれ以上発展したことがなかったし、もうラミタイの方も半ば彼女を無視していた。

 ラミタイの父は戦場に立てば優秀な戦士で、農場では県で一番のみかん栽培士だったという。だが、なんであったにせよ、その男はラミタイに影響を与える前にラミタイの人生から退場していた。



 和歌山市中心部には政府関連ビルや、県の主要臓器である立派な建物が並ぶが、何よりも目につく建物は、選果場だ。

 高層ビルよりも背は高く、その幅も古王の墳墓のようにどっしりしている。特に根拠はないが、この巨大建造物は月からさえも見えると言われていた。

 モノカルチャーを運命づけられた県にとって、これはシンボルの役割も担っているが、実際に和歌山県中の収穫された柑橘類はここに集められ、それから船に乗せられ日本中、そして世界中に運ばれていく。

 古くから受け継がれてきた手法のおかげで、気難しい柑橘類は、世界最高レベルの芸術品となって出荷された。

 そこから得られる外貨は、日本にとっても重要だった。

 選果場の隣のアカデミーは、江戸時代に築かれた建物で、当時の流行のビザンチン風デザインがちりばめられたおそろしく立派なつくりだった。アカデミーは大きいが、残念ながら建造者の予測は外れたようで、その後和歌山県が日本を代表する学術都市となることはなかった。それでも、その学校の呼び名はただアカデミーとなっていて、和歌山県の他の学校には背負うことの許されない風格というものがあった。

 校庭に人影は少なく、いたとしても聖職者のように落ち着いた動作なので、部外者にはここが学校だと、すぐには気付くことができないだろう。

 死を前にして多くの子供たちは外部からの猥雑な雑音から顔を背けているのだ。いわば学校全体が、そして街全体が、末期癌患者のような落ち着きとともにあった。

 おれたちは死を前にしてこうも落ち着いていられるのか、というどこか誇らしい諦観がラミタイを支配した。

 広大な学校の回廊を、規則正しく太い柱が並んでいる。その陰に立つのは大理石で作られた先哲の像。壁の巨大なレリーフに描かれるのは古き時代の苦難の日々。

 そして、遺伝子強化人間は現代で、苦難の日々を間もなく終えようとしている。



 アカデミーで、ルネサンス期以前の生物歴史学とラテン語学を受け持つフジーム教授はわずかながら集まった生徒に向かって言った。

「最後の最後まで学習しようという意欲を失わなかった君たちを私は誇りに思うよ」

 フジーム教授は学校に残って授業をした最後の教授だった。他の教員がどこへ消えたのかラミタイには分からない。暴動の際の被害者になることを恐れて、和歌山県脱出の大行列に加わっているのか、それとも、夏が終わる頃には死んでしまうと言われている遺伝子強化人間第一世代の子供たちに、ものを教えるのは無益と判断したのか。

 それでも立派な学校の立派な業務システムはしっかり機能している。

「若いながら過酷な運命を背負わされえた君たちには、一億人全ての日本人が、いや、世界中の誰もが同情を示すことだろう」

 フジーム教授は悲しげに手帳を閉じた。

「そして明日からは夏休みだ。最後にやるべきことを探すがいい」

「だが、僕たちは有限な人生のおかげで得たものがある」

 クラスの人気者、ザーゴが声を張り上げるのが聞こえる。

「この心の平安を普通の人間は見ることはできない。探すことすら思いつかないだろう。それは歴史から明らかだ。このことについて、僕たちは明らかに好運だ」

 ザーゴの周りの仲間たちが彼に賛同して穏やかな歓声を上げた。

 ザーゴを見るのは数日ぶりだったが、この数日間で彼はより大きな物を精神の面で得ることに成功したのだろう。死が近づくにつれ、指数関数的スピードで多くのことを理解していくようだった。

 数年前のザーゴは歴史書に出て来る、殉教者に見えていた。だが、彼の成長のスピードから考慮するに、彼が死期を迎えるときには、歴史書に出て来る聖人のような風格をまとっているのではないだろうか?

 ラミタイは嘆息した。

 どうにもたまらなくなって、早足で教室をあとにした。



 アカデミーの回廊を歩み去って行くフジーム教授に向かってラミタイは小さな声を投げかけた。

「わからないんです」

 フジーム教授の肩が一回り縮んだかのように見えた。

「なぜ、みんな死を平然と来るべき通過点の一つとして捕らえることができるのでしょうね。おれがその向こうの虚無を恐れているのに。世界から自分の痕跡が消え去り、何も残らないことに震え上がっているのに。そこから大いなる成長やその結論たる平安など築き上げれそうにもないんです……おれは出来損ないの遺伝子強化人間の中でも、特に矮小な存在なのでしょうね」

「君は矮小な者などではないさ」

「そうでしょうか……」

「そうだとも」

 ラミタイが欲しいのは気休めではなくて、助言であり、この状況を好転する解決法だった。だが、フジーム教授は何か確信があるかのような断固な口調で、根拠のないことを言い、ラミタイにそれをどうすることもできなかった。

「だとすれば、おれはザーゴのいうような心の平安を抱いて死ぬことができるのでしょうか?」

「心の平安か……」

 フジーム教授はまるでそれが異質な概念なように、躊躇しながら発音した。その声が低く、聞き取るのが難しいぶつぶつというものに変わっていく。

「そうだな……確かに……周りに迷惑をかけずに消えていくのは間違っていない。だが、君たちはそれのみを目的とせず、努力して生きていくべきなのだ……」

「だとしても、おれ達はもうすぐ死にます。あとわずかな期間の生にどういった意味があるのでしょう」

「違う。違うんだ。大切なのは生きようとすることを怠らないことだ」

 フジーム教授は高い額に皺を寄せ、やはり断言するかのように言い、そして、すぐに身震いした。

「……いや、これは卑怯だな。いままで君たちに私たちは死の平安ばかり説いてきたのに、いざ君たちが死のうというときに生の重要さを説くのは。忘れてくれ」

 ラミタイは何も言えなかった。

「私にはもう君に教えることは何もない。私こそが矮小な者なのだから」



 アカデミー全体が奇妙な静けさに包まれ、すり減った石の階段を下りる足音はアカデミー中にこだまするように思えた。

 ラミタイは広大ながら、人間よりも薄暗い環境を好む生き物のために作ったかのようなロッカールームへ下りていった。錆びて穴だらけになったロッカーの扉を開けると、学校側から最近の無断欠席を咎める紙片が届いていた。罰は九月に与えられるとあった。

「そのころにはおれは死んでるさ」

 ラミタイはつぶやいた。学校の業務システムは夏休み中にこの学年の生徒全員が消え去るだろう事実を徹底的に無視しているようだった。

 はっと気付けば、薄やみの向こうから染み出るようにザーゴが現れる所だった。リーダーになる素質を生まれながらに持っていて、そして、彼はその使い方を生まれてから磨きをかけてきていた。

 疲れているが、彼の目には力があふれている。普通の人間から感じることはできない、死すべき子供たちの、悟りを開いたそれだ。

「よう、ラミ。ファレリアは元気か?」

「相変わらず分け分からんものを描いているようだよ」

 ファレリアはいち早くアカデミーへの通学をやめた生徒の一人だった。

「それが彼女流の心の平安に身をおき、最期を迎えようとする方法なのだろうな」

「かもな。知ったことか」

「彼女のそういった諦観は、死が近づけば正当化されるとの考えなのだろうが、僕は正直、死を前にしても日常の規則を崩すことは、世の中の調和を乱すことになると思えるのだよね。まあ、僕は昔から彼女とはうまが合わなかったし、こういう意見に関してもーー」

 ラミタイはロッカーの中の紙片をぐしゃぐしゃと丸める。ザーゴは巧みに、しまったという顔を作った。

「ーーすまない。おまえはこういった話題を好まなかったね」

 ラミタイは無言で、ついでにその下にも溜まっていた紙の束も破りにかかった。

「おいおい。それは資源の不適切な扱い方だぞ。いまでこそ物質的に多少豊かになったが、それでもこれはほんの十年ほどの努力の結晶なんだ。そして、物質面での豊かさは精神面での豊かさを、予想されていたほど成長させなかったのはいまや常識となりつつある」

「いまさらそんな事が何になるって言うんだ……」

 ファレリアに言ったのと同じ言葉だが、あまりにひっそりと響く声だったので自分の声とは思えないほどだった。

「そんな事って、どれのことだい? 資源? 精神面の成長に関する知識?」

「全部だよ。どれも死んでしまえばなにも残らない」

「有史以来の、数多くの若くして死んでいった先哲のことを考えても見ろよ。偉大な職務を務めた先哲は、その存命中に尊ばれることは希なものだ」

「おれは偉大な職務を務めてない。人間ですらない。遺伝的実験の失敗作の化け物でしかないんだぞ」

 ラミタイは騒々しくロッカーの扉を閉めた。

 ザーゴは、話がくどいくせに、ろくに何もできない奴を相手にしているかのような、呆れを含んだ笑みを浮かべた。

 そのままファレリアのように、あるいはフジーム教授のように歩み去って行くものと、ラミタイは予想していたが、代わりにザーゴは懐から黄ばんだ紙切れを取り出した。

「こういったイベントがおまえの助けになればいいのだがな、ラミ」

 ラミタイは市内の掲示板でも、こういうものが貼ってあったということに気付いた。

 紙切れを受け取り、ざっと一読してみる。何やら音楽関係のイベントに関することらしい。そのバンドは有名な連中だった。

「ピートルズ? アメリカの歌い手?」

 POETOLEZと書いてピートルズと発音するべきの、最近、世界単位で人気急上昇中というこのバンド。彼らについては、和歌山県人の、しかもそれほど音楽にのめり込んでいないラミタイでさえも、度々耳にしていた。アルゼンチンの貧民によって結成された五人組が、列強の中でも特に最強といわれる国、アメリカに乗り込んで、その音楽界を統べたことは、異様なことの多い近年でも特に注目すべきことだった。

「馬鹿な。信じられない。そもそも、和歌山県は隔離された地だぞ。異国の歌手が入れるはずがない」

「まあ、僕も実物のレコードを聞いたことがないし、果たしてやってくるのが本物なのかさえ知らないけど、彼らが来ることは県に特別な活気を広めること間違いないよ」

 ザーゴはそう言って快活に笑った。

 どうやって和歌山県がそんな連中を招けるのかは想像もつかなかった。県庁の一集団が、とんでもない努力をしたのだろうか。

「ピートルズのリーダー、ジョン・ジクサスはフォークとロックを融合した際に、インスピレーションを手にしたんだ。これは今まで誰も考えつかなかったことで、ジクサスが世紀の傑物であることは、彼が戦前の生まれにも関わらず、己の限界を超越したということで証拠づけられる。正真正銘たるアバンギャルドの旗手さ」

 ザーゴが解説した。

「そうなのかい」

 戦前と言われたところで、どの戦争の前のことなのか分からなかった。戦争は世界中でひっきりなしに行われている。

「また、彼らの新趣向の音楽が人間の精神に深い波紋を投げ掛けるということは、科学的にも心霊的にも証明されている。多くの招霊術が演奏と同時に行われて、それが一段とピートルズにカリスマを与えているそうだよ」

「すごそうだな」

「そういうことだ。彼らの音楽がおまえの悩みを一挙に片付けてくれることを祈っているよ。死すべき子供たちは優先的に演奏場に入れてくれるとのことだ。ファレリアを誘って楽しんでこいよ」

 そう言ってザーゴは陽気にラミタイの肩を叩き、来たときと同じように薄やみに溶けるように去ったいった。



 外は異常な暑さ。だが、八月というのに奇妙に道は埃っぽい。今年の夏はどこか様子がおかしかった。

 アカデミーのある市の中心部から辺縁部にある家までの道は、冬ならばみかん運搬のためのマンモスが紀伊山脈から下りてくるのに使われるのだが、いまの季節にはそういう興味深い光景もない。

 肥料を運ぶロバに引かれた車とすれ違い、原動機付き三輪自動車がぱたぱた音をたてて追い抜いていった。

 頭上をごろごろと低い音が通過した。雷を想像させるが、今日は雨雲なんて一片と浮かんでいない。

 ラミタイは自分の穴の空いた靴から目を上げ、一瞬自分と周囲の畑を影に包んだ巨体に目を見張った。それは飛行機械だったが、ラミタイの知るいかなるものよりも桁違いに大きい。

 まるで空飛ぶ島だった。

 県軍の飛行機械だろうか。いや、県軍というのは、職務には異様に熱心だが、貧弱で劣悪な装備しか持っている印象しかない。だとすればこの空飛ぶ戦艦は何なのか。

 ラミタイの疑問などおかまいなく黒い巨体は北を目指して飛び去っていった。



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