3 歴史の記録
『1945年に、想像を絶する規模の大戦争、地球表面の異常な高エネルギー状態、第二次世界大戦は終結した。
アジアの敗者の国を作りかえて、西欧、北米の勝者の国の利益となるようにすることを目的とした多くの国が新たに作られた。これら戦後新国家は国家改造と国家制御のプロフェッショナルで成り立ち、国土というものをもたなかったが、それでもそこに存在していた。
久々の平和の時代だった。
戦前の硬直したブロック経済は下手な冗談となり、新たなる活気の中、啓示を求めて探索がなされた。
外宇宙に向けて久々に真摯な関心が示され、超深淵やコア観測が行われるための馬鹿でかいレンズが建造された。そこからは、すぐには役立たないだろう深遠な知識が得られることが予測された。
観測のみならず、近い将来に列強によって本格的な外宇宙開拓が始まるのではないかという噂が、しきりと人の口をついて出た。
それに対して、ミクロ方面への研究はそれ以上に躍進して、世間の認識を置いてきぼりにするほどのものだった。
遺伝子関連の欧米と日本の合同研究所が目覚ましい成果を上げた。地球の正反対に位置する二つの技術が融合したときに、一つの結論が生まれたのだった。
他の全ての時代同様、知は力だった。
経済面での発展は、技術発展にあり得ない振動をふりまきながら起こっていた。
戦後のアジアの混乱は、先勝側の無警戒でいた者をぎょっとさせるほどのもので、1949年には東部中国にて、チャイネシア、ウォール、チャンジャ=ヴィジなどの国家が融合。『シェル』という枠組みが作られた。
この、十億というどのような視点から見ても目を見張るほどの人口から産み出されるマス・インダストリアルは、世界の概存の流れをかすませてしまうものだった。
新たな緊張が生まれた。
アメリカやイングランドの同盟者でありながら、言葉には表されることのない潜在的な実力を持つ、不気味なモスクワ市率いるソヴィエテ。それがシェルと手を組んだ際のインパクトがつぶやかれ、実際、翌年に手は組まれた。
これはアメリカ、イングランドの新世界構想レジュメをボロボロにしてしまった。
大戦終結によって作られた平和は、五年で捨て去られた。
列強は楽しげに軍備を拡張し、最近開発されたテクノロジーの軍事転用の可能性へ思いを馳せた。
小国はうんざりした顔で、次の戦を生き延びる方法を考えるため、頭を振り絞った。
ヨーロッパでは1945年のベルリン陥落以降も、異常国家連鎖連立による混乱が続いていた。
世界はヨーロッパから目をそらした。
そして万人の予想通り、朝鮮半島で戦の火の手が上がった。
1950年。後に半島戦争と呼ばれることになる戦である。
人間の、戦争を制御しようという試みは、第二次世界大戦のときと同様にまるで成功せず、半島戦争は激しさをたちまち増していった。極東の戦後新国家のリーダー、リビルダーがアメリカから指揮権を託された。リビルダー軍は半島北部で発生した、ちょっと理解不能なプロセッサー主義なるものの信奉者と、それを支援するシェルとソヴィエテの恐ろしく高性能な義勇軍の大群の前に、持てる力全てを投入しなければならなくなった。だが、現地の小規模軍務企業軍やフィリピン派兵事業軍があっさり粉砕されると、状況は悪化した。リビルダー軍はまるでスズメバチと野犬の群れに同時に襲われた人間のように、どうにか応戦しながらソウルから退かねばならなかった。
リビルダーは、第二次世界大戦後の戦後処理の際のちょっとした不可解な出来事のせいで、日本に再軍備を許すことに抵抗を感じていた。
だが、プロセッサー勢力を食い止めるのに失敗すれば、リビルダーの親国家アメリカは、リビルダーを役に立たない国家と判断して、排除してしまおうとするかもしれない。そういったわけで、リビルダーは必死にならざるを得なかった。
日本の、大戦後保持を禁じられていた兵器はたちまち再建された。第二次世界大戦中に出番がなく、倉庫でスクラップにされるのを待っていた殺傷の道具は、再び整備されると、恐ろしい精気を取り戻した。そしてそれを操る腕にもまったく事欠かなかった。失業していた元軍人は日本中にあふれていたし、政府が声をかけると、彼らは逆向きの爆発のように集まってきた。
そして、日本軍は朝鮮半島に上陸する。その手にリビルダー製の潤沢な火器を持ち、しかし、その伝統的な戦術にはいささかの衰えも見せなかった。
プロセッサー主義勢力が一大攻勢をかけて、リビルダー側人種を日本海に追い落とそうと画策した。
だが、日本海に追い落とせたのはリビルダー軍中核だけだった。日本軍は迂回してプロセッサー主義勢力の伸びきった補給線を片っ端から断ち切っていく。さらにリビルダー軍が、大戦後保持を禁じて封印していた空中浮遊工作戦艦『ネクサス』の使用を日本軍に許すと、その三日後にはプロセッサー主義勢力拠点ピョンヤンやウォンサンは奇襲を受け、灰になった。
まるで刃を持ったつむじ風と戦をやっているような気分だったことだろう。アジア諸国の中で最も辺境に位置する、小さな島国に過ぎない日本は、その強さを世界中に示し、もしこの国の軍が第二次世界大戦の天王山の場にあったらどうなっていたのだろうと、今となっては意味を持たない推論をばらまいた。
リビルダー軍はプロセッサー主義勢力の南下を止めるのみならず、押し返すことに成功。結果北緯38度までリビルダー軍は掌握し、その南にはプロセッサー主義を食い止めることを目的とした新たな国が作られた。
その後は、始終リビルダー側に有利な戦況が続いたが、リビルダー首脳は味方の日本軍に対するあらぬ不安にかられたようで、休戦を提案。プロセッサー主義側も、地獄と仏とばかりにこれに飛びついた。
日本軍は無言で帰っていった。好きで始めた戦でなかったし、自国内でやるべき仕事も新たに準備されていた』
停止ボタンが押された。黒くて薄いながら、大量の情報を詰め込むことができる磁気テープは巻かれるのをやめ、録音されていた声もやんだ。
「どう思う?」
様々な機械が床から天井まで積まれた薄暗い一室の中、若い女が磁気テープを機械から外しながら、背後の男に尋ねた。
二人とも同じ青い制服を着ていた。軍人が着るものとも役人が着るものとも、どこか雰囲気の異なるものだ。白い篷髪を肩に垂らし、口髭を生やした初老の男は瞑想したまま口を開いた。
「いまさら歴史を教えてもらわずとも、全て知っている。その歴史を作ってきたのは我らなのだぞ。……とにかく、この国は大戦と半島戦争、双方を生き延びることに成功した」
若い女はうなずき、酸化染料で染められた髪特有の輝きをもつ銀髪が揺れた。
「かろうじてね。そして戦争はこの国に暗い影を落とした。いまなお、当時の狂気は拭えず、当時の亡霊は夜毎私たちを悩ましているわ。でも……それも近いうちに終わる」
「何をするつもりなんだ?」
女は振り返り、初老の男を見据えた。
「この国を解放するつもり」