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27 歌手

■リビルダーによる占領下にある日本共和国の西部に位置する県国 鹿児島■


 四人ほどしか客の入れない定食屋には、天井の隅にテレスクリーン付きラジオが据えられていた。

 選択されているのは民営のチャンネルだ。国営のチャンネルの硬い感触はこの定食屋に似合わないというのが、店長の考えなのかもしれない。

 昼食時だというのに、客はただ一人で、その客も出された料理にろくに手を付けようとしていない。それでも、禿頭の店長はサービス精神の塊だった。

 店長が提供する話題にいちいちうなずきながら、黒い肌の客、ジョビ・ルゾンは左手をテーブルの上で握ったり開いたりしている。

 自力で交換した義手の調子はよく、しっくりと馴染んでいた。生身のものより具合がいいくらいだ。世界最高の医師に設計してもらっただけのことはあった。

 頭上のテレスクリーン付きラジオは、白黒の画像とやる気のない声でニュースを流していたが、やがてニュースキャスターの声が緊張を帯びた。

『ーー続いて、昨日から事態が急展開を見せた和歌山県のテロリスト襲撃に関するニュースです。すでに政府軍により、事態は完全に掌握されました。政府軍の爆撃と同時にテロリストは自爆したとの情報もあり、その被害ははだはだしく、その死者たるや十万とも二十万とも定めることができないとのことですーー』

 店長はうなり声を上げ、エプロンで手を拭いながら、

「嫌な事件だねぇ」

「そうですね」

 客はそう答えたが、テレスクリーン付きラジオの方を見てはいなかった。

「お客さん、あたしは考えているんでさ。こいつはただの事件じゃない」

「へえ?」

「政府はテロリストがどうのこうのと言っているが、そいつは真実じゃない。お客さんもそう思っているんでしょう? ねえ?」

 店長の声は異常な確信に満ちている。

 ジョビの目が鋭くなって、店長の顔を見た。

「……そうですね」

 ジョビの手がゆっくりとテーブルの上で開いて、指先が店長を向いた。

 それに対して、店長は何度も激しくうなずいていた。

「そうでしょう! そうでしょう! あたしは知っているんだ! 和歌山県を襲ったのは、人類への復讐のために宇宙の深淵からやって来た霊的生命さ!」

 店長はそう叫ぶと、ぶるぶる震えた。

「あたしはどうも、地獄のような世界からやって来た復讐鬼ってのが苦手でね……政府軍はしっかり和歌山県を爆撃してくれていればいいのですが……」

「……心配ないと思いますよ」

 客はそういって、手を机の下に下ろした。

『ーー政府は半島でのプロセッサー主義の再燃と、それに影響を受けたテロリズムのさらなる勃発に用心しているとのことですが、リビルダー政府に目立った動きは今のところ見られませんーー』

「なーにがプロセッサー主義の再燃だ! 霊的生命の裁きが、ついに地球へと下されようというのに、政府は気付いていないのか!?」

 今回の仕事は危険が大きかった分、得たものの価値も高かった。

 そして、PCOの追撃はジョビがいままで受けたことがないほどの、激しいものとなるだろう。PCOとのゲームは始まったばかりだった。

 こんな場所でぐずぐずしているのは得策ではなかった。だが、共に和歌山に潜入した、弟のサヴォウノ・ルゾンとは、ここで落ち合うことになっていたのだ。ジョビは時計に目をやる。

 時間はもう限界だった。

 いまにも、PCOの追っ手はここを嗅ぎつけるだろう。

 あと五分。

 あと五分で、サヴォウノが現れなかったら、彼も和歌山の民、数十万人とともに、4フレーズで蒸発させられてしまったと考え、あきらめることにしよう。

『ーー岩手、函館、札幌。十一時現在、戒厳令が敷かれている都市は以上の二十八個です。では、続いて気になるベトナム情勢に関するニュースです。サイゴンにいるタナベ記者を呼んでみたいと思います。タナベさーん? ーー』

 ジョビの時計の針の速度は、緩まりさえせず、あっという間に五分は過ぎていく。

 有限な時間に対して、時計の針はなんと無情なことか、とジョビはつぶやいた。

 その時、定食屋の扉がガラリと開いて、ジョビと同じ肌の色の男がゆっくりと入ってきた。

「いらっしゃい!」

 男はジョビの隣に腰を下ろす。

 店長は、一人目の客のそっくりさんが現れたことを何かの吉兆とでも考えたのか、踊りださんばかりに見えた。

「兄さん、首尾は?」

「悪くないですよ」

 ジョビはサヴォウノにそう言い、和歌山にいる間一度も作ったことのなかった、本当の笑みを顔に浮かべた。

「そちらは?」

 ジョビは英語に切り替えた。

「結局、ピートルズはリビルダーの工作員だったのですか?」

「違う。アメリカだよ」

 サヴォウノの英語はひどくヨーロッパ風になまっている。

「五人組のうち、四人は片付けた。でも、リーダーのジョン・ジクサスには逃げられた。ありゃ、凄腕だ」

「ふむ。さすがにいい駒をそろえているようですね。まあ、いいでしょう」

「その後、ついでにピートルズになりすまして、和歌山アリーナで歌ってきた。久々の大舞台でね」

 ジョビはサヴォウノの、人間のものとは思えない金切り声の歌声を思い出して、顔をしかめた。

「なんでそんなことを……。私が言うのもあれですが、あなたの歌は酷いものじゃないですか」

「芸術を理解できないとは、残念極まる人だな、兄さん。熱烈なファンだっていたようで、先日ファンレターも来たぞ」

「何通?」

「一通だけだったけど。和歌山県軍人からだったかな? なんであれ、県民も俺の歌を耳に残して、最期を迎えられて幸福だったろ」

「バカバカしい。死んでしまえばそれきりですよ」

 ジョビは低い声で言って、立ち上がった。

「行きましょう。私たちの帰りを待っている人々がいます」



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