26 愚者
ディスプレイがぱちぱち音を立てるが、なにも映りはしなかった。
「反応炉は全エネルギーを使っちまったわけか」
ハチノヘがうなった。暗闇に包まれ、なにも見えはしないが、部屋は散乱の極みのはずだ。
電子機器が時折放電する他、音はない。ネクサスは進水以来初めの静寂に包まれていた。ハチノヘの隣の政府軍クルーは首の骨を折って死んでいた。シートベルトを忘れたのだ。同様にネクサス内の大半のクルーが息絶えていることが想像できた。
ネクサスが全ての動力を失い、数百メートル下の地表へと石のように落下しようなんてこと、誰に想像できただろう?
クルーがそういった展開に対する訓練を受けていないことは明白で、そのつけは彼ら自身の命で支払われた。
だが、ネクサスが蒸発していないことは、作戦の成功を意味していた。PCOは4フレーズを押さえ込んだのだ。
和歌山県は深さ数キロのスラグの煮え立つ盆地となった。
だが、周囲の地域に大きな被害はないはずだ。
詳しい状況はセンサーが息を吹き返すか、ネクサスの外に脱出するまで知ることがかなわない。いま、ネクサスは巨大な恐竜の死骸のようにその身を大地にめり込ませていることだろう。
ハチノヘはネクサスのハッチへと歩み寄ったが、それは開かなかった。手動で開けるようには設計されていないのだ。
このネクサスの電気系が死んでいるなら、ハッチを抜けるにはアセチレンバーナーかなにかが必要なのだろう。
クジは無表情で、何も映さないディスプレイを見つめていた。
「4フレーズの成功が確認されたら、PCOは日本に存在するリビルダー基地を全て、和歌山県のように吹き飛ばすのでしょうね」
クジは言った。
「ああ、だろうな。リビルダー基地は日本の足枷だ。何をためらうことがある? プロセッサー主義者のテロリストの仕業という証拠をでっち上げれば、リビルダーも、アメリカもイングランドも素早くは動かないだろう。連中の興味はベトナムやシェルを向いている」
パチッとモニターの一つが火花を散らして、ハチノヘの顔を一瞬青白く染めるが、すぐに暗闇が戻ってくる。
「……私達は愚かね。たった今、手に負えない遺伝子強化技術を葬ったばかりなのに、これからさらに手に負えない4フレーズを乱用しようとしている。時代は明らかに平和の愛される方向へと進んでいるのに……」
クジの声は弱々しかった。それに対してサーベルを持つ男は、闇の向こうで笑ったようだった。
「クジ、我々は武器を捨てることができるほど賢いのか?」
「……」
「あるいは、弱くなっても生きて人類を導くことができるほどに?」
「……いいえ」
「平和を愛することは、平和になることを意味すまい。我々PCOがやるべき仕事は多いはずだ」
そしてPCOが目指す道が険しいものだということは二人とも強く感じていた。
だが、今は二人とも暗闇の中、救助を待つほか、できることはなにもなかった。