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19 県軍人

 和歌山市の惨状はひどいものだが、ここまで荒れているのなら、もう彼が今さら少し壊したって問題はないはずだった。床には大穴が空き、石柱という石柱は電動のこぎりで伐採されていた。

 叩き斬られて分解された化け物の死骸がそこらじゅうに散らばっている。

 返り血で黒く彩られた顔に絶えることのない喜色を浮かべ、ウォンニ伍長は大股で廊下を進む。片手にはうなって振動する得物。もう一方の手で葉巻を取り出して口にくわえた。

「仕事中の短い一服は何物にも代え難い」

 ウォンニは重々しく宣言して、電動のこぎりの灼熱したモーター部で葉巻に火をつけた。

 これだ。

 これこそが、自分のやるべきことだ。

 自分はこうするために生きてきた。半島戦争が自分の運命を、そしてこの世界での役割を決めた。

 自身の内から条件付けが、県の敵を殺すことを求めていた。ウォンニは喜んでそれを実行した。こうやって自分の存在意義を発揮するのは重要だった。

 フジームとかいう人間を捕まえるミッションが下されたのは、残念だった。条件付けは、そんなことのために戦いの時間を減らすのは正しくない、と思っていた。ウォンニもそう思った。

 だが、その後にジャイロコプターを失ったのは僥倖だった。あとは、通信機さえなくなれば、ウォンニは戦場で自由になれた。もう、県の外からの命令といった、雑音に悩まされることはない。

「さて、敵はどこだ~? 出ておいで」

 アカデミーの大階段に至り、それを上がっていく。

 そして、彼は階段の最上段に黒い姿を見つけた。

「自分から出てきてくれると、こっちも楽なんだぜ。ひっひっひっひ」

 ウォンニはそう言って、化け物に笑いかけた。

 対する化け物は笑うのに適した顔を持っておらず、それどころか身じろぎもしなかった。

 ウォンニはにやにや笑いを一層強めるが、違和感がかすかによぎる。

 他の怪物は自分を見るなり、襲ってくるなり何なり、リアクションを起こしたものだが、身じろぎもせずに見下ろしてくるのはこいつが初めてだった。頭部には二つの赤い目が、それ自体光源となって光っているが、それは他の化け物のような狂気の色を放っていない。

 その色はもっと冷徹な、指揮官。あるいは僧侶か。

 だが、ウォンニの思考はそれ以上進まない。条件付けのこともある上、もともとウォンニは行動の人だ。

 彼は騒々しい稲妻と化して、階段を駆け上がった。ウォンニの脚の下で階段がめり込み、県軍人のがっしりした体が回転する。全体重を乗せたのこぎりの刃が化け物の首に、がっきと食い込んだ。

 だが、それだけだった。

 刃はそれ以上進まない。

 電動のこぎりは苦しげな音をたてて、持ち主の手の中で震えるだけだった。

 ウォンニの顔から笑みが去る。

 化け物が、やれやれ、といった風に首を振った。

 ウォンニの右手がかすみを残して消えると、ホルスターの手銃を引き抜いた。だが、銃口を向ける前に化け物の手が銃身を掴んで、でたらめな方向へと向けてくる。銃が幾度か火を吹き、スライドが前後し、空薬莢が床を打つ音がしたが、化け物の手は恐ろしい怪力で銃身を離さない。

 ウォンニの左手が電動のこぎりから離れ、のこぎりは床へと落ちていく。その行程が半分もいかないうちに、ウォンニの左手がナイフを抜いていた。

 だが、それもいつの間にか化け物のもう一方の手に掴まれ、びくともしなくなる。

 ウォンニと化け物の間で二種類の武器が震えた。

「遺伝子強化の結果は様々な面で表れる」

 化け物の体内から、しわがれた異質な、しかし、明確な日本語が流れた。

「ある者は翼を持ち、ある者は鱗を生やす」

 ウォンニが肩をかたかた振るわせ、喉から笑い声を出す。

「ひひひひ……! こいつは可笑しい。喋りあがった!」

「僕の場合は表皮が岩のように硬くなったというわけだ」

 うおおおっとウォンニは怒鳴り、化け物に頭突きをかます。

 そして、ウォンニは額から血をまき散らし、一方、化け物はそよ風に吹かれたほどの被害も受けていないようだった。

 ウォンニが舌打ちする。

「木を切る道具で僕を攻撃したのは間違いだったな、人間」

 化け物は言った。その背から、新たな六本の脚が生えてきて、その先端のかぎ爪が光った。



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