18 ラミタイ
「移動するぞ。次のミッションがあるかもしれん」
イルヒラムは言ったが、それから目を細め、
「政府が爆撃してくる今、県軍なんてものが残っているか疑問だが」
「県民の生き残りはいるはずだし、県軍の責務は残っているさ」
クロノトンが言った。
「足と通信手段がいるな」
市の中心部で、県軍とのコンタクトを失うだなんてことはありえないはずだったので、予備の通信器はなかった。
「市内の県軍基地へ向かおう。なにか役立つものが残っていそうだ」
クロノトンはゆっくりと床の二人の死すべき子供を銃身で指した。
「それで、彼らをどうしよう? 遺伝子強化人間は県の敵だ。その解釈で問題ないね?」
イルヒラムは低くうなった。
「……なんで……なんで県民を撃たなきゃならないんだ!?」
「こいつらは敵だよ。やがては、変異して襲いかかってくる」
「知るか! あの地で……我らはあの地で、民衆を守るために戦ってきたんだ!」
「イルヒラム! 彼らを殺すのがよき県軍兵士の選択だ!」
クロノトンが声を大にする。
県軍が守るのは県民だ。だが、守るべき県民を殺したのは、県民であった化け物だ。頭がおかしくなりそうだった。
くそ、ここは平和な県だったんだ!
「イルヒラム、最強の軍人にして、半島戦争の英雄の君なる分かるだろう?」
「昔の話だ。私はそのことを覚えてすらいない」
クロノトンがなおも反対しようとするのを制して、
「いいか、クロノトン。我々はいま、県軍から命令を受けていない。フジーム博士を捕まえる作戦は失敗し、フリーな状態だ。そして、県軍と通信する手段もない。だが、県軍が県民を守るのは、県軍の存在意義そのものだ。我々がこいつらを保護して、政府軍の医療チームか何かに引き渡すのに問題はなにもない」
「気に入らないな。僕たちの県をこんなに破壊し尽くしてくれた化け物を保護しようと言うのだね。第一、政府軍の医療チームだかがこの二人の変異を止めることのできる確証は何もない」
クロノトンは銃床を肩に当てた。
「僕が忠誠を誓うのは県だ。そして、彼らは県に害をなす敵だ」
「県は県民から作られるものなんだぞ」
イルヒラムはゆっくりと手銃を抜いて、部下に向けた。
「友人としてではない。上官として命じるぞ。それをやめろ」
クロノトンは凍り付き、それから機関銃を下ろした。
「そうだね。そうすれば条件付けのおかげで僕は逆らえない。……残念だよ」
「すまんな」
「君の条件付けも、ウォンニのものも壊れているようなのに、僕だけがそれに縛られているのは、まったく不公平だね」
「私のは、壊れてなどいない」
戦場での秩序を保ち、戦闘に適した状態へ人の内面を作り替える、古くからの技術、条件付け。そのおかげで、将は部下の兵に撃たれる心配などしないで済む。邪魔で、不要な様々な感情さえ、ある程度は抑えられる。
あるいは、こんなもの、捨てる時が来たのだろうか?
いや、それはあるまい。
この技術が生まれる前の軍人なんてものは、略奪を目的とした盗人でしかなかった。
条件付けは必要だろう。たとえ、それが……非情な決断を求めても。自分の守るべきものを、滅ぼせと命じてきても。
「壊れてなどいない」
イルヒラムはゆっくりと言った。
条件付けは常に存在している。
だが、それでも、自分の守るべき県民の、解釈の自由は残されていた。
ファレリアを、彼女の望む地へ連れて行こうと、抱え上げようとした。だが、無理だ。ラミタイにそんな力はない。
やむなく、肩を貸すようにして、彼女を支えて歩き出した。
それでも、とんでもない労力が必要だった。
「おまえたちを県の外へ脱出させ、政府軍へと引き渡す。それでいいな?」
いつの間にか、隣に禿頭の方の県軍人が立って、何か言っていたが、ラミタイには何の意味もなさない言葉だった。
諾も否も表さず、よろめき進むラミタイに、イルヒラムは言う。
「だが、おまえたちが変異したらその時点で撃ち殺す。これは確実にやる」
クロノトンが無表情で、彼の鉄砲の銃身を手早く交換した。
「ウォンニはどこだろうね?」
「騒音の発生源にいるだろうよ」
二人の県軍人は銃を構えて廊下にでた。
ラミタイはよろよろとその後を追う。