17 ハチノヘとクジ
耳をつんざくような太い音がして、男は壁に叩き付けられた。
立っているのはジョビ大佐。倒れたのはハチノヘだった。サーベルがからからと音をたてて床を滑る。
直後に異変に気付いたクジは、彼女の腰の短銃の銃把を握った。
「おやめになっておくことです」
ジョビ大佐は床のハチノヘから目をそらさず、しかし、左手をぴたりと彼女の方へ向けた。
右手はもうもうと煙を吐き出している。その五本の指は第二関節までが消えてなくなっている。切断面からは指屈筋や腱のみならず、人工的な強化神経がのぞいている。この男は手から弾丸を撃ったのだ。
「あなたが銃を抜くより、この隠密火器インプラントは早く火を吹きますよ」
ジョビ大佐は最前と同じように落ち着いた声で話した。
聞いたことの無い武器。体内収納式だなんて、感染の危険性はどうなっているのだろう。シェルか、アフリカのテクノロジーだとクジは予測を付ける。
クジはゆっくりと銃把から手を離した。
「いきなり斬り掛かって来るとは、驚きですね」
「和歌山県を……故郷を裏切るつもり?」
「この県は確かにのどかで素敵でした。ですが、私の魂はまた別の地に属しています」
「あなたは日本人じゃないの?」
「PCOの情報部はもう少ししっかりと仕事をするべきなのでしょうよ」
ジョビ大佐はそう言った。クジは辛辣な顔で同意する。
ジョビ大佐は短くなった右手の指で通信機から記録磁気テープを抜いてポケットに入れた。
「その忌むべき遺伝子強化人間技術を持っていくのは愚かよ」
クジの言葉を聞いて、ジョビ大佐の顔に貼り付いていた笑みが明滅するように消えた。
「……私の国は惨めなことになっているのですよ……。大国の圧政の下に敷かれ、民は誇りを失っています。私はどれほど穢れた技術だって使うことをためらうつもりはありません」
「それなら、せめて日本の二の徹を踏まないことね」
「用心しますよ」
ジョビ大佐は身をひるがえすと、開け放たれたハッチから身を投じた。
クジは窓辺へ走り寄ったが、ネクサスの外、化け物と砲弾飛び交う世界に裏切り者の大佐の姿は無かった。
ハチノヘが毒づいたりうめいたりして立ち上がる。制服はずたずたに避け、その下に着ていた防弾衣は火花を散らしている。
「PCO本部はいまのを喜ばないだろうな」
「たぶんね。県軍のリーダーが異国の密偵だなんて予測しなかったわよ」
ハチノヘが血の混じった唾を吐いて、サーベルを拾った。刀身は折れ、束の部分の立派な金の飾りは銃弾で破壊されていた。
「どうする、ハチノヘ? PCO情報部に報告する?」
「やめておけ。あてにならん。それより4フレーズだ」
PCOの男は帽子も拾って、目深にかぶった。
「裏切り者の始末はわしがつけておく。近いうちにな」