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ガルウの魔法具屋

 裏通りを行けば、ユイカは物珍しそうに、それでも際立った動きをとらないようにして、周囲を観察しながら歩く。神宮から出された時は、そんな素振りはなかったから、まったく余裕がなかったに違いない。思い出せば、あんなにふらついた足取りをしていたのに、よくカンバー魔法具店まで連れていくことができたものだ。


(どこかで水の一杯ももらえばよかったんだろうけど)


 エンテも疲れ果てていたため、早く家に帰りたかったというのが最大の要因だった。もっとゆっくりとユイカの様子を見ながら歩を進めればよかった、と今さら悔やむ。


「その、ユイカさん。ごめんなさい」

「何を誤られているのかわからない」

「だって、昨日は家に帰るために無理をさせちゃったから」


 そこでユイカが足を止め、エンテをつくづくと見た。


「あのまま、あの場所に捨て置かれる可能性もあったはずだ。なのに自分を連れていってくれた。あなたが謝るのではなく、自分が感謝すべきなのだ」

「そんなにあらたまられるようなことはしてないけど……」

「いや、昨日の自分は体力的に限界を越えていた。あなたが自分を召喚……とかをしてくれたおかげで生き延びたのだから」


 目的地へ向かおうか、と言い、ユイカは口をつぐんだ。



 ユイカはどちらかと言えば、あまり首を動かさずに目だけが俊敏に動いて確認作業をする。背中にも目がついているのかもしれない、とエンテは本気で思った。ユイカが何者に対しても、隙を作りたくないのは歴然としていた。

 一晩つきあってエンテにもわかったことだが、ユイカは環境の変化になるべく早く順応しようとする。ユイカの言葉から、前にいた世界では、あえて厳しい環境に送り込まれていたのだと推測できる。ユイカは視界に入った光景を、ひたすら頭に叩き込む。これはもう、習い性なのだろう。

 逃げ道の確保、という物騒な文言がエンテの頭に浮かんだ。

 行き交う人々が、みんな刺客にでも見えるのだろうか。いや、全滅したという仲間のことが頭を離れないのかもしれない。


(なんだか悲しいなぁ)


 そうこうするうちに、『ガルウの魔法具屋』という看板を掲げる店に到着した。

 通りに面した扉を開けると、がらんがらんがらん、と巨大なカウベルのような音が頭上から降ってきた。


「初めてお店に入ったお客さんが、ビックリしちゃうレベルの音だよね」


 エンテの軽口にユイカが目を細める。ほんの少しだけ、ゆるんだ表情を見せてくれるようになった。

 ユイカは慎重に店内を見回している。カンバー魔法具店と比べてよいものかどうかはわからないが、広めに空間をとられた陳列棚には大ぶりな魔法具が並んでいる。建設や土木工事などの大がかりな作業用がほとんどで、店に置かれたのはサンプルだ。

 カンバー魔法具店には、どちらかと言えば繊細な作りの魔法具が多い。「そう見えるけど、頑丈なのよ」というのはローラの説明だ。すごいのはお義母さんなの、とローラはうれしそうに常套句を口にする。



 唐突に「おおっ、エンテちゃんじゃないか」という太い声が、店の奥の方から聞こえてきた。


「ガルウさん、こんにちは」


 エンテ達を迎えたのは、顎のがっしりした巨躯の男だ。ガルウはエンテの背後に立つユイカをみとめると、油断のない視線を向けた。

 エンテは、この人は大丈夫、と笑って、小さく手を振った。


「祖母に依頼された魔法具の修理が終わったので、持ってきました」


 ユイカに魔法具の収まった箱を渡されたガルウは、箱の蓋を開け、中身を確かめた。


「もう、できたんだな。俺には手に負えない箇所の修理だったんだが、さすが師匠だ」


 ガルウは感極まったように、うん、と大きくうなずいた。なんとなく目がうるんでいる。どうやら感激しやすい質たちのようだ。


「すまなかったな、エンテちゃん。伝令魔法で知らせてくれれば、見習いを走らせたのに」

「わたしも気晴らしがしたかったところなので、構いませんよ」

「……ああ、そうか。神宮な」


 ガルウが蓋を閉めた箱を小脇に抱え、ちょいちょい、と手招きをする。エンテはユイカと顔を見合わせると、彼の指示に従って、店の奥向きへと足を運んだ。

 案内された小部屋に入ると、ふたりに背中を見せていたガウルが、くるっ、と向き直った。


「いやぁ、エンテちゃん。神宮騎士に連れて行かれたと聞いた時は、肝が冷えたぜ。とにかく無事に戻れて、よかった」

「ご心配をおかけしました。でも、本命はお貴族様のご令嬢だったんです。わたしは用済みになって、さっさと追い出されたんですよ」

「なんだそれ、ひどいな。まあ、こうして、ここにいられっるてぇのも大地母神様のお導きだな」

「そういうことに……なりますかね」


 そもそも大地母神の御力をお借りして、召喚魔法を行使したのだ。無事でいられたのが大地母神のおかげかどうかはわからない。


「……エンテさん」


 ユイカが、そっと声をかけてきた。知らない場所、知らない人に気後れしているのかもしれない。

 いや、それよりも、とエンテは考え直した。ユイカはかなりの人見知り……というか他者に対して警戒心が強い。それでも、ここまで同行させたのだから、ガウルに紹介しなければならないのは確かだ。


「ガウルさん、紹介しますね。彼女、ユイカ・キヅキさん」


 エンテの言葉を受けて、ユイカは、ぺこりと頭を下げた。


「おおっ、エンテちゃんの友だちなのかい?」


 やはりユイカの顔立ちが珍しいらしく、ガルウはまばたきもせずに見つめた。


「ガルウさん、顔が怖いんですけど」

「あっ、ああ。す、すまん」


 エンテがそれとなくたしなめると、ガルウはあわてて目をそらした。


「その……俺はエイヤ師匠の弟子でガルウだ。よろしくな」

「ガルウさん、おばあちゃんは、弟子としてはもう卒業だって言ってましたけど?」

「何を言うか。俺は永久に師匠の弟子だ!」

「あー、はいはい」


 拳を振りあげて吼えるガルウ。適当にいなさねば、ここでエイヤ賛歌が始まるのは必至だ。


「俺だってなぁ、師匠の元を離れたくはなかった。しかし、ローラが……」

「うん。おかあさんが、おとうさんと結婚しちゃったから、つらくてテミス領のカンバー工房を離れたんですよね。知ってます」

「うう、そうなんだよ……」


 いったい何年前の話なのか。

 ガルウとローラ、そしてエイヤの息子でありエンテの父であるアレクとは、ともにエイヤから魔法や魔法具の指導を受けた弟子仲間だった、という話を、ガウルが泣き言のようにつらつらと語る。エンテにとっては、もはや知りすぎるほど知った話だ。

 ガルウが留まることなく失恋話を語り続けようとしたところ、ユイカが、冷静に言い放った。


「ガルウさん。そういった話をエンテさんが聞かされるのは、居たたまれのではないかと思うのだが」


 据わった眼をしたユイカに、真正面からばっさりと斬られた感のあるガウルは、もはや、ぐうの音もない。


「……そ、そうか。そうだよな。う、確かに。申し訳ない、エンテちゃん」


 がっくりと肩を落とし巨体を縮こませたガウルを、今度はエンテが懸命になだめる番となった。これでいてガルウは、なかなか繊細なところがあるのだ。ある意味、思い切りが悪いとも言うが。


「大丈夫だから! わたし、何度でもガウルさんの話を聞きたいから。だって、おとうさんとおかあさんの若い頃の話を第三者? から聞かされるのって、すごく興味があるし!」


 物言いが乱暴になったが、エンテなりにガルウの気持ちを精一杯に補った。懸命に言い募られて、ガウルが、ようやく復活の兆しを見せた。

 ユイカが気まずそうに目を泳がせる。


「その、すまない。言葉が過ぎた」


 今度は、なぜかユイカが、しゅんとしてしまった。


「人付き合いは難しい。自分は以前も、仲間内の空気を悪くしてしまったことがある。ガルウさんに対して、かなり失礼だった」


 ユイカが腰から上の上体を90度に曲げて、ガウルに向かって謝罪した。「俺のことはガルウと呼んでくれ」と笑ったガルウは、ばりばりと頭をかいた。


「いやいや、俺が考えなしってことだけだ。エンテちゃんにも、たびたび悪いことをしたなぁ。若い頃とはいえ、母親を取り合う男の図なんて、子どもにしてみれば複雑な気分になるよな」

「そんなに恐縮しないでくださいよ。何度も言いますけど、昔の両親の話を聞くのは嫌いじゃないんです。でもぉ……」


 エンテが上目遣いで見ると、ガルウが、うっ、と息をつめた。


「リアさんの耳に入ると、また叱られちゃいますよね?」

「おおう……」


 がっくりとうなだれるガルウが、さらに小さくなったような気がした。


「つ、妻は、おおらかな気性だから、笑って許してくれるさ」

「笑って、どやされて、仕事を増やされるんですよね? それがリアさんの流儀だから、っておかあさんが教えてくれました」


 ぺろりと舌を出して、エンテは笑った。


「ま、まあ、結局、アレクとローラはお似合いなんだ、って俺も納得してる。だが悪い癖で、ついつい昔のことを持ち出しちまう。俺は粗忽者で、修業中はけっこうアレクとローラに助けられたものだった」

「青春のひとコマに浸ひたるのはロマンチストの証拠だから、って前にリアさんが言ってました」

「リアにはかなわんなぁ」


 ふぅ、と軽く息を吐いたガルウは、遠い過去に思いを馳せているようだ。


「アレクはなぁ、強い魔力で魔法を行使しては、よく暴走事故を起こしていた。人死にが出なかっただけで見っけもんだったらしい」


 防御壁を張って訓練しても、魔法でやすやすと突破してしまう。状況を憂えたエイヤが、工房のあるテミス領に修練場を作った。人のいない原野の多いテミス領は、アレクが魔法訓練をするのに最適な場所だった。もちろん、強固な防壁を用意してのことだが。


「アレクは王宮専属の魔法師になるものと思ってたんだがな。それよりも平民のための魔法使いの方がいいって断言しちまうところが、あいつらしい」


 この大陸では、王宮や貴族に仕える者を魔法師、在野で魔法関係の仕事を請け負う者を魔法使いと呼び分けている。かといって、必ずしも野にある者の力が劣っているわけではない。エンテの父アレクのように。


「そういえば、昔、おばあちゃんと先代のテミス領主様が懇意で、工房を立ち上げることができたって聞いたことがあります。魔法修練場の立地も、速攻で許可が出たんですよね」


 うんうん、とガルウは笑みを浮かべながら首肯した。


「というか、テミス領の領主であるジィド伯とカンバー家の深くて長い因縁というものがあるらしい。だからこそ先代領主が、テミス領に工房を建てることを勧めたんだ」


 おかげでテミス領は、優れた魔法具製作においては、内外を問わず一、二を争う領地になった。エイヤは身分などに頓着せず工房で見習いを雇い、育成に力を注いだのだ。

 もちろん、修練を積みたい市井の魔法使いにも、最適な場が提供されている。ゆえに魔法使いは、カンバーとテミス領に対する感謝の念が深い。


「先代様のおかげもあったんですよね。ガルウさんもおかあさんも、テミス領の出身だし」

「三人で切磋琢磨した、というわけさ。しかしアレクは魔法をぶっ放すのは得意だが、細かな作業が必要な魔法具作りは苦手だったからな。ま、それでも師匠の後継はローラが、その後には息子のジークが、とうまく出来ているわけだが」


 がはは、と破顔したガルウに、ユイカが遠慮がちに声をかけた。


「……その、ひとつ質問をしても構わないだろうか」

「お? ああ、いいぜ。なんでも聞いてくれ」

「神宮というのは、かなり厄介な存在なのだろうか」

「うん?」 


 いかつい顔に不信感を滲ませて、ガルウはエンテを見やった。神宮の陰口を聞いてまわっているのか? という問いが瞳に浮かんでいる。


「いきなり、すまない。誰かに聞いてみたかったんだ。あなたは、様々なことに詳しいようだから。エイヤさんに、ガルウさんに聞いてみろ、と助言された」

「あんた、神宮と何か関係があるのか?」


 太い眉の間に深い皺を刻んだガルウが、問いただすようにユイカからエンテへ目を向けた。エンテは肩をすくめ、ガルウの疑問に答えた。


「実は、わたしが神宮で召喚してしまったのが、ユイカさんだったんです」

「幻獣じゃあなかった? 召喚魔法で人外の存在を喚ばなかったというのか。それはそれでまた……」

「有効な幻獣を喚べなかったから、あっさりと神宮を追い出されちゃったわけなんです」

「なんだってぇ?」


 ガルウの目が、これでもか、とばかりに見開かれた。



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