お使い
皆がジリジリしはじめた頃に、ようやく我に返ったエイヤが、ふと思いついたように言った。
「まあ、これ以上は考えても仕方がないだろう。それよりエンテ、お使いを頼みたいのだが、疲れはとれたかの?」
「あ……? う、うん、ぜんぜん問題ない。大丈夫、行けるよ」
「ガルウに魔法具の修繕を頼まれておったんだよ。思ったよりも早く出来上がっての」
ガルウというのは、かつてエイヤの弟子だった男だ。現在、裏通りの別の区画に店を構えている。
「ガルウさんの店まで届ければいいんだね」
「ああ。だが、今日も休んでいたいんなら、無理に行かんでもいいんだよ」
「ううん、平気。だって十日間も神宮内に閉じ込められていたんだよ。神宮から追い出された時も、早く家に帰りたかったし……。息が詰まっちゃうかと思ったんだよね。今日は外の空気を思いっきり吸ってくるよ」
「そうかい。なら、頼んだよ」
エイヤが、ローラの食事の片付けを手伝っているユイカに目を向けた。
「ユイカさんや、エンテといっしょに行ってくれんかの?」
ユイカは驚いたように目をしばたたかせた。
「ついでにエンテに、この近辺を案内してもらえばいいだろう」
エンテが瞳を輝かせる。
「それ、いいかも。ユイカさんの気晴らしにもなるしね」
エイヤはおおらかな笑顔で、うんうんとうなずく。
「ユイカさんも、この世界に慣れる必要があるだろうて。散歩がてら行ってくるといい」
ユイカを見つめるエイヤの目が優しい。
少々戸惑ったユイカだったが、やがて、おずおずとうなずいた。
「それで、だ」
エイヤがあらたまってエンテとユイカを見た。
「今回の件……つまり森の聖乙女についてのいきさつをを打ち明けて、そのことに関するガルウの話を聞いておいで」
「え、ガルウさんの?」
「そうだよ」
続けてエイヤが、ぼそりと言った。
「あいつも、何かしら、つかんでおるはずだ」
ガルウの店は、歩いていける距離にある。気分転換にティールームでお茶でもしていらっしゃい、とローラがお小遣いを持たせてくれた。
ユイカには、スカートを履いてみたら? とローラが訊ねてみたが、やはり落ち着かないということでズボンのままだ。
「機能的な恰好をしていないと、いざという時に動きが鈍くなる」
ユイカのつぶやきを耳にしたエンテは、いったい何と戦っているの? と問い返したくなる。
エンテがエイヤから預かった魔法具の入った箱を抱えようとしたら、するりとユイカに横からさらわれてしまった。
(……うわぁ。さりげなく、こんなことが出来ちゃう人なんだ)
箱を抱えたユイカに、「体は大丈夫?」と訊くと、ユイカの唇の端がわずかにあがった。平気だ、という意味を読み取る。寡黙な人だ。とにかく必要なこと以外は、おしゃべりをしない。
それでも、ぎこちないが、ユイカがどうにかしてエンテの気持ちに応えようと努めているのがわかる。エンテは、ユイカに対してあまり遠慮しないようにしよう、と心に決めた。
(無遠慮なのは駄目だけどね)
すでにエンテは、ユイカに対して好感を抱きはじめていた。
エンテはユイカをともなって、軽快な足取りで店を出た。