表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/32

ユイカ

 ユイカは、客間とされている部屋で休ませてもらうことになった。



 二階にはエイヤとエンテの部屋がそれぞれあり、急遽やってきたローラは、もともと用意されている夫婦の寝室を使っている。もう一部屋空いているが、エンテの兄のジーク用だ。

 カンバー魔法具店の店主はエイヤだが、息子夫婦やジークが王都に来た際の活動拠点でもある。一家は転移魔法を利用して、テミス領と王都を行き来しているのだ。エンテは魔法修業のために祖母のもとに三年ほど滞在しており、もはやテミス領の実家と大差がない。



 扉を開けたユイカは、室内を見渡した。

 一人用のベッドと、彫り模様のある木造りのチェストがしつらえられている。壁には本の詰まった書棚が据えられ、その手前にテーブルと二脚の椅子が並んでいた。

 しばらく誰も寝泊りしていないと思える部屋は、きちんと整えられている。

 身体が疲弊しすぎていては風呂に浸かるのは危険だろう、とローラが湯を張った桶とタオルを用意してくれた。加えて自分の寝巻きも貸してくれるというエンテに、ユイカは丁重に断ったのだが。


「でもね、こう言っちゃなんだけど、その汚れた服でベッドに横になると、確実にマットと上掛けが悲惨なことになると思うんだよね」


 言われて気づいたユイカは、恐縮してエンテのナイトシャツを貸してもらうことにした。シャツと言っても裾の長いナイトドレスのような作りだ。



 砂地に身を横たえたまま、七日間絶食状態だった。湯を使って体を拭くなど、いつ以来だったろう。記憶を探ったが思い出せない。案の定、桶の湯は真っ黒になった。

 柔らかな布団で眠るのも久しぶりだ。部屋をあてがわれたユイカは、ようやく一息ついてベッドの端に腰をおろした。

 魔法具だ、と教えてもらったシェード付きランプのような照明器具がサイドテーブルに置かれており、ぼんやりと室内を照らしている。

 梁も柱も床も木造で、白っぽい壁はおそらく漆喰だ。

 この世界での移動手段は徒歩か騎馬、あるいは馬車になるのだろう。一般庶民は、どこまでも自分の足で歩くだけだ。転移魔法とやらは、かなり特別なものになるらしい。

 書棚の本にも興味が湧くが、そもそも文字が読めないし、今の状態で読書どころではない。


「紙の本など、はじめて見たな」


 ここは文明の度合いが、かなり遅れている。それなのに科学技術とは違う魔法という、実に個人的な特殊技能によって、かなりの利便性を有している世界だ。


「説明のつかない状況になっている」


 鈍った頭でどれほど思考を巡らせても、この状況を受け入れるのには情報が不足している。


「そもそも自分は、砂漠地帯に逃れ、簡易シェルターで体力の温存に努めていたはずだ」


 うなだれて両手で頭を抱え、冷静になろうと努める。


「魔法などというものが普通にまかり通っている世界に転移してしまったのは、もしかしたら自分の防衛本能のなせる業なのだろうか。いや、召喚した、とエンテが言っていた。……召喚?」


 わからないことだらけだが、少なくともエンテを始めとしたカンバー家の者達に害意はなさそうだ。

 ユイカには、彼らの心を読むことなどできない。彼女らの挙動で判断するしかないだろう。一筋縄ではいかない雰囲気を醸す一家ではあるが。

 飛ばされてしまったこの世界は、やはりユイカのいた場所とは別の空間、あるいは世界と呼んでもいいが、そうだとしか考えられない。いわゆる異世界か。それでも、九死に一生を得たのはまちがいない。


「全員で、ここに飛ぶことができればよかったのに……」


 きつく拳を固め、唇に押しあてる。生き延びるためには、なるべく情報をかき集めるしかない。



 カツッ、と窓ガラスに何かが当たった音がした。ユイカは立ち上がり、両開きの窓が音をたてないように、静かに押し開けた。

 夜闇に、金属質な輝きを放つ、拳大の球体が浮かんでいた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ