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カンバー魔法具店

 王都の中心には、王宮と神宮をつなぐ大通りが貫かれている。大通りは人通りも多く、大型の馬車が行きかう。結晶石や貴金属を扱う宝飾店や、名にし負う老舗魔法具店などの錚々たる店舗が看板を掲げ、大規模な商会も軒を連ねている。

 対して大通りから外れた裏通りは道幅が狭く、馬車が通るのも難しい。赤土を踏み固めただけの道沿いにも、さまざまな魔法具店が立ち並んでいる。

 貴族や富豪向けの大型店舗は大通りに、平民用の貧弱な店は裏通りに、といつの頃からか分かたれていた。瘴気の漂ってきそうな怪しげな店もあれば、脆弱な格安魔法具を売る店もあったりする。うっかりすると粗悪品をつかまされたりするから御用心。

 そういった販売店の狭間に、間口の狭い、ちんまりとした店構えのカンバー魔法具店がある。そうは言っても奥行きははかり知れない。

 カンバー魔法具店の店内は魔法具の照明によってほの明るく、幽玄な雰囲気が醸し出されている。壁には、造り付けの棚に並んだ生活を簡便にするための魔法具が所狭しと並ぶ。

 カンバー魔法具店は、基本的に平民向けの気やすい店だ。値段の割に丈夫で長持ち、魔力効率も性能もすこぶるよろしい。日中は、魔法具を買い求める一般庶民が出入りする。

 多寡はあるが、人にはすべからく魔力があるので、各自で魔法具に組み込まれた結晶石に込めれば便利に使いこなせる。

 魔力は魔法を行使する力だ。

 魔法具は、魔力を利用して、生活に利便性を与える道具のことだ。





 秋の陽の落ちるのは早い。薄暗くなりつつある裏通りを、ふたつの影がひそやかに歩いていた。ひとりの足取りはしっかりとしている。もうひとりの方がふらふらとして覚束なく、力のある方が支えるようにして進む。

 ふらつく方は、どうにかして態勢を立て直そうとするが、やはり難しいようだ。支える方は軒先を借りたり、道端に倒れこみそうになるのを座らせたりして、少しずつ休ませながら道を進んだ。



 やがて、どうにかしてカンバー魔法具店の正面扉の前に辿りついた。

 かららん、とドアベルが軽やかに来訪者を告げる。店の奥まった場所にあるカウンターの向こうで、明るい栗色の髪の女が顔をあげた。


「すみませんね、今日はもう店じまいで……」

「ただいま」

「エンテ!?」

「……え、おかあさん。どうして店にいるの?」


 エンテの母ローラが、カウンターの隅の蝶番のついた部分を押し上げて表向きに出ると、娘に駆け寄った。肩をつかんで引き寄せ、痛いくらいに抱きしめる。それから確認するように少しだけ身を離すと、まっすぐに娘の顔を覗き込んだ。

 ローラはどうにか安心したように、彼女そっくりの色をしたエンテの髪を、わしゃわしゃとかきまわした。


「もうっ、ほんとうに心配したのよ。お義母さんから伝令魔法が飛んできて、とにかくわたしだけ来たの。アレクもジークも居ても立っても居られなかったみたいなんだけどね」

「おとうさんも、おにいちゃんも変わりはない? テミス領の工房はどうしたの?」

「ええ、ふたりとも元気よ。まあ、わたしがいなくても、何とかやってると思うわ」

「工房の惨状が目に浮かぶ……」


 それまで泣き笑いしていたローラが顔をしかめた。


「そこまでだらしなくしているようなら、魔法具師失格ね。まあ、アレクはエンテが連れていかれたと聞いて、伝令魔法でお義母さんに八つ当たりしていたけどね」

「おばあちゃんが、下手に逆らうより今は様子見をしよう、って言ったから」

「お義母さんなら、そういった助言もありうるわね。でもねぇ」


 エンテは気まずそうに母の腕の中で身を縮こませた。現状、厄介なことこの上ない王都の神宮に連れていかれたら、無事に出てこられるかどうか不安になったことだろう。


「確かに、事を荒立てたら後々面倒なことになる、ってお義母さんもおっしゃったのよ。でも心配で、何度か神宮まで行って面会を申し込んだの。けんもほろろだったけどね」

「ごめんなさい」

「エンテが謝ることじゃないわ」


 エンテは困ったように眉尻を下げた。

 突然、神宮騎士が店に現れたのは十日前だ。「大巫女様の託宣によるものである」と大音声で告げられ、否も応もなくエンテは連行された。その際に「大巫女の託宣なのは間違いないだろう。従う方がいい」とエンテに耳打ちしたのが祖母だった。


「承知してますよ。それに、王室がらみの命令だったから、平民が逆らうのは得策ではないものね。でも、どんな扱いを受けているのか、さっぱりわからなかったから」


 瞳を揺らめかせるローラに、エンテは素直に謝った。


「心配かけて、ごめんなさい。結局、十日間も女神の神宮で無駄に過ごしただけだったよ。いちおう、手ひどい扱いはうけなかったし、神宮の秘儀である召喚魔法をお試しできたから、そのあたりは得した気分」


 あらまあ、とローラが呆れたように唇の端を押しさげる。するり、とあたたかな手をエンテの頬に滑らせた。


「とりあえず、健康そうでよかった。でもね、すぐに逃げ出してくるんじゃないかと思って、お義母さんと撤退の準備はしていたのよ」

「うん。まぁ、いちおう逃走経路の目星はつけていたんだよ? でも、いちおう穏便に、というか何というか、あっさり追い出されちゃったからね」

「人の娘を拉致しておいて、なんて勝手なこと」

「えらい神官様のやることだからね」


 目玉をぐるりと回して、エンテは母を安心させるようにおどけてみせる。

 エンテを抱き寄せたまま、母ローラは振り向いて、奥に向かって大声で呼びかけた。


「お義母さん。エンテが、エンテが帰ってきましたよ!」

「やれやれ、ようやっと戻ったのかい」


 呑気な声をあげ、奥向きから齢のしれない老婆がのっそりと出てきた。父方の祖母、エイヤだ。


「無事なのはわかっていたけど、よくもまぁ神宮が解放したもんだね」

「それが……」


 母と祖母の顔を見て安心してゆるんだエンテの顔に、さっ、と翳が走った。よからぬ事態を察した祖母と母は、同時に顔を見合わせた。


「やっぱり神宮で理不尽な目にあったのね」

「うーん、そういうわけじゃないんだけど……。どうやらわたし、失敗したようなんだ」


 苦笑しながら肩をすくめる娘に、ローラは大きく息を吐きだした。


「失敗って?」

「召喚魔法をしくじったの。有効な幻獣を喚よべなかった」

「おや、そうかい?」


 エイヤが顎をこすりながら首をかしげた。


「エンテが連れていかれた時から、いったいどんなモノを喚ぶのか興味深くはあったが」


 目を丸くしたエンテが叫んだ。


「おばあちゃん、もしかしたら、召喚魔法を使うために神宮に連れていかれたって知ってたの!?」

「そうさな。まぁ、それ以外は考えられなかったさ」

「何だか理不尽」


 エンテが、ぷっくりと頬をふくらませた。エイヤは両の目を皺に埋もれさせて、くつくつと笑う。遅かれ早かれ、有力な魔力持ちは呼ばれただろうねぇ、とエイヤはうそぶいた。


「森の聖乙女とかを選定する理由も知ってるの? わたしなんて、まったく無視されてたんだから!」


 強制的に連行されたというのに、神宮の長も他の神官も、最低限の説明しかしてくれなかった。大名家の令嬢には、納得してもらえるように言葉を尽くしていたようだったのに。たかが平民、とあまりに情報を隠蔽しすぎる。

 そこでローラが、怖いような笑みを浮かべた。


「それで? エンテ、その子、いったいどこからさらってきたの!?」

「あ……」


 半眼になりながら、ローラが娘を糾弾し始めた。母と、そして祖母の視線の先には、所在なさげなひとりの女の子? 男の子? がぽつんと立っている。その子は、固い表情で店内を見回していた。

 ポケットのたくさんついた機能的な上着の下にはズボンとつながった服を着込み、灰緑色の裾を踝までのブーツに押し込んでいる。見たことのない装いで、黒に近い焦げ茶色の短髪が特徴的だ。物憂げに細められた目の奥に、夜の闇のような瞳がのぞく。よれよれではあるが、瞳には、しっかりとした光を宿している。


「おかあさん、人聞きの悪いこと言わないでよ! 違うから!」


 エンテはあわてて否定し、ローラの腕からするりと出ると、召喚された人の肘のあたりを、がしっ、とつかんだ。突発的な行為だったためか、その“人”がわずかに目をしばたたかせた。


「この人、わたしが召喚しちゃった人なの」

「え、人間が召喚された? ……どういうこと?」


 召喚魔法は秘術中の秘術であるが、一か八かの危険を伴う術でもある。

 助けとなるモノを喚ぶのは間違いない。ただ、失敗の末に、召喚したモノに喰われたり吞み込まれたりする可能性もある。それは、召喚者が力不足であるという証左でもあるのだが。

 つまり、召喚されるのは、人の力を越えた人外のモノであろうというのが大方の見方だ。そして、喚んだそれらのことを幻獣と呼ぶ。

 幻獣が棲息するのはこの世界のどこか。まだ人に“発見”されていない大陸かもしれないし、あるいは天空、あるいは地の底、はたまた海底かもしれない。早い話、人と幻獣の住む場所は隔絶されているのだ。

 ところで、いろいろと鑑みるに人が召喚されるなど、遥かに予想外のことではなかったろうか。だからこそ神官らは怒りを隠そうともしなかった。

 祖母と母が理解不能とばかりに動きを止めてしまったが、エンテはかまわずに続けた。


「この人のことは、わたしにもよくわからないの。意思の疎通は可能になったはずなのに、何もしゃべってくれないし」


 ようやく起動したエイヤが、顎をこすりながら、つくづくと召喚された人を眺める。


「ふぅん。人の姿をとった幻獣というわけでもないんだね」

「違うよ。この人、魔力がまったく無いの」

「おや、そりゃ珍しい。それでは、確かに召喚されたのは人であるということかな。幻獣に魔力がないというのは、ありえんからの」


 エイヤが、目を光らせた。どうやら祖母の興味をひくような対象らしい。

 ローラが、ふう、と息を吐くと、そのまま黙って奥へ引っ込んだ。……かと思ったら、水を入れた大ぶりのゴブレットを持って戻ってきた。彼女は召喚された人の目の前に、ゴブレットを差し出す。


「とりあえず、どうぞ。飲んでちょうだい」


 びっくりして目をしばたたかせた召喚された人は、疑い深そうにコップを覗き込む。


「毒なんか入ってませんよ。あなた、今にも倒れそうに見えるの。お願いだから、飲んでもらえないかしら?」


 ローラの顔とコップを代わるがわる見比べていた召喚された人は、意を決したようにコップを受け取ると、そのまま息もつかずに水を飲みほした。

 その様子を満足げに見守っていたローラは、ぱんぱん、と手を打ち合わせた。


「さ、とりあえず、夕食にしましょうか。詳しい話はその時に、ね」


 ローラの言葉を聞いたとたん、召喚された人が、ごくりと唾を呑み込んだ。やはり、こちらの会話は理解されているようだ。



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