から揚げ弁当から始まる異世界生活
ある日、突然、僕の両親が行方不明になった。
父は夜の繁華街で、いくつも水商売の店を経営していた。
母は、各店で働くホステスをまとめていた。
聞いたところによれば、脳筋で武闘派の父は店の経営が上手いというよりも、ちょっとした人助けのつもりが助けた相手に慕われて、積もり積もってなぜか夜の帝王みたいなことになったらしい。
母は僕を産んだ後で、何がどうしたのか父の店のマネージャーにスカウトされた。
ノリでホステスをやってみたら物凄いカリスマ性で、お客も同僚も魅了されたとか。
どんなヤバい筋が来ても、どんなトラブルが起きても、丸く収めてしまう伝説のホステスであったという。
そして不思議なことに、まるで予想していたかのように、失踪後の始末は敏腕弁護士に依頼済みだった。
店の権利やら不動産やらは、懇意にしていた同業者に譲られた。
従業員には、そのまま働いてもらうことも織り込み済み。
そして不動産には自宅も含まれ、家財一切も清算された。
運転資金や面倒を押し付ける慰謝料やらなんやらで、余剰金は一切出ないという。
つまり、従業員は全員手厚く保護されたが、息子の僕は中学三年生にして無一文になったのだ。
なんてこった。
今まで温い家庭環境で過保護に育った僕は案の定、一時預かりの施設に全く馴染めなかった。
それで、いろいろ検討された結果、叔父が引き取りに来た。
叔父のことは、両親から少し聞いていたが初対面。
連れて行かれたのは、築何十年かわからないほどのボロアパート。
鍵をかけてもドアをちょっと蹴飛ばせば開いてしまうらしい。
ところで、それまで僕が通っていたのは、お金のかかる私立中学だった。
学費は全期分払い終えていたし、特別措置を申請すれば卒業まで通えたかもしれない。
しかし、いい中学を出たとしても、その先が見えない。
両親のことでアレコレ揶揄われるのも、気遣われるのも面倒なので中退した。
一時預かりの施設にいた時に公立中学に編入の手続きをしてもらった。
ぼっち確定の教室に行くのも憂鬱だったが仕方ない。
と思っていたが、幸いにも学力は卒業相当と認められ、わずかなスクーリングだけで、卒業式すら行かずに卒業できたのだ。
真面目に勉強しておいて本当によかった。
高校進学については、ちょっと考えることにした。
それよりも、まずは生活せねばならない。
叔父は僕に何も口出ししなかった。
というか、最初にアパートに連れて来られて以来、週に一度くらいしか帰ってこないのだ。
幸いにも、水道と電気とガスが止まる気配はなく、風呂・トイレは問題なく使える。
後は、食べるものが必要だ。
手元には私立中学を中退した時の返金分があったので、中学卒業までは、それで何とか食いつないだ。
進学を保留にしたので時間はある。
近所の弁当屋なら、ダイレクトに食事にありつけそうだと考え、アポなしで突撃した。
先方には驚かれたけれど、事情を話すと同情してくれたのか、保護者の承諾があれば雇うと言ってくれた。
「あの弁当屋か」
一週間ぶりに帰って来た叔父を捕まえて、説明した。
「あそこなら、旨いからいいだろう」
判断基準がいささか不安だが、食いっぱぐれるよりはマシ。
翌日、一緒に挨拶に行き、めでたく弁当屋の従業員になった。
弁当屋の面々は同情はしてくれたものの、甘ちゃんの中卒男子の実力に期待するはずもない。
だが、アパート生活での経験が僕を助けた。
両親がいた時は、家政婦さんを雇っていた。
おかげで僕は当たり前のように、ほとんど家事は出来なかった。
でも、必要に迫られれば、やるしかない。
アパートにテレビはなかったが、幸いスマホがある。
玉石混交の情報から実用的なものを探して、家事一式を覚えながら暮らしてきた。
なにせ、貧乏なので失敗は許されない。
何事も、とことん情報を精査して実行した。
そんな僕の貧乏家事術は、弁当屋の経営者夫婦から絶賛された。
「本当に苦労したんだね」
「これだけこまめに掃除に気を遣ってくれるのはありがたいよ。
しかも、なるべく手間をかけて金をかけないやり方だ。
調理に関わる前に、充分、役立ってくれてる」
というわけで、僕は給料の他に、夕飯と朝飯用の弁当を二つお土産にもらうという厚待遇の従業員となった。
もっとも、パートのおばちゃんたちも似たり寄ったりの待遇である。
でもすごくない?
入って一か月そこそこで、古参のパートさんと同じくらい飯を食わせてもらえるなんて。
ひょっとして、やっかまれたりしないだろうかと少しは心配した。
だが、中学を卒業したての男子なんて、大人の人たちから見たらただの子供だ。
「ちょっと買いすぎちゃったの、おすそわけね」
なんて、ポテチを一袋もらったりすることは日常茶飯事。
「わあ、ありがとうございます!」
こういう時は、子供らしくお礼を言うべきだ。
食事を確保するという使命が、僕を空気の読める男子に成長させた。
そして半年。
主にお掃除係だった僕は、弁当容器の並べ係(手早く綺麗に並べるのが難しい)、蓋係(はみ出させたり潰さないように、素早く閉じるのが難しい)、洗い物係(隅々まで綺麗にするのが難しい)などを経て、とうとう容器におかずをよそうまでに出世した。
最初は漬物からだが、次はサラダをやらせてもらえるという話だ。
いつか僕も、店主さんみたいに、何でも調理できるような立派な弁当屋になれるかもしれない。
自慢も財産も、何もないからこそ、僕には希望があった。
そんな日々を過ごしていたさなかの、とある夜のこと。
その夜の弁当は、一番人気のから揚げ弁当。
僕もとんかつ弁当と甲乙つけがたいほど好きだ。
相変わらず帰ってこない叔父と食事をすることもないので、一人、ちゃぶ台の前に座り、いただきますと手を合わせる。
僕は仕事中に、ほとんど弁当屋から出ることは無い。
でも、店主さんのお供で、鶏肉の工場に行ったことがある。
仕入れの相談のついでに連れて行ってもらったのだ。
そこで、鶏肉を捌く様子を見学した。
羽はむしってあったけれど、まるっと鶏の形がわかるものを部位ごとに捌いていく。
写真では見ていたが、やはり本物は迫力が違った。
家政婦さんの作った美味しい料理を食べているだけだった時なら、怖いとか気持ち悪いとか思ったかもしれない。
だが、弁当屋の経験のおかげで、こんなふうにして旨い料理の素材が準備されるのか、と思えた。
じっと見ていたら、店主さんに訊かれた。
「大丈夫か? 気持ち悪くないか?」
「いえ、全然。むしろ興味深いというか」
「そうか。包丁の持ち方を覚えたら、いっぺん、丸鳥の解体を習うといい」
「え? 教えてもらえるんですか?」
「弁当屋で解体することはないけど、知っておいた方がいいからな。
まあ、まだ先の話だ」
「はい。楽しみです」
弁当の蓋をとりながら、その時のことを思い出した。
包丁はまだ持たせてもらえないから、いつのことになるやら。
それはともかく、この、から揚げの鶏肉も元はああだったんだよな、なんて考えた。
どの部位だろう? とか。
すると、なんだか空気がおかしいというか、妙な気配がしてきた。
ふと、ちゃぶ台の上を見ると……
弁当容器の中のから揚げが動き出し、集まり始めた。
そして、一塊になると、伸びたり縮んだりして、最後は小さな鶏の姿になった。
『おおう。から揚げ生活も終わりを迎えてしまいましたか。
なかなか面白かったです。
次は、チキンナゲットなんか希望しますっ!』
えー!?
ちょっと待ってくれ。
ちゃぶ台の上で、ヒヨコくらいの、小さな鶏が人語を話している。
『何をそんなに驚かれているのです?
魔術師様ではないのですか? わたくしをカタチにしたのは』
魔術師? カタチ? 何の話だ?
「くそー! 俺の担当かよ~! めんどくせえな~」
その時、家の中に居なかったはずの叔父がトイレから出てきた。
「お、弁当もう一個あるのか? 食べていい?」
明日の朝食用だったが、驚きで思わず頷いてしまった。
叔父は、のり弁をいそいそと開いた。
「お。磯辺揚げ! いいねえ。青のりだけのと、カレー粉混ぜたのと二種類か。
くー、芸が細かいねえ」
確かに。僕もそう思う。青のりとカレー粉と竹輪。
磯辺揚げは、もはや芸術作品だ。
しかも旨い。
「さて、腹ごしらえもしたことだし、説明するとするか」
叔父は賞味期限をちょっと過ぎたペットボトルのお茶を飲むと、おもむろに切り出した。
「まず、行方不明のお前の両親だが、無駄に元気に生きてる。
まあ、お前はあんまり心配してなかったみたいだが」
両親はなんだか、大丈夫な気がしてた。
仮に、何かに巻き込まれたとしても、主導権を握ってなんとかしてしまいそう。
「うん、いい勘だ。さすが勇者と聖女の子ってとこか」
勇者と聖女の、子?
「お前の両親は異世界から来た勇者と聖女だ。
そして、俺は叔父じゃない。
勇者と聖女の二大阿呆に巻き込まれた魔術師だ」
二大阿呆? 魔術師?
「俺たちはパーティーを組んで魔王を倒した。
その後で出現した、望みを叶えるオーブに『もう勇者生活は飽きた』と勇者が呟いたんだ。
それでなぜか、この世界に飛ばされた」
すでに勇者とデキていて、とっさにしがみついた母はともかく、魔術師は完全に巻き込まれたのだという。
「俺は魔術師だから、少々時間はかかったが元の世界に戻れる魔術を構築した。
それで、今度は平穏なこっちの世界に飽きたお前の両親が、元の世界に帰る決断をしたんだ」
なんで、息子の僕は連れて行ってもらえなかったのだろう?
「実はな、お前が生まれた……いや、もうこういう話もわかるな?
お前を仕込んだのが、どっちの世界だったか、あいつらにはわからなかったんだ」
仕込んだ時点で存在していた世界の在り方が、生まれる人間の資質に大きく影響するんだ、と説明された。
「つまり、こっちで仕込んだ場合、あっちで生き残れるほどの能力があるか怪しい。
世界を渡ったからといって、ギフトがもらえるってわけでもないし。
お前が平凡な人間であれば、こっちの世界に残ったほうが、生き延びる可能性が高い」
それを見極めるために、僕は置き去りにされたようだ。
「お前、弁当屋で働いて、なかなか頑張ってるじゃないか。
このままでも充分、幸せになれるんじゃないかって思ってたんだが」
叔父、いや魔術師は、ちゃぶ台の上を歩き回る小さな鶏を指さす。
「なんにも習ってないのに、から揚げを生き物に変えるような奴は、こっちの世界にいちゃいけない」
ああ。そういうことか。
「お前も、あっちの世界に連れて行く。
それでいいか?」
「嫌って言ったら?」
「俺が何とか魔術師の素養を封印し、魔力が溜まらないように処置し、お前が死ぬまで面倒見るしかないな」
それは、相当に大変そうだ。
弁当屋は好きだ。働くのも悪くない。
だが、魔術師も魅力的に思える。
ふと、気になった。
「僕が魔術師にならなければ、この子はどうなるの?」
「この小さい鶏は存在を消される。
魔術師の素養を封印した反動で」
『チキンナゲットにはなれないんですかっ!?』
小さな鶏は涙を浮かべた。真っ白だった羽が薄っすら青い。
青ざめている、ということかな?
それにしても、阿呆だ。実に阿呆で、可愛い。
「チキンナゲットにはしない。君が消えるのも嫌だ。
僕は魔術師になる」
『チキンナゲットはダメですかッ!?』
「うん、君はたぶん、僕の使い魔ってやつだよね?」
『左様です』
「使い魔を食べるのはちょっと」
『きっと美味しいのに! 非常に残念ですっ!』
「いやまた、なんつう妙ちきりんな使い魔を作ったんだ。
ん? 妙ちきりん? 妙チキン?」
叔父が自分で受けて笑い出す。
すると、小さな鶏は全身を赤らめて怒った。
『わたくしを小馬鹿にするのはお止めになったほうがよろしい!』
そうして鶏はムクムクと大きくなり、顎をしゃくって僕と魔術師に背中に乗れと指示した。
『そこの魔術師、移動先の座標を教えなさい』
「偉そうに。お前が連れて行ってくれるのか?」
『ふん、そんなもの朝飯前ですよっ!
つべこべ言わないで、さっさとお乗りなさい!』
「使い魔さんよ、俺はお前のご主人様の師匠になるんだぜ」
『なんですと!?』
「師匠?」
「仕方ないだろう?
お前は魔術師の素養を発現させたし、お前の両親は勇者と聖女だ。
あいつらが魔術師を指導するのは無理なんだから。
まあ、その歳になっても、ムッキムキの父親に少しも似ない時点で嫌な予感はしてたんだけどよ」
『なんたること! 師匠はご主人様を懇切丁寧に指導してさしあげなさい!
嫌な予感とか言ってるんじゃありませんよ』
「おい、鶏! 俺はお前の主人の師匠だっつっただろ!
俺は偉いの。お前に指図される覚えはないの!」
『わたくしの師匠ではございませんから無関係!
第一、使い魔の態度を気にするような小物では、ご主人様の師匠失格です!』
「言うじゃねえか。あっちに着いたら覚えとけ!」
『ありがたくも鳥頭でございます』
「賢いのか馬鹿なのかわからんな……」
二人(?)が言い争ううちに、いつの間にやら異世界に着いていたようだ。
いや、僕は故郷に帰ってきたと言うべきなのか?
「あ!」
「どうした?」
「弁当屋に挨拶してくるの忘れた」
「それは大丈夫だ」
魔術師の説明によれば、関わった人たちは、だんだんと僕らのことを忘れていくそうだ。
一年もすれば、記憶にも記録にも残らないらしい。
「寂しいか?」
「少しだけ。それより、心配かけないとわかってよかった」
弁当屋の皆は、きっと僕のことを思い出すたび心配になるだろう。
大丈夫だと説明できない以上、忘れた方がいいと思う。
そんなことより、着いた先にはなぜか城が聳えている。
「待ってたわよ!」
「お母さん!」
開けっ放しの門から入ると、駆け寄ってきたのは母だった。
さすが異世界! なんかこう、着ているものがきわどくて、すごい胸が揺れてるんですけど。
「お、お母さん」
ぎゅうっと抱きしめられて狼狽えた。
胸が凄い勢いで迫って来る。
「おーい、聖女。そのくらいにしとけ」
「なによ? 自分の息子を抱き締めるのに、文句言われる筋合い無いんだけど?」
「思春期の息子が、母親とはいえボンキュッボンの攻撃に死にかけてる」
「ん? あら? ほんと、やだ、酸欠起こしてるじゃない」
母は力を緩めると、僕の口から肺のあたりに手をかざした。
ほわほわと温かな感じがして、すぐに楽になった。
「ごめんね。もしかして、もう会えないかもと思ってたから」
そうか。僕が魔術師の素養を見せなければ、もう両親と会うこともなかったのか。
「だったら、どうしていきなり居なくなったの?」
「ほんとうは、もう少しちゃんと手配する予定だったの。
でも、魔王の気配がするという報告があって、急いで世界を渡ることになったの」
「魔王?」
魔王は倒したんじゃなかったっけ?
「パパが、ああ、勇者がね、ちょっと乱暴に止めを刺したから死骸が散らばっちゃって。
大きめの塊が、魔物に成長しちゃったのよ」
「その後、どうなったの?」
「アレになったわ」
母は、上空を指さす。
見上げれば、そこには黒い物体が飛んでいた。
しかも、こちらを目指して降りてくる。
「お、来たか。やっぱ仕込みはこっちだったか。
でかした、俺!」
まだ高度は相当あったのに、ひらりと飛び降りて来たのは父だった。
そして、黒い物体は巨大な犬。
静かに着地すると、お座りして盛大に尻尾を振っている。
「あれが魔王の残骸?」
「いや、核は違うんだ。
魔王の残骸に、犬の魔人の残滓がくっついて、魔物に成長した。
中身としては、ほぼ犬だな。
俺がばっちり躾けたから、もう、うちの愛犬だ」
よく分からないが、あまり危険はなさそう。
「あ! そういうことか」
魔術師が大声をあげた。
「なんだよ?」
「ほら、これ」
指差したのは、すでに小さくなって僕の肩に乗っている鶏。
「これも鶏の魔人の残滓から生まれたんじゃないか?」
魔術師にくっついてきた残滓がアパートに残り、なぜか、から揚げに付着し、そこへ僕の精神エネルギーが作用して、小さい鶏になったんだとか。
……さっぱりわからない。
「あらあ、ということは、他にも猫と驢馬が生まれる可能性があるわね」
「犬と鶏……ああ、魔人四天王はそんなラインナップだったな」
「んじゃ、うちの息子は桃太郎か?」
「いや、ブレーメンだろ?」
「そっちかぁ!」
父は安定の脳筋だ。
「ところで、このお城は?」
気になっていたことを訊いてみた。
「今日から、ここがお家よ」
当たり前でしょ、と母が笑う。
「まさかと思うけれど、お父さんが王様、とか?」
「違う違う!」
「こいつに王様やらせたら、さすがに国が亡ぶ」
「だよなあ」
言われた本人が笑っている。
「ここはさあ、魔王が住んでいた城なんだ。
ほら、倒しちゃって空き家になったから、もったいないんで住んでいる」
……まさかの魔王城。
「でも、禍々しい感じがしない」
「魔王消滅で瘴気も消えたからな」
そういうもんなんだ。
『ワフワフワフ!』
「なんだ? ワンコちゃん、俺に遊んで欲しいのかな~?」
今まで大人しくしていた黒い犬は、しびれを切らしたのか、父にとびかかる。
父のほうは、人間技とは思えない跳躍で小山のような犬の背中に跨った。
犬は、そのままグルグルと走り回ったかと思うと、ぴょーんと飛び上がり、そのまま空へ昇っていく。
「ちょっくら散歩に行ってくるわ~」
「行ってらっしゃい! 美味しそうなものが飛んでたら、お土産よろしくね!」
「任せとけ~」
その夜は、家族が揃ったお祝いの宴だった。
父が狩ってきたウイングシープのフライが山盛り食べ放題。
僕も、母の手伝いをした。
母は、あっちの世界にいた時は仕事で忙しく、家事は家政婦さん任せ。
てっきり料理は苦手かと思いきや、獲物を捌くところから見事な手際だった。
「お母さん、僕に料理教えてくれる?」
「ええ、もちろん。狩りも一緒に行きましょうね」
聖女も狩りをする。
そうだよな。聖女も人だ。食事をしなければならない。
僕の使い魔、小さな鶏も、テーブルの上でフライをつついていた。
お腹いっぱいになるとテーブルから飛び降りて、トテトテ走って行く。
そして、部屋の隅で丸くなっていた巨大犬の頭の上に乗っかって寝始めた。
「料理もいいけどさ、魔術師の修行も始めるからな」
「はい、よろしくお願いします」
修行は大事だ。
料理をしたければ、まずは食材の調達である。
空飛ぶ羊を狩れるように、明日から真面目に励む予定。
とりあえず、僕もお腹がいっぱいだ。
眠くなったので、小さい鶏の真似をして巨大犬にもたれてみた。
そこは不思議と落ち着いて、生まれた時から、ここにいたみたいに感じた。
あのボロアパートでさえ布団で寝ていたのに、そのまま朝まで巨大犬に包まれていた。
翌朝。異世界、いや、帰ってきた世界で、僕は産声を上げるように大きな欠伸をした。
僕の髪の毛にくるまっていた小さな鶏が、寝ぼけながら『コケコッコー』と返事した。