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何のスキルもないパーティの荷物持ちの僕が、さまぁする側になるまでのお話

 僕の所属する冒険者パーティーZMAは、今、ダンジョンの中で、ゴブリンの群れとの戦闘の真っ最中だった。

 

「ヴィット! 投げナイフの予備をくれ!」


 この人はデックスさん。このパーティーのリーダーだ。

 短く切り込んだ銀髪に鋭い目。細いけどしっかり筋肉のついたしなやかな身体。

 職業は盗賊。短剣による素早い攻撃と投げナイフを得意とするアタッカーだ。


「は、はい!」


 僕は素早く投げナイフの入った包みを取り出すと、デックスさんに投げ渡した。


「ヴィット! これはヴァンパイア用の白木の杭だ! 欲しいのは投げナイフの方だ!」


 そう言いながら牽制とばかりに、デックスさんは白木の杭を投げた。それらはゴブリンたちの目をうがち、確実にとどめを刺していた。さすがデックスさん、正確無比な投擲だった。でもちゃんと投げナイフを渡していれば、わざわざ狙いにくい目に当てる必要はなかったはずだ。

 

「ご、ごめんなさい!」


 慌てて荷物を再確認し、こんどこそ投げナイフの入った包みをデックスさんに渡した。

 

「ヴィット! 魔力回復薬をちょうだい! そろそろ魔力が切れちゃうわ!」


 この人はエスティアールさん。波うつ長い赤毛に、魔術帽とローブをまとった女魔法使いだ。

 急いで魔力回復薬を渡すと、エスティアールさんは迫りくるゴブリン2体に魔法を唱えかけると、途中でやめて蹴り飛ばした。

 見事な回し蹴りだった。蹴りの当たったゴブリンは首を折られ、二匹目はそれに巻き込まれて壁にたたきつけられた。どちらも即死だった。エスティアールさんは魔法使いなのに筋力がすごくて、近接でもかなり戦えてしまう。


「今飲んだのは筋力増強薬! 魔力回復薬を頂戴!」

 

 しまった。僕はまたしても間違えてしまったらしい。


「ごめんなさい!」

 

 あわてて再度確認して、今度こそ魔力回復薬を投げ渡した。

 

「ナイスアシスト」


 そうつぶやいて僕の脇を駆け抜けていったのは女剣士のアジィさだん。ポニーテールにまとめた金髪を流麗になびかせている、細身で綺麗な人だ。

 繰り出したのレイピアによる刺突だ。目にも止まらない高速の刺突は、次々とゴブリンを仕留めていった。

 この人は寡黙で、あまりしゃべらない。たまにしゃべったかと思えばその意図がつかめない。さっきのどの辺がナイスアシストだったのだろうか。


 僕はヴィット。パーティーで荷物持ちをしている。

 背が低くて、顔も子供っぽくて、あまり頼りがいのある見た目をしていない。荷物持ちをやってるだけあって、体力だけはあるけど、特別なスキルを持っていない。おまけに、借金まである。

 荷物持ちをやっているというより、荷物持ちしかできないような人間だ。そのうえ今みたいな失敗も多くて、パーティーのお荷物になってしまっている。

 


 やがて、戦闘は終わった。

 僕のミスはあったものの、もともとパーティーメンバーのみんなは強い。ゴブリンと言っても50を超える数がいた。それなのに、パーティーメンバーは大した傷を負うことなく、危なげなく勝っていた。

 

 僕は荷物から軟膏や包帯を取り出すと、治療を手伝った。手伝うと言っても、エスティアールさんとアジィさんも軟膏を塗るだけで済んだ。包帯を巻く必要があったのは、デックスさんだけだった。浅めだったが、腕に切り傷ができていたのだ。

 

「ごめんなさい、僕のせいで……」


 デックスさんは強い。もし、僕がちゃんと投げナイフを渡せていれば、ゴブリンなんかに手傷をおうことなんてなかったはずだ。

 

「気にするんじゃない、ヴィット。誰にでも失敗はあるさ」


 そう言って、デックスさんは微笑んでくれた。


「そうよ、ヴィット。回復職がいないうちのパーティーでは、荷物持ちがいてくれるのがありがたいの。あんたの運んでくれてる医療品がなかったら、あたしたちやっていけないわ」


 エスティアールさんはそう言ってフォローしてくれる。

 確かに、現在、うちのパーティには回復職がいない。僕のような荷物を専門に持っていく者がいなければ、冒険はより困難なものになるだろう。

 でも、それは荷物を運べるならだれでもいいということだ。

 

「いいハンデだった。サンキュー」

「うわぁっ!?」


 いきなり耳元でぼそっとささやかれて、僕は思わず悲鳴を上げてしまった。あわてて横を見ると、いつの間にかアジィさんが近くに立っていた。この人は寡黙で、普段はほとんどしゃべらない。たまにしゃべっても、なんだか意味が分からないことが多い。

 でも、どうやら僕を励ましてくれたようだった。

 

 僕は役立たずだ。体力だけはあるから、荷物運びは問題なくできる。でも戦闘となると、周りの緊迫した空気に飲まれて、普段はやらないようなミスをしてしまう。そのせいで、パーティーの足を引っ張ってしまう。

 

 しかも、僕には借金がある。以前、両親が病気になってしまって、その薬を買うために借金をしてしまったのだ。高額な薬だった。借金をいまだに返しきれていない。

 返済のために冒険者になったが、僕の能力ではろくな稼ぎを得られなかった。それを、有力バーディー出るZMAのデックスさんが受け入れてくれた。おかげで借金の利息の返済に困らないくらいにはなった。完済までの道はまだ遠い。

 

 みんなに負担ばかりかけてしまっている。それなのに、パーティーメンバーの誰も僕のことを悪く言わない。それどころか励ましてくれる。申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。

 

 首から下げた冒険者タグを握りしめる。何の飾りもなく、名前だけが刻まれた銅製のタグだ。これは冒険者ギルドに登録されただけ、という意味だ。功績を上げていけば、銅のタグであっても装飾が施された立派なものになる。

 今の僕は、無地の冒険者タグが意味するように、何者でもない。

 

 そんな考えにとらわれていると、肩をたたかれてはっとなった。こちらを気遣うように顔を覗き込む、デックスさんがいた。

 

「ヴィット、落ち込むな。お前は俺たちのパーティーに、絶対に必要な人間なんだ」

「そんな……僕は、みんなの足を引っ張ってばかりで……役に立たなくて……」

「今はわからなくていい。お前は必要なんだ。絶対に役に立つ時が来る。俺はそれを信じている」


 まっすぐな瞳だった。そこには偽りなど、かけらも感じられなかった。

 こんなにも、僕を信じてくれる人がいる。それなのに、自分を疑ってはいけない。それは信じてくれた人に対する裏切りだ。

 

「わかりました! 僕、がんばります!」

「おう! その意気だ!」


 僕は決意を新たにうなずいだ。

 

「ところでヴィット、『例の荷物』は大丈夫?」


 エスティアールさんの問いかけに、僕は荷物を確認しなおした。

 今回の冒険の前に渡された大事なものだと聞いていた。

 一抱えもある頑丈な箱が一つと、丸めた絨毯でも入りそうな大きな筒だ。

 

 箱は背負い袋の奥に入れている。まわりには緩衝材代わりに着替えや包帯などの布類をつめている。モンスターの攻撃が直撃でもしないない限り、箱に衝撃が伝わることはないだろう。

 筒の方は背負い袋には入りきらない。横にして背負い袋にがっしりとつけている。3つの革のベルトを巻いているので、よほどのことがない限り外れてしまうこともないだろう。

 

「はい! 大丈夫です!」

「そう、よかったわ。何度も念を押すようだけど、それらは冒険の終わりで絶対に必要になるものなの。あんたは自分の身と、荷物の安全を考えて、無理はしないでね!」

「はい!」


 僕はこのパーティーのお荷物かもしれない。

 でも、僕を信じてくれる人たちのために、頑張りたい。まずは、この荷物をきちんを運ぶことだ。

 気を引き締めて、背負い袋を背負いなおした。

 


 冒険者パーティーZMAはダンジョンをどんどん進んでいった。いつも以上に素早い攻略だった。最低限の罠のチェック、雑魚であろうと最大の攻撃で一気に蹴散らしていった。まるで何かに追立らえれるような進行速度だった。

 

 やがて、ダンジョンの最奥までたどり着いた。

 目の前に立ちふさがるのは巨大な扉。僕にもわかる。このダンジョンの主が、ここにいるのだ。

 

 最終決戦を前に、みんな準備を始めた。

 さすがに強敵との戦いになると、僕のような荷物持ちが道具を手渡す余裕はないだろう。みんな、動きを邪魔しない範囲で、持てるだけ回復薬や道具を装備した。

 

「いいか、ヴィット。お前は扉の外で待つんだ。俺たちがいいと言うまで入ってくるな。他のモンスターに見つかった時だけ、部屋に逃げ込んでもいい。でもそれは最後の手段だ。見つからないように、物陰に隠れてなるべくじっとしているんだ」


 デックスさんの言葉を一言も聞き逃さないように集中する。

 僕の隠れる場所は既に用意してある。ダンジョンの通路にもともとあった大岩。その陰に隠れることになっている。エスティアールさんに気配を消す魔法もかけてもらった。よほど気配に敏感な魔物がたまたま触れるほど近くに来ない限り、見つからないはずだった。


「特に、『例の荷物』には気をつけてね。この冒険の最後に必要になるの。何かあったとしても、あなたは自分の身を第一に考えなさい。第二に、例の荷物を大事にしてね」


 エスティアールさんはそういうけれど、これほど念を抑えるということは、『例の荷物』はよほど大事なものなのだろう。何かあった時、僕は胸の内、身を挺してでも守る覚悟を決めていた。


「おとなしくひっこんでて」

 

 いつの間にか僕の背後にまわりこんだアジィさんが、またしても耳元でぼそっとささやいた。

 言葉遣いはどうかと思うけど、僕のことを心配してくれるのだろう。このパーティーは優しい人ばかりだ。

 

「みなさん、その、ええと……頑張ってください!」


「おうよ!」

「まかせなさいよね!」

「やれやれだよー」


 僕の呼びかけに、デックスさん、エスティアールさん、アジィさんは、それぞれに答えて、ためらうことなく扉の奥に進んだ。

 僕は素早く岩陰に身をひそめると、息を殺してじっと待った。

 

 扉からは色々な音が聞こえてきた。

 金属が撃ちあう音。何かが爆発する音と衝撃。恐ろしい唸り声。誰かの叫び声。


 何が起きているか見ることはできない。扉は閉じていたし、岩陰から出るなとも言われていた。

 今この瞬間、扉が内側からはじけ飛んで炎が噴き出すかもしれない。岩陰にいれば少しは安全だ。僕は『例の荷物』を守るためにも、じっとしていなくてはならない。


 『例の荷物』はいつ必要になるのだろうか。筒の方は背負い袋の外にあるからすぐ渡せるだろう。

 箱の方は奥から取り出さなくてはならない。出しやすくしておくべきだろうか。いや、どんな理由であれ、今は動くべきではない。そんなことを何度も考え直しては悶々とした。

 

 戦闘の音はなかなか途切れない。それどころか激しさを増していくようだった。

 ふと、恐ろしくなった。

 この音が途絶えたとき、誰が最後に立っているのだろう。

 もし、万が一、みんなが負けてしまったら、僕はこのダンジョンの奥深くに一人で取り残されることになる。それは、なんて恐ろしいことだろう。

 

 いや、だめだ。そんなことを考えてはいけない。

 みんなは僕を信じてくれている。なら、僕がみんなを信じなくてどうするんだ。

 みんなが勝つ。僕は『例の荷物』を守る。それ以外にあり得ない。

 

 

 

 必死に岩陰で耐えていると、不意に、音が途切れた。

 終わったのだろうか。わからない。まだ動くわけにはいかない。

 やがて、ぎぃと、扉が開く音が聞こえた。あおの大扉が開いたのだ。

 僕は震えそうになる身体を抑えた。

 

「待たせたな、ヴィット。俺たちが勝ったぞ」


 僕は泣きそうになった。

 デックスさんの声だった。みんなが勝ったのだ。

 

 

 

 デックスさんに促され、扉を通ると、そこは大きな広間になっていた。

 材質すらよくわからない白い壁で作られた、半円上の広大な空間だった。

 床や壁のところどころ崩れていたり、裂け目が走っていた。どれも今しがたついた物のようだ。それだけで、どれだけ激しい戦闘が行われたのか目に浮かぶかのようだった。

 

 部屋の中央は一段高くなっており、そこには大きな宝箱があった。

 その前に、暗い靄が漂っている。霧とか煙ではない。見たことがある。これは強力な魔物の纏う瘴気だ。死体は見たらない。魔物の身体は、倒されると消えてしまうことがある。このダンジョンの主は、瘴気を残して倒されたようだった。

 

 そう言えば、エスティアールさんは『例の荷物』は最後に必要になると言っていた。もしかしたら、この瘴気を魔法で封印したりするのだろうか。

 

 そんなことを考えていると、デックスさんは部屋の中央にある宝箱を開けた。いきなり光が広がった。宝箱の中は、目もくらむばかりの金銀財宝で詰まっていた。このパーティーでそれなりに荷物持ちをやってきたが、これほどの財宝は初めて見た。背負い袋に入りきるだろうか。そんなことを考えてしまうくらい、大量の財宝だった。

 

「さあ、準備をしましょう。ヴィット、まずは筒の方を渡してちょうだい」


 エスティアールさんに促されて、背負い袋に3本のベルトでしっかりと取り付けられていた筒を外す。

 筒の中から取り出されたのは、絨毯のようなものだった。エスティアールさんはそれを広がると、ばっさばっさと何度か振って、わだかまっていた瘴気を散らしてしまった。

 なんだか雑な動きに見えた。封印するのではないのだろうか。


 広げられた絨毯のようなものは、すごく細かい装飾が施されていた。高級な宿屋に泊まった時に見た絨毯にとてもよく似ていた。高そうで、ふかふかしている。素人目には魔法に使う道具には見えなかった。大きさも、その扱い方も、何て言うか……まるで、レジャーシートとかみたいな感じだった。

 

「ヴィット、次は箱の方をちょうだい」


 エスティアールさんの声に、我に返った。

 僕は急いで背負い袋の中から箱を取り出した。一抱えほどある箱を取り出し、エスティアールさんに促されるまま、さきほど敷いた絨毯のようなものの上に置いた。

 エスティアールさんは短く呪文を唱え魔力をこめると、箱が内側からひとりでに開いた。どうやら魔道具の類らしい。

 

 箱が開くと、その中に納まっていたのは……高級そうなティーセットだった

 

「は?」


 あまりに予想外なものが出て、思わず声が漏れた。

 箱は動き続け、やがていつの間にか小さなテーブルが出来上がっていた。

 四つのティーカップに囲まれるように、ティーポットがあった。テーブルには白いテーブルクロスが敷かれていた。これまた縁取りが細かな刺繍に彩られていた高級そうなものだった。ティーポットからは湯気が昇っている。

 

 エスティアールさんは慎重な手つきでティーポットを持つと、ティーカップのひとつひとつに紅茶を注いだ。紅茶からは湯気が立っていた。

 

 入れ物が机に変形して、自動的に紅茶が沸くなんて、ずいぶんと高級な魔道具だった。一部の貴族しか使えないような高級品だ。話で聞いたことしかない。実物を見るのは初めてだ。

 

 でも、なぜ今、こんなものを……?

 

 呆然と立っていると、デックスさんたちはそれぞれ絨毯のようなものの上に座った。


「ヴィット、席に着くんだ」


 何がなんだかわからなかったが、僕は指示に従い絨毯のようなものの上に座った。

 意味が分からない。ダンジョンを攻略した記念にお茶をしようと言うのだろうか。こんな高そうな魔道具をわざわざ準備して……?


 なにより違和感があったのは、僕以外の全員がまだ戦闘状態にあるということだった。荷物持ちとは言え、戦闘には何度も立ち会った。そのときいつも感じていた、ピリピリした感じがあった。戦闘時のような緊張感を、みんな保っているのだ。そして、入ってきた扉の方をじっと見ている。

 

 治療はどうするんだろうと、ふと思ったけれど、みんな包帯を巻くなりなんなり、応急処置はしてあるようだった。ダンジョンの主を倒し、最低限の治療が済んだ時点で僕を呼んだのだろう。

 

 エスティアールさんは、この荷物が最後に必要になると言っていた。まだ何かあるということなのか。真のボスモンスターでも出てくるのだろうか。でもこのティーセットの意味は……?

 すごく気になったけれど、なんだか聞ける雰囲気ではなかった。

 

 誰一人動かないまま30分ほど経過した。

 そして、扉が開いた。


「な、なんだお前たちは!?」


 入ってきたのは5人ほどの冒険者パーティーのようだった。

 それが疑問の声を上げる。すごく妥当な疑問だった。ダンジョンのボスと対峙するつもりで扉を開けたらそこにはティーセットを広げる冒険者がいた。どうしよう、僕自身、意味が分からない。

 

「俺たちは冒険者パーティーZMA! お前たちは『黄昏の猟犬』だな?」

「そ、そうだ! 俺たちは『黄昏の猟犬』だ!」


 デックスさんの声に、相手の冒険者パーティーが答えた。

 そのパーティー名には聞き覚えがあった。ZMAが活動しているとなりの街で活躍している有力冒険者パーティーのひとつだ。僕でも知っているくらい功績を積み重ねている、実力派のパーティーだったはずだ。まさかこんなところで鉢合わせるとは思わなかった。


「俺たちZMAは、 一足先にダンジョンのボスを倒させてもらった! あんまり余裕だったから、こうしてお茶してたところさ!」

「な、なんだと……!?」


 立ち上がって応えるデックスさん。

 優雅に紅茶の飲み始めるエスティアールさん。

 「うまい」、とぼそりとつぶやくアジィさん。

 この人たちは、いったい何をやりたいんだろうか。


「なんでこんな場所でお茶なんて飲んでるんだ?」

「いい香りだ! 見ろよあのティーセット! 間違いなく高級品だぜ!」

「こんなところでのんきお茶してる何て信じられない! な、なんて余裕なんだ!」


 『黄昏の猟犬』の皆様はめちゃくちゃ動揺していた。

 

「ZMAのリーダーはこの俺、デックス! 俺のこと、見覚えはないか!?」

「あ! お、お前、うちのパーティーで荷物持ちをやってたデックスか!?」

「ああそうだ、元・荷物持ちのデックスだ! 今はパーティーリーダーをやってる! そしてうちのパーティーの荷物持ちはこいつだ!」


 そうして、デックスさんはいきなり僕のことを指さした。

 思わずビクンと震えてしまう。首元の冒険者タグが揺れる。

 『黄昏の猟犬』の視線が僕と冒険者タグに集まるのを感じた。


「そんなちっこい小僧が荷物持ちだと……しかもその冒険者タグ、最低ランクのものじゃねーか!」

「そうだ! 俺たちはこの最低ランクの荷物持ちを連れて、お前たちより早くこのダンジョンを攻略したってわけだ!」

「バ、バカな……そんなことがありえるのかっ……!」


 ……最低ランクの荷物持ち。間違っていない。間違っていないけど、こういう場面で引き合いに出されると、色々と考えてしまうものがある。

 なんだろう、これは。

 何かおかしい。とてもおかしい。


「ねえねえ、どんな気持ち? 使えないからって追放した元・荷物持ちに、冒険者パーティーとして完全敗北して、どんな気持ち? ざまぁ! ざまぁ! ざまぁ見ろーっ!!」


 デックスさんが今まで見たこともないような爽やかな笑顔で、めちゃくちゃ煽っている。

 僕の知るデックスさんは、いつでも立派で、失敗した僕を受け入れてくれる器の大きい人だった。今はすごく器のちっちゃい人にしか見えなかった。

 

「て、てめぇ……!」


 向こうの冒険者パーティーのリーダーらしき人が、煽りに乗せられ、ついに剣に手をかけた。


「あれ? あれれー? 戦うつもり? いいよいいよ、相手になってやるよ! このダンジョンのボスを余裕で倒しちゃって、お茶まで楽しんでる俺たちが、本気で相手してやるよーっ! ちょっと物足りないと思ってたところだ! ほらほらほらほら、かかってこいやー!」


 煽り散らすデックスさん。

 エスティアールさんは余裕を見せつけるかのように、紅茶の香りを楽しんでいる。

 アジィさんは「おかわりちょうだい」とつぶやいた。

 

 相手の冒険者パーティーは、ここに来るまで苦労した様子だった。

 見たところ、身に着けた装備はところどころ傷ついているし、そこかしこに巻いた包帯からは血がにじんでいる。万全の状態に見えるこちらと戦う力は、残っていないように見えた。

 デックスさんをにらみつけるが、ここまでたどり着いたほどの冒険者パーティーだ。敗色濃厚であることくらい、判断はついたのだろう。

 

「ち、ちくしょー!」

「待ってくださいリーダー!」

「リーダーちょっと待って、どういうことか説明してくださいよーっ!」


 『黄昏の猟犬』のリーダーは泣きながら立ち去り、その仲間たちもあとを追った。

 静寂が辺りを満たした。

 

「おっしゃああああああ! やったぜえええええええ!」


 広間の中、デックスさんが雄たけびが鳴り響いた。


「いい『ざまぁ』だったわ、デックス!」

「ナイスざまぁ」


 口々にほめたたえるエスティアールさんにアジィさん。ハイタッチして喜びを分かち合っていた。

 僕はひとりだけ取り残された。

 でも、いつまでも黙ってはいられなかった。

 

「ちょっと待ってくださいみなさん!」

「どうしたヴィット?」

「つまり……デックスさんは、前に所属していた冒険者パーティーを見返すために、このダンジョンを攻略したっていうんですか!?」

「おお、その通りだ!」

「このティーセットもわざわざそのために用意したんですか!?」

「大変だったぞ。すごく金がかかった。このダンジョンにこれだけの宝があって、正直助かったって感じだ!」

「バカですかっ!?」

「否定はしない!」


 だめだ。この人は開き直っている。

 しかしデックスさんはともかく、エスティアールさんもアジィさんもうなずいているのはどういうことなのだろうか。


「それで……役に立たない僕をパーティーから追放しなかったのは……前のパーティーの意趣返しのためだったんですか……」

「『お前は必要なんだ。絶対に役に立つ時が来る』って言ったじゃないか」

「このためですか!?」

「このためだとも!!」

「うわああああああああああああああ!」


 僕は頭を抱えて叫んだ。

 

 

 その後で、事情を聞いた。

 実は、僕以外の三人は、もといたパーティーから追放された経験を持っていた。

 

 デックスさんは荷物持ちだったが、使えないメンバーとして追放された。

 当時のデックスさんは手早く道具を投げ渡すのに長けていたが、荷物の管理はいまいち苦手だったらしい。

 荷物を投げる技術を昇華して、今では投げナイフをメイン火力としている。凄いんだか凄くないんだかよくわからない過去を持っていた。

 

 エスティアールさんは魔法使いなのに腕力があった。ちょっとした喧嘩がきっかけでパーティメンバーの前衛職を腕力で圧倒してしまった。前衛職メインのパーティーだったため、面目は丸つぶれ。そして追放されたそうだ。


 アジィさんは剣士としては優秀だった。だが、普段は寡黙なのに、たまにしゃべったかと思えば余計な一言を口にするので、パーティーの不和を招いて追放されたそうだ。

 

 そして集まった三人は、自分たちを追放した冒険者パーティーに復讐するために冒険者パーティーZMAを結成したのだった。


 三人そろったはいいけれど、回復役がいなかった。大抵の僧侶は、信仰の元、まともな良識を持っている。こんな復讐の仲間にするには少々厄介だった。

 そこで荷物持ちとして、僕ことヴィットが選ばれた。デックスさんの復讐をより効果的にするためには、最低ランクの荷物持ちが最適だったのだ。



「……なんで最初に事情を話してくれなかったんですか?」

「冷静に考えて欲しい。『能力の低い荷物持ちのお前は、復讐に花を添えるのにぴったりだ。ざまぁ仲間に加わってほしい』。そんなことを言って、仲間になってくれる奴がいると思うか?」

「冷静に考えるっていうのなら、バレたときのことも考えてください! 僕が今どんな気持ちかわかりますか!?」

「『ざまぁ』は気持ちのいいことだ。きっとお前も気持ちよくなってくれていると信じている」

「自分に関係ない復讐で気持ちよくなるわけないでしょっ!? 僕はさらしものにされたんですよ!? 最悪の気持ちですよっ!」


 食ってかかる僕に対し、デックスさんはひどく冷静だった。すべてを悟ったという感じだ。復讐を果たした人間はこういう感じになるのだろうか。

 

「忘れてはいけないわ、ヴィット」

「エスティアールさん?」

「『ざまぁ案件』はまだ二つ残っているわ」

「……なんですか『ざまぁ案件』って?」

「あたしとアジィの復讐よ。あんたの存在は、あたしたちの『ざまぁ』にも最高の花を添えてくれるはずだわ」

「僕は関係ありません! やめさせてもらいます!」

「お願い、ヴィット。あたしに暴力をふるわせないで……」


 エスティアールさんはローブをまくり腕に力こぶを作った。

 うわあすごい筋肉。この人、暴力で威圧してきた!

 

 筋肉にたじろいていると、いつのまにか後ろにアジィさんがいた。

 アジィさんはそっと僕の耳元でささやいた。


「借金がなければよかったのにね」

「ぐはあっ!?」


 そうだ、僕には借金がある。この冒険者パーティーから抜けたら、利息の返済もままならない。

 逃げられない。その実感に膝を折ってしまう。

 アジィさんはそんな僕を見下ろしていた。その整った顔には、なんの表情も見えない。悪意すら感じられなかった。

 この人は、悪意も無しに人の傷つくことを言えてしまう。思えばずっとそうだった。前のパーティーから追放されてしまうのも当然に思えた。

 

 落ち込む僕に、デックスさんが手を差し伸べてきた。

 

「お前もいろいろ思うところはあるだろうけど、これまでうまくやってきただろう? 俺たちは仲間だ。お前のことは見捨てない。それじゃダメか?」

「見捨てないって……復讐の道具として必要ってことでしょう……?」

「違う。仲間を迂闊に追放すると、何かの能力に目覚めて仕返しされそうじゃないか。俺たちは『ざまぁ』をするためにパーティーを組んだんだ。『ざまぁ』されるのはごめんだよ」

「えっ。今まで優しくしてくれたのって、そういう理由だったんですか……?」


 デックスさんは僕の手を引き立ち上がらせると、強引に抱きしめた。

 エスティアールさんもアジィさんもその抱擁に加わった。


「さあ! これで隠しごとはナシだ! 冒険者パーティーZMA! よりいっそうの結束をもって、これからもやっていくぞ!」

「ええ、やりましょう! つぎはあたしの『ざまぁ』よ!」

「残り物には福がある。最後のわたしが一番お得」


 チームZMAの結束は強固だった。少なくとも、今の僕を逃がさない程度には。

 絶対、復讐が終わる前にパーティーから抜けてやる。それが無理でも、せめて冒険者ランクを上げて、無能としてさらし者にはされないようになってやる。

 僕はひとり、心に誓うのだった。



おしまい

最後まで読んでいただきありがとうございました。

楽しんでいただけたなら幸いです。


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