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#7.座敷童に夢を見ていた頃の俺

※主な登場人物

俺:本作の主人公。大学一年の頃凶悪な呪いをかけられ不幸まみれの人生を送っていた。けんちん汁は醤油汁派。

美希:一話限りのヒロイン。大学一年の頃想いを寄せていた幼馴染に恋のおまじないをかけようとして間違って呪いをかけてしまった。けんちん汁と豚汁と芋汁の区別がつかない。

メリーさん:第三の女。三年前には海外の触手をはやした謎の生物と激闘を繰り広げていた。けんちん汁は味噌汁派。

 それは、一年の秋ごろの話。

一人、地方に温泉旅行に行った時のことだ。

丁度その時の俺はやたら不幸が続いていて、とにかく(わら)にも(すが)る気持ちで運気を回復させたいと思うようになっていて。

幸運のお守りだとか運気がよくなるお札だとか、いろんなものに手を出し神にすがったりしていた中で、「座敷童が現れる宿」というのがあるという話を聞き、その温泉宿に泊まりに行ったのだ。


 実際に温泉宿についてみると、そこはいかにもな感じの古宿で、年季の入った木造の玄関からして既にガタが来ているらしく、開けるのも大変なくらいだった。

だが、そんな宿だが、俺以外にも泊り客は三組。それもカップルや家族連れ、そして俺のような一人旅の品のよさげな老紳士と、意外とちゃんとした客が来ていて、こういった宿によくある静寂感は感じられない。

家族連れがロビーで雑談しているのをそれとなく耳に入れる限り、やはり彼らの目当ては座敷童らしく、「今夜見られるかな」とか「どんな願い事聞いてもらおうか」とか、ちょっと浮足立った感じで楽しそうに話していた。


 そんなだから、「ああ、やっぱいるのかな」と、噂になっているなりの場所なのかと思ったものだが。

初日の夜は、何も現れず、期待外れだった。


 まあ、当時の俺は「まあそんなものだよな」と、肩透かしをくらった感を味わいながらもそんなに残念でもなかった。

そんな、よくある作り話を信じた俺がバカだったのだろう、と。

そんなのいるはずないのだ。座敷童なんて。

解ってたことだから、実際に居なくてもさほど悔しくはないし、騙されたという気にはならなかった。

 

 宿そのものは数こそ少ないものの結構ちゃんと客をもてなしてくれる、古くから続くだけあってしっかりとした接客態度の仲居が揃っていて、温泉も心地よい、ピリリとしびれる炭酸の効いたものだったので、座敷童云々は抜きにしても元は取れていると思えたものだ。

山の中なので夕食は幼鹿肉のすき焼きという変わり種を食えたのも満足ポイントの一因だったが。


 だが、二日目の朝になってから、同じ日に三泊二日の予定で訪れた家族連れが急に荷物をまとめて出て行った。

皆顔面蒼白。

何が起きたのかとフロントの人に聞いてみたが、難しそうな顔をしていたものの「急用ができたとかで」と、ありきたりな理由しか教えてはくれなかった。

まあ、個人的なこともあるだろうし、今の時代そうそう聞くことでもなかったかと俺もすぐに引き下がったんだが、これがよくなかった。

後のことを想えば、俺は引き下がるべきだったんだ。




――ここまで話して、改めて俺を囲んでる奴らの顔を見る。

まず正面は美希。幼稚園からずっと一緒の幼馴染だ。

固唾を飲んだようにぐぐ、と、緊張気味に俺を見つめていた。

目が合うと照れたように笑うが、緊張に固まった身体はそのままだ。


 そして美希の隣はエリカ。美希の友達のギャルだ。

こいつは美希ほど緊張はしておらず、顔を見ると「なあに?」と余裕たっぷりの表情。

……その余裕を砕いてやりたくなる。


 三人目は俺の友達のユウヤ。中学から一緒のチョイワル気取りの不良大学生だ。

エリカに惚れているが俺の話に既にビビり始めている。

良いところを見せてやるつもりで俺にこの話をせがんできたくせに、チキンなやつである。


 四人目は……呼んだ覚えもないのに現れたオカルトマニアの田中である。

話してる間中ぶつぶつと「これはもしや東北地方の!」とか「座敷童の逸話には諸説あってー」とか勝手に語りだしたのでみんなスルーしている。

俺もスルーした。


「ていうか、あんたが旅行行ったとか初耳なんだけど! なんでそういうの……一人で行っちゃうのよ」

「いや、『座敷童見に行く』なんて人に言えないじゃん? 頭おかしくなったとか思われるじゃん?」

「むぐ……それでも! 一人で温泉なんて歳でもないでしょ! 爺臭すぎる!!」


 今更のように突っ込みが入ったが、そんなのはいちいち気にしない。

そりゃ、俺だって一人で旅するのは寂しいとは思うが。

だからって誘える相手なんていないのだから仕方ない。


「まさかユウヤと二人で旅するのもなあって感じだしなあ」

「うぇっ、やめてくれよ、お前とは友達だけどそういうつもりはないし!」

「ユウヤったら、何想像したんだか」

「うぐっ」


 まあ、俺だってそっち(・・・)の気はない。

可能なら彼女でも作っていちゃいちゃ楽しみたいと思わないでもない。

だがそうはならなかったんだ。だからこの話はこれで終わりなんだ。


「ほらほら、折角雰囲気作ってくれてたのに台無しじゃん。話の続き続き」

「あ、そうだった、ごめんなさい」

「早く話せよなー、ま、いい感じに箸休めにはなったけどな!」

「んじゃ、話の続きだが――」


 エリカがいい感じにフォローを入れてくれたので、ありがたくそれに乗っかる。

ビビり二人も肩の力が抜けた事だろう。

俺もまた、話の続きといく。



 その日の夜、異変があったんだ。

美味しい夕食を終え、温泉にゆったり浸かり、さあ寝るかと布団に入って一時間ほどか。

いつもならストンと眠りに落ちてしまうところが、なぜか眠れない。

室温は……まあ、秋だったから特に調整とかいらないくらいだったはずなんだが。

なのに、じっとりと、汗が出てきたんだ。

寝ていると、妙に暑い。


『――きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』


 なんでなんだ、と考えているうちに、不意に壁の向こうから急に、女の叫ぶ声が聞こえた。

何が起きたんだと思って身体を起こすが、壁の向こうからの叫び声は断続的に続いていて、そしてやがて、何かが壁に投げつけられた。

丁度壁向こうからの音だ。まくらかなにかがぶつかった音と、何か暴れているらしい音がした。

壁向こうにいるのは、俺より先に泊まっていたカップルだったはず。

最初こそは「お盛んなことだぜ」と、聞き耳を立てる気にもならず放っておいたんだが。

あまりにも暴れる音がうるさくて、そして女の声が切羽詰まっていたから、何が起きたのかと気になってしまってたんだ。


『もうやだぁっ! 帰るっ、タクシー呼んでぇっ!!』

『お、落ち着いてくれよミサ、大丈夫だから、俺が守るから』

『ぐすっ……やだあ……帰るぅ……っ』


 壁向こうから聞こえてくるのは泣きじゃくる女の声、そしてそれを慰める様な彼氏の声だった。

泣くほどの何かがあった。喧嘩か? いや、それにしては唐突過ぎるというか。


 その後もどたばたと何か動き回るような音が聞こえ、やがて入り口のフスマがぴしゃり、閉じられた音がして。

なんとなしに「ああ、出て行ったのか」と、今朝がたの家族連れを思い出しながらそんな結論に至った。



 静かになった隣室。

そしてじっとりとしたまま、嫌な暑さのままの俺の部屋。

寝る気になれず、だからと起きていても仕方ないと思え、途方に暮れていた矢先。

そいつ(・・・)は、不意に現れた。 




「そ、そいつって……?」

「ねえそれ、もしかして全く別の――」

「ひぃっ、なんでもないっ、別に大丈夫だから……大丈夫だから……っ」

「なるほどそれは私の推測が正しければ神楽舞を求めた――」


「――頭から血を流した、落ち武者の顔がぁっ!!」

「ひぃっ、いやぁぁぁぁぁっ!!!」

「おおぅっ!」

「あひぃっ、もうらめぇらってぇぇぇぇぇ!! そういうのやだぁっ!!」

「おおっと、それは拙者としても予想外と言うか想像の圏外で――」


……うむ、概ね期待した通りの反応になったからよしとしよう。

エリカもちゃんとびっくりしてくれたようだしよきかなよきかな。

ユウヤが想像以上にパニックに陥ってるのは、まあ、放っておこう。


「まあ、そいつが急に現れて『一緒に遊ぼ』とか『毬遊びしよう』とか言い出してきてめっちゃ怖かったっていう話さ」

「何それ何それ……落ち武者なのに遊ぼうって?」

「ちょっと予想の斜め上過ぎんよー。作り話にしても狙ってやったしょー?」

「ひぃ、ひぃぃぃ……」


 真相はよくわからない。

ただ、最後に残った老紳士が、俺が帰る時にすれ違いざま「会えたかね?」と意味深に聞いてきたのは気になったが。

結局そのことはそれきり、俺が見たのが何だったのかすらよくわからないままだ。


「あー、もー、ユウヤが煽るから……はあ、夢に見たらどうしよ……」

「怖い夢みたら一緒に寝てもらえばいいじゃーん、ねえ?」

「添い寝大歓迎だぜ」

「ちょっ……そういうのは、その……まだ……」

「まあ冗談は置いといて、ユウヤがお望みの怖い話は終わり……あれ?」

「う、うう……」


 ユウヤがびくんびくんと痙攣したまま意識を失っていた。

そこまでヤバい話をしたつもりもないのだが、こちらの方が予想外と言うか。

因みに田中は話が終わるとともにどこかへ消え去っていた。

あいつのほうがホラーなんじゃないかと思える。いつ消えたんだ。





「――ていう事があってさ。メリーさんどう思う?」


 夜。

メリーさんとの食卓でその日の出来事について話してた時に、ちょうどそのことを聞いてみることにした。

今日の夕食はけんちん汁。

我が家は醤油に出汁の元を入れた醤油汁である。

因みにボブはバイトがあるらしく来ていない。

久しぶりの二人きりである。


「どうって……そうねえ、そいつは間違いなく座敷童よ」

「そうなのか? でも、どう見ても落ち武者だぜ?」

「その部屋にテレビとかってあった?」

「ああ、あったけど」

「じゃあそれの影響よ。あいつら、基本的にテレビっ子だからね。昔は知らないけど最近はよくテレビの影響受けて変な姿になったりするらしいわ」


 この間メリーさんが話していた会合の話だと、ちゃんと女の子の姿をした座敷童がいるっぽかったが、まさかそんなことになるとは。


「じゃあ、会合とかにもそういう恰好したのが来るのか?」

「基本的には原形の方で来るわよ。大体は小さな女の子か男の子。男の子のほうが悪戯好きだから、きっと驚かせようとしたのね」

「へえ……」

「霊能力者とかはそういう見た目に騙されず本質の部分で見たりするから簡単に見抜くんだけど、あんたみたいな一般人はそういうの無理でしょうからね」


 メリーさんと話したりしてる辺り割と俺も霊感とかあるんじゃ、と思ったが、俺はメリーさん視点では一般ピーポゥだったらしい。

ちょっと残念である。


「ま、出会えた時点でなにがしか運気上昇は見込めるから、乱暴なことをしたり反撃したりしなければ目的は果たせてたと思うわよ。その後不幸とかあった?」

「いんや、何も」

「じゃあちゃんと運気は上がってるわよ。あんたの不幸はそこで消えた」


 後は貧乏神にでも憑りつかれなきゃ大丈夫、とメリーさんは太鼓判を押してくれる。

自分の運気なんて今まで漠然としすぎててよくわからないままだったが、実際問題怪奇現象に保証されると、なんだかそんな気もしてくるから不思議である。


「それはそうとさー、貴方、けんちん汁が醤油味なのは赦せるとしても」

「メリーさん醤油味じゃない圏内の人だったのか」

「私は味噌味がメインかなー、ってそれはいいのよ、別に醤油味でも美味しいし」

「それはよかった」

「よくない! なんであんた汁ものにご飯を入れて食べるのよ! そっちの方がカルチャーショックよ!」

「えー、だってその方がうまいし……ていうかそういう食い方しかしてないぜ?」

「牛丼屋とかでもしてるの?」

「牛丼屋に行くくらいなら自分で牛丼作るからな」

「おのれ自炊派……」

「まあまあ、メリーさんもやってみ? 絶対美味いから」

「美味しくてもやらないのー! そういうのは、その、お上品な食べ方じゃないんだからーっ」


 結局その後、座敷童の話は隅っこに置かれ、けんちん汁の食べ方についてメリーさんと論争になった。

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