#3.一人寝はさみしい俺
※主な登場人物
俺:主人公。当代きっての寂しん坊将軍。12歳からずっと一人だが最近は落ち着いてきている。
メリーさん:本作のヒロイン。一年足らずで持ち主に捨てられたことは今でも夢に見る。
『もし』
「待ってたぜメリーさん! さあ共に素晴らしい夕餉を!!」
夜になるとメリーさんが来る。
そんな日常に変わってからか、毎日が楽しく感じるようになってきた。
独りぼっちで生きるのにも慣れてきてはいたが、やはり人といるのは楽しいのだ。
昼飯時などは幼馴染の加奈子をはじめ友達と時間を共にするが、夕飯は誰かと食べることもなく、ただただ一人で過ごすばかりだったのだから。
「……貴方ってさ」
「うん?」
相変わらずいつものゴスロリ衣装。
というか、人形なんだからゴシック調でも何ら不思議ではないのだが。
そのゴシック娘が大鋏を玄関わきの傘立てに入れながら、ため息交じりに俺を見る。
「いつも家にいるけど、もしかして彼女とか居ないの?」
「居たことがないな」
「ふーん……」
何故だかジト目で見られる。
「私を代替品だと思ってない?」
「家族の?」
「彼女のよ!? 飛躍するな!!」
飛躍はしてないというか。
まあ、確かに彼女の代わりとかそういうのではないので、誤解は解いておきたい。
「安心しろ、俺に人形に欲情する趣味はないからな」
「変態なのに?」
「……メリーさんに変態と呼ばれるのは傷つくんだ」
「えぇっ!? 変人よりはいいんじゃなかったの?」
「その……変態もなしの方向で」
「まあ、いいけど」
自分で言いだした事ながら、やはりメリーさんの「変態」はかなりきついというか、本気で嫌な存在に対しての「変態」なのできつい。
本人は俺の事はさほど嫌ってないとは思うのだが、「変態」と言う時に限って本気でそれっぽい口調なのだ。傷つくのだ。辛いのだ。
「それはそうと今日の飯は鍋だぜ」
「鮭鍋じゃないでしょうね? 流石に鮭はもう飽きたわよ?」
「HAHAHA!」
「笑ってごまかすな! 嫌だからね! また鮭出したらちょん切るからね!?」
鍋は蓋を取ってのお楽しみ。
何の鍋なのか敢えて言わないのも乙というものである。
コントのような会話をしながら食卓へ歩み、すでに用意してあった鍋の蓋を取る。
もわ、とあたたかな湯気と共に視界に入るのは――白菜の白。
「はく、さい……? はくさい!?」
「白菜だぞ」
「白菜しかないじゃない!? 何これ!? 鮭より酷くない!?」
「まあそう言うな。一見白菜しか見えないが――」
恨みがましそうに「葉っぱしかないじゃない」と俺の睨んでくるメリーさんはとても可愛いが、そのまま睨まれててもアレなので種明かしをする。
そう、驚きは二重のほうが楽しい。
白菜で驚かせ、その白菜をずらしてみれば――
「肉っ!? あっ、肉が入ってるのこれ!? 白菜に挟んである!?」
「ミルフィーユ鍋だぞぉ。白湯出汁で煮込んでるんだ」
「えっ、ミルフィーユ? ミルフィーユって……ほら、あの、甘い奴よね!?」
「まあミルフィーユっていうと甘い奴だよな。女の子が好きな奴」
「女の子だから好きって訳でも……でも、そっか、そういう感じだからミルフィーユ鍋なのね。白菜と、お肉で」
「そゆこと」
説明するまでもなく納得してくれるのでありがたい。
メリーさんは怪奇現象のくせして意外といろんなことを知ってるのでちょっと何か伝えればある程度までは把握してくれるから話していても楽しい。
こう、わずらわしさがないのだ。いい感じに精神年齢も近い気がする。
「白いスープって豚骨ラーメン思い出すんだけど……パイタンって美味しいの?」
「鶏がら系だから肉には合うぜ。豚骨スープと違ってかなりさっぱりしてる塩系のスープだ」
「へえ……あ、おいし……」
「美味い?」
「……うん」
ツンデレな少女人形も素直にさせる美味さらしい。
よきかなよきかな。
おかげで箸も進むし話題も進む。
「そういえば最近、毎日のように貴方とご飯食べてるけどさ」
「そだなー、おかげで毎日楽しいぜ」
「貴方って、家族とか居ないの?」
「居ないぜ。もう10年くらい独りぼっちだ」
「……貴方今いくつよ」
「22歳」
「……そう」
最後の「そう」はちょっと重苦しそうな感じだったが。
すぐに「変な事聞いたわね」と作り笑顔でごまかしてくれたのはちょっと嬉しかったぞ俺。
「まあ、家族については別に気にしてないんだが」
「いいわよ別に無理に話し続けなくても」
「独りぼっちなのが寂しいのは本当でな」
「だから続けなくても――」
「なので最近一人寝が寂しいので一緒に寝てください!!」
「変な話振ったのはわるかっ――はぁ!?」
よし不意打ち成功だ。
鳩が豆鉄砲の連射喰らったような顔をしている。
「あ……冗談?」
「いや本気だが」
「寝てくださいって、貴方やっぱり変態じゃないの! 何考えてるの! 本気でそんなこと言いだすとか信じられない!!」
「まあまあそう言わず」
「貴方正気!? 私人形なのよ!?」
「むしろ人形だからこそなんだが」
人形とは何の為に在るのか。
多くの場合、子供たちが一人寝や一人遊びを寂しがらない為の、子供たちの友達であることを期待されて購入されたり作られたりするわけで。
「俺は、ほら、でかい子供だから!」
「変態の次は子供かっ!? 信じないからねっ!? そんなこと言ってその……私にやらしいことするつもりなんでしょ!?」
「しないよ? イエスドールズノータッチよ?」
「何その如何わしいフレーズ!?」
如何わしいのは否定しきれないが俺に如何わしい気持ちがないのも間違いないのだが。
信じてもらえないのはつらい。
「そうか……ダメか……」
「普通に考えなさいよ。全く。何を言い出すかと思ったわ、ほんと、信じられない」
「ダメか……」
「当たり前じゃない。私を何だと思ってるのよ。確かに私を見かけた貴方くらいの男が、『美少女人形萌え~』とか言いながら襲い掛かってきたこともあったけど……貴方はそういうのじゃないと思――」
「……」
「……」
ダメもとではあったが、やはりだめだったか。
俺という奴は夜が本当に苦手で、独りぼっちでいるのがダメなのだが。
確かに今の時代ネットやスマホがあるから紛らわすことはできるんだが、寝る時ばかりはそうもいかなくて。
こう、不安になったまま目をつむっていた子供の頃を思い出してしまうのだ。
「貴方は」
「……?」
「本当に、えっちなこととかしない?」
「しないしない」
割と本気でへこんでいたからか。
メリーさんの方もそれ以上ぼろくそに言う気もなくなったのか、ちょっとだけ寄り添ってくれる。
ありがたい。
メリーさん超いい女だった。
「男のそういうのは信用ならないと思うんだけど」
「じゃあ俺は男だと思わなくていいぜ? 今だけ少年に戻る」
「貴方のそういうところ一番信用ならない!」
「はははっ、じゃあ、まあ、とにかく飯食おうぜ。片づけちまわないと」
「ほんと……ちょっとでもえっちなことしたら、ちょんぎってやるんだから……はむっ」
ちょんぎられたくないので何が何でも少年の心を維持しようと誓った。
「ぐごぉ……ぐ……ぐが……」
(……ほんとに何もされなかったけど。ただ横に寝てるだけだけど)
「ずご……ふごっ、ぐ、ふ、ふ……ふふっ」
(それにしても大きないびきねえ。おかげで眠れやしない)
「はは……ああ、いい、なあ……」
(どんな夢見てるんだか……子供みたいな顔しちゃってまあ)
(でも……人形としてちょっとだけ満たされた気がするわね)