#2.チャーハンについて語れる俺
※主な登場人物
俺:主人公。大学四年の一人暮らし歴10年のベテランぼっち。鮭は塩焼き派。
メリーさん:本作のヒロイン。怪奇現象歴30年の伝説的ぼっち。鮭は粕漬け派。
《ピンポーン》
『もしもし私メリーさん』
「OKようこそメリーさん!」
『わた』
「さあ飯の準備はできてるぜカモかもーん!!」
『……うん』
今日も今日とてメリーさんがやってきた。
なんだかんだもう一週間くらい毎日来てくれてるのでありがたい。
今回は電話越しではなくインターホン越し。
より気軽にきてくれた感がある。
俺も来そうな気がしたので既に風呂に入って髭も剃った後だ。
「……なんか小奇麗になってる」
「まあ、来ると思えばな」
「何よ、今日こそは殺されると思って身支度を整えたっての?」
「家に人を招くのに汚い格好なのは恥ずかしいだろ?」
「客ぅ!?」
メリーさん的には納得いかないらしいが俺にとってはメリーさんは大事なお客さんだ。
何せ俺の家に遊びに来てくれたのなんて幼馴染の加奈子くらいしかいなかったのだ。
その加奈子も今ではめっきり寄り付かない。
俺はさみしいのだ。独りぼっちは身に堪える。
だから千客万来である。たとえそれが世間を騒がせる怪奇現象の類であろうと。
「貴方って変なところ割り切ってるというか、すごく変な人よね」
「メリーさんそれは傷つく」
「えっ、傷つくの?」
「それはそうだ、俺だって人の子だ。変な子呼ばわりは傷つくぜ」
確かに人からは距離を置かれがちだが。
確かにちょっと変人かもって思う事もあるが。
俺はただ、そう、人とちょっと違う感性をお持ちなだけなのだから。
「だから、変態と呼べ!」
「そっちはアリなの!? 普通逆じゃない!?」
「いやいや、変態呼ばわりのほうがギャグっぽいじゃん。ネタキャラっぽいじゃん」
「変態もたいがいだと思うけど……」
「まあまあそういわず、呼んでみ?」
「えー……」
すごく嫌そうな顔をされる。
俺としては変人より変態のほうが本気度が低く感じるから良いと思うのだが。
むしろ気軽に「この変態♪」くらいに呼んでくれれば「変態でーす!」と元気よく笑って返せるのだが。
「まあ、貴方がそれでいいなら別に……」
「ばっちこいや!」
「この……変態!!」
「……あ、あ……っ」
渾身の変態だった。
というか「変態」っていうか「HENTAI」って言われてるみたいな。
ギャグというか全力で蔑むような、そんな嫌悪感丸出しのイントネーションだったというか。
「……死のう」
「えっ!? ちょっ、そんなことで死なないでよ!? ダメだったの? 言い方悪かった!?」
「違うんだ……俺は別に蔑まれたいわけじゃなくて……」
「えっ違ったの!? ていうかどういう意味の変態なの?」
「いやその……なんか、ごめんなさい。もういいです」
可愛らしい少女人形に嫌悪感丸出しで変態呼ばわりは、確かに人によっては嬉しいのかもしれないが。
俺は特にそういうのは望んでないというか、喜べないなあ、と、噛みしめながら目を閉じた。
「寝ないでよ! ご飯作ってあるんじゃないの!?」
「おっといけねえそうだった。さあ気を取り直して飯にしようぜ!!」
アホなことをやっている場合ではない。
楽しい夕餉の時間はもうすぐそこまできているのだ。
「さあさあメリーさん、今日の飯は鮭チャーハンだぜ」
「なんて?」
「今日の飯は鮭チャーハンだぜ」
「鮭……チャー、ハン?」
「鮭チャーハンだぜ」
信じられないものを見るかのように目を見開くメリーさん。
何だろうか。中華料理はダメな人だったんだろうか。
確かに人によっては「俺中華料理アレルギーなんで!」っていう方もいらっしゃるかもしれないが。
まさか? いや、偏見はいけない。メリーさんももしかしたらなにがしかそういう信条をお持ちの方かもしれないのだから。
「メリーさん菜食主義者だったか? なら今からでもカレーチャーハンに――」
「いやちがっ――カレーチャーハンって何!? さっきから普通に生きてたらあまり聞かないようなチャーハンの亜種が生まれてるんだけど!?」
「え? カレーチャーハンはカレー粉を入れたチャーハンで――」
「それ! ドライカレーでしょ?」
何を言い出すかと思えば全く。
ドライカレーとカレーチャーハンを一緒にするなんて。
「本物を食べたことがないんだな……」
「何哀れみの目で見てるのよ!? やめてよ!? なんか私が食生活貧しいみたいじゃない!」
「まあ実のところそんなに違いはないんだが」
「何よ!? さっきの前振りなんなの!? 違ってないなら私間違ってないじゃない! 謝って! ちょっと反省しかけた私に謝って!?」
ちょっと涙目になってるメリーさん可愛い。
「何癒されてるのよ! ばっさり行くわよ!?」
「ばっさり行かれても困るけど細かいうんちく聞きたい?」
「えっ?」
「ドライカレーとカレーチャーハンの細かい違い、聞きたいか?」
「……いや、別に」
「だよなあ?」
メリーさんは別に俺のうんちくを聞きに来ているわけじゃないはずだ。
目的は……まあ俺とご飯を食べてくれるために来てるんだろうが、こんなところで俺のうんちくを聞くつもりはさらさらないのだろう。
「冷凍食品メーカーの売るドライカレーと実際のドライカレーは実は完全に違っていて多分メリーさんの言っていたのは前者の方で……なんて話持ち出されて飯が冷めるのは避けたいよな?」
「それでご飯冷めるとか最悪じゃない?」
「俺もそう思う。だからこの話は終わりなんだ」
本気でうんちくを語ろうとするならそれこそ一時間二時間ドライカレーとチャーハンの違いやドライカレーの歴史やカレーピラフとの違いなども話せるがそんなことしても何の得にもならない。
今重要なのはそう、鮭チャーハンを食べるという事なのだから。
「じゃ、鮭チャーハンを食べよう」
「……うわ、ほんとに鮭が入ってる。えっ、なんで?」
「なんでって。これが美味いんだよ」
「鮭って言ってもいいとこフレークとかだと思ったのに、切り身をカットしたのとか想像だにしてないわよ」
「これがいいんだよ。切り身の塩辛いの使うといい感じの塩分になるのだ」
確かに、切り身の鮭を使う鮭チャーハンは人に出すと驚かれる一品ではあるが。
味は文句なしにうまいから問題ないはずである。
「ていうか骨がついてるんですけど?」
「生の切り身そのままぶつ切りにしただけだからな。そりゃ骨も入るぜ」
「わーワイルドな料理ねー」
「鮭は骨が硬めだから歯茎とかに突き刺さらないように気をつけてな」
二人分の山盛り鮭チャーハン。
更にお吸い物も添えてバランスもいい。
「このチャーハン……キノコが入ってる」
「椎茸は鮭に合うんだ」
「奇妙な組み合わせねえ……」
「味は?」
「う……悪く、ないけど」
「ならよし」
もきゅもきゅと若干悔しそうに食べてくれるメリーさん。
ああ、これだけで奮発して用意した価値があったというものである。
「実はな」
「うん?」
「今日近くの市場に行ったんだよ。魚市場」
「うん……魚市場?」
「そしたら、いい感じに鮭が売っててさ」
「……うん? 切り身、よね?」
「いんや一匹丸々」
「買い過ぎよ!? 一人暮らしでしょ!?」
「いやあ保存食にいいかなあって」
おかげで冷凍庫はタッパですし詰め状態である。
「なのでしばらく鮭フルコースが楽しめるぜ! 鮭ルイベもあるぜ!」
「それ絶対お腹壊す奴よね!? 知ってるのよ! 一般家庭でやったらダメな奴!」
「大丈夫大丈夫、打率二割くらいだから」
「何の打率!? それは高いの低いの!?」
「まあまあ物は試しって奴だ」
「試すなら一人で試しなさいよ! 私絶対試さないからね!!」
その後二人で腹痛に苦しんだ。