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「こーら、お嬢様!またカーテンを開けっ放しにして!」
「……ふぁっ!!?アイシャ!?」
「はい、アイシャですよ。おはようございます」
「おはよお…」
アイシャとの感動の再会を果たしてからすでに1週間が経つ。
あの日はお互いに話したい事が多すぎて、明け方まで語り合っていた。
彼女はラサーニュ家を解雇され追いやられた先の土地で、家族で大衆食堂を営んでいたらしい。
それが今回バティストに声を掛けられ…二つ返事で食堂を畳んで来てくれたとか。感謝しか無い。
こうして旦那さんことラッセルは料理人、アイシャはメイド長になったのだ!アイシャは厨房にも入るが…2人共「貴族向けのお料理は苦手…」ですって。
僕ら別に豪華な食事とか要らんけど。お客様が来た時とか、必要なんだよねえ。
なのでお父様が「料理人1人くれ」と陛下に言った。
そしたら希望者が殺到して…厳選の結果、ロイという男性が料理長に就任したぞ。
彼はお父様の皇子時代見習いをしていたらしい。今は皇宮でも副料理長を務めていた、結構熟練の料理人なのだ!
2人は中々上手くやっているようだ。今日の朝食も期待しています!
しかし…僕は元々早起きで、夜明けには自然と目が覚めてたんだけど。最近緩んじゃって、起きれないんだよねえ。
支度を終え、ふぁ〜っと欠伸をしながら廊下を歩く。
「お嬢様、おはようございます!」
「おはよ、モニク」
そしてアイシャの娘、僕と同い年のモニク!田舎の女の子といった感じの、元気いっぱいで素朴な少女。彼女はメイドとして働いている。
最初こそはぎこちなかったが、今では僕とロッティと仲良しさ。
メイドとしてはまだまだまだなので、日々仕事を覚えようと頑張っているぞ。今は洗濯中かな?
当然このお屋敷に勤める人は、僕が女だと知る事になる。いやあ、気楽だわあ!
「ぎー」
「お、シグニおはよう」
こちらは番犬ならぬ番猫シグニ!!今日も屋敷の警備は任せたぞ!
「ぎ!!」
お父様は…
「メイドがもう1人欲しいな。そうすりゃシャーリィとロッティそれぞれ専属に出来るし。後はシャーリィ付きの侍従かな。
あー…庭師もか。それとタウンハウスの管理に…2人。必要な人材は残り5人か。バティスト、ピックアップしといてくれ」
…と言っていたな。
もう来週から新学期が始まる。その前に体制が整うといいんだけど。
「へ、騎士団?」
「ああ。公爵家の騎士団を設立するよう言われてな…面倒くせ。
まあ領地で魔物が出た時とかすぐ対応出来るし…必要っちゃ必要だ」
お父様が朝食の席でそう言った。彼は元伯爵の尻拭いもあり、執務でクソ忙しかろうに…必ず家族の時間を作ってくれるのだ。嬉しみ。
しかし騎士団か。漫画みたーい!って漫画だった…。
最近ここが漫画の世界だって忘れるんだよなー…。ストーリーが変わりまくってるせいもあるけど、この世界は僕にとっては紛うことなき現実だし。
紙とインクの中じゃない、人々の営みが確かにある世界。今はもうここを、漫画の世界とは思えないんだよなー…。
「で、隊舎も造んねえと…仕事増やしやがってあのクソ兄貴…!」
「仕方ないわよお父様。でもどこに建てるの?裏手?」
「そうなるな。隊舎と鍛錬場にできるだろう」
裏手かー。貴族の屋敷ってのは、大体周囲は拓けてるもんだ。柵なんかで隔たれてはいるけど。
ここも例外ではなく、一応土地はあるんだよね。
「で、ラウルスペード騎士団になる訳だ。
俺が団長で…業務は副団長に任せたいからな…腕だけでなく書類仕事も得意な奴がいい。
今すぐじゃないが、いずれ整う。そしたらお前ら、1人ずつ専属の騎士を選べ」
「へ。僕には必要無いでしょ?護衛は有り余ってるよ?」
「お前一応公爵令嬢、いや令息なんだぞ。とにかく必要なの。
俺だって昔は3人もいたんだから」
はー。貴族って本当面倒くさいね。
※※※
「旦那様…少々よろしいですか?」
「バジル?どうした?」
お昼過ぎ、僕とロッティはお父様の仕事を手伝っていた。出来る事は少ないけどね。
そうしたらバジルがやって来たぞ。今は屋敷の業務の時間じゃ?
「その、使用人の件ですが…以前からグラスが希望しているんです」
「へ。それはつまり…僕の侍従?それとも庭師?」
「恐らく侍従かと。如何なさいますか?」
「グラス?……ああ、あの子供か。ふむ…バティスト、どう思う?」
「あの褐色の少年でしょ?あたしは賛成だよー」
え、即答?
バティストはこのメンバーしかいない場所では、このオフモードになる。
いつもの調子のまま、書類から目を離さず手も休めず理由を語ってくれた。
「いやあ、あたしも気になってたんだわ。あの子、ただモンじゃねーっつーか?
度胸あるし…あと品格が備わってんだわ、根っこにな。きっちり教育すりゃあ多分、皇宮でも侍従務まるくらい成長すんぜ」
「マジか。じゃあ賭けてみるか。バジル、そいつを連れて来てくれるか?」
「はい」
グラスか。最近忙しくて…教会行けてないなあ。彼の漢語教室も暫くやってないし…。
これからここで暮らすなら、折角木刀いっぱいあるし一緒に特訓出来るかな?
彼は刀と袴似合うと思うんだよね!!僕の袴じゃサイズ合わないけど…いつか着せてみたい!
次の日、早速グラスはやって来た。普段無表情だけど、僕と目が合うとふっと笑ってくれるのだ。
彼はそれなりに顔立ちが整っているので…少しだけ、ドキッとしてしまう。
………そういえば以前クロノス様が…彼が僕の運命とか言ってたな?
僕にその気は無いけども。あの笑顔を見るに…ある程度の好意は抱かれている気がする。…気にしないでいこう!
バジルにお願いし、彼に侍従の制服を着せる。おお、似合う!ベストが格好いいね。
「お嬢様、おれもこの屋敷で働けるんだな?何をすればいい」
「まずお父様、公爵に挨拶!君の雇い主になるんだからね。
それと君の上司になるバティストにも。彼から色々教わるんだよ!」
「わかった」
「グラス、返事は「はい」だ。公爵家の侍従という自覚を持つんだ。
僕のような同僚相手はともかく、公爵家の方々と上司には敬語。いずれ敬語にも使い分けが必要になる、いいな?」
「ん…わかった」
まあ公爵家の使用人ってのは…良家出身ってのも多いからね。
でも今んとこバティストとロイ(男爵家出身)以外は平民だし。頑張れ!
「おう…じゃなくて、はい」
お父様の執務室まで一緒に行き、グラスは教えた通りに挨拶をした。
「おれは…グラスです。本日より、お世話になります」
「おう。俺は当主のオーバン・ラウルスペードだ。こっちがお前の上司」
「私は家令のジャン=バティスト・ファロだ。君はまず言葉使いからだな。
読み書きは出来るか?」
「少しは」
「ふむ…バジル。君に教育係を任せたい、いいか?」
「はい、お受けします」
グラスは言葉使いやマナーが備わるまでは、お客様の前には出せない。
それまで…掃除なんかの業務はアイシャに教わり、マナー等はバジルから学ぶ事になったのだ!
「ところで…グラス、お前年齢は?自称15歳と聞いていたが…」
お父様の問いに彼は少し考え込んだ。そして…
「誕生日知らないし…今日から俺は16歳ということで」
「適当だなおい…まあいいか…」
そして彼のファミリーネームを決める。戸籍を買うためにね。
まずは公爵家で買って、教会の子供達と同じように、彼は金貨20枚分を月々のお給料から払うのだ。
教会の子供達は皆サントシャペルを名乗るのだが…グラスはじーっと僕のほうを見た。
「…お嬢様が決めてくれ」
「へ。えー…グラス…グラス…オリエント?」
「じゃあそれで」
「「いいんかい!!」」
お父様とハモった。オリエントって、まんま東方ですが!?日本人っぽいグラスからパッと連想しただけなんだけど!
だがまあ…本人がにこやかだし、いいのか?
「ところでお父様、僕の名前は?」
「………もう少し、待って…」
……よろしくね。
「旦那様、お嬢様、ジャンさん、アイシャさん、ロイさん、ラッセルさん、モニク…か。メモ…」
いずれグラスは、バジルのようにシュッとサッとした執事になりたいと言っていた。
イマイチ伝わらなかったが、熱意は伝わった!
僕らの学校が始まったら、彼は一緒にタウンハウスまで来たいらしい。
しかし、バジルも昼間いないから彼の教育が進まなくなってしまう。
なので基礎が身につくまでは本邸でバティストに教わるのだ。グラスは不満そうに眉間に皺を寄せていたが、我儘は言わず気合を入れていた。
「あれ、セレスタンお嬢様と一緒にいたいんでしょうよ。可愛いねー、モテるねー!」
「んん"っ…!いや、そうと決まったワケじゃ…」
「残念ながら確定よお姉様」
「おおう…」
夕食後、まったりお茶会だ。バジルとグラスは仕事中。
明後日から新学期なので、明日には首都に向かう。ちょっと寂しいが…ロッティとバジルと一緒だから楽しいだろうな。
タウンハウスの管理人には、隠居したという老夫婦が手を挙げてくれたらしい。
僕らが学園を卒業するまでの間、働いてもらうのだ。
「グラスか…なあシャーリィ、お前ブラジリエの事はどう思ってるんだ…?」
「…お父様も知ってたの?」
「おう…」
ジスラン分かりやすすぎない?僕が鈍すぎるのか?
僕は紅茶を一口飲み…お父様のほうを見ずに答えた。
「ジスランは…うん、友人だよ」
「そうか…」
お父様はそれ以上は何も聞いてこなかった。
その後も雑談をしつつ、そろそろ部屋に戻ろうと思っていたら。
「あ…と、シャーリィ。遅くなったが…お前の名前を、考えてみた」
「おお…!どんな!?」
「あまり期待しないでくれえ…」
お父様は忙しい合間を縫って、ずっと僕の名前を考えてくれていたのだ。
僕はワクワクで言葉を待つ。ロッティも目を輝かせているぞ。
お父様は咳払いし、僕の目を見た。
「シャルティエラ。シャルティエラ・ラウルスペードだ。愛称がシャーリィってのはかなり無理矢理だが…どう、だ?」
「シャルティエラ…うん!気に入った!」
「そうか…よかった」
僕は満面の笑みで返事をした。お父様は僕の様子にほっと胸を撫で下ろし、バティストも微笑んでいる。
ロッティも「シャルティエラお姉様ね!」と喜んでくれている。
世間的にはセレスタンのままだが…これが僕の、女性としての名前になる!
セレスタン・ラサーニュ改めシャルティエラ・ラウルスペード。
いつか堂々と、この名前を名乗れる日まで。頑張ろうと心に誓うのであった。
元の名前の面影消し飛んだけど、セレス改めシャーリィをよろしくお願いします。




