sideオーバン
話は遡り、セレスタン達が司法省に訪れた日のこと。
「願いの前にまず、爵位の話からしたい。
あんたは俺が皇室を抜けるっつった際、ラウルスペード公爵となるよう言っていたよな」
「そうだ。それは私だけでなく、父上と母上の願いでもある。
だがお前は奥方…イェシカ殿は根っからの平民だから、とても公爵夫人は務まらないと…保留にしたな」
そうだ。…ただでさえ身体の弱いイェシカに、重荷を背負わせたくなかった。
俺が初めてイェシカ・ゲルシェと出会ったのは…まだ学生の頃、4年生だったか。
俺は第二皇子として生まれ育ったが…どうしても、周囲の態度が気に入らなかった。皇子という立場に生まれた以上仕方のない事だと理解しているのだが…。
廊下を歩けば使用人も貴族も道を開け、頭を下げる。俺が言えば黒も白くなる。そういった全てが…疎ましかった。
俺はそれほどの人物なのか?学業や魔術、剣術、芸術…あらゆる面において俺は、一応平均以上の成績を収めてはいるが。
どうしても…他人に敬われる生活が嫌だった…。
そんな中、一度だけ皇太子である兄に聞いてみた事がある。
『兄貴…あんたはいずれ皇帝になる。その事や今の生活に…不満はねえのか?』
『不満?…特に考えた事無いな』
兄…ローラン・グランツはあっさりとそう言い放った。膝の上にポチを乗せ、頭をわしゃわしゃしながら「なんで?」とすら言いやがったのだ…。
ポチはそんな兄の膝から逃れ、俺のとこに来た。
『…皇帝って、重責じゃねえか?俺はな…今の扱いでさえ重いんだ。
かと言って「もっとフランクに接して欲しい」と思っても…「皇族として、誰に対してもそのような事を許してはいけません!」なんて家庭教師に怒られて。
でも俺…そんなご立派な人間じゃねえよ…』
俺はポチの腹を撫でながら言った。
そんな風に考えていたら俺は…なんかもう、疲れた。人と関わるのが面倒になってきたんだ。
子供の頃からずっとそう考えていたせいか、いつの間にか俺は家族以外の人間を遠ざけるようになった…。
兄貴には「お前って0か100しか無いの?真面目な面倒くさがりなんだな」と言われた。
『んー…まあ重責なのは確かだな。私達は国の象徴としてあり続ける必要もあるし…。
将来は、私がよほど人格等に問題がなければ自動的に皇帝になるんだよなあ。そこを辛く感じた事はある。
私より優れた人間なんざいくらでもいる。だが…王の在り方も人それぞれだ。
私は民の生活を見て言葉に耳を傾けて、よりよい生活にしたい…そういう皇帝で在りたい。
それに優秀な部下さえ揃っていれば、国は回るものさ。ただし私は玉座にふんぞり返っていればいいって話でも無いがな。
まあ確かにお前には…今の生活は向かないのかもしれない。
というかな、「そういうものだ」と割り切るしかない。私達は皇族という…他者から一線を引かれ、無条件で敬われる存在だと。
ま、お前が今の暮らしを窮屈に思うなら。他の道を行けばいいさ。
国は私に任せとけ。皇族のまま生きるもよし。臣籍降下するもよし。…どっちにしても皇弟という身分からは逃れられないがな』
兄はそう言って笑った。
『それよりもっと友人を作れ、と言いたいところだが。
お前には1人、いるじゃないか。気の置けない友人が。きっと彼は、お前の力になってくれるさ』
そう。幼馴染でもある友人、ジャン=バティスト・ファルギエールは、俺が唯一家族以外で心を開ける相手だ。
奴はファルギエール辺境伯の次男であり、奔放な自由人。
初めて会った時は…「おお、あんたが皇子さまか!よろ!」とか言ってニコニコで手を出して来た。
その時俺らは6歳。バリバリ人見知り発動中だった俺は…戸惑いながらも、無言でゆっくりと右手を出した。
奴はそんな俺の手をガシッと掴み、上下にブンブン振り回した。
そして俺を強引に連れ回し…「これうまいんだわー」「なあなあ、木のぼりしたことある?」「そのはっぱ、どくあるぞ。食うなよ?」と…色々な世界を俺に教えてくれた。食わねえよ、ボケ。
まあ父親である辺境伯は…いつもめっちゃ怒って奴を追っかけ回してたな…。
『お前はまた皇子殿下に変な事をーーー!!!』
『なんだよ!父上が母上とけっこんするまえに、5人くらいのれいじょうにフラれた話をしただけだぞ!』
『なんで知ってるんだお前は!!!誰に聞いた、コラーーー!!!』
『とあるすじからのじょーほーさ!!おしえらんねえなー!!』
と…。お決まりのその光景に、俺の両親も兄も、バティストの兄と母もいつも笑っていた。俺も、笑っていたのだった。
そんな男との縁は、アカデミーに入学してからも続く。
「なーなー。オメー、あたし以外にも友達作れよー」
「あ?…めんどいから、いい」
「はーーーっ!ったく…まあいいや」
いいのか…。
「それよりよお、最近首都に出来た香水の専門店。そこの店番の子がちょー可愛いんだわ!
行こうぜ行こうぜ、会いに行ってみようぜ!」
「えー…?」
こいつは女好きというか…色んな女性にちょっかい出しまくっている。
それでも決定的に手を出す事はせず、やたらと女友達がいる状態だ。
「女を敵に回すとこえーぞ!」とは本人の談。
そしてこんな風に、「可愛い子見に行こう!」と言うのも日常茶飯事。
色んな令嬢や平民の女性の元に足を運んでは、「可愛いけどタイプじゃねーや」と言いやがる。
ただしコイツは誰に対しても可愛いと言うので…筋肉逞しい女性に「ちょー可愛いー!!」と言っていた時はビビった。
後になって知った事だが…これは、俺に彼女を作ってもらおうと行っていたらしい。
俺の好みが分からないから、様々なタイプの女性に片っ端から会わせていたらしい。
だからと言って…熟女と幼女は除外して欲しかったかなー…。
確かにそのお陰で、俺はイェシカと出会えたのだが…。
結局私服に着替え、お忍びで街までやって来た。俺は一体何してんだ…?
「ここか?流石に男2人じゃ入りづれえ…」
「はー?男だって香水くらい付けるっつーの。
で…どうどう、どう思う?」
「どうってお前…」
バティストに連れられ、店の外から中の様子を見る。
んん…?あの、カウンターにいる女性か?俺らより少し年上かな。確かに可愛らしいが…彼女よりも美しいご令嬢達なら、いくらでも見てきた。
騒ぐほどでもないが…。
「……ああ、可愛いんじゃないか?」
「!!?(これは、アタリか!?今まで「いーんじゃねえの?」しか言わなかった男が…!!)
よっしゃ会いに行こう今すぐ行くぜー!!」
「はあ!?ちょ、おい!!」
俺の言葉など一切合切無視して腕を引っ張り、店の中に入ってしまった…!
「いらっしゃいませ」
「…………」
「わー、おねーさん声可愛いねー!」
「まあ…ふふ、ありがとうございます」
バティストの言葉に頬を染め微笑む彼女は、確かに可愛らしかった。
それに、その鈴を転がすような声が…心地よいと思った。
いや。そんな姿も演技かもしれないし…うん。
「贈り物ですか?」
「そーそー。あたしの彼女に贈りたくってー。でもこーいうの詳しくないんだわ、教えてくんねー?」
「はい、喜んで。例えば…」
バティストに対する姿を…なんとなく目で追ってしまう。店番を任されるだけあって、所作はそれなりだ。
「そうですね…若い女性でしたら、こちらなど如何でしょう?
香りはもちろん、瓶も可愛いと評判なんですよ」
「おっ、可愛いねー!色違い無いの?」
そして香水の知識も豊富で、特に興味の無い俺も聞き入ってしまったほど。
「……ほー!じゃコレちょーだい」
「ありがとうございます」
どうやら買い物は終わったらしい。結局この2人が香水トークで盛り上がっている所を見ていただけだった…というか、俺は店に入ってから一言も発していない…。
商品をラッピングしている間も、バティストは彼女に声を掛ける。
「ねえねえ!お姉さん名前教えてよ〜。
あたしはジェイド・ファロだよ。こっちの静かなのはアウル・スラント。
普段は無口じゃねーんだけど、可愛い子の前だと上がっちゃって声出せね〜の!」
「違うわっっっ!!!?…あ、いや…えっと」
ジェイドとアウルというのは、お忍び中の俺達の偽名だ。
彼女は俺達のアホなやり取りも…笑顔で見ていた。
「ふふ、ファロ様にスラント様ですね。
わたしはイェシカ・ゲルシェと申します」
イェシカ…か。
「イェシカちゃんね!そんな様付けなんてやめてさ〜名前で呼んでほしーな!」
「えっと、では…ジェイドさんと、アウルさん?」
「おっけい!!」
…アウルさんか…。
この日バティストは「また来るねー!」と言って店を後にした。
そして…次の日早速俺を連れ突撃したのだった…。
「イェシカちゃん昨日ぶり!
今日はさー、アウルに付ける香水いいの無い?こいつさあ、男が香水付けてどうすんだって言うんだよー!」
「んな事言ってない!!」
「まーまー!んでさ、イェシカちゃんだったらどういうの彼氏に付けて欲しいと思う〜?」
俺はバティストの背中を思いっきしつねってやった。
イェシカは、奴のアホな質問にも真面目に答えてくれる。
「うーん…そもそも香水は種類によって持続時間も変わりますが…普段はお付けにならないのですよね?」
「…ああ」
「でしたらこちらのオーデコロンがお勧めです。
香りはシトラス系が定番、ハズレ無しと言えます。私でしたら…フゼア系の香りが好きです。
ですがこちらは大人の男性向けですし…やはりシトラス系にしてみてはいかがですか?」
「うーん!どうする?」
「え、俺?」
「おめーの買いに来たんだろーが!!」
そう言われても…分からん。なので勧められるがままに、シトラス系というやつを買った。使う予定は無いが…。
「今度からイェシカちゃんに会う時は、ぜってー付けろよー?」
「……お前は、彼女の事が気に入ったんじゃないのか?」
「もち!可愛いーし!でもあたしのタイプじゃねーんだわ…いってぇ!!」
俺は無言で奴の頭を叩いた。
これが、俺達の出会い。
それからも俺達は…度々店に足を運んだ。
まあ大体喋っているのは2人で、俺は相槌程度だが…それでも、楽しい時間だった。
そんなある日、バティストがイェシカをお茶に誘った。もちろん俺も一緒にと…彼女は迷ったが、受けてくれた。
「……何着て行こう…」
「…お前、服屋でも開くの?」
「だあぁ!?あ、兄貴!ノックくらいしろボケっ!!」
「したわボケ。叩きすぎて私の手は真っ赤だわアホ」
その日の夜。俺はクローゼットを漁り…来て行く服で迷っていた。
お茶と言っても貴族のお茶会ではなく、カフェに行くだけ。
平民っぽくて…でも小綺麗で…堅苦しくなくて…お洒落?分からん!!!
と、持ってる服を床やらベッドの上に並べていたら…兄貴が部屋に入ってきた。そして赤くなった手を見せつけてくるが…全然気付かなかった…。
「で、どこに行く服だ?」
「……別に。カフェ行くだけ…」
「ふむ…黒はいいな。困った時は取り敢えず黒着てろ。でも明るい色も少し入れろよ。まあ…白でいいか。
シャツは白で、うーん…このグレーの七分袖ジャケットとか?」
と、兄貴はホイホイ決めて行く。それでいいのか俺…。
結局兄貴に全身コーディネートされ、次の日俺は待ち合わせ場所に向かう。もちろん、香水も付けた。
まだ2人は来てないか…少し早く来すぎたかな。と思っていたら、イェシカが現れた。
「あら?アウルさん早いですね。お待たせしてしまいましたか?」
「あ、いや…俺も今来たところで…」
「そうですか、良かった」
そこで会話は終了してしまった。
……お願いバティスト早く来て。
「香水…付けてくださっているんですね」
「あ、ああ…ジェイドがうるさいから」
余計な事言ったな俺…!まるで嫌々付けてるみたいじゃないか!!!
だが彼女は気を悪くした風でも無く、「本当に仲良しなんですね」と笑った。つられて俺も笑った。
そこにバティストが「わっりー!遅れたー!」と走って来た。
だが合流した途端…奴の頭上に紙が落ちてきた?手紙か…なんだ一体?
「んあ?なんだコレ。
………大変だアウル!父さんがスーツに革靴で雪山登山を決行し遭難し眼鏡のレンズだけ発見されたらしい!!
あたしは残る眼鏡のパーツを探しに行ってくる、カフェは2人で楽しんできてくれ!!!!」
「はああぁ!?お前それ先に父上探してやれ…っていねえ!!?」
俺の返事を待つ事もなく、奴の姿は消えていた…。
あの野郎…ここまでくれば俺にも分かる、あいつは俺達をくっ付けようとしていると…!!
だが…分かってるのかあいつは?俺は皇族で、彼女は平民だ。仲良くなれたとしても…結ばれるはずが無い…。
俺がそう考えていたら…イェシカが蹲っているのに気付いた。
どこか具合が悪いのか!?そう不安になった俺は、彼女の背中をさすった。
「イェシカ、どうした!?具合でも…!」
「……ん、んぶっふ…!!」
「………ん?」
どうにも…様子がおかしい。
「は、あは、あっはははははは!!!ちょ、ジェイドさっ、あはははは!!!?」
俺はぽかんとしてしまった。彼女はいつも笑う時は、控えめにお淑やかに「ふふ」と微笑むのだが。
今の彼女は地に膝を突き腹を抱え超笑っている。周囲の視線も憚らず、ここが室内だったら笑い転げているに違いない。
「ひっひぃ〜…んふふふ…!!なんっで、バレバレの、ふふふふ…!!
しかも、アウルさんっもっ、ジェイドさんのお父様を、「本体」呼びって…!!
あーっはっはっはっはっ!!!!」
………………俺は一体どうすればいいんだろう。
とりあえず……笑いの収まらないイェシカを引き摺って、目的地のカフェに向かうのであった。
「お恥ずかしい所をお見せしました…」
「………いや、意外な一面だったが」
「わたしは…ツボにハマるとああなってしまうのです…」
その後正気に戻ったイェシカは、顔を真っ赤にして謝罪してきた。
だが俺は全く気にしてないし…面白いもん見れた、くらいにしか考えていない。
その後はポツポツと会話をする。そして気付いたが…彼女もあまり口数が多いほうでは無いらしい。
よく考えたらいつも喋ってるのはバティストばかりだったな。とはいえ…俺との会話がつまらなくて静かなのかもしれんが…!!
それでも俺は。話題が途切れた時の沈黙も、苦では無かった。彼女がどう考えているかは分からないが…。
結構な時間が経っていたので、店を出る事に。金額を確認し、財布を開いたら…何か紙が入ってる?俺入れた記憶な………………
『女性に支払いをさせるな!デート中は全てお前が支払え!!
カフェだけで終わらせるな、どっかショッピングでも行って来い!!買うもん無かったら私に土産の1つでも買って来い!!』
………クソ兄貴ぃ…!!何故バレ、ってデートじゃねえ!!!元々3人の予定だったし…!!俺はそのメモを握り締めポケットに突っ込んだ。
「?どうかなさいましたか?」
「!!!あ、や。あー……ここは俺が持つ」
「え。い、いえいえ!悪いですし!」
だがイェシカは自分の分は払うと言って聞かなかった。なので俺は…無意識に、言ってしまった。
「じゃあ、次は折半しようか」
「え…次?また…一緒にお茶をしてくれるんですか?」
「………………あ」
しまった!!?つい…!今の俺、気持ち悪くないか…?ウザいとか、引かれてないか…?
恐る恐る彼女の顔を見ると…頬を染め、嬉しそうに笑っていた。
「じゃあ、約束ですよ」
「……ああ」
「ではこの後どうしますか?」
「あ…っと、買い物に付き合ってくれないか?」
「はい、喜んで!あ…それと」
彼女は足取り軽く外に出た。そして遅れて出て来た俺のほうを向き…
「さっき。初めてイェシカと呼んでくれましたね!アウルさん」
と、言った…。その時の笑顔がすごく眩しくて、俺は……
自分が彼女に恋をしていると、ようやく気付いたのだった。
どうして彼女だったのか。大人になっても30も過ぎても、未だによく分からない。多分、死ぬまで分からないと思う。
彼女より美しい、可愛らしい女性なら沢山見てきた。
令嬢には無い素朴さが良かったのか?そうでもない。
豪快に笑い飛ばすところ?いや…面白かったけど。
ただ、初めて会った時からずっと…何故か惹かれていた。
そして彼女も同じ気持ちだったのだと俺が知るのは…もう少し後の事だった。
「ローラン殿下、ナイスタイミングで手紙くれましたねー!」
「うん、もう少しマシな言い訳は無かったのか?」
「今頃きっと、2人で盛り上がってますねー!」
「……………そのイェシカ殿とオーバンが…結ばれると、本当に思っているのか?」
「………あたしはねー、オーバンの味方なんですわ。あいつが望むのなら。いくらでも手はあるんですよー」
「…そうか」
彼が医務室に変なメモを残すのは、バティストの影響。
いつも黒い服を着ているのは、毎日服を選ぶのが面倒なので「とりあえず黒着ときゃ間違いない」という兄の言葉に従った結果。




