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勘当されたい悪役は自由に生きる  作者: 雨野
学園1年生編
88/222

71



「…以上がラサーニュ伯爵の罪状になります」


 検察官が起訴状を読み上げると、傍聴席の人々が少し騒ついた。すぐに収まったけども。



 そして僕らも傍聴席の最前列におります。

 僕らが証言台に立たされる事はないから、ぶっちゃけ参加しなくてもいいと言われたが…やはり見ておかねば。

 右に座るロッティは一切の顔色を変えず、その隣の母上は顔面蒼白。僕の左側のバジルは、伯爵の裁判が開始され安堵しているようだ。


 しかし…伯爵の弁護人は可哀想に。なんかもう、無実は100%無理なので、少しでも減刑できるよう動いているみたい。




「先程読み上げた起訴状の内容に、間違いはありますか?」


「違う、私はそんな事はしていない!

 あいつだ、全て私の息子の仕業だ!!私の名前を使って罪を犯したに違いない!!!」


 おっとお!!?まさかこんな早くご指名されるとは思わなかったぞ!?

 やっぱ参加しなきゃよかった。僕は早くも後悔していたが…そんな言葉鵜呑みにする阿呆はいませーん。



「セレス…貴方、なんて事を…!!」



 いたわ!!!母上が超絶睨んできてる…なんでこの人、こんな盲目的なの…?恋は盲目ってコレ?


 伯爵は何を言われても何故か罪を認めようとしないし…発言が許されていない状況でも反論するし…どうしてこんな愚かなの?





 目の前で繰り広げられているはずの出来事が、まるでテレビの裁判を観ているよう、別世界のように感じる。




「はい…約18年前、私が彼を賭博に誘ったのは事実です…。

 でっですが、国にも認可されている健全な場所ですから!しかしそれ以降ラサーニュは賭け事に夢中になってしまい…遂には違法賭場にも顔を出すようになりました。

 あ、でも私は、きちんと止めました!「もう辞めろ」と何度も!本当です!!」




「私は以前、ラサーニュ領に拠点を置く企業の長をしておりました。

 しかし領主様より…便宜を図ってやる代わりに報酬を寄越すよう持ち掛けられ、お断り致しました。

 しかしそれ以降我が社の商品に有り得ないクレーム等つけられる事が多くなり、次第にお客様や同業者からの信用を失い、最後は倒産となりました」




 ああ…証人の言葉も頭に入ってこないや。


 それよりもなんだか、様々な感情が湧いてくる…。






 ねえ、どうして…犯罪に手を染めたの?



 ファロさんの調べた結果、彼が道を踏み外したのは…まだ母上とも出会っていない頃。


 よくそんな前の事調べられたね、という疑問は置いといて。友人に連れられていった賭博場で、偶然大勝ちしたのが始まりだったらしい。

 その後は徐々にギャンブル狂いになって行き、違法賭博にも手を出しいずれ借金をするようになる。

 そんな中爵位を継承すると、年々税金を上げ領地の整備なんかのお金も渋り…どんどんラサーニュ領は荒んでいった。


 先代伯爵が孤児院を封鎖したのは事実だが、彼は孤児への支援を辞めた訳ではなかった。

 里親を探したり、簡素な孤児院を町中に作ったりはしたのだ。それらを全て削減したのは現当主だ。


 

 貴方の所為で…どれだけの人が家族を失い、友を失い、家を失い…命を落としたか、わかってるの?




 そのうち闇オークションに参加するなど手を広げ…ついには、戻れない所まで来てしまった。


 



 ねえ。母上を愛した心は、お金から来るものでしたか?この結婚は、侯爵家出身である母上が強く望んだってのは本当ですか?


 多額の持参金に目が眩み…結婚を決めたのですか?


 母上の恋心を。今も貴方のために僕に敵意を向けるほど貴方を愛する女性を…利用したのですか?


 愛人を迎えたくないと願ったのはもしかして、母上の実家に目を付けられたくないからですか?


 どうして血筋なんかに拘ったんですか?それは…自分が誇れるものが、血しか無いからですか?


 セレスティア様の威光に縋り付き、社交界でも大きな顔をしていた愚かな人。


 ……ロッティを愛した心だけは、本物ですか?

 まさかとは思うけれど。美しくて優秀だから、身分の高い男性(要は金持ち)と縁を結べそうだから…そういった理由で愛したのですか?

 

 愛妻家で子煩悩(僕は除く)。そんな世間に知られている姿は…偽物だったのですか?




 僕は、そう考えずにはいられない。今となっては確かめる術も無いけれど…全て僕の妄想だけど。




 彼の裏の顔を知れば知るほど…全てが偽物に見えてしまう。





 もしも母上の実家が財政的に余裕が無い家だったら、結婚しなかった?


 ロッティが地味でおばかさんだったら、愛さなかった?


 


 ねえねえ。いずれロッティが爵位を継ぐとなった時。僕だったら操り人形みたいなモンだから、罪がバレる事は無いと思ったのかもしれないけれど。

 それこそ全ての罪を僕に擦りつけようとしたのかもしれないけど。


 ロッティが伯爵になったら。未来の貴方は、自分の罪とどう向き合うつもりだったの?


 聡明なロッティは、運営に着手すれば不正なんてすぐに気付くよ。

 まさか、そうなる前にこれまでの証拠を消すつもりだった?全てから手を引いて、何事も無かったかのように振る舞うつもりだった?





 そんな事、できる訳ないのにね。









「…では、判決を言い渡す」



 あっ…いかん、聴いてなかった。いつの間にか、裁判も終盤だったのか。



 …僕が少し考え事をしている間に、伯爵はガッチガチに拘束されて口まで塞がれてるんですが。何があったの一体…?



「ボリス・ラサーニュ。其方の罪は明らかなものであり、情状酌量の余地は無い。

 其方は身分剥奪の後スティル監獄への収監を命じる。

 詳細は追って沙汰をする。それでは、これにて閉廷と致します」



 スティル監獄…この国の最北に位置する監獄だ。そこに収容されるという事は、終身刑と同義。

 生きて出る事は叶わず、厳しい寒さに抗えず、大抵の囚人は数年で命を落とすと聞く。


 このグランツ皇国において、極刑の次に重い罰。

 いや…楽に死ねない分、こっちのほうが重いかもね。






 判決が言い渡された瞬間、母は崩れ落ちた。伯爵は未だ抵抗を続けているが…。


 ロッティも苦しそうな表情。伯爵の事が嫌いだって言っても…可愛がってもらっていたのは事実だしね。

 普段殺すとか言っていても…実際死ぬと宣告されれば揺らぎもするよね。





 へ、僕はどうなのかって?

 地獄のような場所に父親が収監される、それがどうしたの?


 もうあの人は父親じゃないもん。沢山の人の運命を狂わせた大罪人だもん。苦しんで死んでいくのは…当然の事でしょう?


 テレビでニュースを見て、何十人も殺害したような人間が死刑判決を言い渡されたら、「当然だよね」と考えるもの。

 それが、身内だっただけ。



 あの人に対する情は最早、一欠片も残っていないさ。これからは自由になった僕達は、面白おかしく生きるのさ!!






 …そう思ってたのになあ…。





「…?おね、お兄様…?」


「ロッティ…僕、ぼく、ね…」



 


 僕の中にも…一欠片くらいは、情が残っていたのかもしれない。



 何故か涙が溢れて止まらない。悲しくはない、当然の報いだと思っている。

 それでも…愛されたいと願い、父を求めた時期は確かにあった。


 こっちから見限ったと言っても、心の何処かではまだ…希望を持っていたのかもしれない。



 お父様から「私の愛する娘」だと、言ってもらいたかったのかもしれない……。

 




「…行こっか」


「ええ…」


 僕はすくっと立ち上がる。視線が集まるのを感じるが…知った事か。





「さようなら…お父様。わたしは確かに貴方を、愛していました…」



 

 僕の言葉に伯爵が目を見開いている。そんなに驚く事かな?


 母の腕を引こうとしたが、彼女は拒絶した。

 ならいい。母をその場に放置し、僕はロッティとバジルを連れ外に出た。







「…ふう」



 …これで全部、終わったんだよね?



 もう伯爵と顔を合わせる事は無いだろう。スティル監獄に収容された後は、死んだとしても家族に報が来る事は無い。


 これで、完全に縁は切れたんだ。




 さあ…これからの問題も山積みだ。

 僕は涙を袖で拭き、最後にもう一度だけ…裁判所に目を向けた。




 以前クロノス様が言っていた。今の僕は、本来の運命から外れた道を歩んでいると。


 本来生きるべき人間が死に、死にゆく定めだった人間が生きている。

 それを変えたのは、僕だと。本来の運命なら伯爵は…老衰で幸せに眠ったのかもしれないね。





「さて…まずは、身の振り方から考えるか…」



 遠くから、皇宮の方角からこっちに走ってくる友人達が見える。ラディ兄様の姿も見えるし、空の上からヘルクリスも降りてくる。

 隣には可愛い妹と弟分もいる。大丈夫、僕は1人じゃないから。

 辛い事があっても…絶対に、乗り越えてみせるから。



 


 ※※※





「眠れない…」


 僕は皇宮の部屋で1人、眠れぬ夜を過ごす。

 数時間前まではエリゼ達も皆いたんだけど、もう帰っちゃった。

 明日の事は考えてもしょうがないし…暇だあ。

 あいたたた。暖炉や、僕の髪の毛食べちゃいやん。


 とベッドの上で精霊達と転がっていたら、扉がノックされた。どなたー?



「…その、遅くにごめん。パスカルだが…」


 パスカル?時計を見ると夜10時。こんな時間に珍しい…急ぎの用かな。

 どうぞー、と言おうとしたらヨミに止められた。なんぞ?


「シャーリィ…胸…」


 胸?……僕サラシしとらん!!!あっぶな、ありがとうヨミ!


「ごめん、ちょっっっとだけ待って!!」


「ああ、もちろん」


 急いで巻き巻きっと……そろそろ、パスカルとジスランにもバラしていいんじゃない?

 というかもう、知らないのその2人だけだし。あとはルキウス殿下とその他。…今日はいっか。



 準備完了し、パスカルを部屋に招き入れる。

 1人だと色々考えちゃうから…誰かが一緒なのは、嬉しい。

 …僕がソファーに座ったら、何故か彼は隣に座った。いやまあ、いいんだけど…普通向かいに座らんかね?

 しかもやたら近い!なんだ一体、何が目的だ!?



「…ん?」


 すると…パスカルの頭の上にいたセレネが降りた。

 そして僕の部屋にいた精霊達も皆動き…ヨミも、全員ヘルクリスに乗って窓の外に出た…?

 


「(…精霊達に、気を使われている…!!)」


 ???パスカルは顔を顰めつつ赤くしてるし…というか、今2人きり!?どっどどうしよう!?



 いや!今こそパスカルに話を聞くチャンス!!



「「あの!…へっ?」」

 

 意を決して話し掛けたのに…またハモった!!えーと、どうぞ!

 と言ったら、今回は君からと返された。…覚悟を決めねば…!!僕は膝の上に置いてある手を、ぎゅっと握り締めた。



「あ、の。パスカルは…クリスマスの夜、女の子と過ごしていた、よね…!?」


「え…あの場に君もいたのか!?」


「……うん」


 僕が答えると、彼は天を仰いだ。もしもここで…「あの子は愛するマイエンジェルさ」とか言われたら…泣くかも。

 怖くて彼の顔を見れないので…僕は下を向きながら言葉を続ける。



「すっごい、可愛い子だったよね…。

 ももももしかしててて、以前言っていた、心に決めた人って…!」


「違う!!!」


「わっ!?」


 食い気味に否定されて、ちょっとビビった。しかも両肩をガシッ!と掴まれ…顔が近い!!


「違う、そんなんじゃない!!

 彼女はお祖父様の命令でエスコートしていただけなんだ!あの時…君からのお誘いが先だったら、何がなんでも引き受けなかった!!

 本当だから…!お願いだから、そんな事を言わないでくれ…」


 え、あ、はい。なんで君のほうが泣きそうなの…?


 でも…そうかあ。ラディ兄様の言う通りだったか。勝手に勘違いして、勝手に諦めなくてよかった…!




 僕がそんな風に安堵していたら…パスカルが僕の肩に置かれた手に、力を入れた?


 そして頬を染め、僕の目を見つめる。こ、この甘い雰囲気はなんですか…!?


「……もしかして、嫉妬してくれたのか…?」


「!?え…っとぉ〜」


 ここで「うん」なんて言ったら…「好きです」って宣言するようなモンじゃん!!?でも、なんて答えれば!?



「(顔を真っ赤にして涙目になって…これは、俺は…自惚れてもいいのか?

 彼も俺と同じ気持ちだと…受け取っていいのか…?


 でも…今は、駄目だ)」




 ?急にパスカルが離れた…助かったけど。

 甘い空気は霧散し、僕らはまた並んで座り直す。



「答えは、またいつか聞きたい。今の君達は…それどころじゃないだろうから」


「あ…」


 うん…そうだね。パスカルは「辛かったら泣いてもいい」と言ってくれたが…。


 もう、大丈夫。涙は流した、残っていた情と一緒に。


 


「ロッティから聞いた。君達は爵位と領地を返還し、学園も辞めて一市民として生きるつもりだと。

 …本当か?」


「うん…。女の子のロッティじゃ伯爵にはなれないし、僕が継承してもどっちにしても学園は辞めるよ。

 だから…こうして君と対等でいられるのも、今日が最後かもしれないね」


 なるべく努めて明るく言ったつもりだけど…どうやら僕は、暗い表情をしていたらしい。

 パスカルは僕の手を握った。僕も、握り返した。


 その後無言の時間が続く。時計の針の音だけが響く空間…どれくらい経ったのだろうか。ふいに、彼が言葉を発した。



「俺が卒業するまで…待っていてくれないか…?」


「…待つ?」


「ロッティが…もしかしたら、旅に出るかもしれないって言うから…。

 君は特に、箏に興味があるみたいだし…グラスも連れて、この国を離れるかもしれないって」


 ロッティ、どこまで話したんだ…?



「だから…待っていてくれたら、俺も一緒に行きたい…!無理だったら…俺も退学して、ついて行く」


「いや駄目でしょ!?君は侯爵家の嫡男だし、どうしてそんな…!」



 そうだ…それはかつて、ジスランに対しても思った事。


 僕が平民になれば…僕らは貴族と平民。しかもパスカルはいずれ侯爵様になる訳だし。でも、僕が伯爵になったとしても。

 男同士だし…どっちかは、家を捨てないといけない。更に僕は罪人の子供だし…彼に苦労はして欲しくない。


 …じゃあ、どっちにしても。僕達は…





「シャーリィ!」


「っセレネ!?」



 突然精霊達が、窓の外から飛び込んで来た!?

 そして僕達を守るようにぐるっと囲んだ。


「どうしたセレネ、何かあったのか?」


「パル。今この部屋に、誰かが近付いて来てるんだぞ。よく分からんが…良い感情は持っていない」


「シャーリィが命じてくれれば、ぼくはすぐに始末出来るよ…」


「待って!?せめて確認し…!」



 と言い切る前に。ノックもなく、扉がゆっくりと開いたのだった。



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[一言] ラサーニュ伯爵、どこまでも意地汚いですね…救いようがないです。今までずっとセレスのことなんか見向きもしなかったのに。 でも、セレスもやっぱりどこかであの人のことをお父さんだと思ってたんですね…
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