67
「ロッティ、バジル。最後の確認だよ。
僕らは今後、今までと同じ生活は送れないだろう。その事…後悔しないね?」
今僕達は首都に向かう為、ヘルクリスの背に乗り移動中。
答えは分かりきっているけど…同行している2人に問い掛けた。
「ええ!大丈夫、皆一緒ならどこでも楽しく過ごせるわ!」
「僕もです。と言うより、僕がいないとお2人だけでは危なっかしくて見ていられません!」
…うん!
「よっし!!!行くぞー!!」
「「おーーー!!!」」
※※※
ゲルシェ先生もついて来てくれると言うので、一緒にファロさんの事務所まで来てもらった。
「…………」
「お兄様、どうしたの?入らないの?」
「いや、その……先生、先に行ってもらえない…?」
「…おう。お前らはここで待ってろ」
事務所の扉の前。立ち止まる僕を不思議そうに見つめるロッティとバジル。
前回……の、記憶が…!!忘れろ、僕。忘れろ……!!
ぐうううう…!!こちとら13歳の乙女やぞコラァ!!?
「あれ…いねえな。どこ行きやがった?」
いないの?もしかして居住区のほうかな?と思ったら……。
「あっれー、もう来ちゃったん?わり、今支度ちゅー」
「「きゃああああぁぁぁぁ!!!??」」
「なっ、なんですか貴方は!!?」
「あたし?通りすがりの変態でっす」
「てんめえええーーー!!!いい加減にしろっっっ!!!!」
なんで…また全裸で彷徨いてるんですかね貴方!!?もうやだこの人!僕の妹に変なもん見せないでもらえますう!?
家のほうから顔を出したファロさんは、全身から水を滴り落としている。
風呂入ってたんならちゃんと、支度してから出て来てくんないかなあ!?
僕とロッティは抱き合って顔を真っ赤にして絶叫した。
そんな僕らを守るように前に立つバジル。どうやらこの2人から、僕は乙女系男子として認定されているらしい。
ヨミ達精霊は、「またか…」的な感じで無反応。助けてくれてもいいんだよ!?
先生は僕らの悲鳴を聞きつけ、事務所から飛び出して来た。
そのままファロさんを家の中に蹴り入れ…
「………すまん。あれが便利屋だ…」
「あ、あの方が…?その、先生。失礼ながら…あの」
「みなまで言うな、リオ。分かってるから…あれでも腕は確かだから…」
あ、そっか。この2人は教会の僕の誕生日パーティーに参加してないから、ファロさんは初対面か。写真にもロクに写ってなかったし。
「はーい、便利屋さんでそこのオーバンの親友、ジャン=バティスト・ファロだよ。
お初の少年少女、よっろしくう」
「………シャルロット・ラサーニュと申しますわ」
「バジル・リオです…」
ファロさんは髪をタオルで拭きながら現れた。現在ラフな部屋着だが、最初からその格好で対応して欲しかったな?
そして促されるままに事務所に入る。ロッティの警戒心はマックスで、僕の腕を離そうとしない。ファロさんを睨み付け、常に僕より一歩前にいる。
あれっ、僕兄としてどうなのそれ?
「あやー、おね…じゃないか。おにーちゃんと違って、勇ましい獅子みたいな子だね。強そー。
そっちの坊主はイタチっぽい。可愛い顔して凶暴〜。ジャンお兄さん怖くないよー」
ファロさんは一切ペースを崩さない。そんな彼の姿に…2人も拍子抜けしたのか、少しだけ警戒を解いた。
「はいはい、座ってー。あ、セレスタンちゃん。シグニ元気してる?」
「はい。今は僕の部屋で留守番中です」
「そかそか。さ、どーぞ」
ファロさんはしゃべりながらも手早くお茶を淹れてくれた。
「…美味しい…」
ロッティが呟く。でしょ?美味しいよね、この人のお茶。
「お褒めにあずかり光栄です。ちょっと拘り持ってんのよ。
んじゃ…お話、いいかね?」
少し落ち着いたところで…本題に入る。
さっきまでと違い、ファロさんの雰囲気も変わった。
僕とロッティがソファーに座り、先生とバジルは横に立っている。
「それで…どうでしたか?」
「結果から言うと…クロもいいとこ、いやあ出るわ出るわ…これ見てみ」
「多っ!!?」
ファロさんは後ろから、ドサっと大量の資料を出した。
その重さに、反動でちょびっとカップが浮いたほど。
「こっちは横領。で、違法賭博。怪しげな買い物もいくつか。ちょっとやべーモンとか買ってるから…それはそっちに纏めてある。
そんでラサーニュ領の他の共犯者は6人。こいつらの罪状はこっちね。
共犯者のうち、2人は家族も共犯。一家纏めて処罰の対象だね」
うええ…とても目を通しきれん…!!先生も手伝ってくれて、4人で確認する。分かりやすく纏めてくれてあるから、なんとか助かってるけど…!
「……このドレス。私が誕生日で着たものね…」
「…あ」
それだけじゃない…今までロッティに贈られたドレス、アクセサリー等…横領した金で購入したと思われる品物リストが。
それを見たロッティは…久しぶりに見る滅国モードに…!!
「………今までのドレスやアクセサリー、無駄に高い家具なんかは全部売ってしまいましょう。それで少しでも、被害への補填にしましょ」
「…うん」
………僕の目がおかしくなければ。ロッティがスーパー◯イヤ人のように…全身からオーラ的な何かを発している……!!!
しかもなんか、画風変わってない?恋愛ファンタジー漫画の主人公なのに、劇画タッチになっちゃってない??
「破ッッッ!!!」とか言って、気合だけでこの建物吹っ飛ばせそうじゃない???
隣に座る僕は逃げられないが、バジルと先生はすでに避難してるし、ファロさんもいつでも逃げられるよう構えている。ちくしょう、せめて1人だけでも道連れにしてやる…!!
「…落ち着いて、ね?」
「…ごめんなさい、お兄様。少し取り乱したわ。
ではファロ様、続きを」
よかった、いつもの美少女に戻った…というか萎んだ…。
「あ…うん(怖え〜…セレスタンちゃん、猛獣使いだったか…)。
うーんと、確認出来る一番古いのは6年前の違法オークションかねー。
こーいうのって記録とか残さねえの多いから、ちと骨折れたわ。
とは言え、我ながら完璧ぃ!これ持ってきゃ裁判も意味ねーわ。だーれも弁護なんて出来ねーぞ。もしこれ覆されたら、もうこの国終わりだっつーハナシ」
「ところで…通報って、どこにすればいいんですか?騎士団?」
「そだね〜…司法省かな。そこで調査してもらって、必要なら騎士団に通報が行くよ。
あたしのサイン書いとくからー、オーバン持ってってやれー」
「おう」
……これで、全部終わる。
手が、震える…。怖い訳では無い。武者震い…?なんてね。
その手を、ロッティが上から重ねてくれた。そして何も言わず、にっこりと笑う。
「…よし…!!
ファロさん、本当にありがとうございました。でも僕、お礼すらまともに…」
「あ、いーの。オーバンに再就職先斡旋してもらうしー」
「へ?え、便利屋さん辞めちゃうんですか!?」
なんで!!?僕のせい…では無いだろうけど!
「いやあ、元々趣味でやってた仕事だし。あたしゃ楽しけりゃなんでもいーんだわ。
んで、もーっと面白そうでやり甲斐のある仕事みっけたから。
ちなみにこの建物はあたしの持ち家だからさー、今後君らも好きに使っていーよ」
そうなの!?確かにこのビル(仮)の中で、他に人見かけなかったけど!
全裸で廊下出ていいの!?と思ったけど!!自分ちなら納得…。
「さ、もう行きな。健闘を祈ってんぜ」
「…はい!!」
「ありがとうございました」
「サンキュ」
こうしてファロさんの事務所を後にする。
僕は証拠資料を握り締め…前を向く。
「先生…本当に、ありがとう。僕達だけでは、ここまで用意出来ませんでした。
ただの教師と生徒のはずだったのに…本当に、先生が僕達のお父さんだったら良かったのに…」
「お兄様…」
「坊ちゃん…」
先生はそんな僕の頭をぽんと叩いた。
「…泣くのはまだ早え。それにな…これも縁ってやつだ。行くぞ」
「「「……はい!!」」」
※※※
さて。皇宮までやって来ましたが…えっと、今まで誰かに案内されるがままだったから…司法省って、ドコ?
と、僕らが戸惑っていたら…先生がスタスタ歩いて行く!?えええ、ちょっと!躊躇いなく門番さんに突撃ですか!!
「おい」
「はい……はいっ!!?こ、皇弟で」
「しっ!!今はそれを出すな…!」
「かしこまりました!!」
…んん?門番さんがピシっと敬礼してる。
んで…あっさり門開いちゃった!?ちょっと、用件とか身分の確認は!?
「行くぞ」
「え、うん…」
そういえば…僕、先生の事あまり知らないな…。
ゲルシェなんて家名聞いた事ないから…高位貴族ではないと思ってたんだけど…。
「ねえ2人共…ゲルシェ先生って、何者なんだろう…?」
「分からないわ…」
「僕もです…」
とりあえず今は、先生の後ろをついて行く僕らであった。
「お待たせ致しました、ゲルシェ様。どうぞお掛けください」
「今日の用件は俺じゃなく、こっちの子供達だ」
「よろしくお願いします」
その後僕らは、明らかにVIPな応接間に通された。こんな場所、一生縁が無いと思ってたわ。
担当と思われる文官さんは戸惑い、僕らを見る。
「失礼致しました。それではどうぞお掛けください」
「ありがとうございます」
僕とロッティがまた座り、バジルは横に控える。
…これで終わりだクソ親父…!!
「僕はラサーニュ家が長男、セレスタンと申します。本日はお時間を割いて頂き感謝致します」
「シャルロット・ラサーニュです」
「ラサーニュ…私は担当させていただきます、メシャンと申します。では、ご用件をお聞きします」
お、キリっとした。多分僕が精霊姫(不本意だが)だって気付いたんだな。
僕達は大事に持っていた資料を差し出す。量が多いので、先生とバジルと3人で分けて持って来た。
「まずはこちらをご覧頂きたく存じます」
「では失礼して、拝見します。
……これは」
文官さんの顔色が変わった。
「…ご覧の通り、そちらは我が父であるラサーニュ伯爵の不正行為について纏めた資料でございます」
「はい…しかもこのサイン、ファロ様ですね。
ではこちらの資料の信憑性は非常に高いものとなります…」
……先生もあの人も、ナニモンなの?
文官さんは少し調べる必要があるので、預かりたいと言ってきた。
念の為コピーは別にあって、ファロさんが保管してくれている。だから手放しても問題はない。
あんだけの資料を全部確認するには…そりゃ人手と時間も掛かるわな。
彼に資料を託し…僕らは一旦帰る事に。いつ連絡来るのかな…首都で待機してようかな。
と、そんな事を考えながら廊下を歩いていたら、先生が立ち止まった。
「俺はちと用事がある。お前ら先に帰れ。
連絡は俺に寄越すよう言ってあるから…多分、明日にゃ来るだろ」
用事…?皇宮で?
普段なら「なんの用事?」と聞きたいところだが…
「…うん、分かった。お願いね、先生!」
今は何も聞かず、帰ろう。先生もフッと笑ったから、きっとそれが正しいんだろう。
僕達は出口に向かい、先生は踵を返す。
あとは…連絡を待つのみ!
※
皇宮の広い廊下を、ゲルシェは歩いていた。
彼の正体を知る者は、即座に端に寄り頭を下げる。それを見た者も、倣って同様に頭を下げた。
「(こーいう扱いが嫌なんだよなー…めんどくせえ)」
そして彼は、とある部屋の前までやって来た。
控える騎士が礼を執る。すぐにやめさせ、自分で扉をノックした。
「入れ」
返事を聞くやいなや、勢いよく扉を開けた。そこには…
「オーバン…皇宮嫌いのお前が、なんの用だ?」
「…そうも言ってられなくなっただけだ、兄貴」
そこは、現皇帝の執務室。
皇帝は部屋の中にいた人物を全て下げ、残るは皇帝とゲルシェのみ。
「…15年前に保留にした話の決着を。それと、昔の約束を果たしてもらう」
「15年前…お前が、皇室を抜けた時のか…。約束とは…?」
ゲルシェはツカツカと部屋の中を歩き、皇帝の机に両手を突いた。
「忘れたとは言わさん。俺が拾った犬の命名権を、あんたに奪われた時だ!
泣きじゃくる俺に、「一度だけ、なんでも言う事を聞いてあげる」と約束しただろうが!」
「いつの話をしてるんだお前は!
そもそもお前が犬に「ワンチャン」などという名を付けようとしたから、私が必死に止めてやったんだろうが!」
「うるせえ7歳の頃の話を蒸し返すな!約束は約束だ!!それに結局「ポチ」なんて名付けやがって!!」
「自分で言い出したくせに…相変わらず我儘な弟め。
それで…保留にした件か。引き受ける気になったのか?」
「ああ…」
ゲルシェはそう返事をすると、机から手を離し、ゆっくりと下がった。
そして片膝を突き頭を下げ、右手を握り胸の前にあて、臣下の礼を執った。
「皇帝陛下にオーバン・ゲルシェが申し上げます。
我が願い…聞き入れて頂きたく存じます」
「…顔を上げなさい。して、願いとは?」
ゲルシェはすっと立ち上がる。そして——…
犬の話については、22話の後書きでちろっと触れています。




