06
結局この日は、夕飯も食べずに寝た。
部屋に戻って自分の行動を反芻すると…とてもじゃないが正気ではいられない!
なんだよアレ、僕構ってちゃんみたいじゃん!
「2人でばっかり仲良くしてないで、僕も入れてっ!」ってかあ!?馬鹿馬鹿馬鹿ーーー!!
布団に潜り、一晩中悶えていた…ああ、穴があったら入りたい…。
ただし目撃者がバジルだけだったのが幸いした。彼の部屋に『さっきはごめん。僕はもう大丈夫だから、あれは2人の秘密にしてね!』というメモをドアの下から入れといた。これで安心!
直後、僕の部屋のドアにノックの雨が降ったけど。
「ぼっちゃあああん!!僕の!話を!聞いてくださあい!!」と聞こえた気がするが、今は誰とも顔を合わせたくない。
しばらくすると静かになり、メモがスッと差し出される。
『こちらこそ内密にお願いします!坊ちゃんには言わなければならないことが沢山ありますが、紙には書けないので近いうちに僕に時間をください』と書かれている…。
しばらくは、彼と2人きりになるのはやめておこう。
それに、彼が言いたいことは大体分かる。ロッティは完璧なんかじゃないって話だろう。
僕も漫画を読んだ時は、彼女は隙の無い完璧超人だと思っていた。
でもそんなことは無かった。ロッティだって、ちゃんと努力をしていたんだ。ただ、要領が良いだけ。
勉強だって運動だって、すぐにコツを掴んでマスターする。それまでには、彼女だって試行錯誤を繰り返し挫折だってしたこともあるだろう。
それでも…分かっていても、彼女が優秀であることに変わりはない。
昔から僕達は、比べられて育ってきた。「シャルロット様のほうが後継となれればよかったのに」と散々言われてきた。
僕だって代わりたい、もう全部捨てて逃げたい!!そう何度考えたことか…!
誰になんと言われようと…僕にとってロッティは完璧で憎くて可愛い妹なんだ。
次の日。お腹が空いたので、朝一で食堂に向かった。人もまばらなので丁度いい、隅っこの席に座る。
トーストとサラダで済ませ、食後のコーヒーを飲んで一息つく。
いつもジスランが朝っから「肉を食え!」と僕に肉塊を押し付けてくるのだが…平和だ〜。
そんなまったりしている僕の上に影が落ちる。
まだ6時半だけど、バジルかジスランかな?そう思い顔を上げると…。
「おはよう、ラサーニュ」
「…おは、よう、ございます。マクロン様…」
今コーヒーを口に含んでいたなら、確実に噴き出していただろう。僕の衝撃はそれほどのものであった。
なんで!ここにいる!僕に話しかけてくる!?
しかも何故朝食が乗ったプレートをテーブルに置く!?座る気か、席はいくらでも空いてますが!?
僕が硬直していると、彼は無言で懐に手をやり、何かを取り出した。
「あ…」
「…忘れ物だ」
差し出されたのは…僕の、眼鏡。
昨日…図書館塔に忘れたもの…だ。
ば、ばれとる!!!!
伯爵家の後継ぎ失格だ…!あああ、きっとすぐに学園中に噂が広まるんだ。
「ラサーニュ家の長男は夜な夜な図書館塔で涙を流している」なんて馬鹿にされるんだ…。
よりにもよって、この男に目撃されるなんて…!エリゼのほうがまだマシだ!!
また泣きそうになっている僕はお構いなしに、パスカルは向かいに座り食事を始めた。人の気も知らないで…!
この腹黒男の主な出番は、漫画が本格的に始まる17歳になってからのはず。
というより、あのフェニックス事件以降は休暇明けにルネが登場したら、一気に17歳まで時間が飛ぶのだ。12歳〜16歳の出来事はたまに回想として表現されるくらいだ。
つまり、この先…何が起きるか僕にも分からない。こうしてセレスタンとパスカルが顔を合わせることも、十分あり得るのだ。
しかし何この状況。無言で食事を進めるパスカルと、席を立つに立てずコーヒーをちびちび飲む僕。
他の生徒は近付かない。ああ、今猛烈にジスランに会いたい…この空気をぶち壊して欲しい…。
なんの気なしに、彼の食事姿を見つめる。
…食べ方綺麗だな。一口ずつは大きいのに、背筋がピンとしているからか、とても優雅に見える。カトラリーを扱う手も、グラスを傾ける仕草も。
よく音を立てて怒られて、口元を汚しているジスランとは大違いだ。
それにやっぱり、美形だよなあ…。華やかさは無いけれど、切れ長の目とかすっと通った鼻筋とか。彼の細い青髪とか、僕よりサラサラしてそう。
漫画で読んでいる時から思ってた。こんな間近で見れるとは、ある意味ラッキーだったかもしれない。
なのだが…彼はじわじわと顔を赤くし始めた。どうした急に、発熱か?
「その…あまり凝視されると…流石に照れるのだが…!」
「へ?…あ、わあ!ごめんなさいっ!」
「謝らなくていい…」
しまった!ついじっくり観察してしまった…!!
もう早く部屋に戻ろう、登校の準備しよう!そう思い席を立ったのだが、ガシっと腕を掴まれた。なんで!?
「…その、身体はもう大丈夫なのか?」
え?ああ、そっか。彼もフェニックス事件を見ていたもんな。僕が倒れたことも知ってるのか。
「ええ、お気遣いありがとうございます。この通り回復しましたから」
「そうか」
それだけ言うと、手を離してくれた。その隙に会釈して逃げた。あーびっくりした!!
…昨日のこと口止めするの忘れた!!
その後バジルと合流し、ロッティを迎えに行って一緒に登校するのがいつもの流れだ。ジスランは朝の鍛錬をしているので、始業ギリギリに教室に現れる。
教室に向かっていたら、廊下で誰かに呼び止められた。彼は…養護のゲルシェ先生だ。
「ラサーニュ兄のほう。気分はどうだ?何絶好調?それは重畳、では今すぐ生徒会室に向かうように。
先生は確かに伝えたぞ。じゃっ」
「え?は?ちょっ」
それだけ伝えると、風のように去って行った。こちとら唖然とするしかない。
…言いたいことはいくつかあるが…本当に生徒会長が呼んでいるというのなら無視はできない。行きたくないけど、行きたくない!けど!!
全くあの先生は。いっつもマイペースなんだから!僕の返答なんぞ聞いちゃいない!
ロッティも付いてくると言うが、僕に用があるみたいだから1人で行かないと。
鞄だけバジルに託し、教室とは反対方向に歩を進める。生徒会室は少し奥まった場所にあるのだ。
しかしこのタイミングで呼び出しか…恐らくフェニックス事件についてだろう。
という事は漫画には描かれていなかったが、シャルロットも呼び出されたのかな?面倒な…それを知っていれば、何がなんでも召喚を阻止したのに!
足取り重く、生徒会室の前まで来てしまった。重厚な扉に気遅れしてしまう…無駄に豪華な扉だなあ、もう!
「…ラサーニュ?」
少し待っていたら、後ろからもう1人。来たか、エリゼ。これで目的は確定したな。
「君も呼ばれていたんだな、ラブレー。…入るよ」
「お前も…って待て!ボクも…!」
ノッカーに手を掛けようとしたら、内側から扉が開いた。開けてくれたのは、上級生の確か…宰相の子息で…名前は知らん。
「待っていた。こちらへ」
彼に促され挨拶をして入室する。流石にエリゼもマナーを守っているな。
まあ…今から対面する相手を思えば…ねえ。
真っ先に目に入るのは壁を埋め尽くす大きな本棚。そして整然と並ぶ机の奥、一際目立つ机がある。
その席に座り僕達を見据える彼こそが…今代生徒会長で皇太子殿下である、ルキウス・グランツ様である。彼は入学式や祭事で、遠くから見たことはある。間近で顔を合わせるのは初めてだが、なんで眉間に皺寄せてんの…!?
しかも隣には第二皇子殿下、ルクトル様まで立っていらっしゃる…!こっちは無表情、だから怖いって!
どちらも金髪に赤い目の美丈夫なのだが、居心地は最悪だ。部屋に入れてくれた先輩も、線の細い美形なのだが表情が抜け落ちている…。
なんだこの部屋、こっわいわ!!
だが怖気付いている場合では無い。エリゼと揃って臣下の礼を取ろうとしたのだが…皇太子殿下に手で制されてしまった。
「いい。ここは学園であり、我らは主君と臣下ではなくただの上級生と下級生だ。
この敷地内に限り、臣下の礼を禁ずる」
「「…仰せのままに」」
そう言われてしまえば、僕らには返す言葉はない。なのに…皇太子殿下、皺深くなっておりませんかね?僕達は何か間違えてしまいましたかね!!?
表情を崩さないように努めているが、もう汗は滝のようだよ!エリゼも微笑んでいるけど、顔色悪いし小刻みに震えている。今だけは…僕らの心は1つだ。
早く帰りたい。
「…まあ良い。セレスタン・ラサーニュ及びエリゼ・ラブレー。この場に呼ばれたこと、心当たりはあるか」
「先日のボク…私の愚行についてのお話でしょう」
「そうだ」
益々皺が深まった!!!別にエリゼ変なこと言ってないよね、むしろ反省している口調じゃないの!?
わからん、この3人は漫画でも名前しか登場しなかったし!背景寄りのモブだったもんよ!前情報が無いって、当たり前だけど辛い…!
「………まずフェニックスを召喚したという、ラブレー。お前の話を聞かせろ。何故あのような行いをしたのか」
「…全ては私の自惚れた思考が招いた結果です。己の力を誇示する為、大勢の方を危険に晒しました。
申し訳ございませんでした…罰は如何様にも受け入れます」
…本当に反省しているみたいだな。眼前のプレッシャーに圧されてるだけじゃなく、本心から語っているようだ。よほど家で怒られたかな?
「…そうか。では次、ラサーニュ。
お前の行動も聞いている。何故危険を冒してまでフェニックスの正面に立った。
あの日私は現場にはいなかったが…離れた場所からでも威圧感は感じていた。お前のような者が立ち向かうなど、それこそ愚行だとは思わなかったのか?」
「…っ、お言葉ですが皇太子殿下!彼はボクを…」
「ラブレー」
エリゼの言葉を遮る。きっと僕のことを庇おうとしてくれているんだろう、ありがとう。
でも今問いかけられているのは僕だ。君が発言することで、更に立場が危うくなるかもしれないよ。だから…
「仰る通りでございます。私は敵うはずもないと知りつつ行動致しました。
ですが先の一件、私にも責任がございます」
「…ほう?」
ほう?じゃないわ、完全に悪役ですよ殿下!!
エリゼも戸惑っているのが分かる。そりゃ彼からしたら「何言ってんだこいつ?」だろう。
僕だって誤魔化すことを考えたが…嘘は吐かないほうがいいと判断した。なんせ両殿下、僕らの発言と一挙手一投足を観察してる。
なまじ顔が怖いもんだから、下手なことしたら殺されるんじゃないかとすら錯覚するよ…。なので、正直に話します。
「私はあの時、彼が低級の召喚ではない魔法陣を描いているのを目撃しました。
ですが私は授業とは無関係の行動をしている彼を咎める事も、先生に報告することも致しませんでした。
私が動いていれば、防げたかもしれない事態です。申し訳ございませんでした。罰は如何様にも」
嘘は言っていない、嘘は。
僕の発言に、殿下は顎に手を添えて考え始めた。頼むからそれ以上踏み込まないで。なんで報告しなかったのか?なんて聞かれたら、フェニックスを見たかったからです!としか言いようがない!!
「……他に言い分は?」
「ございません」
「そうか…では」
僕の願いが通じたのか、殿下はそれ以上言及してこなかった。
さあ、罰はなんだ!!?便所掃除1ヶ月とかならいいなー!!
「2人共、服を脱げ」
……………は?
「「はいいいいいぃぃぃ!!!?」」
 




