63
次の日僕は、ゲルシェ先生に指定された時間にお馴染みの医務室へとやって来ました。
彼は先に来ていた。なんか…巻き込んじゃってごめんなさい。
「いや…まあ、いいさ」
前から思ってたが先生、面倒見いいよね…。
勤務中は大体黒い服を着ているが、今の先生は青いトレーナーに白のスラックスだ。なんかラフな感じで新鮮…。
今日は先生の知り合いだという探偵さんを紹介してもらう事に。本当に顔広いんだね、ちなみに相談料はおいくら?
「……そうだな、アイツは気分屋だから…時価ってやつだ。気分が乗れば、銅貨でも引き受けんじゃねえかな」
「いいのそれで!?その人生活出来てんの!?」
「あれで腕はいいからな。金があるとこから搾り取ってるから平気だろ。
それより…ソイツは先生の元同級生なんだが…変人なんだ。
対応は先生に任せろ、お前は後ろにいろよ」
「変人か…類友ってやつで…あだだだだごめんなすって!」
「ったく…!」
うおお…!ぐりぐりは痛い!!僕の頭凹んでない?平気?
先生は僕が涙目で頭をさすっている様子に…何故か口角を上げて楽しそう。Sでしたか先生?
「一応今日行く事は向こうにも連絡してある。
アイツは正確には探偵じゃなくて、何でも屋だ。それでも情報収集なんかもお手の物だから信用していい」
「先生の紹介なんだから、信頼してるとも」
「そうかい…。で、先に依頼内容を教えてもらえると助かるんだが」
と言われたので、僕は正直に全部話した。孤児院問題から全部。
父親が不正をしているだろうけど、明確な証拠が無いので動けない。
横領等の証拠を出来るだけ押さえて欲しい。あと、共犯も全員。
話を聞いた先生は、足を組んで座っている体勢のまま口元に手をあてた。
「ふうん…。その話が確かなら、伯爵は間違いなく処罰される訳だが。
その後は…どうするか考えてるのか?」
「もっちろん!ただ…その時僕達がどうなってるかにもよる」
「どういう事だ?」
「………僕達は、伯爵が横領をしているという確信をしつつ、国に補助金の申請をした。それだけでも犯罪でしょう。
それに、確実に伯爵とその他を処分する為にと…証拠を集めている間にも、領民は苦しい生活を強いられている。
家を失ったり、家族を失ったり…だか、らふぁ?」
そこまで言うと、先生に片手で頬をぐわしと掴まれてしまった。
え、なに一体?なんで無表情でむにむにしてらっしゃる?地味に痛いのですが。
「………お前らはなんも悪くねえ。補助金は、まあ…いずれ返せばいいさ。
お前らの行いは間違っていない。よく…頑張ったな。
もしもあの皇帝が罰を下そうとしたら…俺が守ってやらあ。絶対にな」
「………ありがとう…先生…」
その言葉だけで充分。出てきそうになる涙を堪え…精一杯の笑顔を作る。
先生はそんな僕の頭を撫でて、そろそろ行くかと立ち上がる。
僕は先生の大きな背中を見つめ…なんだか心が温かくなるのを感じながら、後を追った。
「だからね。伯爵を追い出したら僕が後を継ぐの。でも学園は退学しなきゃ…両立出来ないもの。
母上は…あの人伯爵が投獄されたら、自主的に牢の中までついて行きそうなんだよね…。どっちにしても一緒には暮らせないから…やっぱ実家に帰ってもらおう。
使用人は、バジル以外は全員暇を出すよ。信用出来ないもん、家令もね。新しく数人雇おうと思って。もしくは孤児院から、優秀そうな子を…」
と、道中僕は先生に今後の計画を説明していた。
「…学園は絶対に退学するのか?」
「うん…残念だけど。もし爵位返還した場合は、僕達平民になるし」
「………………」
大丈夫。寂しいけど…友人達と、もう会えなくなる訳じゃないし。
先生にも会いに行ってあげるよー!と言ったのに無反応。苦笑いでもいいからアクションくれや!!!
ところで…なんかどんどん大通りから外れてるね?薄暗い路地裏をあっちこっち…一緒に歩いてるのが先生じゃなかったら、僕逃げてるレベルだよ?
段々と先生が人攫いに見えて来たよ?怖くなってきて先生の手を握るが…側から見りゃ通報待ったなしじゃないかな?
「………ここだ」
すると先生はようやく立ち止まった。
目の前には…到底事務所とかお店には見えないような建物が。
看板も何もありゃしない、ぱっと見ただのアパートメント。先生の友人、商売する気本当にあんの?
先生は僕の手を握ったままつかつかと入り込む。入って平気なんだよね…?
でも中は結構綺麗…小さめの複合ビルみたい。
とある扉の前で立ち止まり、先生はノックもせず開けた。
「入んぞ」
「いらっしゃー」
うげ!中は書類なのか紙だらけ…。先生の挨拶(?)に応えたのは…姿が埋もれて見えん!!
声からして男性なんだろうけど、生き埋めになってない?
「ああ、いじんなくていい。アイツはどこに何があるか全部把握してるから…下手に触ると喧しいぞ」
あらま。僕は男性を掘り出そうとする手を止める。
すると…窓際のデスクの辺りから、人の頭が出て来た!
「おーおー、そっちの娘っこが依頼人かー。よろ」
「よろしくお願いします…って先生、僕が女だって言ってあったの…?」
僕は今日私服だが、ちゃんと男装してるぞ?
「いや。そういう奴なんだよ…」
書類の山から出て来たのは…
「っきゃあああぁぁーーー!!!?」
「…?あ、わり」
「このど阿呆があっ!!!なんの為に前もって連絡したと思ってんだ!!?」
「だから謝ってんじゃん…」
なん、なんっで、全裸なのおー!!!?ばっちり見ちゃったんですがあ!!?
僕は先生の後ろに回り込み、ぎゅううっと抱き着いた。うう…もうお嫁に行けないい…!
「えー、もらったげようか?」
「やらん!!!とっとと服を着ろ!!」
「んだよー…。オメーが客連れて来るっつーから、数日ぶりに風呂入ってヒゲ剃ってー。そのまま寝ちまっただけだっつーの」
先生と男性は言い争いを始めた…。信用出来んのかな…この2人…?
というか、僕の悲鳴を聞いたヨミが顔出しとる!!!友人さんは平気なのか…!?
「お、闇の精霊?すげー強そう。わるいねー、お嬢ちゃんを脅かす気はなかったんだわ。だから殺気みたいの引っ込めてくんねー?」
…この人、強い!!?
「違うよ…恐怖心を完全に隠してるだけ…。でも、うん。強いとも言えるね…」
はー…何者ですか貴方は…。
「さっきは悪かったなー。
改めて。あたしは便利屋のジャン=バティスト・ファロだよ。好きに呼んでー」
「セレスタン・ラサーニュと申します…」
その後少し片付けられている接客スペースにて…お茶を出された僕達。
すでに服は着たようだが、僕は先生の後ろから出られない…!腕だけ伸ばし、いただきます…あら美味しい。
「おやま。慣れてない猫みたいな子だね。かわいー、オメーいつの間にロリコンになった?」
「ぶっ飛ばすぞ露出狂」
ファロさん…でいいかな?彼は男性にしては長い灰色の髪をオールバックにしている。
なんと言うか…不精っぽいところが先生と似てるね。
そして先生が頼りになるお兄さん風で、ファロさんは…なんか妖しい感じの人だなあ。キセルと和服が似合いそう…。
先生の後ろから僕はちょびっと顔を出す。さっきの光景は忘れよう…!っていうかなんでファロさんは気にしてないの!?
するとファロさんは、キリッとした表情になった。おお…仕事モードに入ったかな…!?
「お嬢ちゃん…あたしの親友がとんでもない事しちまったみたいだな…。
安心してくれ、コイツはきっちり責任取るから。だが…もしも示談を望むなら…」
「だから手ぇ出してねえーっつの!!!」
「あっははは!!!」
何言ってんですかねこの人…。
先生は怒鳴りながら蹴りを入れ、ファロさんは笑いながら避けている…。
こ、この2人…ラディ兄様とルキウス殿下の関係性に似てる…!
おふざけに満足したのか、ファロさんは今度こそ真面目に仕事モードに入ったようだ。
「それではお嬢ちゃん。ご依頼は?いなくなったペット探し?変態養護教諭の素性調査?」
「そろそろ真面目にやれ!!はあ…俺が説明すっから…」
「あ、待って!その前に…そのう、お代はいくらほどで…?」
これはきっちりしておかねば。もしも高額だったら…お金を稼いで出直さないと!
時価っていくらよ、僕に出せるのは金貨50枚までだ!!それだってギリギリなので、もっと少なければ尚良し!!
ファロさんは僕の言葉に、うーんと考え込んだ。
「んー……ねーお嬢ちゃん。オーバンの普段の様子、教えてくんない?」
「………はい?」
なんだ急に…?ゲルシェ先生の普段…?それとお代になんの関係が?
困った僕は先生の顔を見上げる。目が合うと…先生はため息をつき首を縦に振る。
「んっと…どこから話せばいいのやら…」
「お嬢ちゃんとの出会いからでいいよー」
出会い…か。
それは入学してすぐ…まだ僕が、前世を思い出す前…。
「最初は特に親しくなくて。というかゲルシェ先生は、誰に対しても一定の距離を取っていました。
僕はというと…ちょっと無茶をしていた頃で。よく倒れて医務室のお世話になっていました。
で、ほぼ毎週お世話になってたら…1ヶ月くらい経った頃。教室に戻ろうとしていた僕に…先生がジュースを一杯くれたんです。
なんで?と思いながらも受け取って…それがすごく美味しくて…。それからお世話になる度に、色々くれるようになって。その時に、ちょっとした世間話くらいするようになりました。
僕はあまり他人と関わりたくない時期だったので…先生の距離感が心地良かったんです。
他人が困っていたらさり気なく手助けしてくれて、それでいて心の中には踏み込んで来ない。黙って側で見守ってくれる…それが、嬉しかった。
で…夏期休暇に入る前。僕は友人と一緒に授業をサボって、その場所に医務室を選んだんです。その時も先生は僕の手助けをしてくれて…親しくなれたのは、その頃からかな?」
僕は先生に問い掛けた。先生は小さく笑って、「ああ、そうだったな」と言った。
ファロさんはそんな先生の様子に目を丸くしている。変な顔してた?
「それで…ファロさんにはすぐ見破られたけど。僕は普段男として生活してるんです。
もちろん先生も僕の事を男子生徒だと思っていたんだけど…とある事件で、先生にバレちゃって」
「オーバン…脱がしたのか…!?」
「俺じゃねえ!!……他の女生徒が脱がした現場を見ちまったんだよ!!!」
「どうなってんだ今のアカデミー…」
大体ルネちゃんのせいです。
「でもその時から、特別に気に掛けてくれるようになったんです。
それからは…単に授業をサボると追い出されるけど、苦しい時は察してくれて。お茶をくれて、話を聞いてくれて。僕にとって先生は…一番信頼出来る大人になったんです。
僕のワガママも「仕方ねえな」って聞いてくれて。僕の好きなお茶やお菓子を常備してくれるようになって…あ、僕の分だけじゃなくて、友人達の分も!
医務室に友人達と集まっている時は、先生はお茶を淹れてくれて。
最近じゃ僕達、勝手に淹れちゃってますけど。たまに一緒におしゃべりもするんです。
僕が大怪我した時も…学園を離れてついて来てくれて、僕の父親に話をしに行ってくれて。
今では…お父さんみたいに思ってます。
医務室の合鍵も「必要だろうから」ってくれました。助かってます!
それが僕の知る、普段のゲルシェ先生です。あの…これが何か…?」
「そっか〜…うんうん、ありがとー」
どういたしまして?なんか面白い話だったか?
先生はうっすら頬を染めている。レア顔ですね!ファロさんはニコニコとその様子を眺めてるし。
その時、ファロさんの後ろから黒猫が姿を現した。オッドアイだ!可愛い!
「あ、シグニ。…ねーお嬢ちゃん。あたしら今から大人の話するからー、ちょっとこのシグニと遊んでてくんない?
依頼内容はオーバンから聞いとくからさー」
「え、でも…僕の問題なのに」
「いいから。廊下に出て右側の部屋、そこもコイツの部屋だから。
ここは先生に任せて、そっち行ってな」
ええ〜…先生まで。僕がいちゃ出来ない話か…仕方ない、じゃあ席を外すか。
立ち上がった時、積み上がった書類を少し崩してしまった。あわわ、ごめんなさい!
「あー、いーよ!その辺のはもう要らないやつだから。
どっかの貴族の依頼とかー、興味ないから蹴っちゃった分だから」
……僕の依頼、受けてもらえるんだろうか?先生に任せよう…!
黒猫…シグニは大人しく僕に抱っこされ、一緒に廊下に出る。
ではお邪魔しま〜…ってここ居住区じゃない!?僕入っていいの…?
※
「他人と深入りしたがらないオーバンがねえ…随分と、砕けたなー」
「うるせえよ…」
セレスタンがいなくなった後。ファロは変わらぬ様子でゲルシェに話し掛ける。
「だってよー、昔からそうだったじゃん。皇子っつー立場に寄って来る人間もそうじゃない人間も、みーんな拒否してただろ。
私物に触れるような奴はぜってー許さねえし。宮の自分の部屋に、使用人だって入れなかっただろー?
大人になっても変わんねーと思ってたけど…いつの間にねえ。
……本気で、再婚でもすんのかと思ったよー」
「…………それは、ねえよ…」
ファロはゲルシェが家族以外で唯一心を開いた人間だ。
そんなファロは、当然亡くなったゲルシェの妻とも知り合いだった。
「元々人見知りだったけどよー。…イェシカちゃんが亡くなった後、更に閉じ籠っただろ。
学園に勤務してても、生徒にも教師仲間にも壁作ってたくせによー。あの子はどっか特別だったか?」
「……………」
ゲルシェにとって、セレスタンが特別かと聞かれれば…その通りだと言える。
「……なんでだったかな。いつも通り壁作ってたはずなんだが…なんつーか、向こうは俺なんかより更に高くて分厚い壁張ってたんだよな。
それなのに、その壁はボロボロで…ちょいっと突つきゃ一気に崩れそうで。
好奇心で隙間から中を覗いてみりゃ、小さい子供が1人で泣いていた感じ…か?
流石に放っておけなくて、壁を壊さねえようゆっくり登って保護して…。
他に場所もねえから、俺の壁の中に連れてったんだよ。そしたら少しずつ元気になってきてな。それどころか仲間もどんどん連れて来るし…。
今では…元気過ぎて、飛び出そうとしてるわ」
「ふーん…。引き留めようとは思わないのか?」
ファロはニヤニヤしながら訊ねた。
ゲルシェはそんな彼にチョップをくれてから答える。
「思わねえよ。…でも本人が残りたいって言うなら、追い出しはしない」
「へえ〜?お嬢ちゃんは、イェシカちゃんに通じる何かがあったのかな〜?」
「あ?ねえよ。イェシカとセレスタンじゃ、似ても似つかねえだろうが。
イェシカはあんなにお騒がせ人間じゃなくて、もっとお淑やかだったし。
俺の事をぶん回したりしねえで、むしろ俺の止まり木になってくれていた。
……放っておけないのは、どっちも同じだがな。それに、大口開けて馬鹿笑いするところもな…」
いつも亡き妻の事を語る際のゲルシェは、辛そうな顔をしていたのだが…今は穏やかに微笑んでいる。
その変化を…ファロは我が事のように喜んでいるのであった。
「ふふーん。親友の壁を取っ払ってくれた恩人ちゃんじゃー、サービスしねえとなー。
で、ご依頼は?お代はオメーが払えよー」
「…仕方ねえなあ。依頼はだな…」
※
まだ終わんないかなー…。
ファロさんの居住区と思われる部屋で待っているが、遅いなー。
遊んでろと言われても、シグニはずっと僕の膝の上で眠ってるし。ていうか、精霊達が勝手に部屋探検してる…荒らしちゃ駄目だよ?
「シャーリィ…こんなのあった…」
?どれどれ、ヨミが手に持っているのは………!!!!??
ガチャッ
「おっ待たせー!依頼はジャンおにーさんが引き受けましたよー。
大船に乗ったつもりで……あれ、セレスタンちゃん。その本はまだキミには早いかなー?」
「ってお前何持ってんだ!!?」
「ち、ちがっ、ヨミが、見つけ…!!!」
ヨミが手にしているのは……大量のエロ本だった。しかもそのうちの1冊を、開いて差し出して来やがった…!!
表紙を見るだけならまだいいが、中身は見せないでくれるかなあ!!?
「それねー、こないだ受けた依頼のお代として置いてかれたんだよねー」
「え…じゃあ僕も、エロ本買って来なきゃ駄目ですか…!?」
「え……無垢な女の子に無理矢理エロ本買わすって…なんかイイかも…」
「全然良くねええぇーーー!!!!」
けらけら笑うファロさんと、僕の手からエロ本を奪ってファロさんに投げつける先生。
お代がエロ本て…自由すぎる!!!
「いやあ、ちゃんとお金も貰ったよー。
依頼主の奥さんが、浮気された腹いせに旦那さんのエロ本全部置いてったんだよー。
オーバン、いくつか持ってくー?」
「要らん!!!」
そのまま先生は僕の手を取り、「帰るぞ!」と言ってずんずん歩く。
ちょ、結局依頼料は!?
「いーのいーの!お代はお父さんから貰うから。
じゃ、結果をお楽しみにね〜」
お父さん???
全く理解出来ないんだが…どうやら受けてもらえた…で、いいんだよね?




