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勘当されたい悪役は自由に生きる  作者: 雨野
学園1年生編
67/222

◼️ある年の冬の出会い・前



 グランツ皇国新暦77年。


 この年、国を大寒波が襲う。



 ラサーニュ領も当然例外ではない。

 そしてこの地域には、路上生活者が多数いた。その多くは子供であり…彼らは皆、寒さに命を奪われた。



 ただ1人を除いて。

 

 その少年は、幼い頃異国よりやって来た。しかしその経緯は不明である、本人も覚えていないのだ。

 少年は他の子供よりも頑丈で、食事が少なくても辛うじて生き延び。厳しい冬も毎年乗り越え。この年の寒波で…仲間の全てが死に絶えても、彼は生き残った。



 とはいえ、不死身という訳ではない。持ち前の足の速さで盗みを繰り返し、頑丈さで苦しい日々に耐えてきたが…ついに限界を迎える。

 しんしんと雪が降り積もる中、少年は薄着で靴も履いてなく。人々が行き交う通りを眺めながら…ゆっくりと、倒れた。




「(………記憶の中の、風景。おれが本当にいるはずだった場所。帰りたい…帰り、たい…。

 なんでおれは、こんな所で…1人惨めに死んでいくんだろうな…)」


 


 走馬灯のように、彼の脳内でこれまでの人生が再生される。



 始まりは、遠い国。綺麗な服を着て…沢山の人から愛されていた気がする。

 それがいつの間にか、全てを失った。代わりに手に入れたものは、過酷な環境と同じ境遇の仲間達。

 その仲間が次々に死んだり出て行ったりし、減っては増える日々。


 そして、今年。

 背が高くて掠れた声の少年も。気が強く皆のお姉さん的存在だった少女も。小柄ですばしっこい少年も。他の幼い子供達も…寒さに耐え切れず皆死んだ。


 この少年は全員の死を見届けた後…1人、教会を後にした。





 少年は目を閉じ、静かに最期の時を待つ。

 もういい。いつか帰れる日を夢見て頑張って来たが…もう、いい。


 自分はここで死ぬ運命だったんだ。


 

 少年の頬を、一筋の涙が伝う。




 ざく…



「………………?」



 何か物音がして…少しだけ、目を開いた。


 そこには、誰かの足があった。



「(物盗りか…?あいにくだが、おれは何も持っていない。残念…だった、な……)」




「……冷たい。でもまだ、呼吸はしている…」



 寒さで感覚など全て凍りついてしまったと思っていた少年は、顔に触れる温もりに驚いた。



「よい、しょ…重い…。どっせー…い」



 そして、全身を何かに包まれた。だが少年の意識は、そこで途絶える。





 ※※※





「………ん…」



 次に少年が目覚めたのは、立派な部屋の中。

 家具は必要最低限しかない、生活感のあまりない部屋だった。


 凍えていた全身は暖かい布団に包まれている。まだうまく動かせないが。

 ここはどこだろう。もしや死後の世界というやつだろうか。少年は最後の記憶を一生懸命に辿る。


 最後…誰かに、拾われた?この部屋の様子からして、金持ちだろうか。

 何故?…道楽?気まぐれ、なんでもいい。生きているなら。

 命さえあれば…隙を見て逃げ出せる。


 そんな事を考えていたら、部屋の扉が開く音がした。



「!」



 まだ満足に頭も身体も動かない。少年はとりあえず寝たふりをした。

 部屋に入ってきた誰かは、真っ直ぐベッドに向かってくる。


 そしてその誰かは優しく少年の頬を、髪を撫でた。



「まだ起きないか…」



「(……女の声…?)」



 その声の持ち主は、暫くそうして少年を撫で…離れた。

 しかし部屋から出て行く事はなく、机に向かい椅子に座る。少年は薄目を開けて観察してみたが…背中しか見えない。予想よりも小さい背中。

 ただその緋色の髪が、少年にはとても美しく輝いて見えた。


 そして…またゆっくりと目を閉じ、眠りにつく。





 次の日。少年は空腹感に襲われ目を覚ました。



「…あ!」



 するとちょうど…昨日も見た緋色の髪が目に映る。

 その髪の持ち主は…長い前髪と眼鏡で顔は見えない。服装からして、男。少年よりいくつか幼い子供だった。

 少年の顔を覗き込んでいたらしい。彼が目を開けると、子供は嬉しそうな声をあげた。



「よかった…起きてくれて…。意識が無いと、食事も出来ないもの。

 スープ、飲める?」


 子供は細い腕で一生懸命に少年の体を起こし、背中にクッションを挟んで座らせた。

 その後小さい器を差しだす。中には湯気が立った、良い匂いのするスープが入っている。


「(毒とか…入ってないよな…?どっちにしても、このままじゃおれは死ぬ。なら最期に、美味いもんでも食いたい…)」


 少年は空腹だったが…上手く腕を動かせない。このまま受け取ったら器をひっくり返してしまいそうだった。

 それに気付いた子供は、スプーンで一口分掬い…ふーっと冷ましてから少年の口に運ぶ。

 口から零れてしまった分は優しく布で拭き取り、無くなるまで繰り返した。



「これ以上はお腹壊しちゃうから…お昼にまた持って来るね」


 子供はそう言い、器を持って部屋を出た。

 その数分後、子供と一緒に白衣を着た年老いた男が現れた。


 

「うん…栄養不足だが、病気などは無いですな。

 ゆっくりと食べさせてやれば、すぐ元気になるでしょう」


「良かった…」


 男は医者のようで、少年の診察をする。

 子供は結果に安堵したようで、ほっと胸を撫で下ろす。



「ですが坊ちゃん…旦那様にはどう説明するおつもりで?」


「……なんとか、話してみるよ…」


 

 2人のやり取り少年はぼんやりと眺めていた。今分かる事は…とりあえずこの2人に敵意は無さそう、という事。

 ならば体力が戻るまでの間…大人しく言う事を聞いておこう、と心に決めた。



 その日の昼と夜。子供はスープを同じように少年に食べさせた。

 どうやらこの部屋は子供の部屋のようで、彼自身はソファーに横になった。


「おやすみ」


 そう言って部屋の明かりを消す。


「(このベッドはあいつのか…おれのほうを、ソファーに寝かせればいいのに…)」


 少年はそんな事を考えながら、自分も眠りにつく。





 次の日。子供はスープだけでなく、粥状のオートミールも持って来た。少しずつ固形物を食べさせようとしているらしい。


「…くっさ!!」


「初めて喋ったと思ったらそれなの?

 薬草が入ってるからね、我慢して…」


 あまりの臭さに、これは人が食える物なのか!?と少年は抵抗しようとしたが…子供がしょんぼりしてしまったので、なんとか堪えた。

 しかしキツい臭いだ。ゴミすらももう少しマシだと思いながら…なんとか完食する。



「うぷ…まさか、毎食コレか…?」


「違うよ、今回だけ。お昼は普通のオートミール持って来るから。

 よく食べ切ったね、お疲れ様」


 吐きそうになるのを堪える少年の頭を、子供は優しく撫でた。表情は見えないが…どうやら微笑んでいるらしい。



 その後数日間、同じような生活が続く。

 少年はすでに元通り動けるようになっていたが…まだ不自由な振りをしていた。




 数日の間、子供は殆ど部屋で過ごしていた。

 外は大雪だから出られないのだろうが…何故家族と過ごさないのか。少年は疑問だった。



 少年と子供は数日の間に、少し親しくなっていた。

 そして分かったのは、この屋敷は領主である伯爵邸。この子供は嫡男、セレスタン・ラサーニュというらしい。

 


 その話を聞いた少年は…複雑な心境に陥った。

 領主とは、領民を守って然るべき存在のはず。

 だというのに伯爵は、領民の中でも「税が重い」「浮浪児が多い」「無能領主」と裏では囁かれている。


 子供は命の恩人だとしても、この家は自分達の敵だ。少年はそう考えた。


 許せない…自分達はその日を生きるのに一生懸命で、挙げ句の果てには全員死んでいったと言うのに。

 貴族とはこうやって暖かい部屋で充分な食事を摂り、ぬくぬくと暮らしている。


 最下層の人間が、どんな思いで生きているかも知らないで…!!

 家畜よりも下の扱いをされ、人間の尊厳すらも失っているというのに…!

 


 少年の憎悪は日に日に膨れ上がり、それは…セレスタンにも向けられる事になる。









 セレスタンが少年を拾ってから、一週間後の夜。



 屋敷中が寝静まる中。少年はベッドから降り、ソファーで眠るセレスタンに近付き…冷たい目で見下ろした。


 セレスタンの布団を剥ぎ、ゆっくりとその細い首に手をかけようとして…ある事に気付く。


「……?」


 なんだ、これは。

 少年はセレスタンの寝巻きのボタンを2つ外した。

 その胸部には、自分には無い膨らみがあったのだ。


「女…?」


 少年は少し考え…セレスタンを抱き上げ、ベッドまで運び放り投げた。

 そして彼女の上に馬乗りになり、その前髪をかき上げる。セレスタンは衝撃で目を覚ました。

 


「…?……良かった…動けるように、なったんだね」


「…………」



 この状況で、第一声がそれか。少年は更に苛立った。

 セレスタンの襟を掴み、乱暴に残りのボタンを引き千切る。彼女は自分の胸が露わになっている事に気付き、一瞬で顔を赤くさせた。

 だがまだ寝惚けているのか…抵抗はあまりない。その様子に少年は、ついに怒りの限界値を超えた。



「状況を分かってるか?お嬢様。お前は今から、薄汚い男に陵辱される。精々楽しませろ。その後…その首を、落とす。

 お前らのせいで…おれの仲間は、皆死んだ。為す術もなく、理不尽に殺された。

 泣き叫んで、助けを求めたらどうだ?おれを殺すよう、命じればいい」


 少年はわざと煽るような事を言った。

 これ以上ここにいたら…貴族への憎しみと、少女への情が渦を巻き…気が狂ってしまう。


 だからもう…死のうと思った。最期に、この少女だけ道連れにして…。



「仲間…?死ん、だ…?

 君は、孤児院から逃げて来たんじゃないの…?バジルみたいな家の無い子供達は皆、幸せに暮らしてるって、父上が…言って…」


「まだ寝惚けているのか?この町に、孤児院はない。

 皆寒空の下、身を寄せ合って生きていた。お前らは、それすらも許さなかった!!」



 セレスタンは大きく目を見開いた。嘘のような話だったが…彼の様子から、真実だと伝わってくる。

 次第に目には涙が浮かんでいたが…自分に泣く資格はないと、堪えた。

 そして、自分の無知を恥じ…彼女は、一切の抵抗をしなかった。目もとっくに覚めているだろうに。



 そして、虚な目をする。

 少年はその目に覚えがあった。全てを諦めた、人生に絶望した目だった。

 仲間の最期を看取る時…何度も見た目だ。こんな苦しい思いをするのなら、いっそ生まれて来たくなかった、と…。


 なんで。裕福な家庭に生まれ、恵まれた環境で暮らしているくせに…どうしてそんな目をする!?



「……いいよ、それで君の気が済むのなら。

 どうせこの身体は近い将来、誰かに無理矢理暴かれる事になるのだから。それが少し早まるだけ…。


 ああ…でも。妹には手を出さないで。お願いだから…あの子には、辛い目に遭って欲しくないの。

 その代わり、僕の事なら…犯すなり殺すなり、好きにしてくれていいから…。


 君には僕に復讐する権利があり、僕はそれを受け入れる義務がある。僕は…」


「…………!!!」


 その言葉を聞いた少年は、セレスタンの髪を強く握り頭を持ち上げる。



「どうしてだ!!!!抵抗しろよ、嫌だやめてと泣き叫べ!!!

 なんっ、で、お前は…!!全てを受け入れて、諦める事が出来る!!!?」


「…っつ…!……泣いてるの…?」


 少年はセレスタンに乱暴をしながら…大粒の涙を流していた。

 セレスタンはそんな少年の頬に手を伸ばし…優しく涙を拭った。



「……あっ…!く……う、ぐ…っ!!」


 

 少年はセレスタンの喉元に噛み付いた。理性の無い獣のように、彼女の柔らかい肉を貪った。

 肩を、胸を、腕を…口の中に血の味が広がろうと、やめなかった。


 セレスタンは激痛に耐え切れず涙を流しながらも…微笑みを絶やさず、少年に手を伸ばしその頭を撫で続けた。

 まるで傷付き怯える獣を刺激しないよう、声を上げず抵抗せず、されるがままに少年に身を任せる。



「………っ」



 少年は、セレスタンが泣き叫び命乞いをする姿が見たかった。自分達のように、惨めに理不尽に殺されてしまえばいいと…それなのに。

 恐怖と苦痛に身体を震わせながらも、彼女は全てを受け入れた。

 このまま純潔を奪っても、命を奪っても…彼女は少年を恨む事などしないだろう。



 少年は行為をやめ…セレスタンの上に倒れ込む。

 彼女はそんな少年を優しく包み込んだ。

 



「なんで…だよ…。自分は悪くないって…言えよ…。

 お前みたいな子供が…なんで…。

 全部大人のせいだって、言えよ……。


 おれは…こんなことが、したいんじゃない…。

 ただ、ただ…誰かに…知っておいて欲しかった、だけ。

 一生懸命に、生きて。短い命を、燃やしつくした…誰かが、いたんだってことを…!」

 



 セレスタンの覚悟を感じ取った少年は…未だ涙を流しながら、彼女にそっと口付けをした。


 紅い血が彼女の唇を染め…美しくもあり恐ろしくも見える。


 彼女を血に染めたのは…自分だ。




「う…うぐ…うああ、あああ、あ…!

 …ごめん…ごめん、なさい…!!」


 

 そのまま傷だらけのセレスタンを抱き締め…嗚咽を漏らしながら謝罪の言葉を口にする。

 セレスタンも少年を強く抱き返し、静かに泣いていた。




 2人はそのまま…眠りに落ちた。



サブタイトルに◼️がつく話は、セレスタンが前世の記憶を思い出さなかった世界線、分岐した歴史の話。

ある意味では正史、もしくは漫画の世界とも。

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