sideランドール
「ルキウス。次の生徒会長は、やはりルクトルか?」
「そうなるな、あいつなら大丈夫だ。…そろそろ次の役員も選出しないとな…」
「皇族は必ず生徒会に参加する決まりとかあったか?」
「いや。ただ暗黙の了解のように選出されてはいたが。
でもルシアンは嫌がりそうだし…私としても、あいつは生徒会とか向いてないように思える。
そういえば、叔父上も断固拒否していたと聞いている」
「あー…嫌がりそうだな」
俺は友人でこの国の皇太子でもあるルキウスと、そんな話をしていた。
時間は昼、場所は学食。俺達は大体この2人か、ルクトルを入れた3人で飯を食う。
今日はルクトルは他の友人と食ってるみたいだな。ルキウスと違い、あいつにはそれなりに友人がいるから。
まあ…俺も人の事は言えないが。世間話くらいをする友人はいても、共に外出するような相手は皇子2人以外いない。数ヶ月前までは、な。
現在も俺達の近くにはあまり生徒がいない。皆ルキウスに遠慮しているのだろう。
そしてこの学園の生徒会は、現生徒会長と顧問教師の指名により役員を選出する。
ただ顧問はゲルシェ先生なので…完全に丸投げされているが。
何か書類を持って行っても、サッと目を通して「はいオッケー」とさっさと許可を出す。
だがちゃんと見ているらしく、「ここは修正しとけ」と言う事もある。稀に。
生徒会役員は、1年生を除く全学年から2人ずつ選出される。
そして5年生から生徒会長。もう1人の5年生と、4年生から1人副会長が選ばれる。
つまり現在、生徒会長はルキウス。副会長は俺とルクトルなのだ。
そろそろ、現1年生から2人選出しないといけない。
指名されても断る事も可能だが、受けたら5年生まで続けなければならない。
「しかし…悩むな…」
「ああ…1人はセレスが決まっているが」
「そうだな…。…………そうなのか?」
「ああ。俺が決めた」
「………………」
ルキウスが胡乱な目をしている。ただし反対はしない以上…悪くはないと思っているのだろう。
普段下級生とはあまり交流が無かったりするので、大体成績とか教師の評価で決めるのだ。なので現時点で1年生はラサーニュ嬢が有力候補だが…俺達の本能が囁く、彼女はやめておけ、と…。
折角今年は1年生に知り合いも多いのだから、成績以外でも決めたい。
「成績次点でいえばエリゼだな。彼は優秀だし冷静沈着だし、真っ直ぐな少年だとは思うのだが…」
「少々、素行と言うか…言動に難ありか」
彼は言葉がやや悪い、オブラートに包むという事をしないのである。なんでもズバズバ言ってしまう。親しい友人間では問題無いが…組織では、心配だ。
「やはりマクロンか…彼が適任だと思う」
俺もルキウスの意見には同意する。成績優秀、品行方正という言葉がよく似合う少年だ。
セレスが関わらなければ、だが。俺はまだあのセクハラを忘れていないからな。
「ヴィヴィエ嬢も捨てがたいよな。でもそうなると…候補が3人か」
「ふむ…ラサーニュ、マクロン、ルネ嬢か…いっそ、本人達に聞いてみてしまうか?」
その手もある。3人共仲良しだし、2人決めてくれるかもしれない。
あ、噂をすれば。セレス達が学食に現れた。
彼らはルシアン殿下が加わり、8人揃って食事する事が多いのだ。
だが…何故かエリゼは真っ赤な顔で、ブラジリエに引き摺られている?セレスもやや頬が赤く、緩い顔をしている。何かあったのだろうか。
「声を掛けてくる」
「ああ」
俺は席を立ち、彼らに近付く。
「どうしたんだ?」
「あ、兄様!いやあ〜…それがねえ、僕とエリゼが…む?」
「なん、でも、ない!!!」
?エリゼが高速でセレスの口を塞ぐ。よく見ると…マクロンとラサーニュ嬢が顔を渋くさせている。他の子達はいつも通りだが…この4人に何かあったのだろうか。
まあいいか。放課後セレスと約束があるし…その時に聞いてみよう。
「セレス。それとマクロン、ヴィヴィエ嬢に話があるんだが」
「?はい、なんでしょう?」
まともに話が出来そうなヴィヴィエ嬢に、生徒会役員の話をした。
君達3人が有力候補なのだが…3人共捨て難く、俺達には決められない。なので本人達の意思を尊重したい、と。
「まあ…分かりましたわ、話し合っておきます。
いつまでにお返事をしたらよろしいでしょうか?」
「そうだな…今週中には頼みたい」
「はい」
うん、これでよし。
セレスに「また後で」と告げ、ルキウスの所に戻る。
「言っておいた。今週中に返事をくれとも」
「ありがとう」
その後は黙々と飯を食うが…さっきセレスの顔を見たせいか、クレール先生の顔を思い浮かべてしまった。
すると…自然に頬が緩む。ルキウスは俺がこういう顔をする時は、先生を思い浮かべている時だと知っているので何も言わない。
まさかセレスが知っていたとは…本当は、プロポーズして結婚が決まってから報告して驚かせたかったんだがなあ。
俺は彼女が好きだ。クレール先生以外の伴侶は考えられない。
本人はただの行き遅れだと自虐するが…俺にとっては、それは俺と出会う為だったんじゃないかと思っている。
もしも彼女がすでに結婚していたら。学園に勤務もしていなくて…俺は出会う事すら無かったんじゃないかと。
自慢する訳ではないが、俺はモテる。声を掛けてくる女性は沢山いたが…どうしても、そういう感情を抱く事は出来ない。
彼女だけなんだ。彼女の全てが欲しい。俺だけを見て欲しい。俺を受け入れて欲しい…。
「………なあルキウス。お前、まだ婚約者出来ないのか?」
「…………やかましい」
幼馴染でもあるこの皇子。昔から顔が怖くて…令嬢は大体泣く。
少し交流をすればこいつが悪い奴じゃないと分かるはずなんだがなあ…憐れ。
「あだっ」
「今ムカつく事考えただろう」
ったく…親友にチョップをするんじゃあない。
そんな話をしていたら、ルキウスが何かを思い出したかのように声を出した。
「そういえば…先日、ラサーニュとマクロンが父上に謁見した後。
ラサーニュがあまりに可愛らしいから…もしもあの子が女の子だったら、私の嫁にしたかったと父上が言っていたな」
「ごふぉ」
げほ…水を吹き出すところだった…。
「それか、ルクトルでもルシアンでも。だが2人にその話をしたら、複雑そうな顔をしていた。何故だろう?」
そりゃそうだ。セレスは本当に女の子なんだから。そして三兄弟でそれを知らないのは、お前だけだ。
俺がその事を知ったのは、偶然だった。
具体的に言うと…俺が医務室で寝てたら、勝手に向こうがそんな話を始めたのだ…。
※※※
あの日俺は、ゲルシェ先生に生徒会の書類を届けに行ったんだ。
するといつも通り不在だったので…何故か高級品に変わった布団で横になって待つ事に。
しかし待っている間に眠ってしまった。目を覚ますと、複数の話し声が。先生と、セレスもいる?カーテンを閉めて布団を被っていたせいで、俺に誰も気付かなかったようだな。
俺は起き上がり、声を掛けようとしたのだが…
『セレスはいつから男装をしていたんだ?
私のほうで戸籍を調べてみたが、しっかり出生時から男になっているじゃないか』
「!!!!??」
俺は身体が硬直し…なんかとんでもない話を聞いてしまっているんじゃないかと…汗が滝のように流れ出た。
そして続くセレスの話を聞いているうちに…怒りが沸いてきた。
『父親が、ね…。知っての通り、僕に兄弟はロッティしかいない。生まれたのは女2人、母は身体が弱くて3人目は望めない。
伯爵は血筋に拘っていて、自分の子供以外に後を継がせたくない。でも女には継承権が無い…愛人を迎えて、他の女性に男児を産んでもらうのも拒んだ。
結果。先に生まれた僕、セレスタンを男として届け、育てた。僕が女だって知ってるのは…現在屋敷の中では伯爵と医者のみ。
あとはまあ、ここにいる3人とエリゼだね。でもルクトル殿下も気付いてるんだってね…』
『……其方を男として育てて。結婚はどうするつもりだったんだ?世間的には嫁を迎えるしかないだろうが、女性同士では子も授かるまい』
『あー…僕の予想だけど。例えば、ルネちゃんを僕のお嫁さんとして家に迎えるとして。
ルネちゃんにはお金でも握らせるか弱みを握るかして…仮面夫婦を演じてもらう。
社交は揃って出てもらうし、来客も伯爵夫人として対応してもらう。
その裏で…そうだね、ルシアンを僕に宛てがって…僕を孕ませる。
そして男の子が生まれたら、その子を正当な後継者にする…ってとこかな…。
もしも生まれたのが女の子だったら…男の子が生まれるまで繰り返されるんだろうね…。
子供はルネちゃんが産んだ事にして育てる。かな…』
『『『……………』』』
セレス以外の3人が黙ったのが分かった。
彼女は今、どんな表情でこんな話をしているのだろうか…。
俺は一度だけ会った事がある伯爵を思い出し…怒りが溢れてくる。
布団を握り締める手が震える、視界が揺れる。
許さない、あの子にこんな事を言わせるなんて。女の子なのに男である事を強要するなんて。
今度会ったら…どうしてくれようか…!!!
『でもさあ、どうせ僕の子供に後を継がせるなら…別に僕を男にしなくてもいいんじゃない?って思った事もある。
僕がお婿さんを迎えて、子供を産んで。その子が成人するまで、父が当主でいればいいじゃん。
でも、もしも事故に遭ったら。病気になったら。そんな時の為の保険が僕。
結局…あの人にとって僕はその程度。そんな理由で、愛も無い男性と交わらないといけないくらいなら。そんなの…死んだほうがマシ』
『…セレスちゃん。お願い、死ぬなんて言わないで…!』
『……うん、ごめんね。ありがとう、ルネちゃん。
大丈夫だよ!絶対に、なんとかするから。だから泣かないで…』
その後は3人で、これまでの出来事をルシアン殿下に説明しているようだった。
そうか、セレスは女の子だったのか…。
納得すると、色々な事が腑に落ちた。
初めて会った時、胸に巻いていたのはサラシか。そして異様に恥ずかしがっていたのは…初対面の男に胸元を触られて、羞恥に悶えていたのか…!!!
生徒会室で昼を食べた日。俺とルクトル、ルキウスで彼女を奪い合った時。
ルクトルが急に態度を変えたのは、あの時に勘付いたからだったのか。
初めて2人で街に行った日。女物の眼鏡を気にしていたのは。これを自分が着けたら、女の子だとバレないか不安になっていたのか…。
等々。むしろなんで今まで気付かなかった?とすら思える。
さて。盗み聞く形になってしまったが…俺も仲間に入れてもらおうかな。俺は絶対に、誰にも言わないし。
「話は聞かせてもらった!」みたいな感じで、格好良く登場しよう!今は雑談してるし。そう思っていたら…風向きが変わった。
『そういえば僕、最近胸が苦しくて…。
あ、甘酸っぱいやつじゃないよ、物理で。サラシでぺったんこに潰すのにも限界が近いかなー…。
このままどんどん大きくなっちゃったらどうしよう?』
『『「ごフォッッッ!!!」』』
セレスがいきなりそんな事を言うもんだから、俺は先生とルシアン殿下と同時に吹き出していた。バレなくて良かった………!!
いきなり登場しにくくなってしまったぞ。しかも、ヴィヴィエ嬢がベッドのほうに向かって来る!!?
今動いたらマズい!!俺は固唾を飲んで神に祈った。
祈りが通じたのか、なんとか彼女達は俺のいるベッドとは反対側に行ってくれた。
いや…むしろここで見つかったほうが何倍もマシだった……。
カーテンの向こう側で…ヴィヴィエ嬢がセレスを脱がしている音がする…俺はセレスに対して「可愛い妹」以上の感情は持っていないが。
年下の女の子2人のそういった行動を、強制的に聞かされていると…背徳的というかなんというか。イケナイ事をしている気分になる!!!
これではルキウスの事をむっつり変態皇子なんて言えん。今の俺こそ、変態覗き魔じゃないか!?
しかも男2人が耐えきれず廊下に飛び出した音が。待ってくれ、俺を置いていくな!!!
『うーん、これからは少し緩めにして、大きな制服を作ってダボっと着こなすしかありませんわね。
それかジャケットの下にベストを着て、更にシャツの下にも肌着を着てひたすら厚着する。でも夏が大変だわ…』
『大丈夫かなあ』
『セレスちゃん、今の時点で私よりも大きくてよ?このままどんどん大きくなったら…ふふ、楽しみだわ』
『きゃー!!!触んないでよう!!』
…………次に2人と顔を合わせた時俺は、胸部を見比べてしまうかもしれない。
「そうか、セレスはコレより大きいのか」…と。
その数分後。ラサーニュ嬢が暴れ始めたところで、俺は騒動に紛れて窓から脱出することに成功した。
命からがら生徒会室に逃げ帰り…ソファーにぶっ倒れた。
他の役員は俺の行動を特に気にはしない。だがルキウスが近付いて来た。
『何やってるんだお前…ちゃんと先生のサインを貰って来てくれたのか?』
『貰える訳無いだろうはっ倒すぞ!!!』
『なんでお前がキレてるんだ!はっ倒すはこっちのセリフだ!!!』
ルキウスは俺の苦労を知らない!!!
次の日俺は、改めて書類を持って行った。
よし…先生しかいないな。サインを貰いながら、俺は昨日の出来事を先生に教えた。
『…聞いてた、のか……』
『お願いですから……秘密の話をする時は、部屋に誰もいないのを徹底的に確認してからにしてください!!!』
『おう…でも、聞かれたのがお前で良かった…』
先生は頭を抱えた。もちろん俺は誰にも言わない、と約束する。
だがセレス達には…俺が知っているという事を、まだ教えないよう頼んだ。
俺の口から、彼女に伝えたかった。
お前が女の子だろうと…俺は変わらずお前の兄だ、と言うのだ。
そう。セレスが女の子だと判明した訳だが、俺は何も変わらなかった。
ただ弟が妹に変わっただけ、でもこれからはもっと甘やかしてしまうかもな…。
剣術大会にエントリーしたと聞いた時は驚いた。勝ち上がって来た時はもっと驚いた。
ルクトルはハラハラしていたが…俺はここまで来たセレスが弱い訳が無い!と信頼していたぞ。
その後皇宮でマクロンが俺の可愛い妹にセクハラしてるのを見た時は。
ぶっ飛ばしてやろうかと思ったが…彼が本気でセレスを想っているのが伝わってきた。
なので、まあ…セレスが嫌でなければ、まあ。うん、ね。
そして、つい先日。セレスが斬られた瞬間俺は…頭が真っ白になった。
気が付いた時にはこの手でサイカの胸ぐらを掴み、ボコボコにぶん殴っていたのだ。
周囲には止められたが俺は止まらなかった。もしもフェンリルがアイツを殺さなかったら…俺が殴り殺していたかもしれない…!
※※※
そんな風にここ数ヶ月の出来事を思い出していた。
初対面では、俺よりも皇子兄弟のほうが、セレス達を気に入っていた。
だがそれは…実の弟に相手にされない寂しさから来るものだったのだ。そんな事は本人達も理解していた。だから…まるで弟の代替品のように思ってしまう自分達が嫌だと言っていたな。
なんやかんやあってルシアン殿下は素直になって。ルキウス達にとってあの2人は、可愛い後輩になっていた。
それと入れ替わるように、俺にとってセレスは大事な存在になっていた。
あの子の涙を見た時に…スイッチが入ったというか。どうしても、構わずにはいられないのだ。
でも、自分でも不思議だ。どうして俺は、セレスに恋愛感情が無いのか。
もちろんすでに本命がいるからだろうけど。それとは違う…なんだろう?
女の子だって知ってからも、あの子を膝に乗っけたり手を繋ぐ事に抵抗が無い。それが自然の形に思えるのだ。
あの子が応援してくれれば、俺はどんな困難も乗り越えられる。
そして俺は兄として…あの子の幸せを見届けたい。
「……なあ、もしも本当にセレスが女の子だったら。お前…求婚したか?」
「?珍しいな、ランドールがそんな話をするとは。
ふむ…あの子は私の事を怖がらないし。ルシアンを変えてくれたように、最上級精霊が守護するように。不思議な魅力があるな。
それに小動物系だし…うん、そうだな。求婚していたかもしれないな」
ルキウスは冗談で言っているんだろうが…俺はこの時、ルキウスかセレスのどっちかが結婚するまで、コイツには真実を話さねえと心に決めた。
いやルキウスの事は認めているが。コイツならセレスを幸せにしてくれると思う。
しかしコイツと結婚したら…将来セレスは皇后となる。多分あの子は、それを望まない。
セレスはもっと自由に生きて欲しい。身分とか立場とか、そんなものに囚われないで欲しい。
とはいえ心の底から2人が愛し合っているのであれば、きっと力を合わせて乗り越えられるだろう。だが、この2人がそうなるとは思えないんだよな…。
ランチも終了し、教室に戻る。
今日の放課後は、セレスと一緒にどこへ行こうかな?雑誌に載っていた、新しいカフェに行ってみようか。
奢ってあげたら…「だからお金使わないでよう!」と怒るかもしれない。
だがその姿が可愛らしくて…ついつい怒らせてしまいたくなるのだ。
これは俺の特権だ。ルキウスにもマクロンにも、ラサーニュ嬢にも譲らない。
放課後を楽しみにしつつ…足取り軽く、廊下を進むのだ。
ランドールは、どんな時でもセレスタンの兄弟です。




