表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勘当されたい悪役は自由に生きる  作者: 雨野
学園1年生編
55/222

44


 

 ここは、どこだろう。






 上も下も…重力を感じない、真っ暗な空間。なのに自分の手足は見える…不思議。

 


 そんな空間を漂う僕。どのくらい漂っていたか、時間の感覚がないので分からない。


 暇すぎて…泳ぐ練習をしてみた。

 実は僕、泳げないのである。正確には、泳いだことが無いのである。

 前世では運動としてプールに入ったことはあるが…必ず誰かに手を引かれ、水の中を歩いたり足をバタつかせただけ。

 今世では当然水着になどなれず、海水浴など夢のまた夢…華麗に泳いでみたい。


 バタフライって格好いいよね、やってみよう。

 ……どんどん沈んでいくイメージしか出来ない、やめよう。そもそもアレ、足はどうなってんの?バタバタなの、伸びてるの?



 泳ぐ真似も飽きた。…そもそも僕、なんでこんな所にいるの?




 真っ暗だけども恐怖は無く、僕の心は落ち着いている。


 さて…僕は確か、決闘する羽目になり…見事勝利した。

 そんで余裕綽々で「はよ荷物纏めて出ていきなあ!」とか格好つけたところ…斬られた。そこまでしか覚えてない…。

 

 ………………ん?アレ?



 んんん?まさか、まさ、か……!




 僕、死んだ!!!?そりゃそうだ、人間なんて細いナイフで刺されただけでも死ぬんだから!!あんなに深々と斬られりゃ…死ぬわ!!!

 あああああ!!エリゼに言われた通り、闇の精霊と契約しとくんだった!!!今からでも間に合うかなあ!?僕死んじゃったかなあああ!!!?


 僕の馬鹿ーーー!!!前世は仕方ないとして…今世は12歳で死ぬなんてえ!!うわあああん、やり残したこといっぱいあるのにいいいい!!!





 …ゆらり…




 ん?僕がのたうち回っていたら…何か、視界の隅で揺れたような…。


 そっちに目を向けると…僕以外誰もいなかったはずの空間に、誰かいる。




 ……人間…?だけど…なんだろう、怖い…。


 ただ向かい合っているだけなのに…高い高い崖の淵に、命綱無しでギリギリで立っているような恐怖感。

 その場から今すぐ立ち去りたいのに…一歩でも動けば真っ逆さまに落ちてしまいそうで。恐怖にさらされながらも身動きが取れない。


 目を合わせると…首に刃物を突きつけられているような感覚に陥った。でも…




 か、格好いい…!


 

「!?」



 相手は恐らく男性。ただしその黒髪は足の先よりも長く、地面に引き摺ってしまいそう。

 そして…顔は見えない。目元だけ覗かせてはいるが、黒い大きなマスクでほぼ隠されている。でも…すっごく、優しい目をしているね。



 しかし、何より……服が!格好いいいい!!!

 真っ黒コーデで、忍者って感じの服!!だというのにその袖はなんですか!

 所謂萌え袖…どころじゃないね、袖が地面につきそうなほど長え!!それ手使えないでしょ、でも可愛いのでヨシ!

 僕はこういうのに弱いのだ。キチッとした服装より、ダボっとした感じに惹かれる。いーなー、格好いいねー。



 僕は戸惑っていそうな相手にもお構いなしで、目を輝かせながら彼の観察をした。

 

 ほほう、近付くと分かるが…結構背え高いね。180はありそう、髪の毛は2メートル超えてそうだな!

 というか、肌は目元しか出て無いね。なんで隠すのかは知らないけど…僕も顔隠してたし、人それぞれだよね。



 あー、ところで。あなた誰?僕はセレスタンだよ!


 今更すぎるが挨拶した。ただし声は出ないので…相手に伝わったかは不明。




「ぼ…ぼく、は…。闇の精霊、だよ」



 ………おお!?喋った!!僕は喋れないのに!もしかしてここ、精霊界?



「違う…冥府の、入口」



 めいふ。……僕やっぱ死んだ!!!?



「まだ、死んでない。君の友人が、引き留めた。

 もうすぐ目を覚ます…はず」



 友人…?誰だろう…。



「…よければ…ぼくと、契約する?闇の精霊、探してたん、でしょう?」


 僕が考え事をしていたら…精霊の彼がそう言ってきた。

 それは…正直ありがたい。何より僕は彼が気に入った、良ければその袖を捲らせてほしいくらいに。


「でも…ぼくは、死神。それでもいい…?」


 ……?別にいいけど。

 あ!でも契約した事で寿命が縮むとか逆に伸びるとか、僕や周囲の人達に変化があるなら困る…!


「それは、無い。ただ死神って、いいイメージないでしょう?だから…」


 それは一理ある。今だってこうして普通に話しているけど、怖さは消えていない。それを上回る好奇心があるだけだ。


 ただ…それよりも、目の前の彼が。こんなにも大きいのに…ぷるぷる震えて、なんだか可愛く見えちゃって。

 僕に契約を拒否されたらどうしよう?って考えてるのが丸わかりだ。きっとすんごい勇気を振り絞って申し出てくれたんだろうな。…うん!



 契約しよう!名前はどうしよう…死神、死神かあ。うーん。



 うーん、迷う。前みたいにノリで付けるのはちょっとなあ…後になって、ドワーフには悪い事をした…と反省したのさ。


 死神。死。冥府。あの世。天国…地獄…うーん…。



 ……黄泉。うん、ヨミはどう!?



「いいよ。ぼくは、ヨミ…だね?」


 よし!僕はセレスタン・ラサーニュ!よろしくね、ヨミ。


「うん…!よろしくね、シャーリィ」


 ……あ?何故シャーリィ?セレスタンって言ったやん。

 無事に魔力が繋がり契約が完了したが…どこからシャーリィ出てきた?


「???フェンリル…光の精霊が、君のことをそう呼んでいたよ」


 ……誰だ光の精霊!?うーん、心当たり無いよう。でもまあ、別にいっか?ってもしかしてヨミ、僕が女だって分かってる?


「うん。でも精霊には関係ない、よ。シャーリィはシャーリィだよ…」


 ならいいや。ところでその袖、触っていいですかね?


「いいよ。…あ、契約していない生き物がぼくの肌に直接触れると…死ぬから。髪は平気だけど」


 袖を捲っていた僕の手が止まった。……死ぬ?


「ぼくは、そういう存在なの…。シャーリィは、ぼくと契約したから平気。君が契約している、他の精霊も大丈夫」


 そ…そっか。だから、そんなに肌を隠してるのね…。

 契約したお陰か、僕の彼に対する恐怖心はもう失くなっていた。


 死神か…命は奪えても、与える事は出来ないのだろう。

 ヨミの手が出てきたので、そっと触れてみた。彼はビクッとして手を引っ込めようとしたけど、逃がさん。



 大丈夫、ほら大丈夫だよ。僕は死なないって、君が言ったんじゃないの。ね?



 きっと触れ合いが恐ろしいのだろう、その手は震えていた。

 だから安心させたくて、彼にぎゅっと抱き着いた。うん…温かい。

 でも心音とかは聞こえない…精霊って呼吸しないの?


 

「……………」



 するとヨミは、マスクを外し…おお、幼さがあるが結構整ってる。隠すの勿体無いなあ。

 と、思っていたら…あれ、顔がどんどん近付いてくる…?ちょい待っ

 

 時すでに遅し。僕は…彼に、キスをされた。もちろん唇に…。



 …………!!!??


 

 ちょ、をい!?ななん、なんっで!?僕は混乱し、ばっ!と離れる。

 戸惑いと羞恥と怒りとその他諸々の感情で彼を睨み付けてみたが…ヨミは、穏やかに微笑んでいるだけだった…。き、気が抜ける…。

 

 彼はマスクを着け直したと思ったら「あ。ごめん、ちょっと消えるね」と…いなくなった。



 はあ…大丈夫、彼は精霊だから大丈夫…!あれだ、犬に顔を舐められたようなもんだから!


 大丈夫、僕のファーストキスはまだ奪われてない、うん!!!






 すると…どのくらい時間が経ったか分からないが、周囲が明るくなってきた。


「時間だね。行こう、シャーリィ」


 どこからともなくヨミが現れ、僕の手を握る。よかった…どれだけ時間が経ったんだろう?



「大丈夫、外では1日しか経ってないから。

 でも…君の魂は、一度身体から離れた。馴染むまでは意識があっても身体は動かせないから…。

 数時間の辛抱だから、頑張ってね」



 うん。また動かせるのなら、それでいい。良かった…僕はまだ、生きているんだな…。


 なんだか意識が遠くなってきた。

 ロッティ…目の前で僕が傷付けられて、きっと悲しませてしまっただろうな…。


 早く元気になって…あの子を、安心させてあげ、たい……





 ※※※





 ………んん。肌に何かが触れる感覚が。さっきまでの無重力と違って…体が重いよう。


 段々と鮮明になって来た。これは…布団の感覚だ。僕は布団の中か。



 ?左手の辺りに何かある。手は動かせないが、この感触…ミカさん?



【気が付かれたか…】


 おお、やっぱり。僕は声が出せないんだけど…彼は分かってくれたみたいね。


【危険は無し。良く休まれよ】


 ううん、大丈夫。動けるようになったら…今度こそ、ミカさんを使い熟してみせよう!


 というか、精霊の皆…近くにいる?なんかお腹の上にいる気がする。顔の近くにも、足下にも。皆にも心配掛けちゃったかな…ごめんね。




「………、……」



 お?話し声が耳に届き始めてきた。複数の声…誰だ?


 へーい、僕起きたよ!と声を大にして言いたいのだが…まだ口も動かんのです、もう少し…!




「くそっ、あの男…!!」


 !?だっ誰今の声!?


「どうした、ゲルシェ先生」


 お?今のはエリゼだ。そして怒ってるのがゲルシェ先生…?


「恨み言でも言われたのか?」


 これは…ルシアン。


「あまりレディの前で声を荒げないでくださいまし」


 ルネちゃんだ。


「先生、まずは落ち着いてください」

 

 ………誰だ!?聞き覚えのある女性の声……あ!バルバストル先生!?





 ※





 今現在セレスタンの部屋に集まるのは、彼女が女性だと知る5人。


 時刻は午後5時。セレスタンが斬られてから、24時間以上が経った頃。



 ゲルシェは昼からシャルロットとバジルを連れ、ラサーニュ邸に行っていた。

 だが帰って来次第…ゲルシェは不機嫌で、バルバストルとエリゼのいるセレスタンの部屋にやって来た。


 そうして眠る彼女の頬を撫で、気分をなんとか落ち着かせていたのだが…。



「先生!ティーちゃんに聞きましたが…どうなさったの?

 侯爵夫妻は息子の不始末・失態を詫び…誠心誠意詫びをしていたと伺いましたが?」


 そこに現れたのは、ルシアンを連れたルネである。


 その通り、侯爵夫妻は息子の全ての罪を認め、伯爵夫妻に謝罪をした。

 息子が命を落としたのも当然の裁き、むしろ最上級精霊を敵に回してしまったのではないかと…怯えていた。

 これは当然の反応である。最上級の精霊というのは…時として、皇族すらも膝を突く相手なのだから。



「ああ、そうらしいな。そっちの話し合いに俺は参加してねえが…問題は、その後だ」


 ゲルシェは苛立ちを隠そうともせず、セレスタンの頭をかしかし撫でた。ちなみにセレネは外で昼寝中である。

 憤るゲルシェと宥める4人。


「それで、何があったのです?」


 バルバストルが、ゲルシェに水を差し出す。彼は無言で受け取り飲み干し…語り出した。



「…………侯爵夫妻が帰った後。俺は伯爵に話をしに行った。

 当然、この子の現在の容体を報告する為と…確認に」


「ああ…で、どういう反応だった?」


 エリゼの言葉に、ゲルシェは顔を歪めた。


「ラサーニュ妹含め全員部屋の外に出し…伯爵と一対一で話して来たんだ」





『……失礼、伯爵。()()()の怪我の具合について、お話がございます』


『おや…貴方は、知っておいででしたか』


『…学園においては、私しか存じませんがね。彼女が医務室で休んでいた際、偶然知ってしまいまして』


『左様でしたか』





「胡散臭え笑顔のおっさんだとは思っていたが…サシで対面すると、殊更ムカついたわ」


「いいから続きをお話しなさいませ」


 ルネに促され、ゲルシェは続けた。





『どうなさるおつもりで?兄君に報告されますか?』


『…今の私はただの養護教諭です。精々が、学長に報告するくらいですよ』


『左様ですか。…それで、()()の身体の具合は?』


『(あれだと…?)…治療の甲斐あり、全快しました。あとは目覚めを待つばかりです』


『ああ、そちらはどうでも良いのです。


 それより…生殖機能に、不具合はありませんね?』


『———は』





「なんだそれは!!?」


「ムカつくわね…!」


 憤るエリゼとバルバストル。

 伯爵は…セレスタンが子供さえ産めれば、その他の障害などどうでも良いと言ったのだから。

 

 静かだがルネとルシアンも顔を強張らせている。

 今この場に伯爵がいれば…この5人から袋叩きにされていたことだろう。






『——はっ、それが貴方の教育方針か』


『はい。どうぞ世間にあれの秘密を暴露するならご自由に。あれが勝手にした事にすれば良し』


『いくらなんでも、赤子が出生の届出を提出出来るとは思えませんが?』


『ならば役所の手続きをした者が間違えた事にすれば良い。気付いた時にはあれは、すでに世間から男として認知されていた…と』







「そんな屁理屈が通ってたまるか!!

 つっても今は、ラサーニュ姉自身が秘匿する事を選んでいるからな…黙って帰って来てやったわ」


 ゲルシェはそれきり、口を閉ざした。

 その様子を見たルネ達は…彼を残し部屋を出た。それぞれ気を落ち着かせる為に、行動する気なのだろう。

 ただしエリゼは、セレスタンの精霊達に「今の話はセレスには内緒だぞ!」と念を押していた。彼女本人が聞いているとは露知らず。 



「…………」



 ゲルシェはセレスタンの寝顔を見つめる。

 実は…伯爵との会話には、続きがあったのだ。





『ああ…そうだ。よろしければ、貴方が子種を提供してくださいませんか?』


『……あ"あ…?』


『お嫌でしたか?では仕方ありません。

 貴方の血が混じれば、と思いましたが…当初の予定通り、適当な男を宛てがいましょうかね』


『………ふん!彼女が女性として表舞台に立った時!!

 その時ならば、喜んで求婚でもなんでも致しましょう!それまで…あの子に手を出す事は許さねえ…!!』


『はは…恐ろしい。しかしそのような日は訪れませんよ、永遠に』


 そして背を向けるゲルシェに、伯爵は言葉を続ける。



『では、ご機嫌よう。元皇弟殿下』



 ゲルシェは返事をせず、大きな音を立てて扉を閉めたのだった。






 ※






「…大丈夫だ、俺が…俺達が、絶対に守ってみせるからな」


 ああ…先生の手が、優しく僕の頭を撫でる。さっきは乱暴にされて頭を洗われている気分だったけど…今は心地良い。



 ふむ…やっぱり伯爵にとって僕は、子供を産む為の道具だったか。びっくりするほど驚いていないな、僕。

 ていうかバルバストル先生いたけど、良かったの?知らないうちに秘密の共有者増えてたのか…。


 …先生達は皆、優しいから。きっと僕には「伯爵も心配してた」とか言うのかな。

 そんな筈、無いのにね。それでも…優しい嘘ならば、僕は喜んで騙されるとも。






 コンコン



「どうぞ」


「失礼します、先生。もう7時ですよ、ここは代わりますから、食事行きます?」


「グストフか。あー…いや、後で食うわ」


「そうですか?…しかし、先生変わりましたねえ」


「あ?」


「いやあ〜なんでも?それでは、失礼しましたー!」


「……ったく…」



 レナートさんが出て行った後…先生が、小さく笑った気がした。

 


 徐々に体も動かせるようになって来た頃…バルバストル先生がゲルシェ先生と交代し、僕の側にいてくれる。

 その間入れ替わり立ち替わり、友人達や子供達がお見舞いに来てくれた。ってここ教会か!レナートさんや教会の子供達が、学園やラサーニュ邸にいる訳ないもんね。

 …今の僕には、こんなにも仲間がいるんだもの。父親に疎まれるくらい、どうって事ないさ。


 しかし満足に動けない中、バルバストル先生はもう寝る様子。

 先生はどうやら、床に布団を敷いて寝ているようだ。どうもご迷惑お掛けしています…。



 

 そうだ。明日…夜明け前に動けたら、ステンドグラスを見に行こう。

 その後は、皆に心配掛けたことを謝って…もう大丈夫!と言おう。


 他に…ヨミを紹介して…そんで…。



 僕は…また、浅い眠りにつくのであった…。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] そういえば誰か伯爵家調べてるの?普通それなりの人間が女装男装してるのを訳ありだと気づいてるなら尋常ではないことぐらいわかるだろうに。
2022/01/26 16:46 退会済み
管理
[良い点] ゲルシェ先生かっこいい!! 大人の色気がすごい…尊いぃ_:(´།།`」 ∠):_ 私だったら先生に一直線です!笑
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ