04
それから数日間、特に大きな問題もなく日々を過ごす。
変わったことといえば、エリゼがやたらと睨みつけてくるようになったこと。僕が女子生徒に話しかけられることが増えたくらいか。モテ期かな?
今日はこれから魔術の授業がある。本格的に始まるのは3年生になってからなので、週に1回しか無いのだ。最近基礎を終えて、いよいよ実践に入る。
確かこの実技で…エリゼが張り切りすぎて、フェニックスを召喚するんだ。
今日は下級の名もなき精霊たちを召喚し、魔術に触れるという初歩的な授業だ。そもそも魔術ってのは、自分の中の魔力を燃料に、自然の力を借りて行うもの。自然そのものである精霊たちと触れ合うことで親和性を高め、魔術が行使しやすくなる。
そこでエリゼは調子に乗り、最上級の精霊を呼び出そうと試みた。自分なら出来る、という謎すぎる自信のもとに。なぜなら天才だから!
人間が自然の力をお借りするのに、反動が一切無いわけがない。あまり魔術を使いすぎると命を縮める。まあその前に魔力切れで倒れるけど。
エリゼが天才と言われる所以は、魔力量が桁外れに多いのと体質的に自分にかかる負担が少ないから。
故に他の人より沢山、そして強力な魔術を行使できるってだけだ。
調子乗りまくりのエリゼは、炎の最上級精霊フェニックスを喚ぶ。自分はこんなすごい存在を操れるんだゾ!と周囲にアピールするためだけに。
そして召喚が成功すると、彼はぶっ倒れる。意識はあるけど、まだ最上級を喚ぶには修練が足りなかったんだろう。
その結果、こんなクソガキに用もなく召喚されたフェニックスは怒り狂うわけだ。この会場は阿鼻叫喚に包まれる。
フェニックスが動けないエリゼ目掛けて炎の塊を発射するが、彼に届く前に霧散する。ここでシャルロットが咄嗟に彼を庇い、エリゼの彼女に対する認識が変わるきっかけになる、はず。
漫画ではシャルロットが炎をかき消したように見えたから、周囲からの彼女へ対する評価がまた上がるのだ。
でもロッティ、フェニックスのブレスを防げるほど魔術得意だったっけ…?
なので今、僕は悩んでいる。フェニックス召喚自体を阻止するべきか。召喚はさせて、ロッティとの仲を縮めてやるべきか。
しかし彼がロッティと…うーん、ジスランよりマシと考えよう。いずれ勘当される為にも、あまり原作から外れた行動は慎むべきかな?
…よし、勝手にさせておこう!どうせ危険は無いし!!怖い思いはするだろうけど、僕がフェニックスを見たいという欲もある。
先生の許可が下り、皆召喚を始める。
ロッティは人気者で、沢山の生徒に「一緒にやりましょう」と誘われている。なのでお兄ちゃんは1人でやりますよって。隅っこに移動して、と。
僕も女の子数人に声を掛けてもらったが、1人になりたいので丁重にお断りした。
そういえば精霊だけど。ロッティはヒロインらしく精霊にモテモテ〜ってことはないんだよね。魔力量は多いらしいので、平均以上の成績は取ってるけど。
それ以外は完璧なのに。精霊に好かれるのって、どういう基準なんだろ?
授業で習った…下級の精霊を喚ぶ陣は至ってシンプル、ただの五芒星だ。早速地面にガーリガリ。
視界の隅に、こっそり複雑な魔法陣を描くピンク頭を捉えた。よしよし、やらかしてくれよ。
五芒星を描き、魔力を流す。そして言霊…。
「誰か…僕と一緒に遊んで欲しいな」
魔術に呪文は無い。ただただ心から精霊に呼びかけるのだ。
だから僕は願う。今日は触れ合いが目的なので、誰でもいいから遊びに来て!
「う、うわ、わあぁ…っ」
ピカっ!と陣が輝いた後…溢れんばかりの精霊が来てくれた!姿は様々、人型動物型のちっちゃくて可愛い子達が僕の周囲に集まる。
服の袖を引っ張ったり、髪の毛をむしゃむしゃしたり。頬をつついたり肩に止まったり!
あはは、くすぐったい!こら、服の中に入ってくるんじゃない!あはははっ!
「とと、服の中は勘弁ね。出て来てくれる?」
僕がそうお願いすれば、精霊はひょっこり出てきた。羊型の子だ、こりゃくすぐったいよね。
彼らは命令は無視するが、お願いすれば聞いてくれる。人間と違って素直なのだ。
そのまま地面に座り込み、皆で一緒に遊んだ。人型の子は砂の山を作り、僕にどれが一番大きいかジャッジを託し。
かけっこしたり、僕の肩や膝の上に整列してる子達もいる。周囲を飛び回るだけの子も多いし、寝ている子もいる。おいおい、遊んで欲しいのだが。
「お、おい、セレスタン…」
「ん?ジスラン…なんか用?」
折角戯れていたというのに…またこの男が邪魔をする。少しくらい顰めっ面になってもしょうがないよね?早よどこか行ってくれないかな。
僕の対応に少し戸惑っているが、彼はそのまま隣に座り込んでしまった。
「何?君も早く召喚しなよ」
「したのだが…こっちに来てしまって…」
「え?」
そういえば…最初召喚したのは20体程だったのに…僕の周り、倍以上に増えてないか?
「俺だけじゃないぞ」
彼がちょいちょいと指差すほうに目を向ければ、クラスメイトがぽかんとこっちを見ている。な、何?
ジスランが言うには、召喚した精霊が皆僕のほうに来てしまっているらしい。なんで!?漫画でそんな描写なかったでしょ…待てよ?
そもそもこの辺りはフェニックス召喚しか描かれていなかったから…セレスタンなんて2コマくらいしか存在しなかった。
フェニックスの裏にこんなエピソードがあったの?この漫画は恋愛メインで、ファンタジー要素は(僕の知る限りでは)重要じゃなかったから…この後精霊なんてほとんど登場しないし!
というより、こんな状況あの自称天才が放っておく訳ないじゃん!?ボクよりも精霊に好かれるなんて〜!と何故言ってこない!?
と思ったら…一心不乱に魔法陣を描いていた…。ああ、そういうこと…。
「…よし、完成だ!!」
お、やっとか。異変に気付いた先生が止めに入ろうとするが…遅い。
「ラブレー君!一体何を…!」
「あっははは!全員よく見ろ、僕の実力を!
さあ来い!僕の呼び掛けに応えろーーー!!」
しかも命令したな。
召喚の際、お願いすると精霊が自分の意思で来てくれる。気分が乗らなければ来ない。
命令されたら、強制的に来させられる。つまり…すっごい不機嫌なことも多い。
授業で散々習ったのに…絶対に命令するなって言われてたのに…今すぐ魔術のテストを0点に直してもらえ。
魔法陣がどす黒い色に光ってる…本来は山吹色のはずなんだが。実際に見ると怖…!
流石のエリゼもたじろいでいる、というかぶっ倒れた。この色は精霊が怒ってる合図だ。やっぱり止めるべきだったか…!?
ほんの少しの後悔と同時に。
カッッ!!と一層強く輝き、魔法陣を風と土埃が大きく渦を巻く。
…怖い…。怖い怖い怖い怖い!!
呑気にフェニックス見たいな〜とか思うんじゃなかった…!!竜巻越しにシルエットだけ見えるが、恐ろしい威圧感に潰されてしまいそう…!
魔法陣の近くにいたエリゼはキツいだろう…あれ、ロッティは!?
確かシャルロットがここで駆け寄って、エリゼの前に立つはずじゃ…っ
……あらーーー!!?
ロッティの取り巻きが…現場からかなーり離れた場所でがっちり守ってるーーー!?なんで、確か漫画じゃ…あ!!
しまった!!本来は…僕とバジルと3人で授業受けてるんだった!!なんで、なんで変わった!?
…とか考えてる場合じゃない!!
「っセレスタン!!?」
ジスランが僕に手を伸ばすが、そんなもの振り切ってエリゼに駆け寄る。僕のほうが足だけは速いんだからな!
僕とエリゼの距離は約15メートルほど。急げ…!
これは僕の責任だ。漫画で事故が起きなかったんだから、現実でも大丈夫だろうと高を括った結果だ…!!
エリゼの元に到着すると、同時に竜巻が爆散した。眼鏡が吹っ飛び、今度は僕達をげほっ、煙が…!煙の壁で、ごほっ!包まれたっ…けほ。
「セレスタン!!くそ、近付けん…!」
煙の向こうからジスランの声がする。もしかして今…台風の目状態?
恐る恐る眼前に佇むフェニックスを見上げると…
「綺麗…」
思わず見惚れてしまうほどに、美しく神々しかった。バサッバサッと羽ばたく姿も、炎を纏う黄金色の体も。僕達を見下ろす…真っ赤な瞳も……
…はっ!!見惚れてる場合じゃない!!
まだ動けないエリゼをぎゅっと抱き締める。「お、おい!?」とか喚いているが、無視だ無視!
だが…なんでブレス吐かないの?ここは竜巻が爆散したと同時に放つんじゃなかったっけ。
彼?彼女?は、僕達をただ静かに見下ろしている。それだけなのに…心臓を鷲掴みにされているような緊張感、息苦しさ、恐怖に襲われる。
多分、蛇に睨まれた蛙ってこんな。知りたくなかった!!
このままではいけないと、なんとか声を絞り出す。
「……申し訳ございません、こちらの者が無礼を働きました。
どうか寛大な御心で、慈悲を…」
「お前…!」
頼むから黙っててくれ。身体の震えが止まらない、今僕の顔面は蒼白だろう。
それでも逃げる訳にはいかないし逃げ道も無い。そんな権利だってありはしない!
目を逸らすな、フェニックスを見据えろ。魔術に自信は無いけど、攻撃をなんとか逸らすことが出来れば…!
怯える僕の周囲にさっきの精霊達が集まってきて、守るように壁になった。駄目…!
「全ての責は私達にございます!どうか無関係の精霊達には、え…っ!?」
グオオオオォォォォ…!!
「きゃあっ!?」
「うわああっ!!」
まだ話してる途中なんですが!?フェニックスが大きく翼を広げ、鳴き声を響かせた。ビリビリと衝撃が伝わってきて、僕は…
そのまま…気を失ってしまった。
前のめりに倒れる。地面にぶつかる寸前に…何か、温かいものに受け止められた気がした。
漫画におけるフェニックス
「無意味に喚ぶな!ちょっくらビビらせてやる、これに懲りたら二度とするんじゃないぞ!」
悠久の時を生きているので、割と寛容。
シャルロットがブレスを防いだのではなく、最初から当てる気が無かった。そもそも本気で怒り狂ってたら、学園ごと一瞬で消し炭にしてる。
漫画における授業風景
セレスタンは誰にも誘ってもらえなかったので、シャルロットが気を利かせて3人でグループ組んだ。
現実の授業風景
「あら、お兄様女生徒に声を掛けられてるわね。そっとしておきましょう!」
それ以降ロッティは兄のほうを見ていない。